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にがにが日記―人生はにがいのだ。

2022年2月15日 にがにが日記―人生はにがいのだ。

最終回 2021年8月20日~12月31日

著者: 岸政彦

お知らせ(2023.5.17)

岸政彦さんの連載「にがにが日記」は10月に新潮社から単行本として刊行される予定です(書下ろしも加わります)。どうぞお楽しみに。

 

登場人物一覧はこちら

2021年8月20日(金)

 にがにが日記も第3期である。

 いや、何期とかないけど。

 おさい先生の話ばかりで恐縮だが、子どもの頃は大変なおてんばさんで、女子のスカートめくりをする男子をしば、もとい、つかまえたりしていたらしい。

 それでついたあだなが「女アマゾネス」だった。

 どんなんや。

 ていうかアマゾネスの頭に「女」要らんやろ

 もともと女やからな、アマゾネス。

 どんなんやねん。

 関係ないけど牛乳が好きで、何にでも牛乳を合わせる。ビッグマックとか、カレーとか、炒飯とか。

 炒飯に牛乳、おいしいよ。

 そしたら「ミルクドリンカー」って言われた。

 昨日。

8月22日(日)

 ホテルで缶詰の一日。外国からの観光客が皆無になってホテルはガラ空き、料金も半額以下に。

 自宅や研究室でひとりで仕事できないタイプで、しょっちゅうコワーキングスペースを使ってたけど、いまだとマスクしないといけない。なんとなく嫌やなと思ってたら近所の安いビジネスホテルがさらに格安になっている。

 というわけでたまに使ってる。もちろん夜は自分の家に帰って寝る。

 安宿ええな。シャワーとか入れるし。

 たまに寝ちゃうけど。あかんなー。

 と思ったけどよく考えたらそれが本来の使い方だった。

 真夏だけどなんとなく秋っぽい。暑みのなかにも涼しみがあるね。

 真夏みのなかの秋み。

 ホテルみで缶詰みで仕事み。

 なんか2週間ぐらい雨降ってたよな。今日は久しぶりにいい天気だけど、雲が多い。

 ホテルで缶詰のときはコンビニでワンダのモーニングショットとマカダミアナッツのクッキーを買う。

 缶コーヒーをうまいと思ったことは生涯でいちどもないけどカフェインと糖分を手軽に摂れるからホテル缶詰のときはいつもこれ。

 関係ないけど、学内でいろいろな役職とか委員会とか当たってるひと、すごい大変で忙しくて消耗してるけど、なんかいつもわりと少し楽しそうに語るんだよね。

 いやー大変ですわ。もう大変で大変で。めっちゃ大変。

 楽しそう。

 実際には楽しいとは思わんしラクな仕事では絶対ないだろうけど、やっぱりああいうのって実はそれなりに「やりがい」があるんだろうなって思う。

 俺はそういうの一切当たらないな…。この歳で当たらないということはもう一生当たらないんだろうな…。

 まあ、良かった。

 こういうときは仮面ライダーのテーマで歌うようにしている。

 フリーライダー

 フリーライダー

 ラーイダー

 ラーイダーーー

8月25日(水)

 チャーリー・ワッツが亡くなったらしい。ロックというものをまったく通過したことのない人生だったので、つい最近、ちゃんとロック聴こうと思って、とりあえずストーンズのいちばん有名なやつをAppleMusicで聴いてみて、けっこう良いなと思ってたところじゃった。

 あのほら、ブラウンシュガーとか入ってるやつ。断片的に知ってる。

 断片的に知ってるものの社会学。

 高校のときはARBとか日本のロック聴いてたけどあれはバンドでコピーするために聴いてるって感じだったなあ。ロックというジャンル自体にはハマらんかった。高校のときから家で聴くのはウィントン・ケリーだった。

