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おんなのじかん

2021年2月17日 おんなのじかん

28. どこまでいっても夫婦は他人

著者: 吉川トリコ

 一人になると、二人を感じる
 よかった、まだわたしたちは他人だ……

 やまだないと先生の『西荻夫婦』をはじめて読んだのは、まだ二十三とかそこらのころだった。読んでいるあいだずっと感情の一部をつねられているようで、とくにミーちゃんのこのモノローグに差しかかったところで「わかる……!」とだらだら涙を流したおぼえがある。
 いや、あんたなんにもわかっとらんかったよね?!
 十年ぶりぐらいに読み返してみて、まずそう思った。二十三歳の私にこの作品が語っていることを理解できたとは到底思えない。「一人になると、二人を感じる」どころかあんた一人だろうと二人だろうと大勢でいたとしても365日24時間、彼ぴっぴのことで頭いっぱいだったよね?! なにもかも自分に引きつけて都合よく解釈しようとするのほんとやめたほうがいいと思うよ?  読解力ってそういうことじゃないからね? こういう人ほど小説の感想で「ぜんぜん共感できなくて面白くなかった」とか言うんだろうな、あーやだやだ。
 ――とまあ、さんざん二十年前の自分にマウントを取った上で、『西荻夫婦』を読み返した現在四十三歳の私の感想を述べるとするなら、「わかる……!」の一言に尽きる。長い時間を同じ相手と過ごし、かつてその人と恋愛をしたような記憶もないでもないけれど、いまいっしょにいるのはそういうことじゃない、もうそういう次元にない、という境地まで達してようやく理解できる作品である。
 昔、母に幸田文『きもの』の文庫本を貸してあげたときに、「これはあんたにはわからんわ。着物の知識まったくないもんね」とマウントを取られたことがあった。売られたケンカはすすんで買う、倍返しどころか百倍にして返すのが信条なので、
 「はあ?! 小説ってそういう読み方するもんじゃなくない? 幸田文を幸田シャーミンの母親だと思ってるような人に言われたかないわ! 幸田文の父親は幸田露伴だけどね! えっ、じゃあシャーミンの祖父が露伴なのって? だからちがうから! シャーミンいっさい関係ないから!」
 と思う存分ぶち切れてやったのだが、あのとき母にされたことを、いまになって私は二十年前の自分にしようとしているわけだ。大嫌いな言葉だけど敢えて言う。血~~~~!
 共感できるから理解できるから「良い」とされる作品もそりゃあるだろうけど、共感できなくても理解できなくても「良い」と感じることはざらにある。こんなの、わざわざ書く必要もないぐらい当たり前のことだ。たとえその「共感」が少々強引な思い込みの激しいものだったとしても、一読者の感想は尊重されるべきである。

 以上のことを踏まえた上で『西荻夫婦』の話に戻るが、四十三歳の私にとっては「もう知っていること」が描かれた作品だった。うんうん、わかるわかる、と頷きながら軽く読めてしまうような。話の内容自体はぜんぜん軽くなく、むしろすごく怖いことを描いているんだけど、二十三歳のときにこの作品から受け取ったヒリヒリするような感覚を、いまの私はもう感じなくなっていた。水風呂が冷たいのは最初のうちだけで、中に入ってから一分も経てば次第に体がなじんで冷たいと感じなくなる。それと似たようなことかもしれない。
 二十三歳の私が、この作品のどこに「わかる……!」となっていたのか、マジでおまえちゃんと読んだ? と問い詰めたいほど謎ではあるのだが、おそらく当時の私は、彼ぴっぴとこの先ずっといっしょにいるうちに他人じゃなくなってしまうことを怖れていたんだと思う。ときめきを失い、男と女じゃなくなり、セックスレスに陥り、惰性でいっしょにいるだけのだらしなく緊張感のない関係。男と女が行きつく先はその一つきりだと思っていた。それが夫婦というものなんだと思っていた。
 だからこそ、西荻という牧歌的な街で暮らすミーちゃん夫婦の日常にあんなにも胸をぶち抜かれたのだろう。仲の良い友人同士のようにお酒を飲み、恋人同士のように手をつないで街を歩く彼らの姿につよい羨望をおぼえながら、どこかで殺伐としたものを感じてもいた。薄氷の上を二人きりで進んでいくような、スリリングできわきわな夫婦の姿を描いた作品に触れたのはそれがはじめてだった。
 ミーちゃん夫婦には子どもがいない。子どもを望んでいながらそうなったわけではなく、みずから選んでそうなった。つないだ手の意味が、ラストではまったくちがった意味合いを見せることに四十三歳の私はぞっとし、でも「これ、知ってる」とも思った。
 自分はそうはならないだろう、と二十三歳の私は思っていた。そうしてたぶん、どこかでミーちゃん夫妻を憐れんでいたのかもしれない。
 ほんとにまったくなんにもわかってなかったんだな! バーカバーカ! と思うが、二十三歳の私のほうが、この作品を存分に味わい尽くし、多大な影響を受けていたことだけは間違いないだろう。わからないからこそ享受できることだってあるのだ。そんなふうに己の感受性ぜんぶをフル稼働させるような読書なんて、もう随分していない。

