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おんなのじかん

2020年8月19日 おんなのじかん

22. お金なんかと君は言うけれど

著者: 吉川トリコ

 一生お金に困らない相をしている、と言われたことがある。
 手相もそうだし、耳の形も、あと四柱推命や姓名判断や戯れに友だちが占ってくれたタロットなんかでも、だいたいいつも「一生お金に困らないが、金持ちにもならない」という結果が出た。
 そんなことを言われても、若いころはぜんぜんうれしくなかった。なんかしけててつまんない人生だな、と思って。どうせなら超豪華なペントハウスに住み、ハイヤーを乗りまわし、エコノミークラスとはおさらばして、値段も見ずに服や靴をばかすか買うような金持ちになりたかった。
 金持ちのイメージがあまりにも凡庸で我ながらびびるが、当時の金持ち代表といえばパリス・ヒルトンだったので、まあそんなもんだろう。いまだったら映画『パラサイト』に登場するあの家族のイメージになるかもしれない。韓牛入りチャパグリを日本に置き換えたらどうなるんだろう。日清焼きそばとサッポロ一番を和牛入りでとか?
 しかし、よくよく考えてみると、別にペントハウスに住みたいとは思わないし、爆買いもそんなにしたいとは思わない。エコノミークラスとはおさらばできるものならしたいが、COVID-19の世界的流行のため日本に閉じ込められている現在、LCCでもかまわないから飛行機に乗って海外に行きたくてたまらない。韓牛入りチャパグリはコロナ関係なくいつでも食べたい。
 もはや金持ちがどうのという話ではなくなってきたが、つまりはそういうことなのだ。そりゃあお金がたくさんあるに越したことはないけれど、「お金に困っているわけではないが、金持ちではない」という状況が、そんなに悪いものではないことをすでに私は知っている。

「ビンボー知んないからビンボー恐くないし」
 岡崎京子『ハッピィ・ハウス』の終盤でマツダくんが言っていた台詞だ。
 何不自由なく育てられたおぼっちゃまだからこそ言えてしまう傲慢な台詞だといまなら思うが、はじめて読んだとき、マツダくんとさほど年齢の変わらなかった私の胸にはなぜだか妙に残った。
 どんな話の流れだったかはもう忘れてしまったが、マツダくんの台詞をそのまんま母の前で口にしたとき、なんにもわかってない子どもがなにを言ってるんだと鼻で笑われた。当然だ。私が母でもそうするだろう。十四かそこらの小娘にそんなことを言われたら、大人は鼻で笑うしかない。なんにもわかってない子どもだからこそ、たやすく無敵の気分になれるんだってことを大人は忘れてしまっているから。
 私が二十歳で家を出たときも、マツダくんのこの台詞が頭のどこかにあった。短大を卒業したばかりで就職活動をいっさいしなかった私は仕事もなにも決まっておらず、何不自由なく暮らせていた実家を出て、お金のない生活が始まることだけはわかっていた。それがどんなものなのか知らないから、恐くはなかった。私にとってマツダくんの言葉は自由の翼のようなものだったのだ。
 時給八百円の喫茶店のアルバイトで得られるお金は多いときで月十二万円、少ないときは十万円を下回ることもあった。五万円の家賃を支払ったら、ほとんど手元に残らない。つきあいはじめたのとほぼ同時にいっしょに暮らすようになった彼氏(現夫)がいなければ、半年も経たないうちに詰んでいたんじゃないかと思う。
 一度ほんとにお金がなくて困ったときに、家にあったCDを何枚か売りに行った。THE YELLOW MONKEYの「FOUR SEASONS」初回限定盤が思いのほか高く売れたことをいまだによく覚えている。あの節はほんとうにありがとうございました、あの時助けていただいた私です、とだからいまもイエモンには頭が上がらない。電気代とガス代が払えなくて、真夏に真っ暗な部屋の中できゃあきゃあ言いながら彼といっしょに冷たいシャワーを浴びたこともあった。当時、日雇いで働いていた彼がすぐにお金を作ってきて、ドライブがてらガス会社の営業所に料金を支払いに行ったりした。
 そういういちいちを、私たちはどこかで面白がっていた。貧乏ごっこ。大人ごっこ。電気とガスこそ止められてしまったけど、「明日食う米がない」というような切羽詰まった状況に陥ったことは一度もなかった。ごっこだから楽しんでいられた。
 私たちはまだ子どもで、自分の人生に責任を持っていなかった。この先死ぬまで、うんざりするぐらいの長い年月、自分でお金を稼いで生きていかなきゃならないという想像がすこんと抜け落ちていた。