 おさい先生(元ロック女子っていうかバンギャ(笑)、現ラテン音楽)からも教えてもらって洋楽ロック、AC/DCとか、を聴いてるけど、聴き方がもひとつわかんない。

 でも、それじゃいかんと思って、最近はAppleMusicでロックを聴くようにしてる。エアロスミスとか。ガンズアンドローゼズ。

 どういう心構えで聴いたらいいのかわからん。

 と思ってたんだけど、あるときふっと、「友だちと海沿いをドライブしてる」感じで聴いてみた。そのつもりで。

 とても良かった。

 知らないジャンルはまずはシチュエーションから入るといいかも。 

 しかしボサノバをビーチで聴くやつは許さん。

 べつに許さんってことないけど。

 ボサノバは冬でも夜でも聴こう。

 まあ、こないだ聴いたけど。沖縄のビーチで。

 自分が聴いてるやん。

 そういえば沖縄のビーチで聴いたグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲はほんとうに良かった。自然の中で聴くとまた違うね。

 なんかインテリみたいで嫌になるな。

9月1日(水)

 ひさしぶりに京都の祇園のライブハウスで平野トリオで演奏した。平野達也さんピアノ、弦牧潔さんドラム。もうまったくウッドベースを弾いてないのでこの日はエレベで勘弁してもらった。

 わりとお客さん来てくれたなあ。

 エレベ弾きやすいしラクだけどやっぱりちょっと全体のサウンドは薄くなるね。

 しかしウッドベースもそろそろ潮時かな…。18で始めて、あいだに20年ぐらいブランクはあるけど、それでも合計して15年ぐらいは練習してるはずなんだけど、ちっとも弾けるようにならない。練習も苦痛だし。

 ここ3年ぐらいこっそり弾き語りの練習をしてるんだけど、歌ももちろんめちゃめちゃ下手だけど、でも「楽しい」って思えるんだよな。

 まあしかし音楽はほんとうにできなかった。できないまま死んでいくんだなと思う。

 音楽とかスポーツとか数学とか文章とかって、生まれつき決まってるよね。

 もちろん楽しく真面目に頑張ればそれなりに伸びしろはある。

 あるんだけど。

9月4日(土)

 年齢も年齢なのでそろそろ老後の話をすることが多い。

 うち、子どもできなかったしね。

 けっこう深刻な問題。

 年をとったときの自分を想像する。

 「ワシは牛乳が好きなんじゃ! もっと牛乳を飲ませろ!」とか言ってるんじゃないか。

 という話をしていて思ったんだけど、別に俺たちが年を取っても、いきなり語尾に「じゃ」が付いたり、自分のことを「ワシ」って言ったりしないんじゃないか、と。

 でも、想像のなかの年をとった自分は、だいたい「ワシは牛乳が好きなんじゃがのう」って言ってる。

 ひとはどの時点で「じゃがのう」とか言い出すのか。

 80歳の誕生日とかに突然語尾に「じゃ」が付くようになるのか。

 ならへんちゅうねん。

9月5日(日)

 『文藝』に論文っていうか、論文じゃないけど、エッセーでもない、何ていうか「論考」を書く。

 生活史とは何か。生活史調査は何をしているのか。

 それは、当たり前だけど、聞く、ということをしている。それでは、聞くということはどういうことか。

 質的調査は「当事者の声を搾取してる」っていう議論が、その昔は盛んだった。当時から違和感があった。

 むしろ、自分がやっていることは、「自分が『聞く』という体験をしたこと」を書いてるんだなと思っていた。

 そして、聞くという体験を通じて、私たちは語り手の人生に飲み込まれていく。

 おおよそ、そういうことを書きました。

 生活史を書く、ということは、生活史を聞くという経験を再現している、ということだ。

9月16日(木)

 東京。今日から怒涛の東京出張。毎週東京行きます。

 昼間に東京駅について、わざと3駅ぐらい手前で地下鉄をおりて、筑摩書房まで散歩。天気もよく、涼しくて、とても良い気分だった。

 神田川を渡る。屋形船がたくさん。

 はやくこれみんなまた乗れるようになりますように。

 隅田川沿いが公園になってて、とても良い。

 なんかこのへんビーズ屋さん多いなと思って、あとからGoogle Mapで「ビーズ」で検索してみたら、浅草橋のあたりにたくさんピンが立った。手芸屋さんかな。たくさん集まってる。

