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おんなのじかん

2020年4月1日 おんなのじかん

14.妊婦はそんなことを言っちゃいけません

著者: 吉川トリコ

 「あー、しんど。やっぱりやめておけばよかったな」
 二人目の子どもを妊娠中のときに、突き出たおなかをさすりながらぽろりと叔母が漏らした言葉だ。
 当時、まだ二十代前半だった私は、妊婦がそんなことを言うなんて! と衝撃を受けた。妊婦というのは、いつもしあわせのふわふわした綿雲にくるまれてやさしく微笑んでいるものというイメージしかなかったのだ。いまでも相当バカだけど、当時は輪をかけてバカで無知で視野が狭く想像力が足りていなかった。
 叔母がどこまで本気で言っていたのかはわからないが、妊婦だってそれぐらい口にしてもいいじゃんか、といまなら思える。頻尿や腰痛、つわりやむくみ、頭痛や不眠やホルモンバランスの乱れ等々、多くの症状に苦しめられながら数か月間のあいだ胎内にもう一つの命を抱え込み、自分の体が自分のものじゃないみたいにままならなくなってしまうのである。愚痴の一つも言いたくなるだろう。やめときゃよかったと後悔することだってあるだろう。
 おまけに、その先には命がけの出産が待ち構えているのである。死ぬほど痛い思いをして子どもを産んだら、今度は不眠不休の新生児育児が控えている。私なんか、想像しただけで恐怖と不安に押しつぶされてべそかきそうになってしまうのだが、マジでみんな、よくやってるな?! すごい、ほんとうにすごいよ。
 それでもやっぱり、妊婦はそんなことを言ってはいけない、考えてもいけない、というような風潮はいまだに根強い気がする。なんせ「子どもを最低3人くらい産むように」などと政治家が平気で発言するような世界線である。お国のために女が子どもを産むのはあたりまえ、子どもを産まないなんてわがままだ、子どもを産み育てるのは素晴らしいことなのだから女なら喜んでしかるべき等々、耳を疑うような発言がいまだに各メディアから流れてくる。マジであの人ら、女を産む機械だとしか思ってないんだなと愕然とする。
 あいにく女は人間なので、毎日しんどいつわりに苦しめられていれば「いっそ殺してくれ」と思うこともあるだろうし、真夏に臨月を迎えれば「あー、しんど。やめときゃよかった」と言いたくもなるだろう。長引く陣痛にイライラして夫に当たり散らしたくもなるだろうし、いざ対面した我が子をかわいいと思えないことだってあるだろう。ふわふわしたピンク色の綿雲に女を押し込めようとするんじゃないよまったく。
 ――っていまだからこそ思えるようになったけれど、もし自分が妊娠・流産を経ていなければこんなふうに思えていたかどうか怪しいところではある。

 三年前、最初の体外受精で妊娠判定が出た。
 まさか一発で結果が出るとは思っていなかったので、「妊娠してますよ」と医師に告げられたときは、喜びよりも驚きのほうが大きかった。えーっ、うっそー、信じらんなーい! 私たちって超ラッキー夫婦じゃなーい? その先に沼が待ち構えていることなどつゆ知らず、思いがけないコスパの良さに浮かれあがっていた。
 早速「妊すぐ」(※休刊)や妊娠・出産に関する本を何冊か購入し、近所にある女性総合センターの図書館にも足しげく通い、数々の妊娠・出産エッセイなどを片っぱしから借りて読んだ。そうしてはじめて、妊娠・出産というのは百人いたら百通りなのだと知ることになった。
 中でも、田房永子さんの『ママだって、人間』や、はるな檸檬さんの『れもん、うむもん!』などは、一見「おもしろおかしい」タッチでありながら、妊娠・出産・育児にまつわるシビアな現実を描いた名著で、出産したばかりの妹(ゆ)にもプレゼントしたほどである。「妊婦はそんなことを言ってはいけない」の「そんなこと」が率直に描かれていることに、まだ入口に立ったばかりの私は心から安心したおぼえがある。
 正直に言うと、このとき私は、妊娠したことを素直に喜べないでいた。一回目の体外受精で結果が出たことはうれしかったが、妊娠そのものに対しては複雑な気持ちを抱えていたのである。
 秋に韓国に行く予定だったのに、妊娠中に生ものを食べるのはあまりよくないらしいからカンジャンケジャンが食べられない、といういまから思えばクソほどどうでもいい些末な悩みもあれば、この先体調がどのように変化するのかまったく読めないから、手をつけたばかりの連載小説がどうなるか不安でしょうがなかったし、陣痛や会陰切開や産褥など分娩のあれやこれやも心配だった。なによりも、ワンオペ育児になることを恐れていた。
 夫の帰りは毎晩遅い。一ヶ月でも一週間でもいいから育休を取ってほしいと頼んでみたが、「育休は無理でも、時間の融通はきくから」となだめられた。夫は経営者なので、融通をきかせることはたしかに可能だろうけど、それがどの程度の融通なのか、毎日なのか週に一度なのか、わからないことが怖かった。それでなくとも遅筆なのに、この先しばらくは育児に縛られて思うように小説が書けなくなる。友人の作家は五十軒の保育園に落ちたと言っていた。さすがに名古屋ではそこまでひどいことにはならないだろうが、楽観もできない。この先、ハイローの新作が公開されたらどうすればいいんだろう、LDHのコンサートには会場託児サービスがあるが、映画館はさすがに無理だろう……等々、悩みは尽きなかった。
 それでも、検診で心拍が確認できたときには、なにか考えるより先にこみあげてくるものがあったし、「なんてかわいいんだろう」と胎嚢の写ったエコー写真にうっとり見惚れたりもした。性別に関係なくつけられる名前がいいなとあれこれ候補を挙げたりもした。習い事や受験は本人の意志を尊重したいが、英語教室にだけはなんとしても通わせたい。ディズニーチャンネルは必須である。自分があまり本を読まない子どもだったことは棚にあげ、我が子には責任をもって素晴らしい蔵書を揃えてやらなければ、と鼻息も荒く意気込んでいた。
 まだ妊娠超初期段階だというのにベビーグッズ専門店に赴いて、男児用・女児用で色分けされたベビー服を見て勝手にカリカリしたりもしていた。育児雑誌の「男の子の育て方・女の子の育て方」なんて特集を見つけては、ぎえ―――――っと山岸凉子『天人唐草』のヒロインのような叫び声をあげたりもした。ママ友たちとジェンダー観や価値観のちがいから衝突したときにはどうすればいいのだろう、自分が孤立するだけで済むならかまわないが、我が子まで巻き込むわけにはいかないし……と気の早すぎる心配までしていた。
 子どもが生まれてくることが、すごく怖くて、楽しみだった。

