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デモクラシーと芸術

2020年1月29日 デモクラシーと芸術

第13回 技術進歩は音楽の何を変え、何を変えないのか

著者: 猪木武徳

※文中の曲名をクリックすると、曲の一部を試聴できます。
※ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)非会員の方は冒頭30秒ですが、会員の方は、全曲を試聴できます。

演奏芸術における技術革新の影響

 技術革新が個人の精神や社会風土に与える影響は途方もなく大きい。しかし変化を経験した瞬間の衝撃(impact)がいかに強くとも、人間は「馴れる動物だ」と言われるように、その衝撃もいつの間にか日常生活の単調さの中に吸収されて行く。新しい技術環境での生活や社会風土の変化を客観的に観察できるのは、一部の人間だけであり、多くの人々は変化そのものの意識を持続させることはない。
 例えば、土木・建設技術の進歩は多くの高層ビルを生み出した。高層マンションに住めば「向こう三軒両隣」という付き合いは生まれにくい。音楽の世界も同様だ。いまや音楽も教会や劇場で一緒に演奏したり聴くよりも、最先端の複製・再生技術が生み出すスマホや自宅の高級オーディオ・セットで独り楽しむことが多くなった。新技術がフェイス・トゥ・フェイスの接触の機会を奪うという例は、経済生産の現場でも、消費者の日常生活においても多く見られるようになった。技術は人々の紐帯を弱める力を持つ。
 デモクラシーにも、人間を社会の中でアトムのような存在にし、人々を先祖からも同時代人からも切り離し、バラバラにして連携への意思と公共的な事柄への関心を弱め、自分と家族という私的世界に引きこもらせる力がある。こうした力は、新技術による社会のアトム化と相俟って、デモクラシーが高い価値として掲げる「自由と平等」とは全く逆の価値、即ち「専制と不平等」を生み出す危険性をはらんでいることを、フランスの思想家トクヴィルはすでに1830年代に米国社会を観察して指摘していた。
 演奏芸術と技術革新の関係を考えるとき、少なくとも二つの側面を分ける必要がある。ひとつは、楽器の機能面での進歩(特に自動化や電子化)である。確かに楽器が弾きやすく改良され、表現力が増すと、より多くの人が手に取りやすくなる。演奏者がひとりで伴奏を付けるとが可能だとして人気を博した、エレクトーン(電子オルガン)への需要は一時大変な高まりを見せた。しかしこの楽器の日進月歩の機能向上にもかかわらず、人気は一部愛好家の間に留まっているようだ。エレクトーンの経済社会的な衝撃はさほど大きくはなかったように思う。
 もうひとつは、音楽演奏を「商品」として提供するための再生技術・複製技術の影響力の強さがある。この問題は演奏芸術の市場における供給だけでなく、需要が重要な位置を占めている。優れた複製技術が市場を支配し、聴衆から自律性を奪い、市場に現れる「音楽商品」を消費者に無批判に受け入れさせ、彼らの嗜好さえ変えてしまうようなこともある。したがって複製技術を社会に広く浸透させる力を持つ市場経済とデモクラシーがもつ社会的な意味合いは極めて大きい。

楽器の性能の向上

 まず楽器の機能面での進歩、改良について簡単に触れておこう。例えば、日常生活の中に広く浸透しているピアノという楽器の場合を考えてみたい。ピアノは、バドヴァに生まれフィレンツェの工房でハープシコード(チェンバロ)を製作していたバルトロメオ・クリストフォリ(1655~1731)の創意と工夫によって生まれた。ハープシコードは音に強弱をつけることができない構造になっている。クリストフォリは、鍵盤をたたくとその力がハンマーに強弱の差を持って伝わり、ハンマーが弦をたたく力の強弱として伝達される構造を追究した。1709年、彼の工房で生み出されたピアノは、gravicembalo (‘harpsichord’) col piano e forte と名付けられた。強い音も弱い音も出せるチェンバロ、という意味である。

