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デモクラシーと芸術

2020年11月25日 デモクラシーと芸術

第23回 「人間の魂を揺さぶる」芸術の条件は何か

著者: 猪木武徳

デモクラシーにおける人間の精神

 人間の精神はヤーヌスのように二つの顔を持っている。一方では、有限なもの、物質的なもの、役に立つものを求める。これはおおらかに肯定さるべき重要な欲求だ。他方、われわれの中には、無限のもの、精神的なもの、無駄とも見えるようなものを求めるという傾きがある。われわれが、冗談やフィクションを好むのはそうした欲求の例であろう。こうした人間精神の二面性のうち、どちらが強まるのかは政治経済体制(regime)に依存するところがある。デモクラシーのもとではこの二律背反的な人間の精神はどのような形で現出するのだろうか。

ヴァチカン美術館のヤーヌス像(Loudon dodd / Wikimedia Commons)

 古代ギリシャの哲学者は、政治形態を、その体制で生きる人々が何に最大の価値を置いているかによって分類した。何を大事にするのかが人間の魂の形を規定すると考えたのである。このような体制の分類は、モンテスキュー、トクヴィルなどの近代政治思想にも受け継がれている。自由と平等に最大の価値を置くデモクラシーも、人間精神に独自の魂の形を与えていると見るのである。
 トクヴィルは、「条件の平等化」を基本原則とする民主制のもとでは、多くの機会を平等に与えられた人々は経済的厚生を求めて「競い合う」という点に注目した。激しく競い合えば、互いに他者を早くに抜きんでなければならないから自ずと人間は忙しくなる。この「多忙」という要素は、デモクラシーを特徴づける重要な要素である。デモクラシーのもとでは、ボーッと物思いにふけっている人間は珍しい。
 さらに、市場経済のもとで豊かになった中産階級は、音楽鑑賞に時間と金銭を費やすようになっただけでない。複製技術の発展がコンサート会場やオペラ劇場に行かなくても、機器で再生された音楽を楽しむ機会を格段に増加させた。極端に言えば、「いつでも、どこでも」音楽は再生可能になったのである。その結果、人々から音楽を自律的に集中して聴くという姿勢を奪うようになった。アドルノが指摘したように、複製技術は、忙しい音楽愛好家の集中力を弱め、鑑賞という行為を散漫なものにするようになった。このような多忙さと注意力の欠如は、芸術の形而上の目標を見失わせ、具体的で分かりやすい美の感覚を育て、伝統や形式を軽んずる傾向を強めるようになった。
 競争で生活が忙しくなった結果、生活を美しく飾ることへの関心よりも、多忙な生活を効率的で楽にする方向へと人々を傾斜させる。「もっとも迅速に」、「もっとも廉価に」という方向だ。貴族制という「境遇の恒常的な不平等」を許容する体制が、抽象的な美や真理を求めたような、実りの少ない美の追求や知的探究のために人を集中させるのに対して、デモクラシーの社会では時間のかかる精神活動は軽視されるようになるのだ。
 制作者側には何が起こっていたのだろうか。貴族制社会では、ほとんどすべての芸術家や職人たちは、それぞれの職業分野がひとつの団体を形成し、職業団体としての意見と誇りを持ち合わせていた。この点に注目しつつ、トクヴィルは職人たちの行動の基準は、「自分の利益でもなく、顧客の利益でもなく、団体の利益」にあった点に注目している。職人団体の利益は、一人一人が傑作をつくるところにある。デモクラシーとは異なり、貴族制社会では、職人の目標は「できる限り良質なものをつくること」にあった。

幸田露伴の「私益公益」論

 こうした職人たちの行動規範は、日本の封建社会における職人たちの「制作動機」について述べた幸田露伴(1867-1947)の指摘とも重なる。露伴は「公徳公益と私徳私益と」と題して次のような「私益公益」論を展開している(『実業之世界』大正2年8月上旬号)。

