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おんなのじかん

 旅がしたい。
 安西先生、旅がしたいです……。
 自分が十代だったころのジャンプ漫画からの引用は二度とするまいと思っているにもかかわらず、ついつい『スラムダンク』の名セリフを引用してしまうぐらいに旅がしたい。その後も次々とヒット作があらわれ、一世を風靡した『鬼滅の刃』でさえすでに連載終了したというのになんで私はいまだに三十年前のジャンプ漫画を引用してしまうのか、しかしそんなことはどうでもいいから旅がしたい。
 最近、旅っぽい夢をよくみる。搭乗時間をとっくに過ぎてるのに汗だくで空港に向かっていたり、しかもその途中でパスポートを忘れていることに気づいたり、パリのような香港のようなマラケシュのような不思議な異国の地でその日の宿を探していたり、ひどいときにはいま暮らしている街とさほど変わらない場所を旅と称して歩いていたりすることもある。結局のところなんでもいいんだなと思う。旅してる気分にさえなれればそれで。そもそも夢をみるという行為自体が旅のようなものだし。
 GoToトラベルだなんだと夏休み前から日本中が大騒ぎしているけれど、コロナウィルス感染者がいまだに増減をくりかえしている最中でさすがにまだ大手を振って旅する気にはなれず、ひたすらずっと家にいる。この半年間で市内を出たのはたったの一度だけ、車で三河のほうに義父の納骨に行ったぐらいだ。
 国内旅行も嫌いじゃないけれど、やっぱり海外を旅するのとでは達成感や解放感がぜんぜんちがう。通貨も言語も文化もルールもなにもかもが異なる場所で、戸惑ったりもたついたり不安をおぼえたりするのが私は好きだ。ふだん、あたりまえのように自分を取り囲んでいるさまざまなものから自由になれる気がする。日本にいるときは、レジや改札前でもたつくおばさんにはなりたくないと死ぬほど気を張っているのに、おかしな話だとも思うんだけど。

 はじめての海外旅行はトルコだった。ちょうど二十年前に、高山なおみさんのレシピ本に出会ったのと同じコンビニでトルコのガイドブックに出会ったのがきっかけだ。カッパドキアの風景が表紙に使われていて、波のようにうねうねとした奇妙な岩の質感に一目で釘付けになった(それにしても、あのコンビニの選書はだれがしていたんだろう。ふつうのコンビニにはなかなか置いていないようなラインナップ。個人経営のお店だったのかしらん)。
 さて、ここで再び自分が若者だったころの話を持ち出すクソ中年しぐさをするのだが、九〇年代後半、ロスジェネ世代の我らにとって憧れの旅のスタイルと言えばバックパッカーであった。沢木耕太郎の『深夜特急』が大沢たかお主演でドキュメンタリードラマ化されたのが九〇年代後半、ちょうどそこへ猿岩石ブームやフリーターブームが重なり、それからちょっと遅れて「あいのり」が始まった。
 バブル崩壊後の日本を生きる若者たちにとって、バックパッカーという旅のスタイルはたまらなく自由で魅力的なものに映ったのだろう。まだ日本がかろうじてゆたかだったころの残滓をぺろぺろ舐めながら、非正規雇用バッチコーイ! とばかりにバックパックを背負って何か月にも及ぶ放浪の旅に出る若者が周囲にもちらほらいた。いかにお金をかけずに世界中を旅してまわったか、いかにたくさんの国に行ったことがあるか、いかにだれも行かないようなマニアックな土地に行ったかとマウントを取り合うような、いまから思えばなんともおめでたい時代であった。
 個人的には、角田光代さんや中山可穂さんの"バックパッカーもの"の小説や紀行エッセイの影響も大きかった。だからもし自分が海外を旅するなら、当然バックパック旅行であると思い込んでいたようなところがある。
 が、しかし。
 私たちには金もなかったが、時間もなかったのである。もっと言えば根性もなければ語学力もなく、経験も知識も乏しかった。
 当時、私も夫もフリーターをしていたが、そうは言っても自分がシフトを抜けたら店がまわっていかないのでそうそう長期休暇など取れるはずもなく、旅行に行っているあいだも家賃は発生するし帰ってきてからの生活だってある。そのうえ二人とも初の海外旅行、いきなりハードなバックパック旅行はさすがに無理ではないかと日和り、なんとも中途半端な旅をすることとなった。いちおうでっかいリュックを背負ってはいたものの、アガサ・クリスティの定宿に泊まり、オリエント急行に乗りたいという希望を優先したため、時間のロスも多くコスパの悪い旅となってしまった。
 三週間かけてヨーロッパを旅したときはユーレイルパスだけ持って現地でその日の宿を調達するバックパック旅行ではあったが、昼間からシチリアの海辺のレストランで生牡蠣とウニを食いながらワインを飲んだりするような贅沢をしていた。お金に余裕があるなら必要以上にケチケチすることもないと今でこそ思うが、当時は「清貧こそ旅の美徳」とどこかで思っていたところがあり、目先の快楽に溺れた自分を恥じたりしていた(バカ……)。
 タイに行ったときなどは、"バックパッカーの聖地"カオサンロードの安宿(ダブルで一泊二千円)に泊まった翌日に高級ホテルのスイート(キングで一泊二万円)に泊まったりしていた。いったいおまえはなにがしたいのかと二十代の自分を呼び出して小一時間ほど問い詰めたい。
 その後、雑誌のアンケートで角田さんが「もうバックパックはやめました」と書いていたのを読んで、すっかり憑き物が落ちた。「もっと早く言ってよ!」と逆恨みしそうにまでなった。
 どんだけ人に影響されやすいんだというかんじだが、そもそもバックパッカーに対する憧れ自体、一時のブームに乗せられたふわふわしたものだったのだからしょうがない。バブル以降、「海外でブランド品を買いあさるアーパー日本人」に対する批判をあちこちで見聞きするようになり、あんな風にだけはなりたくない、私は私だけの旅のスタイルを確立してみせる! と気負うあまり、お金がなくても可能でなんとなく個性的なかんじのするちょうどいい旅のスタイルとして、バックパッカーに飛びついたまでのことだった。