バルトロメオ・クリストフォリ

 そのピアノの音域(compass)は、時代とともに広がっていった。クリストフォリの頃は、4オクターブであったが、モーツァルトの時代には5オクターブに広がる。例えばモーツァルトがピアノのために書いた幻想曲(ハ短調、K.475)(通常、K.457のソナタと組み合わせて演奏される)などは、現代のピアノで弾ける最も低いF音まで延びている。さらにベートーヴェンのピアノ・ソナタになると、第29番「ハンマークラフィア・ソナタ」(Op.106)以降は6・5オクターブのピアノが想定される。そしてショパンやリストのピアノ作品が多くの聴衆を魅了して以降、19世紀も後半に入ると、実に7オクターブにまでピアノの音域は広がった。ちなみに現代のベーゼンドルファー・インペリアルは全長290㎝、97鍵盤、実に8オクターブを超える。
 音域が広がると表現の幅も広がる。ペダルも機能が高まった。弱音用のソフト・ペダル、サステイニング(ラウド)・ペダル以外に、(踏んだ時点で押していたキーの音だけ保持できる)ソステヌート・ペダルなど、現代のピアノには基本的に3つのペダルが備わっている。かつてはビブラートをかけるペダルなどもあったという(どのような構造だったのかは不明)。こうした技術改良以外に、アクションの構造・機能自体の改善も、演奏の表現の幅や豊かさを増すことに貢献した。
 このような楽器の技術改良に対する演奏者や聴き手の評価は、必ずしも一致しているわけではない。いわゆる古楽器演奏についての考え方の違いはその一例だ。バッハの鍵盤楽器用の作品の演奏は、彼の時代のチェンバロで弾かれるべきだと考えるのか、それとも、機能の高まった現代のピアノでの演奏の方が、バッハの時代のチェンバロでは表現できなかったことを表現できると考えるのか。これは即答できる問題ではない。W・ランドフスカ(1879~1959)がチェンバロで弾くバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に魅せられるのか、ペダルをほとんど使わないグレン・グールド(1932~1982)のピアノでの演奏を採るのかは、好みの問題であろう。わたしが好きな演奏は、ロザリン・テューレック(1913?~2003)の弾くバッハである。ピアノの機能を十分生かした豊かな抒情性と、ときにハープシコードを想いださせるような乾いた響きのバランスが実に絶妙なのだ。
 先に触れたように、楽器の自動化、電子化によって新たな可能性が生まれた。ただ、自動化や電子化を「異なる楽器の誕生」と考えれば、ピアノ音楽そのものに本質的な変化をもたらすものではなかった。例えば、アップライト・ピアノで圧搾空気を用いた「プレイヤー・ピアノ」などの自動演奏楽器も、興味本位の対象として喜ばれたにすぎなかったようだ。「プレイヤー・ピアノ」は米国の企業が1897年にパテント(特許)を取り製造を始めている。作品が穴の開いた紙のロールに記録され、穴の開いた箇所には空気が送り込まれて、その圧がピアノのハンマーをたたくという仕組みだ。そのアイディアは、17世紀、18世紀のオルガン(たとえばbarrel organ)に組み込まれたものと原理的には類似している(Anthony Baines)。
 実際、ハイドンもモーツァルトもこの機械仕掛けや空圧システムを用いた自動オルガン(mechanical organ) のための作品を書いた。モーツァルトは、最晩年に「自動オルガンのためのアダージョとアレグロまたは幻想曲」(K.594)「自動オルガンのための幻想曲」(K.608)「小さな自動オルガンのためのアンダンテ」(K.616)の3曲を残している。K.594を作曲しているとき、彼は妻への手紙(1790年10月3日、フランクフルトから)の中で、「これはわたしが嫌悪する類の作曲で」、「退屈だ」と言い、自動オルガンの音は「僕の趣味からするとかん高すぎて、子供っぽすぎる」と嘆いている。この3曲のうちの2曲は後に自分でピアノの4手連弾用に書き換えている(クリストフ・エッシェンバッハとユストゥス・フランツの連弾によって聴くことができる)。モーツァルトの「自動オルガン」に対する不満は、現代の電子楽器になじめない「保守派音楽ファン」の気持ちと似ているのではなかろうか。
 一般に作曲家は、具体的な楽器、ときにはその楽器の演奏者を念頭において作曲した。したがって、J・S・バッハは、まだほとんど普及していなかったピアノではなくチェンバロで、と指定しているわけではないので、彼の鍵盤楽器用の作品をチェンバロで弾くことにこだわることはない。ちなみに作品の中には、どの楽器によって演奏されるべきかを指定していない作品もある。例えば、J・S・バッハ『フーガの技法』はハープシコードでもオルガンでも弦楽四重奏でも演奏される。わたしはアマチュア演奏家たちによる木管五重奏で聴いたこともある。完璧な演奏ではなかったが、素朴な美しさに得も言われぬ感動を覚えたものだ。その時、これは、楽器の音色や音量・音質といった形而下の世界を超越した、何か崇高な必然の世界に属する音楽だと感じ入ったことを憶えている。

