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おんなのじかん

 「躾のできていないお子さまの入店お断り」
 去年、旅先で古書店のおもてに貼り紙がしてあるのを見つけた。
 事前に旅先のよさげなお店を下調べし、Googleマップにしるしをつけておくことは前回に書いたとおりだが、そのうちの一軒目だった。
 子連れだったわけでもないのに、ばちんと鼻先で扉を閉められたようなかんじがして古書店には入らなかった。その後も雑貨屋さんや古道具さんなどGoogleマップが示すとおりに順にまわり、ちょこちょこ買い物したりなんかして散策を楽しんだけれど、思いがけない暴力に遭遇してしまったみたいにしばらくショックが尾を引いた。子育ての真っ最中である友人や編集者の顔が次々に浮かんで、憤りと悲しみが静かに湧き起こった。私なんかよりよっぽどあの古書店の良い客になりそうな、本好きの女性たちの顔ばかり。
 そうかといって、貼り紙せずにいられない店主の気持ちもわからなくもないのだ。おそらく手の付けられないような暴れん坊の子どもに店の中を引っかきまわされた経験が何度もあるんだろう。それでなくとも傷みやすい古書を扱うお店である。汚れた手で商品をべたべた触られたり、雑に扱われでもしたら堪ったものではないだろう。
 ちょっと前にある飲食店と有名人が入店させるさせないでトラブルになっていたけれど、法律的には店と客はあくまで対等な契約関係であり、店側が入店を拒否するのであれば客は従うしかないのだという。子連れでレストランに行ったら入店を断られたという話を周囲で何度か聞いたことがあるが、ある程度の線引きは仕方のないことだとも思う。大人だけに許されたラグジュアリーで落ち着いた空間を守ることは、それはそれで大切なことなんじゃないだろうか。

 以上のことを踏まえたとしても、躾などという強い言葉を使ってまで客を選別する必要なんてないんじゃないかとどうしても思ってしまう。躾ができている/できていないの判断なんていったいだれができるというんだろう。子どもが暴れるのは子どもだからだ。その子自身の特質だってあるだろうし、それを躾という言葉で片づけてしまう雑さにびりびりするような反発をおぼえずにはいられない。「最近はろくに躾もできない若い親が増えている」というようなことを言う人もいるが、そんなことを平然と口にできるあなたのほうこそろくな躾がされてないんじゃないですかと言いたくなってしまう(したがって、これを書いている私も当然ろくな躾がされていない)。
 なにより愕然とするのは、これまでその手の貼り紙を見たところで無関心にスルーしていた自分自身に、である。不妊治療をしていなければ、いまも無関心のままでいたかもしれないと思うとぞっとする。
 不妊治療中は、外で食事をするたびに、このお店は座敷席があるから乳幼児でもいけそうだ、あのお店のあのコーナーはベビーカーでも入れそうだ、あのお店は少々格式が高いので入店を断られるかもしれない……といった視点でお店を見るようになっていた。小さな子どもを連れての外食は落ち着かないし、ほかの客や店の人にも気を遣うからと忌避する人も多いと聞くが、まだ着床してもいなかった私は、これまでどおりのペースは無理にしても月に一度ぐらいは外食する気まんまんだったのだ。
 最近では、妊婦や子連れの母親に対する目を疑うような嫌がらせの事例をSNSなどで目にすることが増えた。以来できるだけベビーカーを優先し、なるべく子連れにやさしく接するよう心がけている。心ない人から受けた嫌がらせがそれで吹っ飛ぶわけじゃないだろうが、敵ばかりではないということを少しでも示せたらいいな、と思って。これまで無関心でいたことへの罪滅ぼしの意味もある。「あら、かわいい子ね~」と気のいいおばさんのようにはまだなかなか振るまえないのだけど。
 が、しかし。
 先日、近所のおにぎり屋で行列に並んでいたときのことである。私のすぐ後ろに並んだ女性が小さな子どもを二人連れていた。一人はまだ赤ちゃんで、抱っこ紐というのか赤ちゃんホルダーみたいなもので母親の胸にぶら下がっており、もう一人の三歳ぐらいの男の子はマスクもせず野放しになっていた。その子どもがソーシャルディスタンスなど知ったことかとばかりに、大きな声でなにごとかわめきながら私のすぐ後ろにぴったりとつけてくるのである。
 うっ、と思って距離を取ると、すかさず距離を詰めてくる。その攻防戦を二、三度くりかえしてから母親のほうを見ると、下の子に気を取られてこちらのほうなど見てもいない。へたに注意なんかして、「子連れに厳しいコロナ神経質おばさん」と思われてもいやだし……などと逡巡しているうちに順番がまわってきてその場を逃れたのだが、あのときはほんとうに参ってしまった。

 正直に告白すると、友人たちとの集まりに子連れでやってこられると、「あーあ」と思っていた時期が私にもあった。いまだって「いいよ、いいよ、連れてきなよ」と口では言いながら、どこかでまだるっこさを感じずにはいられないでいる。
 そのくせ過去に何度か、子連れOKのイベントをみずから開いたりもしてるんだから、自分でも無茶苦茶だなと思う。思うんだけど、子連れだろうとなんだろうとどこへだって自由に行ったってええやないか! という気持ちと、友人と水入らずで気兼ねなく楽しみたいという気持ちは矛盾することなく私の中に同居している。

