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おんなのじかん

2020年7月1日 おんなのじかん

19. スパゲッティ・ポモドーロ・アルデンテ

著者: 吉川トリコ

 料理をおぼえたのはいつごろだっただろう。ここ数日ぐらいずっと考えているのだが、はっきりしたことが思い出せないでいる。
 いつのころからか、夕飯の米を研ぐのは私の仕事になっていた。母に電話で指示されたとおり、レタスを洗ったり、海老の殻を剥いたり、カレーや肉じゃが用のじゃがいもの皮を剥いたり、ハンバーグの玉ねぎをみじん切りにしておくのも。下ごしらえのその先、海老フライの衣をつけたり、カレーを煮込んだり、ハンバーグをこねたりするのは母の仕事で、ひそかに憧れたものだった。
 餃子だけは包むところまでさせてもらえた。私はひだを細かくつけることができて母に褒められたが、妹(ま)はぜんぜん上手にできなくて、さんざんマウンティングしたことをおぼえている。そのうち妹(ま)は真面目に餃子を包むことを放棄し、大胆に皮を二枚使って花の形の餃子を作ったり、当時流行っていたキャラクターを模したりとやりたい放題しはじめた。ほんとうは私も真似したかったのだが、尾張富士より高い姉としてのプライドがそれを許さなかった。実際に焼いてみると、妹(ま)の作り出した変形餃子はことごとく皮が剥がれて見るも無残な姿となり、それ見たことか、そんな邪道がまかり通ると思うな、と鬼の首を取ったようにばかにして笑ってやった。
 同じ環境におかれていたのに、三姉妹の中で妹(ま)だけが結婚するまでほとんど料理をしたことがなかったのはどうしてだろうと長らく疑問に思っていたが、たったいまその謎が解けた気がする。あれだけ姉にマウントを取られたら、そりゃあやりたくもなくなりますよね。ごめん、ごめんね、妹(ま)よ。もしまた来世で姉妹になったらマリオは譲る。未来永劫ねえちゃんがルイージでいいから……。
 中学生のころにはオムライスやスパゲティや焼きそばなど、簡単なものなら自分でも作れるようになっていたが、それをいつ覚えたのかがどうもはっきりしない。こんにゃくは下ゆでするとか、茄子は水にさらしてあくを抜くとか、海老の背わたを取るとか、さやえんどうのすじを取るとか、数の子のわたを剥くとかいった細かいことは母に教わった記憶があるのだけど。
 それから、フライパンは熱いうちに洗うということも。「鉄は熱いうちに打てって言うでしょ?」と母はしきりに言っていて、ことわざ辞典を熱読するような子どもだった私は、そのたびに意味がちがうんじゃないかともやもやしていた。それにテフロン加工は鉄じゃないのでは……? とか。まあ、ニュアンスはわからなくもないんだけど(ヤな子どもだなー)。
 一時期みじん切りにした玉ねぎを炒め、ホールトマトをつぶして煮込んだトマトソースのスパゲティをしょっちゅう作っていたのだが、あれはどこで覚えたんだろう。オリーブオイルににんにくの香りを移し、パスタのゆで汁と乳化させてソースを作るなんてことや、ポモドーロなんて名称を覚えるのはずっと後のことで、煮詰め方が足りず、酸っぱいばかりで味のとがったトマトソースをゆであげたスパゲティにぶっかけただけの料理を得意げに家族や彼氏にふるまっていた。まるで「スパゲッティバジリコ」で大はしゃぎしていた黒板五郎のようだが、九〇年代前半の日本の地方都市のイタリアン観などその程度のものだったのである。
 高校生のとき、友人と名古屋駅の生活創庫(※現在はビックカメラ)の裏にあった洒落たイタリアンレストランでランチを食べたことがある。山本屋の味噌煮込みうどんもびっくりの芯が残りまくったガジガジのスパゲティを、「これがアルデンテというやつか」と私たちは思い込み、おいしい、おいしいと言いながら必死に咀嚼して飲み込んだ。
 アルデンテという概念は『ミスター味っ子』のミートソーススパゲティの回で、スパゲティを窓ガラスに貼りつけて芯を透かして見る、という常人には到底思いつかない奇天烈なエピソードですでに履修済みだった。「これが正真正銘、本物のアルデンテ! 我々はいま真のアルデンテを食べているっっっ!」と感動した私は、家でそのゆで加減を再現しようと試みたが、スパゲティの袋に表示されている時間よりいくらか早めにざるにあげても、どうしたって「真のアルデンテ」にはならなかった。スパゲティはお湯から引き上げても余熱でどんどん火が通るということを知るのはこれまたちょっと後のことである。本場イタリアでも地域や家庭によってはさしてアルデンテにこだわらず、ぶよぶよにゆでたスパゲティを食べたりすることがあると知るのも。そういえば名古屋人の私も、味噌煮込みうどんはやわらかめのほうが好きだ。
 最近ではアルデンテのゆで時間まで記してあるメーカーもあるが、それでも「真のアルデンテ」にはなりようがないから、あのお店の料理人はよっぽど早くに鍋から引き上げていたのだろう。どうしてそんなことになったのか、それがあのお店のスタンダードだったのか、いもっぽい女子高生をからかってやるつもりだったのか、いまとなっては確かめようのないことである。高校を卒業してからもう一度その店に行ってみたけれど、すでに別の店に変わっていた。
 ちなみにだが、うちの母はつい最近までイタリア料理のことを「イタめし」と呼んでいた。
 イタめし。
 なんていやなかんじのする言葉だろう。
「イタめし」と口にするとき、人はだいたい調子こいている。本人は無自覚でも、「イタめし」という言葉の持つ拭いがたい調子こきのニュアンスに引きずられ、高みからすべてを見下すようなぞんざいな態度を取ってしまう。そもそもはバブルのころに「フランス料理ほどハードルが高くなく、気軽で手ごろ」というある種の見下しを込めてつけられた名称のようなのだが、新しく日本に入ってきたイタリア料理についてきちんと学ぼうともせず、アルデンテだのキャンティだの、それっぽい単語を並べることで通ぶっている「ギョーカイ人」の浅はかな精神性が透けて見えるような言葉である。同じ調子こきなら、「スパゲッティバジリコ」でいつまでもはしゃいでいた黒板五郎のような調子こきに私はなりたい。