 なんか歴史的経緯があるんだろうね。

 街はおもしろい。

 歩く歩く。歩け歩け。

 さみしいさみしいと思いながら歩く。

 iPhoneで写真もたくさん撮る。

 もし東京で暮らすなら、このあたりで暮らしたい。

 さみしくて良い。このへん。

 隅田川沿いの公園を歩いているとちょうどお昼どきで、会社員のひととかOLさんとかが弁当持ってたくさん出てきて、みんなひとりで静かに座ってお昼ごはん食べてた。

 このへん良いですよね。

 僕も住んでみたいです。このへんで働いてみたい。

 それで昼休みにお弁当持ってここで食べたい。

 そういう人生もあったかもしれない。

 筑摩書房で東京新聞の取材、そのあと『東京の生活史』の現物がやっとできあがったので、聞き手の方々に直接手渡しをする会。めちゃめちゃたくさん来ていただいた。ひとりひとりお礼を言って、お話をする。

 語り手の方も来てて、「おお、あの語りはあなたでしたか」ってなった。感動した。感動というか、感激。

 考えてみたら最初から最後までぜんぶzoomとメールで、聞き手150人、語り手150人のうち、直接対面したひとってほとんどいないんだよな。

 すごい本作ったと思う。

 みなさまほんとうにありがとうございました。

 そのあと代官山蔦屋書店に移動して、声優・ナレーターの加藤有生子さんと朗読会。

 朗読会って初めて。

 加藤さん、朗読の途中で泣いてた。聞いてる方の蔦屋書店の宮台さんも泣いてた。

 俺は「あ、朗読だとプロに勝てない」と思って(笑)、途中から「読み上げる」ことをやめた。まずひとつの文章を「見て」(読むのではなく)、その内容をゼロから自分の言葉で「喋る」ようにしてた。

 聞いてる方の何人かは、途中まで岸政彦の話だと思ってたらしい。

 なかなかねえ、生活史はね。

 重いよね。

 お渡し会は18日もあった。この日もたくさん聞き手のみなさまが来てくれた。

 ほんとありがとうございます。

9月24日(金)

 21日、22日と大阪で個人的に個人書店さんに挨拶まわり。個人的に好きな書店さんばかり。toi books、LVDB BOOKS、blackbird booksなどなど。

 個人的にサイン本作りにいったり担当の書店員さんに挨拶しに行ったりするのが好きで、なかなか忙しくてできないけど、でも売ってくれるひとがいて成り立つ商売だから。

 売ってるんですよみんな。なにかを売っている。

 買ってもらって、それではじめて飯が食える。

 この日はまたまた東京。東京でまた書店まわり。13時にジュンク堂池袋本店。大阪出身の若いスタッフさんがいて、めっちゃネイティブの大阪弁聞いてすごいうれしい。

 岸先生、○○ですよね!

 おお、そうやで! そこに10年住んでたで!

 私、○○なんですよ!

 マジかー! 俺、○○にもおったで!

 やばっ!

 この、最後の「やばっ」っていうのがとても大阪だった。池袋でネイティブ大阪。めちゃめちゃ笑ろた。

 まあ「やばっ」って大阪だけじゃないと思うけど、その発音が大阪。

 なんかね、ネイティブ大阪の子って、「あいうえお」とかの発音も違うんだよね。俺にはできないのでほんとうらやましい。

 大阪人になりたかった。

9月25日(土)