 今年のお正月に放送されたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のスペシャルで、主人公みくりの伯母である百合ちゃんが子宮体がんで子宮摘出手術を受けるシーンがあった。
 「子宮使わないまま終わっちゃった」
 手術前に百合ちゃんがぽつんとつぶやいたこの台詞が、ツイッターで大きな話題になっていた。
 百合ちゃんは、主人公のみくりより女性人気の高いキャラクターである(※俺調べ)。化粧品会社に勤める五十代のキャリア女性でシングルライフを謳歌し、加齢という呪いから読者や視聴者を解き放ってくれた我らの百合ちゃんに、子宮幻想そのもののような台詞を言わせるなんて! という批判で一時ツイッターが紛糾していたのだ。
 「子宮を失ったら女じゃなくなる」とは昔からよく言われていることだが、子宮なんて臓器の一つに過ぎないのに、どうしてだれもかれもそこに過剰な意味を持たせるのだろう。それじゃまるで「女=子宮」と言っているようなものではないか。子宮を持たない女性だってこの世にはいるのに。
 中には「百合ちゃんぐらいの世代がそう感じてしまうのも無理はない」という擁護の意見もあった。私と同じ世代でも、社会からの刷り込みで「子どもを産むのが女の義務」「女に生まれて子どもを産まないなんて世間様に申し訳ない」と思わされている人は男女の別なく存在する。百合ちゃんの世代ともなればなおさらだろう。積極的に子どもを望んでいたようには見えなかった百合ちゃんも、いざ子宮を失うとなるとそんな感慨が湧いてくるのも無理はないのかもしれない。加齢の呪いからは軽やかに逃げてみせてくれた百合ちゃんもそこでつかまってしまうのか、しかしそれもまた人間だよな、というかんじもする。それでもやっぱりどうしても、「百合ちゃんにはそんなこと言ってほしくなかったよ~~~!(手脚を地面に投げ出しながら)」という感情のほうが勝ってしまうのだよな。
 これがもし現実に自分の伯母が吐き出した言葉だったら、こんなふうには思わなかっただろう。そうだねえ、残念だったねえ、使い時を逃しちゃったね、と笑って答えてやっていたと思う。その人がそう思ってしまうことを否定することなどできないからだ。
 しかし、どうしてフィクションなら否定してもいいと思えるのだろう。それはそれで不思議な話である。「共感できなくて面白くない」という単純な話ともちょっと違う気がする。もしかしてこれは、新手の「飛影はそんなこと言わない」なのか。それもあるだろうが、私たちが社会からかけられた呪いを一つ一つていねいに解きほぐし、次々と鮮やかな手つきで新しい価値観を提示していく「逃げ恥」という作品の中で、唐突ににゅっと古い価値観が顔を出してきたから拒否反応を起こしてしまったのかもしれない。
 個人的に今回のスペシャルは、ドラマオリジナルの展開を見せた後半、妻と子を遠くから見守る平匡(ひらまさ)さんのシーンに涙を禁じえなかった。自分の子どもを胸に抱きたいのにそうできない、遠くから見ているしかない平匡さんの姿が夫に重なり、泣けて泣けてしかたなかった。
 不妊治療を卒業してからというもの、男の人が赤ちゃんを抱いていたり、小さな子どもといっしょにいるところを見ると私の情緒は乱れ狂ってしまう。女の人が赤ちゃんを抱いている姿にはなんにもこれっぽっちも心を乱されないから、夫に子どものいる人生を送らせてやれなかったことをどこかで後ろめたく思っているのだろう。「子どもを産まないなんて世間様に申し訳ない」なんて発想ははなからすこんと抜け落ちているし、子宮がどうのとか女としての勤めがどうのとかそんなことはみじんこほども思っちゃいないが、こればっかりはどうすることもできそうにない。
 子宮を使わないまま終わる女の物語は哀惜を帯びて語られるのに対し、種を残せなかったと嘆く男の物語は身勝手で滑稽なものとして語られがちだ。子宮を使わないでもけろりとしてる女なんていくらでもいるし、自分の子を持てなくていつまでも悲嘆に暮れている男だっているのに、それは「規格外」だからフィクションにはなかなか登場しない。
 もっといろんな形、いろんな語り口のものを見たいし、自分でも書いていきたいと改めて思う。

 はじめて夫と二人で香港に行ったとき、『西荻夫婦』に出てきたスタンレーの海岸にどうしても行きたくて、都心から一時間近くかけて足を伸ばした。
 その日は朝からずっと雨が降っていて、人もまばらでさびれた土産物屋街を流し、そんなわけないのに「本真珠だ」と騙されて模造パールのピアスを100香港ドルで買った。しょぼくれた食堂しか開いてなくてしかたなくお昼をそこで食べることにしたのだが、麻婆豆腐とか酢豚とか日式中華の定番メニューばかり注文したら、その旅いちばんの美味しさでびっくりした。帰りのバスがなかなかこなくて、タクシーの一台も通らず、どうしようかと途方に暮れたように海岸沿いをとぼとぼ二人で歩いていたら、マイクロバスが一台やってきて行き先もわからないまま飛び乗った。二人ともくたくたに疲れ果てていて、バスに揺られているうちに眠ってしまい、起きたら香港の街中に戻っていた。
 なんだかずっと、そんなふうに二人で旅しているような気がする。楽しくてしあわせなはずなのに、なぜかずっと心細くてびくびくしている。
 どこまで行ったところで夫婦は他人だ。境界を失い、相手と一体化してしまうようなことがあったらすぐにでも離れたほうがいい。頭ではわかっているのだけど、いざそうなったらそうなったで、それはなかなかに得がたく陶然とするような体験なんだろうなとも思ってしまう。ダメ絶対! だけど。
 管理してくれる人もいないのでお墓なんかいらないと思っていたが、『西荻夫婦』のお墓を買いに行くエピソードを読んで、死んでからも夫と同じ場所にいられるのはいいな、と思った。そこに他の人を入れたくはないな、とも。
 いまのところ私は夫を見送る気まんまんでいるが、私が死んだらそこに私を入れてくれる人はいるんだろうか。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

吉川トリコ

よしかわ・とりこ 1977(昭和52)年生れ。2004(平成16)年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『女優の娘』などがある。

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