幸田露伴

 まず徳について露伴は、私徳と公徳が、「結果から言へば二途、本源から言へば一水」であり、「私徳の円満なる人は公徳に欠くるといふことも無く、公徳に円満なる人が私徳に欠くるといふことも尠い訳である」から、私徳も公徳も同じ直心の美しい光源から発せられたものであり、その光が当たるところによって、公と私の区別がなされているに過ぎないと考える。私徳と公徳はその源を同じくするという。この光の進行方向を逆から見れば、真の公徳と真の私徳は(真であればこそ)収束すると考える。
 同様に、露伴は、公益と私益にも類似の構造があるという。私益が公益になる例として、一婦人が工夫をした(かすり)が、その地方の特産品となり、その地方の人々がこれによって仕事を得るようになる、という例を挙げる。さらに公益が私益になる例として、露伴は、同業組合内における自己規制を例として挙げる。製造業者が、公益を重んじて粗製濫造を慎み、品質の向上に努めれば、そのために信用を博し、需要の増加が起こって個々の職人の事業の発展につながるようなケースである。
 露伴は、私益と公益に不一致があるように見える場合も、一致がすぐさま感知されないだけであるという。例として上等の魚を濫獲する場合を挙げる。濫獲は公益を害する。「当面」は濫獲する者の私益は増大する。しかし長期的に見れば濫獲は個人を利することはない。濫獲は高級魚の繁殖を妨げ、漁業者の事業の根底を突き崩すような事態を招くからだ。
 つまり、私益と公益が一致しないように見える場合、いかなる帰結を生むのかは明らかだ。にもかかわらず、世間では、公と私を分けて考えてしまうのは「甚だ遺憾である」と露伴は言う。「先づ私益を収めて後に、公益を図らう」という「公」と「私」を別々に考える高説も、「公益を図れ私益を図る勿れ」と勧める「人情に遠き宗教家の」説教も、どちらも露伴が是とするところではない。公益と私益の一致、あるいは正比例的関係の存在が個人にとっても「大必要である」ことを確認し、公益と反比例的で無い関係の存する状態で努力勉励して貰ひたいと露伴は言う。
 私益の追求が熱烈過ぎると、ややもすると、「私益と公益が一致、或は正比例的関係を存するを必要とすることを忘れて」、公益は公益、私益は私益というように、別々に考えるようになり、やがては「一団体、一組合、一地方、乃至一国、世界の利益を傷害しても自己の利益を図らうとするように」なる。こうした「魔王の奴僕」は、結局、当該個人にも益せず、国家にとっても不利益となると露伴は説くのだ。
 デモクラシーのもとでは、個と全体が完全に分離し、私益と公益が別物として考えられ、それをどう一致させるのかが問題とされる。しかしこうした問題設定は貴族制社会では生まれなかったのだ。

デモクラシーと個人主義

 機会の平等が与えられた近代デモクラシーの社会では、人々は経済的安寧が最も確実な幸福への道だと考え、経済的な成功を目指して競争する。すでに指摘したように、こうした競争によって誰しも自分自身の事柄に多忙になるため、相互に無関心となり人々は自分の世界に閉じこもるようになる。その結果、社会的な紐帯が弱まり、人々がバラバラのアトムと化して行く。
 このような「個人主義」は、職人たちの世界にも浸透するようになる。最小のコストで最大限の経済的利益を求めることに関心を向け便利な方法を探しはじめる。そのために技術を改良し、より迅速でより巧妙な生産方法を導入するか、「粗悪品」をより大量に製造するようになる。幸田露伴が描く私益と公益が自ずと一致する世界から次第に乖離して行くのだ。もちろん、デモクラシーのもとですぐれた作品がつくられることもある。時間と労力に相応の報酬を支払う顧客が現われれば、優れた芸術品は誕生しうるのだ。
 デモクラシーの時代の芸術愛好家の多くは、貴族制の時代のように富裕ではないが、ほどほどに豊かではある。しかし欲望のほうは富や所得よりも急速に膨張するため、手近に芸術を享受できる安易な近道はないかと探しまわるようになる。加えて、人は他人の趣味や流行に敏感なため、芸術の美に関心を向ける人の数は増加する。しかし往時の王侯貴族や教皇・大司教たちのように、「大金持ちで趣味のよい消費者」は稀な存在となる。
 トクヴィルはこのような認識に基づいて次のような見通しを持つ。美術品の数は増えるが抜きんでた作品は少なくなる。個々の職人がバラバラになって自分の作品を制作するデモクラシーの時代と、自分たちが属する団体の名声と誇りを念頭に置きながら制作に励む貴族制の時代とでは、生み出される作品の質は自ずと異なってくるようになる。このように考えると、「文壇」や「画壇」、あるいはショパンやシューベルトが活躍したシューベルティアードのような「サロン」も、職人たちの社交の場としてだけでなく、芸術作品の質を担保するため一定の機能を持ったことが分かる。

