考える人

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雑貨の終わり

「あたしはただのつまらんパン屋です。それ以上の何者でもない。昔は、何年か前は、たぶんあたしもこんなじゃなかった」(レイモンド・カーヴァー『大聖堂』村上春樹訳、中央公論社「ささやかだけれど、役にたつこと」より)

 数年まえにとなり町の商店街にあらわれた三坪くらいのパン屋は、いつ見ても長い列ができている。メニューの種類をかなりしぼった実直そうな品ぞろえ。周到に通りにむけて備えつけられた換気扇からパン酵母の香りがたえず放たれており、一見、ほっこりした個人経営の店なのだが、なにかおかしい。ほっこりが完成されすぎているのだ。知人に特徴を話すと「あれ……? そんなかんじの店、うちの近所にもありますよ」といわれたので、さっそくホームページをのぞいてみると、最初は巧妙にカモフラージュされていて他店の情報は見つけられなかった。だが執念深く検索しつづけているうちに、ほとんどおなじ品ぞろえと店がまえのパン屋が都内各所にうようよ存在することが浮かびあがってきた。点は線となり、やがて個人のほっこりパン屋に擬態したチェーン店である、という結論をくだすにいたった。
 去年の末ごろ、事態はさらに進展した。なんと三坪のパン屋とおなじ通りに、追いうちをかけるようにべつのパン屋がオープンしたのだ。人だかりのあいだからのぞいただけだったが、給食のアルミのお盆や牛乳瓶などでレトロな雰囲気をかもしながら、隅々までほっこりを張りめぐらしたその佇まいは、やはり私の第六感に個人店の皮をかぶったチェーン店であることを告げていた。この通りでなにが起ころうとしているのか。ふたつの連続してできた擬態の店はほんとうに無関係なのか。もしかしたら三坪のパン屋のライバル店と思わせておいて、実はおなじ系列店である可能性もおおいにあるのではないか。いや、今回のパン屋は自営の店に擬態したチェーン店、と見せかけた個人商店かもしれない……。レプリカントを追うブレードランナーたちが、いつも人とロボットの境界線上でとまどい苦悩するように、私は個人店とチェーン店のはざまで立ちすくんでしまった。
 そんな折、とある飲み会の席で「パンのセレクトショップ」なる奇怪な言葉に出会った。そのときは「擬態だなんだと騒いでいるうちに、パン界はどんどんすすんでいるんだ」などと土鍋ご飯をつつきながら笑っていたのだが、帰り道、どうしていままでパンのセレクトショップがなかったんだろう、という反駁が浮かんできたあとは、パン界の現状が一気にわからなくなっていった。
 パンブーム、パン好きといったナンセンスな言葉が巷で飛び交い、地元の人からすれば、なんでこんな裏道の小さなパン屋に人だかりが、という光景が全国にあらわれてきたのは、インターネットがパン界の情報を整理整頓していく過程と軌を一にしているはずだ。もちろんネットはすぐにその行列情報も吸いあげてしまうので、小さなブームがブームを呼び、いたるところで人気のフィードバックがおこる。そしてブームの連鎖が、ある平衡に達したところをかいつまんでいけば、容易に有名パン屋のカタログを手にいれることができる。さらにその人気店を客層別にマッピングして、似たような文脈の店を集めていけば……。もはやこれはパン界にかぎった話ではなく、あらゆる飲食の世界で同時進行していった現象だろう。そうやって生まれた新たな食の潮流の代表が食のイベント化とセレクトショップ化であった。
 おおまかにわけると、その場で食べたほうがいい場合はイベント化の道へとすすみ、保存がきくものはセレクトショップ化の方角へとむかう。どちらも同根ではあるが、前者だと、たとえばラーメン界には人気ラーメン店が一堂に会するラーメンショー的なイベントが全国各地にあるように、パン界にも有名パン屋が集まるパン祭り的なものがいたるところに存在する。整頓された情報カタログから、いくつかの人気店を選びだすことでリスクヘッジ可能な短期イベントは、コーヒー界、カレー界、スイーツ界……と、さまざまな食の世界で応用されていった。他方、もっと保存が効いたり、流通しやすいパッケージがほどこせるジャンルであれば雑貨の世界へと近づくこととなり、それぞれのジャンルごとにセレクトショップが存在するようになる。セレクトする店々はファッション業界の専売特許じゃないのだ。たとえば世界中から日持ちのする高級食材が集まるディーン・アンド・デルーカにでも行ってみれば、もはや食材と雑貨の垣根がないことが理解しやすいかもしれない。
 とはいえ、パンだけのセレクトショップの登場は盲点だった。これはパンの流通や保存技術にイノベーションがおこったわけではなく、消費者の感覚の変化だと考えるべきだろう。すくなくともその前段階には、雑貨屋や洋服屋やギャラリーなんかで、週末だけ行列必至のパンをちょこちょこっと入荷して雑貨感覚で売る、といった光景が日常化される必要があったはずだ。ライフスタイルショップという名のもとに。