 前日に続き、東京で書店回りしてました。

 おもいがけず、その途中の1軒で、前に勤めてた大学の卒業生の方がいらした。

 ところで、食パンを食べるのが異常に早いのだ。

 とくにトースト。

 食べるのが早すぎて、いつもおさい先生が目を白黒させている。

 下手すると、トーストをキッチンからテーブルに持ってくるあいだに半分食べてる。

 まじで4口で食う。

 だから何。

 あと、同じこと何度も書くけど、牛乳が好きで、冷蔵庫を開けてそこにあると飲んじゃう。

 なんかちょっとさみしいときに、意味なく冷蔵庫の扉を開けるよね。

 開けて、何もないと、ただ閉める。

 そこに牛乳があると飲む。

 うちでは牛乳は「すぐになくなるもの」の代名詞になっている。

 「やっと春休みに入ったと思ったらもう3月や…」「まるで牛乳みたいやな」的な。

 あとスープストックトーキョーの冷凍スープはたくさん取り寄せて冷凍庫に常備してある。

 こないだおさい先生のスープを温めて皿に移すときに大半をこぼしてしまい、大層怒られたことでした。

 しかし「目を白黒させる」って、かわいい表現だよね。昭和のマンガっぽい。明智光秀あたりの。

10月1日(金)

 「昭和のマンガっぽい」って書いた直後に「明智光秀あたりの」って書いたら面白いかなと思ったんだけど、単純に意味がわからん文章になったな。

 「なんか60年代のフランス映画みたいだね。明智光秀あたりの」

 「なんか最近の北欧のジャズっぽいね。明智光秀とかの」

 「社会学のそのへんの議論って、たぶん明智光秀あたりがすでにしてるんだよね」

 おもんないかな。

 おもんないなー。

 緊急明けの沖縄に数日間滞在。良い天気で、真夏だった。

 ウチに細田さん宛の宅配便がめっっちゃ届くのである。

 誰か知らん。そんなやつはおらん。でも住所はたしかにウチである。

 誰やねん細田。

 どうもなんかメルカリで何かやってるっぽい。細田。

 近所のひとが住所の番地を間違えたんだろうと思うけど。細田が買ったかオークションで落としたか何かしたものが全部ウチに来る。

 郵便配達さんに何度か事情を説明して、二度と持ってこないようにお願いする。

 そのうち本当にウチに細田がいるんじゃないかという気がしてくる。

 いたりして。

 屋上とかに。

 めちゃ恐い。

10月9日(土)

 梅田のラテラルで、友人の社会学者、丸山里美さんとトークイベント。当日の模様はこちらでお読みいただけます。あと、もうすこししてから本にもなる予定。

 とにかく面白かった。

 「人間を理解する」とはどのようなことか。

 ほかのフィールドワーカーの友人たちも、みんなそうだけど、がっつり現場に入ってる調査屋さんって、現場に対してどこか距離があるというか、冷静に見てるとこあるよね。

 全身でコミットしながらも醒めた視線で見てる。両方あるからできるんだろうなと思う。

 おはぎが便秘っぽくて、どきどきハラハラしてたけど、3日ぶりにうんこした。でかいの。

 おさいと拍手した。ぱちぱちぱち。おはちゃん偉かったねー。

 いいなおはぎは。

 トイレしただけで絶賛され喝采を浴びる。

 関係ないけど、ローランドさんの「俺ぐらいになると、朝シャワーを浴びる前に喝采を浴びてる」っていうネタが好き。

 ローランドおもろいよな。

 関係ないけど眼鏡を新調した。なんかちょっとロイド眼鏡的な、丸っこい、なんかさいきん流行ってるやつで、さいきん流行ってる眼鏡って嫌やなあと思ったんだけど、なんとなく四角いやつにも飽きてたので買っちゃった。

 家でかけてみたらおさい先生がニヤニヤ笑いながら「マルクス・ガブリエルみたいやな」って言った。

 捨てようかなこれ…。

 いやガブリエルには何のアレもないんですが。

10月11日(月)

