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おんなのじかん

2020年3月4日 おんなのじかん

12.名古屋の嫁入り いま・むかし・なう

著者: 吉川トリコ

 前回、葬儀ファッションについて書いたら思いのほか多くの反響があった。これからお仕着せのマナーは無視して好きな服を着たいという人もいれば、うちんとこではわりかしてきとうにしとるでという人もいた。葬式のときまでおしゃれのことを考えたくない、なにも考えずに着られる従来通りの喪服のほうがいい、という意見もあった。
 新潮文庫の担当(は)氏は、是枝版『海街diary』の冒頭でミニスカートやらお団子頭やら好き放題の葬儀ファッションに身を包んだ長澤まさみと夏帆に思わずマナー警察を発動し、目くじらを立ててしまったという話を聞かせてくれた。自分の中にもそういった小姑根性があることが恥ずかしい、と言っていたけれど、いやいやいやいや、そんなことを言ったら私だって内なる小姑と日々戦っている。
 いまから十年以上前、横浜で開かれた友人の結婚式に、名古屋出身の友人と連れ立って出席したことがある。かぎりなく白に近いクリーム色のワンピースを着た女性を見つけて、まず我々は小姑ホイッスルを鳴らした。他にも背中ががばりと開いたイブニングドレスの女性がいるかと思えば、普段着に毛の生えたような格好の女性もやたらと目につくし、ヘビ柄のタイトスカートを履いた女性にはさすがに言葉を失った。黒ストッキングが多数いただけでなく、網タイツの女性までいたことにも目を剥いた。
 我らの地元・愛知では考えられないことである。いったいどういうこと? ここは無法地帯なの? もしかしてS.W.O.R.D地区?!(※筆者注:世界初の総合エンタテインメント・プロジェクト「HiGH&LOW」に登場するものすごく治安の悪い地域)
 すっかりマナー警察と化した我らは、後日その日の新婦であった友人にパトロール報告をしたのだが、「なんなのあんたら?! 名古屋こわい!」と一蹴されてしまった。そこではじめて、特殊なのは我らのほうなのか、と気づかされた。まさに「認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」である。
 内なる小姑を飼いならし、むやみやたらに「嫁」いびりをしないこと。そうすることでしか連鎖は止められない。中学生の頃、先輩にいじめられたからといって同じように後輩をいじめるのはやめようと心がけていたが、それと同じことを四十歳過ぎて心に誓う今日この頃である。

「次は結婚式の話なんてどうでしょう? 名古屋の特殊性を書いていただいたら面白いんじゃないかとっ!」
 前回の反響を受けて色気が出たのか、この連載の担当(て)氏からリクエストをいただいたので、今回は結婚式の話をしようと思う。そうはいっても先の一件は別として、内側から見ているだけではなかなかその特殊性には気づけないものである。
 名古屋の嫁入りといえば、新婦が生家を発つ当日に屋根から菓子をまくという風習が有名なようだけれど、少なくとも私はいまだかつて一度もお目にかかったことがないし、まわりで菓子をまいたという話も聞いたことがない。立派な婚礼家具を揃え、ガラス張りのトラックに積み込んで近所の人たちに見せびらかすように送り出すという風習も耳にするが、こちらも都市伝説なのではないかと疑っているところである。
 もともと名古屋は徳川家のお膝元だったこともあり、徳川家に嫁ぐ娘に立派な道具を揃えてやったことからはじまった風習のようだけれど(※ネット調べ)、そういえば徳川美術館(※近頃、日本全国の審神者(さにわ)の方々に大人気)で当時の婚礼調度を模したおままごと用のミニチュアを見たことがある。マリー・アントワネット展でも王妃がコレクションしていたというミニチュアのティーセットやリモージュボックスなどを見かけたが、洋の東西を問わず、あの手のミニチュア道具はどうしてこうも乙女心をくすぐるのだろう。「奥」に押し込められた女性たちの孤独や無聊を慰めていたのであろう、ささやかでかわいらしい道具の数々を見ているときゅんと胸が締めつけられる。
 それらが実物大になってガラス張りのトラックに積まれたとたん、たちまちうるさくかわいげのないものに思えてくるのはさすがに穿ちすぎだろうか。娘の意志など関係なく、お家の権勢を示すためにはじまった風習ってところが、現代を生きる私にはいかんとも受け入れがたいのである。
 ネットで調べたところによると、どうやらいまでも、名古屋の結婚式は他所と比べると派手でお金がかかっているようだ。妹(ま)が結婚式を挙げたとき、「ご両親からのご援助がおありでしょうから」とさもそれが当たり前といったふうに式場の担当者が話を進めていたそうだから、徳川家への輿入れ道具が時代とともにガラス張りのトラックへと姿を変えたように、さらに別のものに姿を変えていまも脈々と生き続けているのかもしれない。