 二十歳で家を出るときに、実家にあった一冊のレシピ本を盗んできた。母が持っていたレシピ本はそれだけで、長らく使っている様子もなかったから、私が持って出ても問題ないだろうと思ったのだ。
 いま手元にないのでうすぼんやりした記憶しかないが、けっこうなぶ厚さで膨大な数のレシピが掲載されていた。日本の基本的な家庭料理が網羅してある上に、ケーキのようにかわいく飾られたちらし寿司とか、なんちゃってビーフストロガノフとか、海老や野菜をコンソメ味のゼラチンで固めた、見たことも食べたこともないような料理まで載っていて、子どものころは見ているだけでわくわくしたものだ。
 しかし、いざ自分がそのレシピを活用する段になると、当時にしてすでに古くさい雰囲気があって、すすんで試してみる気にはなれなかった。なんといっても当時の私ときたら「スパゲッティ・ポモドーロ・アルデンテ」全盛期である。スパゲティサラダのレシピを鼻で笑い、ナポリタンなんて邪道中の邪道、イタリア人に対する最大の侮辱だと思い込んでいた若かりしころである。
 では、なにを頼りに料理の道を切り拓いていったかといったら、ここで『オレンジページ』が登場する。一人暮らしをはじめたばかりでレシピ本を買うようなお金はなかったけれど、当時400円もしなかった『オレンジページ』ならなんとか買えたのだ。唐揚げや生姜焼きなどの基本的なレシピ+大胆なアレンジを加えたものという構成が、好奇心旺盛な料理初心者にはとにかくありがたかった。なにより雑誌だけあって、いま作りたい、いま食べたい旬なレシピばかりというところが、「スパゲッティ・ポモドーロ・アルデンテ」な私にもフィットした。料理の基礎のほとんどは、『オレンジページ』に教わったと言っても過言ではない。
 最近ではスマホ一つであらゆるレシピが無料で見られるようになったので、便利な時代になったものだとばかり思っていたのだが、料理をするようになって日の浅い妹(ま)によると、情報があふれすぎていてどこから手をつけていいのかわからないのだそうだ。たしかにネットのレシピは玉石混交だし、ある程度、料理経験を積んだ私でさえ、たまにおかしなレシピを引き当ててしまうぐらいだから、初心者がそれを見極めるのは難しいかもしれない。近ごろはレシピ動画も増えているけれど、文字に書きおこしてくれたほうがありがたいと思ってしまうのは私が年寄りだからだろうか。
 とまあそんなわけで、ネットにはあまり頼らず、「だれでもかんたんお手軽レシピ♪」的な謳い文句のレシピ本を何冊か買い求め、しばらくやりすごしていた妹(ま)だったが、先日ついに運命のレシピ本——『土井善晴さんちの 名もないおかずの手帖』に出会ったという。「レイアウトも写真もすごく好みで、見ているだけでうっとりする。なにより私でも作れそう、と思わせてくれるシンプルなレシピに胸が躍る」とのことで、わかるわかる、その感覚私も知ってる! と引きずられるように古い記憶が蘇った。