 また東京。浜松町で取材、そのあとゴールデンラジオに出演して、そのあとすぐに赤坂に移動してチキさんのセッション出た。ラジオハシゴ。

 そういえばゴールデンラジオに出演するときに阿佐ヶ谷姉妹にお会いできたのが、人生でいちばんうれしい出来事でした。

 大好きなんですよ阿佐ヶ谷姉妹。

 「あれ、夫婦じゃないわね」っていうネタが好きです。

 梅田で飲んだ帰りにべろべろに酔っぱらって歩いて帰るのが好きなんですが(40分か1時間ぐらいかかるけど)、こないだ飲んで帰るとき、なんか途中でやたらと腹が減って、コンビニ寄っちゃった。

 ダメだな。

 むかしっから歩き食いが大好きで、ついつい昼間でもやっちゃうときがある。あれ、しないひとは絶対しないけどね。俺、好きなんだよね。歩き食い。

 コンビニでおにぎりを2つも買ってしまう……。

 ああ、ダメなやつだ。

 夜中の大阪の街を、黙っておにぎりを食べながら歩く。鮭と、塩。

 うまいよね。

 ちゃんとコンビニの袋をもらって、ゴミはそのなかに入れる。

 歩いてたらまた別のコンビニの前を通る。

 絶対あかんで、絶対あかん。

 と思いながら入る。

 またおにぎり2つも買ってもうた。

 終わってるやん俺……。

 また歩きながらおにぎり2つ食べた。ちゃんとゴミは袋に。

 うまかった。

 合計4つも食った…。

 家に帰ってからめちゃめちゃ胃もたれしてぜんぜん寝られへんかった…。

10月18日(月)

 この日は人生長いこと生きてたらこんなこともあるんかっていう一日だった。だいたい歌が下手なのが人生最大の劣等感だった私が、なぜ銀座で弾き語りをすることになったのか。そしてなぜ予約で満席になってしまったのか。そしてなぜ事故で新幹線が6時間も止まってしまうのか…。

 ほかにもほんとにいろんなことがあった、なんか奇跡のような一日だった。

 詳しくは来年の弾き語りライブでまた喋ります(笑)。

 けっこう飲んだ。

 明智光秀ばりに。

10月19日(火)

 意外に二日酔いせず、花田菜々子さんと対談、古田徹也さんと対談、そのあと文学関係で小さく飲み会。

 最近小説がまったく進まない。1年以上指が止まってる。

 なんかね、書きたいことはたくさんあるんだけど。やっぱり社会学とか生活史とかの仕事がまた最近増えてきたので、なんか脳がフィクションの方向に行けないんだよな。

 もともと小説ってほとんど読まなかったんだけど、社会学の世界に入ってから一切読まなくなった。

 さいきん仕事でまたぼちぼち読むようになったんだけど、『東京の生活史』からまた本業の仕事が増えて、そうするとまた読めなくなった。し、書けなくなった。

 まあ、そのうち何かのスイッチが入ったらガーって書き出すと思うんだけど。

 とつぜん白いシャツが着たくなって、無印とユニクロで安いやつ何枚かお試し的な感じで買ったんだけど、やっぱり膨張色っていうか、デブがよけいデブに見える。

 あのさー、おっさんってさ、だいたい黒いTシャツ着てるだろ。あれ、ちょっとでも細く見えるようにしてるんだよね。涙ぐましいよね。

 ラーメン屋の店長とかが、手ぬぐいでハチマキして、黒いTシャツで腕組んでる写真がよく店先に飾ってあるけど、あれもちょっとでも細く見られたいからだと思うと、なんか圧迫感も少しはマシになるよな。

 明智光秀もいろいろ悩んでたんだろうか。

10月23日(土)