 雑貨とパン、と聞いて思い出した映画がある。一九八五年、杉井ギサブローが監督したアニメーション『銀河鉄道の夜』である。その前半部に一軒の埃っぽくてひなびた雑貨屋が登場するのだが、ジョバンニはここへパンと角砂糖を買いにやってくる。死後の世界への旅が近づいていることの予兆がえがかれた、とても重要な場面である。しかし原作ではパン屋だったはずの店が、なぜか映画では雑貨屋になっていることは案外気づかれていない。
 店のまえでジョバンニは黒頭巾の老人と出会う。ふいになにかを落としてジョバンニが手をのばすも、男はじぶんでさっとそれを拾いあげ、うめくような声で「この切符を落としたら大変だ……汽車に乗れなくなってしまう……」とつぶやいて去っていく。まだ日は落ちきっていないのに、雑貨屋のなかはあまりにも暗い。パンと角砂糖の他にもいろんなものが売られていて、陶器の器や花瓶、じょうろやバケツ、鍋や薬缶といった金物類、薪ストーブ、不吉な目をした猫の人形、木の樽や椅子、鍵盤楽器、意匠のこった瓶や缶、ランタン、各種工具などがぎゅうぎゅうに積みあげられている。ここには雑貨屋のルーツといわれてきた荒物屋や金物屋と呼ばれる、生活に必要な物をあれこれあつかった商店の雰囲気を借りながら、当時の観客がこんな雑貨屋があったらいいのにと想像するような、ある種の理想的なすがたが投影されているように思われる。
 そもそも宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、あらゆる解釈の余地を残しながら、どんな時代であってもぬぐいされない、ここではないどこかをめざす読者の切なる思いを受けとめてきたわけだが、映像化に際して、ここではない遠い異国感をどうあらわすかが焦点となった。スタッフは制作に入るまえ、入念にスペインを中心としたヨーロッパの田舎町を取材し、すべての背景画にわれわれの海のむこうに対する幻影をところせましとつめこんでいく。それは映画よりも二年はやく登場したディズニーランドの街並みにも匹敵する完成度であった。日本人の欧米コンプレックスと羨望をあますところなく吸い上げ、海を埋めたてた夢の国。もちろんランドが光だとすれば、本作はバブル経済へとむかう世のなかの狂乱から逃れるような、暗い陰画として産み落とされたものではあるのだけど。
 原作にはこうある。「元気よく口笛を吹きながらパン屋へ寄ってパンの塊を一つと角砂糖を一袋買いますと一目散に走りだしました」。擬人化された猫がでてくる以外、それなりに忠実な脚本のなかで、なぜパン屋を雑貨屋にしなくてはならなかったのか。それは同作がつくられた八〇年代中ごろが、まさに雑貨ブームまっさかりであったことと無関係ではないだろう。前年にザッカ、同年にはイデー、ファーマーズテーブルといった名店がつぎつぎと登場し、私たちのなかでふくらむ薔薇色の雑貨感覚にみちびかれてパン屋は、パンもあつかう魅惑的な荒物屋にさしかえられたのではなかったか。こんなふうに三十年ほどまえ、私たちが雑貨を介して夢見た幻は、きっとインターネット以降に開発されたさまざまな経済の算術にまみれながら、いまも幽霊のようにさまよっている。たとえばライフスタイルショップでパンを売り買いする者たちの頭上にだって、その残り香を感じることができるはずだ。
 二〇一八年、朝日ソノラマから一九八五年にでていた『アニメーション「宮沢賢治 銀河鉄道の夜」設定資料集』が復刊ドットコムから増補版となって刊行された。ものの数分で終わるシーンを、私がこと細かく記述できるのは同書を手にいれたからにすぎない。あらたにつけくわえられた監督のインタビューを読むと、世にお金がぐるぐるとでまわったゆとりある時代だったわりに、本作は予算も時間もずいぶんすくなかったようである。音楽を担当した細野晴臣もエッセイ『映画を聴きましょう』(キネマ旬報社)のなかで、なにも動画ができあがっていない状況で依頼がやってきて、三十曲ほどを絵コンテだけ見ながら即興的につくった旨を告白していた。そんな商業アニメとしてもアートアニメとしても中途半端な足場のうえで彼らは格闘し、賢治の言葉が放つ心象の明滅を、静かで暗然とした映像のなかにみごとに閉じこめたのだった。