 七週目に入ったころに流産した。
 夜中にソファでごろごろしながらスマホをいじっていたら、つるつるとなにかが降りてくる感触があった。痛みはまったくなく、おりものかなと最初のうちは気にせずそのままごろごろしていた。そのつるつるがどろどろに変わったあたりで、やっとなにかがおかしいことに気づいて体を起こすと、ソファに赤いしみができていた。
 風呂場に飛んでいき、下半身をシャワーで流した。そうしているあいだにも、どろどろしたものが脚の間からあふれ出てくる。ひときわ大きな血の塊がタイルの上を流れていったのを見て、もう終わりだ、と思った。胎児が流れていったんだと思った。
 「どうしよう、血が止まらない、どうしよう」
 様子を見にきた夫に告げたら、それまで堪えていた涙が止まらなくなった。
 「いま心配してもしょうがないから、明日病院で診てもらおう」
 あちこち血だらけで、汚れた下着やパジャマやソファもそのままだったし、排水溝には血の塊が滞っている。気にはなったが、後始末を夫にまかせてベッドに横になった。念のため、夜用の生理用ナプキンをつけて、シーツの上にバスタオルを重ねた。
 翌朝、起きてすぐにクリニックに電話して事情を説明すると、すぐに来てくださいと言われた。出血は続いていたけれど、生理用ナプキンでおさまるほどのものだったし、不安のあまり吐き気がするぐらいで体調にも大きな変化はなかった。
 いつも一時間待ちがあたりまえなのに、受付をしてすぐに番号を呼ばれ、内診室に通された。心拍が確認できて、「大丈夫、ちゃんと赤ちゃんいますよ」とカーテンの向こうから励ますような医師の声がした。妊娠判定のときと同じ、「妊娠してますよ」と告げたのと同じ女性の医師だった。切迫流産を起こしかけている、すぐに近くの入院施設のある病院を手配する、黄体ホルモンの薬を多めに出しておくから引き続き飲み続けるように、と説明を受けているあいだ、涙が止まらず、ハンカチで口をおさえて頷くことしかできなかった。

 入院先の大きな総合病院で、もう一度、診察を受けた。
 「あれ? ないよ。いない。剥がれちゃったかな」
 カーテンの向こうから、けろりとした声が聞こえてきた。こちらも女性の医師だった。引っぱりますよー、と電灯の紐を引っぱるぐらいの軽い調子で声をかけられ、ずるりとなにかが体内から抜かれた。
 「処置をしなくちゃいけないから、どっちにしても入院だね」
 クリニックでもらってきた薬はどうすればいいかと私が訊ねると、
 「どうするもなにも、だってもう流れちゃったんだから、飲んだってしょうがないでしょう」
 とその女性医師はばかにしたように鼻で笑った。
 あんまりのことに涙も引っ込んだ。
 医師にとってはいちいち気に留めてもいられない日常茶飯事なんだろう。理解しようと思えばできたが、だからといって許せるはずもなかった。
 「初めて?」
 医師が席を外した隙に、年配の女性看護師が声をかけてきた。医師とはうってかわって、こちらを気遣うようなやさしい声だった。妊娠のことを言っているのか、それとも流産のことを言っているのかわからなかったけど、どちらにしろ初めてのことだったので頷いた。
 「見る?」
 私は首を横に振った。
 「うん、そうだね」
 ほとんど声にならない声で言って、看護師は別室に去っていった。
 放っておいたらその医師に六人部屋にぶちこまれそうになったので、いや、てめえマジでふざけんなよと思いながら個室にしてくれと頼んだ。出産を控えた患者や、出産を終えたばかりの患者と同室になるのだけはかんべんしてほしかった。点滴をしたままぐうぐうと寝て、起きてから個室のベッドで少しだけ泣いた。個室の窓いっぱいに雲一つない透きとおった青い空が見えて、それがよけいに涙を誘った。
 赤ちゃんがいなくなってしまったことが悲しかった。人の心がないみたいな医師のもの言いにぐらぐら煮え立つような憤りをおぼえながら、クリニックの医師や看護師の気遣いをありがたくも思った。その一方で、どこかほっとしている自分もいた。
 悲しい気持ちは嘘じゃないのに、めそめそ泣いてる自分がなんだかしらじらしく思えて、泣きたいのに泣けなくなった。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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