 白いシャツ似合わんかなー大丈夫かなーやっぱり似合わんかなーって鏡の前でくねくねしてたらおさい先生からめっちゃ笑われた。

 めんどくさいよな俺は。

 着たかったら堂々と着ればいいのにね。

 自分の外見がほんとうに恥ずかしい。

 梅田のラテラルでなぜか独演会。ソロトークイベントじゃった。たくさんお越しいただきまして…。ほんとうにありがとうございます…。

 大阪について3時間ほど独りで喋りたおす。

 よう喋るな俺は…。ほっといたらもう何時間でも喋ってるな。

 いくらでも喋りたい。いくらでも喋るぞ。

 無限に喋る。

 人類が滅亡しても喋ってると思う。

 でも、すごい悲しいことがあったの。

 近所に新しくできた和食の飲み屋さんにひとりで入ったの。

 おでんがウリ。

 だからおでんを食べたの。大根とかいろいろ。

 で、なんかヌルいなと思ったのよ。出汁が。

 寒かったし、アツアツのおでん食べようと思って入ったんだけど。

 なんか出汁がヌルい。

 なんかなー、と思って、まあでもいいやと思って、シュウマイ頼んだの。おでんの。

 おでんに入ってるシュウマイが好きなんだよ。

 そしたら、中が凍ってたの。

 さすがにちょっとこれ、って言って、替えてもらったんだけど。

 店を出るときに「お代は要りません」って言われた。

 いやそれとこれとは違うから、次からちゃんとしてくれたらいいから、って言ったんだけど、どうしても受け取れない、って言われて。じゃあ、まあ、ああそうですか、と。

 で、余計行きづらくなった。それから行ってない。

 こういうときどうしたらええんやろね。

 まあでも凍ったおでんは辛かった。

 で、大根とかの出汁がヌルいのも言ったら、30分ぐらい前におでんの鍋の火を落としてたらしい。

 「そんなに早く冷めると思ってませんでした」って言われた。

 いやー……。

11月3日(水)

 また東京。又吉直樹さんとのトークイベント。配信になっちゃった。

 めっっっちゃ面白かった、ほんと面白かった。

 又吉さんにお会いするのは3回めだったけど、当たり前だけどほんと頭の回転が深くて速く、上品でセクシーな人だなといつも思う。

 軽くお食事をした。

 ほんと楽しかった。

 こないだおさいと、この2年でほんと生活変わったよな、生活っていうか、感覚が変わった、という話をしてて、

 ほんと俺も最近飲みにいかなくなったわ。

 って言ったら真顔で驚かれた。

 ようそんなウソつくよなっていう顔で見られた。

 なんかめっちゃ恥ずかしかった。

 緊急出てないときは、よう飲みに行ってます。

 そういえばこのへんで、俺としては珍しく、カーキの、ちょっとミリタリーっぽいジャケット買ったのよ。何ていうか、ちょっと「男っぽい」感じの。

 おお、男っぽいなこれ。

 と思って喜んで着てたら、姪っ子から「ポケットたくさんあって便利そう」って言われた。

 そこかー。

11月29日(月)

 このあたりで大阪の枚方でカツセマサヒコさんとトークイベント。若い女子がたくさん来ていた。みんなカツセファン(当たり前)。

 いろいろ話をしてほんと面白かったです。

 あと、ラジオのアトロクに出演したんだけど、さすがに東京移動がしんどくなってきたのでzoomにしてもらったんだけど、あとからやっぱり現地に行けばよかったと大後悔。

 そしてまた東京へ。

 結局東京行ってる。

 打越正行さんのゼミにゲストとして招待されていたのである。それで、今年後半はいろいろイベントが続いたので日程を何度も変更させてもらっちゃったんで、ほんと申し訳なかったのでまた東京行ったのだ。

 和光大学の最寄りの駅のホームに降りたときに、新潮社のtbtさんから電話かかってきた。

 なんかイベントか何かの件かなと思って出ると、

 『リリアン』が織田作之助賞の候補になりました。

 と言われたので、

 …断ってええかな

 と答えたら「いやいやいや」と言われた。

 仕方なく承った。

 ノミネート型の文学賞って、候補になったときに、それを受けるかどうか確認の電話がかかってくる。

 で、これまで3冊しか書いてないんだけど、芥川賞、三島賞、三島賞、三島賞と連続で候補になって全部落ちたので、もう候補自体にうんざりしてて、正直もうほっといてほしいと思っていたので、次に何かの候補になったら断ろうと思っておりました。