 転機が訪れたのは二十六歳。小説の新人賞を受賞し、そこから私の人生(というか金遣い)は大きく変わることになる。
 賞金と受賞第一作の原稿料、合わせて五十万近くがいきなりまとめて入ってきたときには、かなりの衝撃だった。当時、家業を手伝っていた私の月収の、実に三ヶ月分に相当する額である。
 この出版不況のさなかに新人賞を獲ったぐらいで仕事を辞めるような小説家はいないだろうし、仮にいたとしても編集者が全力で止めるだろう。私の最初の担当氏(さ)も、新人賞を獲ったぐらいで東京に出てこられても責任を取れないと思ったのか、「いまはネットがあるから名古屋でも小説の仕事はできる」とくりかえし釘を刺していた。
 上京こそしなかったものの、一冊目の単行本が出ると同時に私はあっさり仕事を辞めた。一冊目の原稿を書き終えてすぐ、新潮社の携帯サイトで二作目の連載がはじまり、そちらの原稿料も当時の私からすればかなりの大金だった。「えっ? 仕事辞めちゃったの?!」と担当氏(さ)は驚いていたけども、辞めるなというほうが無理な話だったのだ。
 小説家として、幸先もかなりよかったほうだと思う。デビュー作は売れなかったけど(それどころか二冊目も三冊目も四冊目もえんえんずっと無限に)、あちこちの出版社から声がかかり、あちこちでコンスタントに連載や刊行の機会を与えてもらったおかげで、ある程度自由になるお金ができた。『グッモーエビアン!』が二度にわたって映像化され、定期的に原作使用料も入ってきた(額こそ減ったがいまだに入ってくる)。
 思えば当時はひどいお金の使い方をしていた。値段も見ずに服や靴をばかすか買う――とまではいかなかったけど、身の丈よりちょっとお高めの服や靴を躊躇なく買ったりしていた。ほんの一駅の距離でもタクシーに乗り、中身をよく吟味もせずネットで本やCDやDVDを買いあさり、二十代にはいささか贅沢すぎる高級化粧品を使い、栄養過多で吹き出物をこさえたりしていた。それまで貧乏旅行ばかりで安宿一辺倒だったのに、急に高級ホテルに泊まりたがるようになった私に夫はあからさまに引いていた。調子こいて新幹線のグリーン車に乗ったりしたこともある。
 お金の使い方を知らない人間がいきなり金を手にするとこうなるという見本のような浪費ぶりだが、念のため書いておくと、私程度の売れない小説家の収入などたかが知れている。それまでが底辺だっただけのことで、ほんとにマジでたいした収入じゃないので、小説家に夢を見ないほうがいい。私がデビューしたころよりさらに状況は悪くなってるから、もしこの先、新人賞を獲ったとしても仕事はぜったいに辞めちゃだめだぞ! どの口が言うってかんじだが、これが先輩としてできる精一杯のアドバイスだ(そうは言っても、仕事は辞めたいよね……わかるよ……)。
 当時、購入したものでいまも手元に残っているのは、はじめての重版記念に買ったアーロンチェアと映画が公開された記念に買ったセリーヌのラゲージ、未読のまま積んである本がいくらかあるぐらいで、あとはぜんぶ処分したんじゃないだろうか。貯金なんてほとんどせず、入ってきたら入ってきただけ使ってしまった。
 なんてひどいお金の使い方をしてたんだろうと後悔する気持ちもあるけれど、一度はやっておかなきゃ気が済まなかったんじゃないかなとも思う。食べたことのないものは食べてみたいし、行ったことのないところには行ってみたい。贅沢を知らないから贅沢に憧れていただけで、その片鱗でも知ってしまえばどうってこともなかった。
 いまの私は、一駅分タクシーに乗るぐらいなら歩くことを選ぶ。シーズンごとにばかすか服を買うのではなく、これという一着をよく吟味して買う。こってりした高級化粧品より軽い使い心地の韓国コスメのほうが好きだし、グリーン車はその価値が私にはわからないからもう乗らない。ブランドバッグは欲しくないといったら嘘になるけれど、加齢とともに革のバッグは重くてしんどくなってきて、いまは無印のリュックをヘビーユースしている。欲しい本があるときにはなるべく地元の書店に行き、ついでに店頭に置かれている本をじっくりと見る。それが、いまの私にとってはいちばん気持ちのいいお金の使い方だ。
 先日、推しの誕生日にけっこうな額を課金したものの、結局ガチャで推しのカードが出なくてあとからめちゃくちゃ落ち込んだので、ソシャゲに課金するのはもう止めようと心に誓った。ガチャに何万も突っ込んだとか廃課金者とか、そういうエピソードを武勇伝みたいに語って面白がるフェーズはもう過ぎた。これからは課金するとしてもワンコインとかその程度で、ちょっとずつ楽しむつもりである。