ユリウス・シュミット作「シューベルティアード」(1897年)

 加えて、現代社会における複製技術の飛躍的進歩は、写真、映画、DVD、YouTubeなど、芸術鑑賞の形態を大きく変えた。デモクラシーのもとで多くの人々の悦楽に奉仕する芸術は広く社会に浸透したが、「一緒に楽しむ」という形は弱まった。独りで自室にこもって、高級オーディオセットで再生された音楽を楽しむというのがほとんど常態化した。芸術鑑賞が「宴会型」から「独酌型」へと変貌したとも言われる(梅棹忠夫)。こうした「個人化」された形での楽しみや喜びが「魂を揺るがすことはない」とは必ずしも言えない。しかしその感動は、近代の音楽の歴史の中で人々が味わってきた緊張感や感動とは性格が異なることは確かだろう。

「個人」は「社会」のあとに発見された

「個人主義」という言葉は近代デモクラシーと共に誕生した。「個人」と「社会」が截然と区別でき、「個人」の立場としての「私」があり、全体が「公共」であるという意識は近代以前には明確に分かたれていたわけではない。「公」のみが社会生活において価値を与えられているとされた古代ギリシャのポリスでは、「個人」という概念は自由民の間ですら未成熟であった。だからこそ、「私」はその価値を「奪われていた(privare, privatum—being deprived)」と考えられていたわけである。
 自由社会に生きる人間は、自由な選択をすることができる独立した主体だと強調される。自由社会は、それまで絶対的な権力で抑えつけられて来た人間の「反社会性」を解き放っただけでなく、人間に本来的に備わっている「社会性」を弱めることになった。こうした見方は、「では独立した自由な主体がなぜ、そしてどのようにして社会を創り出し、維持するようになったのか」という問いに答えなければならない。
 そのために、社会契約論の立場を取る近代の理性重視の思想家たちは、「個人」と「社会」の関係、特にその発生の順序について、独特な虚構(fiction)を社会理解の基底に位置付けた。「社会よりも前に個人が存在し、その個人が契約によって社会を成立させた」という仮説的な思考である。しかしこれは歴史的な過程を述べたものではない。実際には、ミツバチやシロアリのような群生動物として、人間は言語を獲得し、制度や法を案出し、「社会」の中で試行錯誤を重ねながら、「個人」という概念を獲得して行ったのである。そしてはじめて「個人」は、自己と自己の憧憬を「社会」の同胞に語るようになった。「社会」は「個人」よりもはるかに古い。デモクラシー以前の貴族制社会や封建制社会では、人の「個人」性(individuality)は「社会」の中に未分化のまま埋没していたのだ。
 それでも、どの時代のどの体制においても、人々は音楽に感情の高揚と知性の飛躍を見出してきた。しかしそれはいつの時代でも「個人」としての自覚的な欲求であったわけでは必ずしもない。近代デモクラシー以前の社会では、あくまで「集団」の中のひとりとしてであった。しかし心(魂)を揺さぶられる何かを求めていたという点では変わりはなかった。天上の神を仰いだ時代と、無限なものを夢想する「個人」が自己を語るロマン主義の時代とでは、感動の内容と方向は異なっていたかもしれないが、人間が魂を揺さぶられる何かを求めているという点ではどの時代も変わりはなかったのだ。