 いまから十年ほど前、三十歳をいくらか過ぎてもまだ妊娠・出産のことなど考えもせずにぼんやりしていた頃、高校の同級生の集まりに誘われて、名古屋市内からわざわざ電車に乗って地元までランチをしに行ったことがある。
 見渡すかぎり田畑の広がる中にぽつんと建てられたフレンチビストロに集まったのは女ばかり八人。うち五人はすでに出産しており、その時点で未婚なのは私だけであった。我が地元・尾張小牧はバリバリのヤンキー文化圏。みんな結婚も出産も家を買うのも早い。
 それぞれ夫や実家に子どもを預けて出てきていたが、一人だけ小さな男の子を連れて参加していた子がいた。ここでは仮にAちゃんと呼ぶ。彼女とは中学もいっしょだったから、そこから目と鼻の先に実家があることは知っていた。実家も嫁ぎ先も自営業で、夫は家業を継いでいる。なのに、どうしてだれにも預けられなかったのかとぎょっとしたことをよく覚えている。Aちゃんはセリーヌのカバをママバッグにしていて、「カバをママバッグにできる人生……!」と激しく羨んだことも付け加えておかねばなるまい。
 そのビストロは変わり者の店主が趣味ではじめたお店らしく、立地も建物の造りも少々風変りなお店だった。大人八人と子ども一人入るとぎゅうぎゅうになってしまう狭いスペースで身を縮めて食事をし、デザートとコーヒーに差しかかったところで、Aちゃんの息子が焦れてきたように狭い部屋の中をうろちょろしはじめた。あ、いやな予感がする……とフォースで感じ取ったのもつかの間、Aちゃんの息子が戸棚に飾ってあったブリキのおもちゃを乱暴にぶんまわしはじめた。
「だめだよー」
「やめなさい」
 最初のうちはやんわり叱っていたAちゃんだったが、なにかのはずみで急にスイッチが入ったのか、突然、小さな息子の体をつかんで大声で喚きちらした。
「だめだって言ったじゃない! なんで言うこと聞かないの! どうしてママの言うこと聞かないの!」
 耳を塞ぎたくなるような痛々しい叫び声だった。そのうちAちゃんは顔を真っ赤にして泣き出してしまった。泣きながら、執拗に息子を責め続けていた。
 そこへ、騒ぎを察知した店主がやってきて、床に放り出されていたブリキのおもちゃを拾いあげた。
「ぼくがこれ、やったの?」
 と静かな声でAちゃんの息子に訊ね、息子が素直にうなずくと、「これ、お兄ちゃんの大事なものだから、乱暴にされるとお兄ちゃんがかなしいな。謝ってくれる?」と店主は言った。すかさずAちゃんが「謝りなさいっ!」と息子を突っつき、「もうしないでね」と店主は言って、息子の頭をぽんぽんとやさしく叩いた。
 ちょっと踏み込みすぎじゃないか、と傍でそれを見ていた私は思った。店主が去ったあと、恥ずかしくていたたまれなくなったようにAちゃんがわっと泣き伏したので、余計にそう思ったのかもしれない。Aちゃんが息子を叱りつけているあいだ、残りの七人はだれ一人として手出しできずに傍観しているしかなかったのに、出過ぎた真似してくれるじゃんと面白くない気持ちもあったのかもしれない。
「いやあ、いいもん見せてもらったよ」
 だれかがAちゃんをフォローしようとしてそんなことを言い出し、
「うん、Aちゃんはちゃんと子どもと向き合ってる」
「偉いね。私はそんなふうにはできない」
「うんうん、立派だよ」
 あたりさわりのない言葉でみんな後に続いた。
 せっかくひさしぶりに集まったのだから気まずい空気を払拭したかったのだろう。Aちゃんをこのまま帰しちゃいけないというやさしい気遣いから口にしたことだったのだろう。いまならみんなの気持ちも理解できるが、「えっ、そんなかんじで片付けちゃっていいの?!」と子どものいない私は唖然とし、なにも言葉を継げなかった。
 お開きになる頃には、Aちゃんの持っていたカバがまったく別の意味合いを持って映るようになっていた。

 あのとき、Aちゃんになんと声をかけてあげればよかったのか、この十年のあいだ折に触れ考えてはいるのだが、まだ答えは出ないままである。
「友人 育児疲れ かける言葉」
 と検索をかけたところでGoogleは正解を教えてはくれない。
 正解なんてない、ということだけ、かろうじてわかっている状態だ。
 だけど、もしいま同じことが目の前で起こったら、自分からなにか発するのではなく、まずはAちゃんの話を聞いてあげたいなと思う。あったかいお茶でも飲ませて、なにか愚痴でもあるなら聞くよとやさしく肩を叩いてあげる。そんなことぐらいしかできないけれど、そんなことをしてくれる相手もいなかったからこそ、あそこまでAちゃんは追い詰められていたんじゃないだろうか。当時はまだみんな若く、それぞれ自分のことに精一杯で、Aちゃんを気遣ってやれるほど成熟もしていなければ余裕もなかったのだ。
 あの日、ビストロ店主がAちゃんの息子にしたように、おにぎり屋で遭遇したあの男の子に私も直接お願いすればよかったのかもしれない、とこの原稿を書いていてふと気づいた。なにをあんなに迷うことがあっただろう。あのね、おばさんコロナかもしれないし、あなたもコロナかもしれない、どちらかがどちらかにうつしたら大変なことになるよ、だからじゅうぶんな距離を取ろうね、と気のいいおばさんのように言ってやるだけでよかったのだ。踏み込みすぎと思われても、変わり者のおばさんと思われても、かまいやしないじゃないか。
 次からは、きっとそうしよう。

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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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