 改めて考えてみると、「一生お金に困らない」って、それもうじゅうぶん金持ちやんけという気がしないでもない。
 年を取ったからというだけでなく、この二十年ぐらいでどんどん日本が貧しくなり、少しずつ意識が変わってきたこともあってそんなふうに感じるんだろう。平均賃金は二十年前と変わらず横ばいのままで、いまや子どもの貧困は七人に一人の割合にのぼるという。親から負の遺産を背負わされることもなさそうだし、夫も元気に働いていて、私はかなり恵まれているほうなんじゃないだろうか(生き別れの実父がかなりやばそうではあるが)。
 お金に困っていないというただそれだけで、だれかから不当になにかをかすめ取っているような気持ちになることさえある。地域の子どもセンターや貧困家庭、コロナで困窮する人のための寄付をせっせとしているのは、善意からというより罪悪感にかきたてられてのことだ。ほんのわずかな額だけれど、なにもしないよりはましだと思って。経済的な余裕があるいまのうちにしかできないから、と。国の福祉がちゃんと機能していれば、こんな罪悪感を抱くこともないだろうにと思いつつ。
 明日は我が身というけれど、出版不況もいよいよやばいことになっていて、連載媒体はどんどんなくなっているし、初版部数はしぼられる一方で、この先、小説家としてある程度の収入を得続けるのは難しいだろうなと思っているところだ。一部の売れっ子を除き、私レベルの小説家では、あと十年もてばいいところなんじゃないだろうか。コロナでの直接的な影響はいまのところないけれど、長い目で見たら決して楽観できる状況ではない。
 「あなたには夫がいるからいいでしょ」
 と何度か人から言われたことがある。いざとなったら夫に頼れるからいいじゃないか、と。
 たしかに夫の存在はある程度の安心を与えてくれるものかもしれない。だけど、いつなにが起こるかわからないし、自分一人が食うぐらいならなんとでもなるが、いざというときに夫を養えるだけの甲斐性は私にはない。そのことを考えると、ちょっとだけ胃が重くなる。
 大ヒット中の韓国ドラマ『愛の不時着』の主人公セリは財閥令嬢で会社経営に敏腕を奮う超セレブという設定だが、相手の男性リ・ジョンヒョクが武力でセリを守ろうとするのに対し、唸るような財力で愛する人たちを守ろうとするセリの姿が見ていてとにかく痛快だった。
 金は力だ。いとしいだれかの体を温め、腹を満たし、危険から守ってやることも自由を与えてやることも夢をかなえてやることだってできる。「愛があればお金なんかいらない」じゃなくて、「愛があるからお金がいる」のだ。
 小説家を続けているかぎり引っくりかえっても無理そうだけど、金持ちになれるものならやっぱりなりたいかもしれない。自分のためでなく、愛する人のために。いまじゃすっかりビンボーを恐れる大人になってしまったから。
 両目を¥マークに変えて今日も私はキーボードをたたく。この小説が売れに売れ、日本で映画化されるだけでなくハリウッドリメイクまでされて世界的なベストセラーになりますように。イエス、メイクマネー!

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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