複製技術の問題  

 先に述べたように、楽器そのものの技術的改良は、その楽器を音楽愛好家に近づきやすくしたことは事実だが、それほど本質的な社会的意味を持つわけではない。より根本的な問題は、「複製技術」をどう考えるかということだ。複製技術自体が生まれるのは、人間の好奇心と利益追求の欲求からであろう。しかし複製の芸術品が社会に広がり、愛好されるのにはひとつの重要な前提条件がある。それは複製品を求める人が常時多く存在し「市場」を形成しているということだ。需要がなければ、複製を製造する職業や産業が存在し続けることはない。大量の需要の存在は、複製芸術の登場にとって決定的に重要な条件となる。映画が産業として、そして映画製作が職業として成り立つためには、多数の観衆を受け入れられる大きな劇場と、そこにやって来る映画愛好家が「マス(mass 集団)」として存在しなければならない。そうした人々は、複製の芸術を楽しめるだけの所得とある程度の知識や教育を得ていることが必要であろう。いわゆる市民社会の成立と工業化の進展で豊かになった中間層である。複製芸術はデモクラシーと市場経済の中で繁栄するのだ。
 もちろん芸術における複製は、昔からさまざまな形で存在した。手工業的な「贋作」は、いつの時代、いずこの国にも存在した。しかし多くの人々がその芸術を味わえる形で複製芸術が登場したのは、経済がある程度の成熟を見せた大衆消費社会からである。その代表的な例が20世紀の初頭から急速な発展を見せた写真と映画である。その写真と映画を念頭に置いて複製芸術の本質を初めて本格的に論じたのはドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)であった。彼の所論は後段で取り上げることとし、ホンモノとニセモノの違いの意味がある程度はっきりしている「絵画」について、複製技術の問題をわたしの経験をまじえて考えてみたい。

絵画の場合

 徳島県鳴門市にある大塚国際美術館は世界の名作絵画の陶板複製画を蒐めて展示しためずらしい美術館である。1000点近くの名作が原寸大で高度な特殊技術で陶板に焼き付け複製されている。この美術館の全作品をゆっくり観るには1日では足りない。知人に「一見の価値大いにあり」と勧められてこの美術館を訪れたことがある。
 実際に行って観てみると、文字通り驚嘆すると同時に、ある種の感動を覚えた。ミケランジェロ『最後の審判』、修復される前のダ・ビンチ『最後の晩餐』、ボッティチェリ『春』などの大作はもちろん、フェルメールやレンブラント、シャルダンなどの珠玉の名品が色鮮やかに原寸で陶板に焼き付けられ、簡潔な解説とともに整然と展示されている。
 最初の訪問から2年ほど経って、複製技術について考えるためにもう一度同美術館に行くことにした。感動に変わりはなかった。日本で終戦の年に芦屋で焼失したゴッホ『ひまわり』が復元されているのにも驚いた。

大塚国際美術館「システィーナ・ホール」(663highland/Wikipedia Common)

 大塚国際美術館の作品はすべて複製である。オリジナルを「ホンモノ」とすれば、これら複製画は「ニセモノ」と分類される。ただし複製であることと、同じ作家の「同じ」作品が複数存在するということは別の問題である。ゴッホの『医師ガシェの肖像』も、ルノアール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』(いずれもかつて競売で日本人が競り落としたことのある作品)も、同じ画家の手になるものがそれぞれ2点ある。この事実が芸術的価値を損なうわけではなかろう。写真で複製されたものとなると、数えきれないほど存在する。では、写真集で気軽に(散漫な気持ちで)楽しむことと、美術館でオリジナルを(精神を集中させて)観ることとの本質的な違いをどう考えればよいのか。
 わたしの好きな東山魁夷の絵も、魁夷自身の監修を得て、リトグラフ、セリグラフなどによって版画として複製されている。その技術があまりにも精巧なので、元の絵との違いは、わたしのような素人には直ぐには判別できない。
 そもそも版画におけるオリジナルの意味をどう考えればよいのだろうか。1972年夏、ニュルンベルクのアルブレヒト・デューラー・ハウスを訪れた時、版画の精巧さと表現の思想性に心打たれるとともに、そうした傑作を生み出したデューラーの透徹した科学的精神に感心したものだ。写実のために彼が考案したさまざまな道具や器械も展示されていた。その後デューラーの版画をゆっくり観る機会はなかったが、2003年秋から翌年春にかけて名古屋ボストン美術館がデューラーの版画展を開催したときに「メランコリア1.」などの傑作に再会できた。リトグラフは同じ作品が複数存在するが、それら作品には「真贋」の概念は無縁であろう。