 最後にもうひとつ。私がパンについて考えるとき、いつも頭の片隅に浮かんでくるパン屋がある。それは大学時代に井の頭公園駅のそばにあった小さく簡素な店で、いつ行ってもがらんとしており三年もたたずにつぶれてしまった。顔見知りていどだった店主は、店をたたむことが決まってから私によくしゃべりかけてくるようになり、ある日、会話の流れから店をはじめた理由をたずねたことがある。すると「おそらくそんなひとは世界中にごまんといるでしょうけど」と恥ずかしそうにことわったあと、若いときにカーヴァーの「ささやかだけれど、役にたつこと」をくりかえし読んだことがパン屋をめざすきっかけとなったと教えてくれた。思わず「そんな動機ではじめるひと、ごまんといないでしょう」と口をついたが、彼は痩せこけた顔をかたむけてうなずくだけであった。かわりに彼の思い出話は止まらなくなり、生意気だった私は、商売を文学的ロマンからのみ出発したことが店をつぶした元凶だったんじゃないかと思いながらてきとうに相槌をうっていた。あれから二十年ちかくたったけれど、いまだ私はパンのことをよく知らない。一度としてつくったこともなければ、小麦や酵母による味のちがいも言葉にできない。だから彼のパンがどれくらいおいしかったのかも、わからないままだ。まずくはなかったが、とびぬけておいしくもなかったのだろう。でも、じぶんがおなじ自営業者となってしまったせいなのか、うまく金もうけができず店を失おうとしていた井の頭公園駅のパン屋が、最後にカーヴァーをひきあいにだして、あんなふうに大して親しくもないお客にとうとうと話してみたくなる気持ちが理解できるようになった。
 短編のラスト、子どもを事故で失い絶望する夫婦にむかって、しがないパン屋が語りはじめる。パン屋の悲しみ、孤独、無力感。「オーヴンをいっぱいにしてオーヴンを空っぽにしてという、ただそれだけを毎日繰り返すことが、どういうものかということを」。人もまばらな井の頭公園のわきで、この商売になんの意味があるのだろうと思いながら日々レジを開け閉めしていた店主が、小説にでてきたパン屋の一言ひとことになけなしの希望を感じていたことが、いまの私には痛いほどわかる。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