 それから私の旅がどのように変わったかといえば、周遊型ではなく一都市滞在型となり、チケットはそのときいちばん便利で安いものを買い、ホテルはハイ過ぎずロー過ぎないちょうどいい価格帯でなにはおいても立地優先で選ぶようになった。映画祭開催中のリヨンで宿が取れずにひどい目に遭ったことがあるので、以来現地調達スタイルはいっさい止めた。
 リゾートよりも都会が好きで、観光スポットに行くこともあるけれどどちらかというと街歩きのほうが好きなのは以前と変わっていない。一時期、あんなにも忌み嫌っていた「海外でブランド品を買いあさるアーパー日本人」のように爆買いに走ったこともあった(両手いっぱいに紙袋をぶら下げていたらパリジェンヌに指を差して笑われた)が、そんな季節もとうにすぎ、いまやiPhoneの奴隷状態である。iPhoneの登場は我々のライフスタイルを大きく変えたが、旅のスタイルまでがらりと変えてしまった。
 あらかじめ行きたい場所をピックアップし、Googleマップに印をつけておけば交通手段もわかりやすく示されるので最短距離で効率よくまわれるようになった。私の体感では、丸腰で街歩きをしていたときよりも、一日にできることが2、3アクションほど増えたんじゃないだろうか。
 しかし、予定ギチギチの詰め込み型の旅行はそれはそれで疲れるものである。iPhoneに操られ、iPhoneの示すとおりに順繰りにまわって、「済」のスタンプを捺してるだけのような旅。お目当ての場所にたどり着けた達成感は得られるものの、作業ゲーのような虚しさを感じることもないではない。自由になるために海外まできてるのに、iPhoneの奴隷と化してるなんてどういうこっちゃと呆れもする。
 はじめてトルコに行ったときは、夜行列車の出発時間までイスタンブールのガラタ橋のふもとに座り込んで何時間も道行く人を眺めていたりした。それでなんにも退屈なんかしなかった。はじめての異国にびりびりと興奮し、全力でその刺激を享受しようとしていた。あまりにもピュアすぎて危ない目に遭ったりもしたが、あんなときめきに満ちた旅をすることはもう二度とないだろうと思うとさびしくもある。

 しかし、である。
 iPhoneの奴隷と化してから、うまい飯にたどり着ける率が飛躍的にあがったことだけは付け加えておきたい。
 ガラケー時代の香港と、iPhone導入後の香港とでは天と地ほどの差があった。
 ガラケー時代のパリと、iPhone導入後のパリとでは天と地ほどの差があった。
 ガラケー時代のバルセロナと(以下略)。
 バックパッカーに憧れがあったころは、ガイドブックに掲載されているレストランになど意地でも入らないようにしていた。自分の足で見つけた地元民しか行かないような食堂で本場の味を楽しんでこそ、という思いがどこかにあった。
 だが、自分が暮らしている町ですら、あてずっぽうでおいしい飲食店を見つけるのは至難の業だというのに、はじめて行った異国の地でそんな偉業がやすやすと達成できるわけがないことぐらい、ちょっと考えればわかりそうなものである。観光客に人気の店は、おうおうにして地元民にも人気があったりするものだ。
 もちろんガイドブックを頼りにしているだけだと、当たり障りのない万人受けするような味にしか出会えなかったりもするのだが、よほどの食いしん坊万歳(またの名をフードサイコパス)でないかぎり、はじめて行った海外の街で食事するなら当たり障りのない万人受けするような味でじゅうぶんではないだろうか。冒険するなら何度か同じ場所をリピートしてからでも遅くはない。

 なんちゃってバックパッカーだろうとiPhoneの奴隷だろうと、どんな形の旅だろうと、私にしかできない私だけのものだといまとなっては思う。中途半端でしみったれててドラマティックでもなければ美しいとも言いがたい旅ばかり。それでも私にとっては一つ一つがかけがえのない旅の一ページだ――なんて、コロナで海外に行けないから余計にそんな思いがつのっているのかもしれないけれど。
 次にソウルに行けるのはいつだろう。今日も私は夢みるような気持ちでiPhoneの地図の中に印をつけている。

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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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