感動の源泉――自己を超えるものを求める

 われわれは少なくとも20世紀半ばまでに創られた音楽作品を聴いて、美しいもの、荘厳なもの、高貴なもの、あるいは時に不思議な懐かしさを感じ取り、魂が揺さぶられるのを感じ取って来た。それは人間には感覚による経験を超えた、「美しきもの」への憧れがあるからだ。音楽の場合、作品の演奏で開かれた扉の「向こうにあるもの」を垣間見ることによって、われわれの魂が浄化されると感じているのではないか。もちろん美しいと言っても、それは必ずしも、整ったもの、甘美なもの、均整のとれたものを意味しない。視覚や聴覚に、一瞬、醜い、あるいは不快な感覚を与えるものでも、人はそこに美しい何かを見出すこともある。
 筆者の経験を例としてひとつ記しておきたい。岩手県立美術館で観た舟越保武(1912-2002)のブロンズ像「ダミアン神父」(いわゆる「病醜のダミアン」)の放つ美しさの力である。ハワイ王国のモロカイ島でハンセン病患者の世話をし続けたベルギー人、聖ダミアン(1840-1889)をモデルにした彫刻だ。ダミアン神父は結局自らもハンセン病に罹り、命を落としている。彫刻を観て感動するのは、造形の美だけではなく、その造形がさし示すダミアン神父の自己犠牲の精神に心が揺さぶられるからであろうか。舟越自身、「私はこの病醜の顔に、恐ろしい程の気高い美しさが見えてならない。このことは私の心の中だけのことであって、人には美しく見える筈がない。それでも私は、これを作らずにはいられなかった。私はこの像が私の作ったものの中で、いちばん気に入っている」と書いている(『巨岩と花びら』)。われわれは、すべてが物質に還元され、肉体とともに滅びる、という物質主義に満足することはできない。

ダミアン神父

 ストラビンスキーは「あらゆる創造の根源には、地上の糧に対する渇望ではない渇望が見出せる」と言う(『音楽の詩学』)。音楽の場合も、「創造」するものは作曲者だけに限定されるわけではない。グレン・グールドがいみじくも指摘したように、演奏する者も、レコードを制作する者、そして聴く者も創造している。音楽の創造に参与することによって、その作品の「向こうにあるもの」を想像しているのだ。
 音楽を聴いて、これまで気付かなかった音の世界の新しい美しさ、自分の知らなかった感情を再発見する場合、われわれは喜び満足する。本連載の冒頭で述べたように、モーツァルト『アヴェ・ヴェルム・コルプス』(K618)を聴いた時に筆者が感じた、「新しい懐かしさ」に出会ったような静かな充足感である。凡庸な、誰でもその先が予想できるような物語や想像の世界に満足することはない。「こうであれば、こうなる」というような旋律や和声の進行を容易に予想できるような作品に魂が反応することはない。モーツァルト『交響曲40番 ト短調』(K550)のフィナーレはソナタ形式であるが、展開部で半音階による転調を目まぐるしく繰り返す対位法を誰も予想できないからこそ、聴く者はその新しさに興奮するのだ。
 同じ作品でも、昨日と今日では感動は異なるかもしれない。聴いている昨日の自分と今日の自分は違うかもしれない。発見があるためには、その作品に、意外さ、大胆さ、即興性、そして解釈の自由を許す「曖昧さ」と「抽象性」がなければならない。音と音の間、音と沈黙の間を深読みができるような自由と新しさを感じさせてくれるものに、われわれは心を揺さぶられるのではないか。
 もうひとつ、魂を動かされる要素として、「独りで、ではなく、一緒にその音楽を楽しむ」という場所的要素と人との「共感」という要素が加わる。どういう状況で、誰と聴いた音楽であるのかも大きい。そもそも古代、中世、そして近代、いずれの社会においても、現代にいたるまで音楽を独りで聴く習慣はほとんどなかったのではないか。祭りや神事においてであれ、教会の中であれ、音楽が演奏されたのは同じ方向を向く人々の集団、何らかの「共同体」がその前提として存在していたのだ。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

猪木武徳

いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』など。

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