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やりなおし世界文学

2020年4月30日 やりなおし世界文学

(17)「私にはこう見える」の終わりなき戦い――ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』

著者: 津村記久子 , 100%ORANGE

 「パンケーキ。ちっちゃくてほかほかの。卵二個分の目玉焼き。今日は翼のあるウマがやってくるから、月までつれていってあげる。月の上で薔薇の花びらを食べましょう」
 さあわからなくなってきましたよ! という感じだ。きっとその朝食はうまいであろう、と頭では理解できるけれども、生理的によくわからない世界観がこの調子で展開する。本書を読んでいると、自分が子供であったことは(そして今も子供であることは)痛いほど思い出されるのだが、少女濃度はものすごく薄かったんだなということがよくわかる。逆に言うと、本書を読んでいると「なるほど少女とは!」ということがわかってくる。それも、男性全般や少女ではない女性たち、要するに世間という場所から見て都合の良い少女などでは一ミリもなく、当事者少女としての「少女とは!」だ。あまりに濃すぎてついていけない部分も多いけれども、絶対におまえらには妥協せんという強固な姿勢は全面的に窺える。あまりに排他的で選民的で攻撃的な語りに、最初は確かに「あー嫌な女あーほんと嫌な女もうやめようかなこれ」という後悔にまみれてはいはいと読んでいるのだが、読み終わる頃にはオーケー頑張れと呟いている。それこそ世間から見た展開としてはまったくオーケーじゃないのだろうけれども、この子にはこれがオーケーなのだ。たとえ少女であったことがなくても、子供であったことを覚えている人なら、おそらく共感していただけるだろうと思う。
 ここ数年の自分が「この人のように書けるようになりたい」と思っているのは、ケヴィン・ウィルソンという作家さんなのだけれども、この人がシャーリイ・ジャクスン賞を受賞しているということで、著者の名前を知った。タイトルとあらすじで、えーでもずっとお城で暮らしてる人には興味ないなあ、この従兄とやらが姉妹の間に割って入って少女だった私にさよならとかいう展開やったらほんっとつまんね、きっしょ、となぜか高いテンションで忌避していたのを乗り越え、今回読むことになったのだが、忌避していた自分にはとりあえず「大丈夫やで」と言ってやりたい。
 十八歳のメアリ・キャサリン・ブラックウッドは、しょぼい村のはずれにあるお屋敷に住む姉妹の妹で、お屋敷では六年前に彼女の姉のコンスタンスと伯父のジュリアンおじさんを除く全員が砒素で毒殺されるという事件が起こっていた。しょぼい村の村人たちは、お屋敷に住む金持ちのブラックウッド家が私有地に金網を巡らせてバス停への近道をふさぐなど高慢さを隠さないブラックウッド家の人間を憎んでいるので、この出来事はざまあみろでしかなく、容疑がかかったのが長女のコンスタンスだというのがまたたまんねえなおいという感じで、彼女の代わりにしぶしぶ買い物と図書館の本の貸し借りに出てくる妹のメアリ・キャサリンを馬鹿にすることを楽しみに暮らしている。メリキャットと呼ばれるメアリ・キャサリンも、大概気位が高く性格も悪いので、村人たちとの仲はすこぶる悪い。しかし、自宅のお屋敷で姉コンスタンスと暮らすことには幸せを感じているし、ジュリアンおじさんにも一応やさしくしてやろうぐらいの気持ちは持っている。妖精のお姫さまのようなコンスタンスは、「いちばんみじめだったときもピンクと白と金色、その輝きを弱めるものは何一つ」なく、家事に万能な上に、広い敷地で作物を育てることにも長けている、ある意味理想のお嫁さんのような人だ。メアリ・キャサリンの目から見て、そして知りうる情報において、姉妹の母親は神経質な嫌な女で、父親は着飾ることに夢中なのに清潔でもない薄っぺらな男だったため、もしかしたら両親が生きていた時よりも良いものなのかもしれない。しかし、メアリ・キャサリンとコンスタンスと毒で弱っているジュリアンおじさんの生活は、またメアリ・キャサリンにとっての「ゆったりしたすばらしい暮らし」は、従兄のチャールズ・ブラックウッドの訪問をコンスタンスが招き入れたことから終焉を迎える。
 独善的で不潔で高慢なメアリ・キャサリンが割れ鍋としたら、美人で理想の奥さんのようで流されやすさが不気味なコンスタンスは綴じ蓋だ。二人はある金持ち一家の破滅という状況に対して、とてもよく機能している。ただ、読了すると、それは本当に破滅だったのだろうか? と強く思えてくる。世間的にはかなりやばいことになっているかもしれないけれども、メアリ・キャサリンと視点を共有するうちに、確かにこういう幸福もあるんじゃないかと思えてくる。ちなみに従兄のチャールズというのは、メアリ・キャサリンに少女の私にさよならさせるどころか、言及の価値もないようなしょうもない男だ。率直に言ってそういうところもすごくこの小説に共感した。
 「超自然的要素を排し」というあらすじの文が気になっていたのだが、確かにこのなりゆきと結末は「ありうること」だし、怖いことでもあるかもしれない。本書は恐怖小説というジャンルにも括られるようだ。けれども単なる小説として読んだ場合、所感として残るのは恐怖ではなく、一人の女の子が自分の世界を守りきろうとする、幻視を伴う異常なまでに強い意志だ。それはどこか、読者が時間の経過の中で失っていった子供時代への弔いのようにも思える。もしかしたら私も、団地の敷地の中の秘密基地でずっと暮らしたかったのかもしれない。親はすごく怒ったけれども。メアリ・キャサリンの主観は、それが世間的に正しいか間違っているか、幸福か不幸かということとは一切関わりなく、自分の世界を守るということにおいてはどんなことがあっても負けない。メアリ・キャサリンは客観的に見て嫌な子だし、友達になりたいなんて少しも思わないけれども、それでもその気概には、自分の中の子供が敬服するのを感じた。
 しょぼい村の村人たちの執拗な嫌な奴ぶり、そして姉妹の危機に際してのひどい振る舞いには、姉妹の閉塞した世界やジュリアンおじさんの奇行とはまた違った、リアリティを感じさせる怖さがある。個人的にはむしろ、姉妹に牙を剥く村人たちの妬み嫉みの方が恐怖小説にふさわしかったように思う。
 六年前の事件の被害者には、両親とジュリアンおじさんの妻、そして弟も含まれていて、死んだ弟には確かに同情する。だから犯人は許されないという考え方もあるだろうし、わたし自身も同じ社会で暮らしていたらおそらく許しはしないだろう。ただ、それとはべつに、こういう幸福の形もあるだろうと思う。それは世間の誰とも比べ合うことのない、子供の瞬間的な幸福の永続のようでもある。やれるところまでやってくれ、自分の代わりに、と思った。

ずっとお城で暮らしてる

ジャクスン/ 市田泉  

2007/8/24発売

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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