 まあ、それもおとなげないし、ていうか候補にしていただくだけでもありがたいので、ありがたくお受けします、とお返事した。

 どうせダメやわなまた。

12月1日(水)

 梅田の茶屋町の毎日放送へ。なんと地元大阪でラジオ出演である。西靖さんと谷口キヨコさん。いやーー…。めっちゃうれしい。長いこと生きてるとほんと何があるかわからんね。

 西靖さんもキヨピーさんも、ずっとテレビとかラジオのなかの人だと思ってたんだけど、生きて動いていた。

 当たり前ですが。

 東京の有名なひとにお会いするよりも、やっぱり地元の大阪でメディアに出てるひとに会うと「ぬおおおっ」ってなるね。

 45分ほど喋り倒しました。

 西さんめっっちゃお洒落さんやし、キヨピーさんほんま生で聞くとめちゃめちゃ声きれい。

 おさい先生とお初天神でお食事して、そのまま歩いて帰った。

 ケンタッキーが好きなんだけど、あれ2つが限界だよね。

 っていう話をしてて、おさい先生がたくさん買ってきてくれたんだけど、やっぱり2つが限界だよね、って言いながら3つ食った。

 で、朝起きたら、冷蔵庫のチキンがひとつ減ってたらしい。

 おまえ4つ食うてるやん。ってめっちゃ叱られた。

 敵は本能寺やな。

 違うけど。

 ケンタッキー4つ食うてまうねん、本能で。

 関係ないけど、京都に「本能寺文化会館」っていうのがあって、いつも見るたびに、本能なのか文化なのかどっちかにしてほしいと思う。

 なんか社会学っぽいネタやな。

 明智光秀あたりが好きそうな。

 おもんないのにしつこいな。

12月15日(水)

 2週間ほど沖縄出張。沖縄社会学会第4回大会とか、沖縄タイムスで来年から始まる大きなプロジェクトの打ち合わせとか、いろいろ。

 この2年ぐらいぜんぜん沖縄に行けなかったのではりきって行ったんだけど、久しぶりだったせいかなぜか途中で精神的にしんどくなり、デパスの量が増えた。

 そして沖縄戦の聞き取りをおひとりすることができた。

 それもまた、これまで誰も聞いたことのないようなお話だった…。

 こういうのどう書けばいいんだろう。

 まあとにかくお酒をよく飲みました。

12月17日(金)

 夕方、洗い物したあと眠くなってソファでおはぎと寝てたらtbtさんから電話かかってきた。

 織田作賞の件ですが。

 あーーー忘れてた…。そうか今日選考会じゃったわい…。

 受賞しました。

 まじかあああああああ

 ってなった。

 どうせまたムリだろうと思ってたので、ほとんど忘れてた。忘れてたってことはないけど、あんまり考えてなかった。

 いや、これ、あんまり書かんほうがええかもしれんけど、まあ人生でめったにないことなんで、書かせてください。

 めちゃめちゃうれしかった。

 まあ、もっとメジャーな賞もあるんですが、正直、大阪で長年暮らして、大阪を題材にした小説を書いて、大阪にちなんだ賞をいただいて、めちゃめちゃうれしかった。

 候補、引き受けてよかった(笑)。

12月22日(水)

 クリスマス前の西梅田、毎日新聞本社。でかい応接室に通されて、文芸部の担当記者さんからインタビューされる。織田作之助賞受賞記事のための取材だ。織田作賞、主催のひとつが毎日新聞だからね。

 応接室に立派な銅像があったので、これは誰ですかと聞くと、

 知りません…。

 と言われた。

 笑ろた。

 毎日新聞本社ビル、壁一面がガラスで、そこから見える梅田の夜景がほんとうに美しかった。

 この夜景をずっと覚えておこう、と思った。

 そのあと北新地のビストロでおさい先生とお祝い。安いシャンパンを1杯だけ飲む。

 まあほんと、長く生きてるといろんなことあるね。

12月27日(月)