 私がはじめて自分で買ったレシピ本は、高山なおみさんの『野菜だより』だ。なぜか近所のコンビニの雑誌売り場に置いてあって、雷に撃たれたような衝撃を受けた。野菜をメインに一冊作ってしまうという大胆さにまずしびれたし、装丁から写真からフォントにいたるまで洗練されているのにどこか素朴なかんじもあって、料理の工程を記しているだけなのに詩情の立ちのぼる文章に夢中になった。
 それからというもの高山なおみさんのレシピやエッセイをあれこれ買い求め、「高山なおみかぶれ」期がしばらく続いた。ナンプラーを家に常備するようになったのは、完全に高山なおみさんの影響である。高山なおみさんの本に「ベトナム風ナポリタン」なるレシピが載っていれば、もはやこれは立派な創作料理であると認めざるを得ず、ついに「スパゲッティ・ポモドーロ・アルデンテ」も卒業した。
 ちなみに高山なおみさんのレシピは、妹(ま)には「高尚すぎる」とのこと。
「"1 前日の下ごしらえ。"って書いてある時点で詰む」
「あー、なおみそういうとこあるよね」
 そう言われてしまったら、笑って引き下がるよりほかにない。
 どんな本だって著者(や編集者やデザイナー)の思想や美学や哲学を享受するものだと思うけれど、中でもレシピ本というのは、著者の思想や美学や哲学を、五感ぜんぶで受け入れ味わい尽くすことのできる数少ない表現形態かもしれない。だから、人によって「合う/合わない」がはっきりと出やすいジャンルでもあるんじゃないだろうか。
 それまで『オレンジページ』やスーパーに置いてある無料の冊子で済ませていたのを、「高山なおみかぶれ」期以降は、いろんなレシピ本をすすんで買い集めるようになった。ひとたび気に入った著者の本は、その思想も美学も哲学もフィットするということに相違ないので、つい何冊も買い求めてしまう。
 自分の好みの傾向としては、「アジア(とりわけ東アジア)」「料理をおいしくするための理屈が書いてある」「多少手がかかってもいいからなるべく本格的な味を再現する」「化学調味料は使わない」「驚きと新しさ」あたりだろうか。「食べたい!」と「作りたい!」のバランスが取れていることも大事なポイントかもしれない。どんなに食べたくても手のかかるレシピだとなかなか作る気にはならないし(私にとってはコロッケやフムスがそれにあたる)、どんなにお手軽でもそそられないレシピだってある。料理の写真は、見る者の欲望をやたらとかきたてるようなシズル感でぬらぬらしたものより、控えめで落ち着いたもののほうが好みだ。
 そんなこんなで、いまうちには三十冊以上のレシピ本があるのだけれど、長いあいだなかなか活用できていなかったのを、コロナの自粛期間を機に積極的に活用してみることにした。てきとうな炒め物や煮物ばかりのルーティーンに陥っていた我が家の食卓が、にわかに豊かさを取り戻したのはいいものの、自分で作るごはんがおいしくてつい食べ過ぎてしまうのがたまに瑕ではある。
 そういえば、ここしばらくトマトソースのスパゲティは作っていない。我が家の定番は、冷蔵庫にある食材でてきとうに作るオイルベースのスパゲティに取って代わってしまった。トマトのパスタといえば、夏に生のトマトで冷製のフェデリーニを作るぐらいで、ごくまれにナポリタンを作ったりもする。2.2mmの太麺をぶよぶよにゆであげて、トマトケチャップをたっぷり投入し、仕上げに溶き卵を流し入れる名古屋式のやつを。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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