 そもそも私は、結婚式というものがあまり好きではない。
 ヴァージンロード(この名称もどうなの……)を新婦が父親に手を引かれて歩き、夫に引き渡されるという一連の儀式からして、家父長制の思想がそのまま反映されていて、あまりの呑み込みがたさに喉が詰まる。さすがに結婚の挨拶をする際に、「お嬢さんを僕にください」なんてことを言う男性は絶滅したと思いたいが、それでもいまだに結婚式の定番ソングには「僕が君を守るからうんぬんかんぬん」的な歌詞が散見される。
 新郎からは「一生食べるのに困らせない」、新婦からは「一生おいしい料理を作ります」の意味を込めてウェディングケーキを食べさせあうファーストバイトなど、まさに憤死しそうな謎演出である。男も女もどちらも自分が食うために働くのだし(家事労働だって当然それに含まれる)、どちらかが病めるときはどちらかが助ければいいし、松屋とか大戸屋とかサイゼリヤとか安くてうまい飯が食えるところなんていくらでもある。料理なんてしたい人だけがすればいい。
 もともと西洋では「悪魔は甘いものを嫌うから魔よけの代わりにケーキを食べる」という意味合いの儀式らしいのだが、日本に入ってきた時点でまたしても謎のローカライズが起こり、このような意味づけがなされたようである(※ネット調べ)。もしこの先もウェディング業界がファーストバイトの演出を続けるというのであれば、その意味づけの刷新をいますぐお願いしたいところだ。「一汁一菜でよいという提案(by土井善晴先生)」「外食の際は早めに申告する」「いざとなったらオリジン弁当」とか、もっと他にいろいろやっておくべき夫婦間の大事な確認があるはずだ。
 あなたの色に染まる白いウェディングドレスとか、合コンで出会ったはずがなぜか「ご友人のご紹介」に言い換えられる欺瞞とか、「花嫁の手紙」とか、未婚女性だけ集めて行われるブーケトスとか、いちいち挙げていったらきりがないけれど、ここまで旧来の価値観を強固に結晶化した儀式がいまもしぶとく生き続けている現場は、他に類を見ないように思う。ヤバさでいったら葬式のはるか上をいく。
 結婚式というのは、女を型に嵌めるものだと長いあいだ私は思っていた。普段はどんなにユニークで魅力的な女性でも、いざ結婚式という現場に新婦として放り込まれると、「やさしく明るいしっかり者で、夫を支える良き妻」というキャラ付けをされてしまう。「夫を尻に敷きつつ」「手綱をしっかり掴んで」とかいうのもあるが、結局はいくつかあるバリエーションの一つに過ぎない。ファーストバイトで新婦のほうが、とても一口では食べきれない大きさのケーキを差し出して、「ドSですね!」と司会者から面白くもないツッコミを入れられるのももはやお約束である。
 彼女は、そんな定型の物語に収まるような女じゃないのに、あの場ではそういうことにされてしまう。彼女の個性なんて見なかったことにして、型に嵌められ、通俗的な物語の助演女優にさせられてしまう。
 私はそれが、いつも悔しくてたまらなかった。
 私だったら、もっと彼女にふさわしいシナリオを書けたのに。

 これが名古屋独特のものなのか、他所でも似たようなものなのかはわからないけれど、それでも、ここ数年のあいだに立て続けにあった妹たちの結婚式は少しだけ様子がちがっていた。
 照れ臭さからかなんなのか、妹(ま)は式のあいだずっとゲラゲラ笑っていた。花嫁というのは楚々と俯いて微笑んでいるもの、という型から大きく外れた妹(ま)に、「あの子! 笑いすぎ!」と母はずっと怒っていて、そんな母を指さして今度は私が爆笑していた。
「手紙はなしにしようと思ってるんですが」
 と打ち合わせの際に申し出た妹(ま)に、結婚式場の担当者はひっと息を呑み、「花嫁の手紙がないなんてそんな、ありえない……」という圧を送ってきたそうだ。花嫁の手紙といえば結婚式のクライマックス中のクライマックス。みんなそれを楽しみに来ているのに!――とまで言われたそうだ。
 花嫁の手紙なんて当人に負担がかかるぐらいで、おそらく式場に支払う料金も発生しないだろうに、どうしてそこまで熱心に勧めてくるのか理解に苦しむ。万が一、新婦の親が毒親だったりしたらどうするんだろう。それでも「感動的」な手紙を強要するんだろうか。
 結局、その圧に押され、妹(ま)は泣く泣く手紙を読まされるはめになったのだが、定型文ポエムにはするまいと心を凝らして書いたその手紙は、非常に妹(ま)らしい良い手紙であった(姉バカか)。
 妹(ゆ)の結婚式は、まるでジャイアンリサイタルのようであった。名古屋栄のど真ん中にあるテレビ塔内のレストランという会場のチョイスからして、イケイケドンドンである。中学高校と吹奏楽部に所属し、音大のミュージカル科に通い、ミュージカル俳優として舞台に立ったこともある妹(ゆ)は、思うままに歌い、踊り、サックスを吹き鳴らし、さらにはピアノの弾き語りまで披露していた。そのあいだ新郎はただじっと席に縛りつけられているだけ。やりたい放題でありのまますぎる、これも妹(ゆ)らしい結婚式というかオン・ステージであった。
 妹たちがどこまで自覚的だったかはわからないけれど、あの日、彼女たちはたしかに彼女たちのまま、主演女優としてあの場に立っていた。そのことが私はとても誇らしくてうれしい(やっぱり姉バカだな)。

 私自身についていえば、四年前に婚姻届けを出したときに、いちおう近くの教会に見学に行ったりもしたのだけど、なんとなくぴんとこなくて二の足を踏んでいるうちに、本格的に不妊治療をはじめることになって有耶無耶のままここまできてしまった。
 もしいま結婚式をやるなら、新郎新婦の入場曲はもちろん「HiGH&LOW」のテーマ曲「HIGHER GROUND」で決まりである。S.W.O.R.Dの祭りは達磨を通すという鉄の掟のもと式場スタッフは全員赤い法被(はっぴ)を着用、「FU-FUはたがいを裏切らねえ!」という誓いの言葉とともにケーキ入刀、からの「MUGEN ROAD」――という流れのハイロー婚ならやってみたいと思うけれど、夫がぜったいに嫌がるのでたぶん無理だろうな……。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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