アルブレヒト・デューラー「メランコリア1.」

 大塚国際美術館の陶板画は光による色彩の劣化がほとんどなく、絵画の保存のひとつの可能性を示していると聞く。「ホンモノ」が劣化して修復されたものは、「オリジナル」と言えるのかという問いもありうる。10年ほど前のことだが、スペインのある村の教会のキリストの画が傷んできたので修復を依頼したところ、ほとんど別の画になって戻って来て物議をかもしたことがあった。第三者の手が加われば「オリジナル」とは言い難いというのも一理あろう。では「自然」が加えた変化はどうなのだろうか。風水害や火災も作品の色や形を変えてしまう。となると陶板画の複製にはこうした「修正」問題を回避するアイディアが込められているとも言える。
 こうした絵画における真贋やオリジナル問題に比べると、音楽の世界の複製は日常生活の中に大した違和感もなく浸透しており、われわれはオリジナルとコピーの違いを正面から論ずるほどの問題意識を失ってしまったと言ってもいいほどだ。

音楽における録音と再生

 しかし音楽の場合も、「オリジナル」とは何なのかが改めて問われねばならない。厳密にいえば作曲家が創作したものを、作曲家自身が演奏したものだけが「オリジナル」なのかもしれない。例えばモーツァルトのピアノ協奏曲をモーツァルト自身がピアノ・パートを弾きながら指揮した(いわゆる「弾き振り」)演奏のように。
 レコードが登場してから、作曲家本人が演奏した「オリジナルの複製品」も出回るようになった。ベラ・バルトーク(1881~1945)自身がソロで、あるいはディッタ夫人と演奏した『ミクロコスモス』のLPはわたしの愛聴盤のひとつだ。エネスクの指揮するエネスク『ルーマニアン・ラプソディー』も、野趣と繊細の美が見事に結合した傑作だ(最近、木琴奏者の通崎睦美さんと仲間たちの『ルーマニアン・ラプソディー』の演奏も素晴らしかった……)。

ベラ・バルトーク

 作曲と演奏という仕事が職業として分離せず、同一人物がこなしていた時代には、このような「オリジナル」概念は意味を持ちえた。しかし演奏が別の人間に委ねられる時代になると、「オリジナル」の意味は曖昧になり、演奏家の「解釈」の「オリジナリティ」という問題が立ち現れるようになった。さらに、写真や映画、そして空中に跡形もなく消え去る「音」を保存する手段としてレコードが開発されて以来、「複製芸術論」が美学・哲学のひとつの研究テーマとなったのである。
 CDやDVDが大量に出回るようになり、「生の演奏」は、演奏芸術という独立の芸術カテゴリーとなるほどに、現代では音楽鑑賞の形態が一変してしまった。音楽作品における「オリジナル」は、演奏の場合、写真で絵画を観るのとは少し異なる意味を持つようになった。
 海外ではカトリックのミサがテレビ中継されており、そのテレビを観ていればミサに行ったことになる、という話を聞いたことがある。教会の中に漂う「焼香」や「霊気」はテレビで伝わるはずはない。現代のアメリカでも、Televangelist による日曜礼拝は多くの信徒を集めている。また、米国のメトロポリタン歌劇場で上演されたオペラを映像収録し、世界の多くの劇場で毎年10本ほど「METライブビューイング」として放映している。宣伝文句には、「臨場感あふれる5.1chサラウンドの音響と高精細な映像、多彩なカメラワークによるライブ撮影」とある。わたしも映画館でよく楽しむが、実に素晴らしい。しかしこうしたミサやオペラの上映は実演とは「似て非なる」ものであり、同じではない。
 生演奏には、集中力と緊張感を持って臨む演奏者と聴衆がいる。CDやDVD、あるいはオペラの映画の放映は、過ぎ去った緊張感が音と映像の缶詰となって鑑賞者に届けられる。生演奏は、鑑賞者も精神を集中させながら張りつめた空間に投げ込まれるのが魅力のひとつなのだ。後に述べるように、カナダのピアニスト、グレン・グールドは、この緊張感と、聴衆が演奏者を見世物のように見つめる視線に堪えられないとして一切のコンサート活動から退いた。
 複製芸術においてはその緊張感はただ想像されるだけであり、演奏も鑑賞も確実性が支配する世界での行為であるから「完全性」を作りあげることはできる。「不確実性と期待は人生の悦び。安泰は味気ないもの」(コングリーブ)という言葉は、オーディオ技術がいかに発達しても、「生」の演奏会が無くならない原因を言い当てているのではないか。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

猪木武徳

いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』など。

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