 織田作賞に続き、クリスマスに紀伊國屋じんぶん大賞までいただく(『東京の生活史』)。いろいろ連絡とか告知とかお礼とか。

 織田作賞とじんぶん大賞、同時受賞で、いろんな方からお祝いをたくさんいただく。大きな花束とか酒とか酒とか酒とか酒とか。友だちってほんとにありがたい。

 とりあえずいまウチにめっっちゃ酒あります。

 上等なウィスキーと日本酒とドンペリ。

 ドンペリもらったよ(笑)。上間さん打越さん上原さんありがとう。

 「仲間」って感じだ。みんな好きだ。

 この先もう二度とこういうことはないであろう…。

 ありがたく頂く。

 そして、久しぶりに研究仲間というか、社会学関係の友だちと集まって忘年会。十三の火鍋屋。ニューカマー系の店で、安くてうまくて面白かった。普段食べないような味と匂いのものばかりだった。若い院生も来た。

 いま関西で社会学関係の研究会に入ってて、その忘年会。みんな面白いし、みんな好きだ。社会学者としてもみんな一流だし、ひととしても面白い。

 で、事件が…。

 途中でトイレに行ったんだけど、ウォシュレットが止まらなくなった。

 ブシュー。                                                             

 ブシューーーーー。

 うおおおおい。どしたどした。どうしたんやお前。

 必死で「止」ボタンを押す。何度も押す。二度押しとか長押しとかしてみる。

 一切ダメ。

 そのあいだも水が出まくっている。

 もはやお湯ではなく、すでに水になっている。

 どうしよう。ほんとうに止まらない。

 立てない。

 いま立ち上がったらそれこそ大惨事である。

 そのあいだにも常に勢いよく出続ける水。しかも冷たい水。

 ぶしゃーーーー。

 どうしようどうしよう。

 反対側を振り返ってみると、コンセントが見えた。これだ。

 左腕を精一杯伸ばす。ギリギリで届く。

 四角いコンセントをつかみ、思いっきり抜く。

 ぴたっ。

 ああああああああよかった…。

 問題はその後。

 何事もなかったかのように席に戻ったけど。これ喋りたい。喋りたい。みんなに喋りたい。

 めっっっちゃウズウズする。

 でもみんな楽しくおいしく食事中である。

 そんなときにこんな話できない。

 なんかもうウギャーってなってめっっちゃ混乱した。

 しかし、なんか困った出来事が起きたときに、突発的に「そこらへんにあるもの」でアドリブ的に切り抜けることが、実は非常に得意なのだ。

 アレだ。ジェイソン・ボーンとかイコライザーとかが、ホームセンターで売ってるようなものを集めて爆弾作ったりどこかから脱出したりするような感じ。

 ああいうの好き。

 いやしかしまいった。

 人生最大にまいった。人生最大に困った。

 いま思い出しても冷や汗でてくる。

 ぶしゃーーーーーー。

 しかも席に戻ってもその話ができない。

 もう、もう、もう… ウギャーーーー

12月31日(金)

 ひさしぶりにおさい先生が実家に帰られたので、おはぎとふたりで年越しである。適当に食い物を作って掃除して、あとはゆっくり小説の続きを書こうと思ってたけど、結局なんかダラダラと事務仕事をしてたらいつのまにか年を越していた。

 今年はいろいろめでたいことが多くて、良い年じゃったわい。

 来年もきしさいとうおはぎきなこ明智光秀をよろしくおねがいします。

(おわり)

※「にがにが日記」は今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。当連載をまとめた単行本を、新潮社から刊行予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岸政彦

1967年生まれ。社会学者。著書に『同化と他者化─戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)『愛と欲望の雑談』(雨宮まみとの共著)『質的社会調査の方法─他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇、丸山里美との共著)『ビニール傘』(第156回芥川賞候補作)『図書室』など。最新刊は『リリアン』(2/25発売)。

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