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ふしぎな中国語――日本語からその謎を解く

言語で縛られるのは「思考」ではなく「表現」

 「言語が違えば世界の見方が異なるのか」という話がある。言語が思考を決定するかどうかという問題である。魅力的な仮説のようであるが、日本語話者であろうが中国語話者であろうが、使用する言語によって世界の見え方が変わることはそれほどないようだ。

 私は、言語によって縛られるのは思考ではなくて表現であるという考えを表明している(詳しくは『文とは何か』光文社新書、2020年参照)。例えば、日本語で小説を書くとすると、主語を表すのに「は」か「が」を否応なく選択しなければならないし、どちらを選択するかで読み手の印象も異なってくる。書き言葉の場合、こうした規範が歴史的・人工的に作り上げられていく。

 生成文法の登場以来、人間の言語は生得的だと言われるようになった。そして、言語の使用面や歴史的な偶然による習慣は二次的なものとされるようになった。人間の言語を使用する能力が生得的であることに異論はない。だが、書き言葉では、歴史的な偶然による変化や、「このように書くべきだ」という人工的な規範化の領域が、実際のところ大きいのではないかと思う。

 言語と思考の関係について書かれた一般向け書籍として面白い、ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(椋田直子訳、インターシフト、2012年)の中に、次のような記述がある。

 

 複雑な社会ほど従属節に依存しがちであるとし、ヒッタイト語、アッカド語、聖書のヘブライ語など、古代の叙述体では従属節が未発達なために出来事を時間順に並べるしかなく、単純で眠気をさそうものであると論じている。

 

 例えば「僕は昨日、ガルシア=マルケスが1967年に書いた二十世紀を代表する小説を読んだ」という文は、「僕は昨日、小説を読んだ」という文を骨格として、「小説」の修飾語として従属節「ガルシア=マルケスが1967年に書いた二十世紀を代表する」が埋め込まれている。こうした従属節を作り出す能力は、生得的であり、言語に元々備わった特徴であると言える。しかし、どの程度の長さの従属節を習慣的に許容するかとなると、これは歴史的な書き言葉の発展の領域になる。

 本連載ですでに見たとおり、中国語は欧米言語に比べると明確な従属節を作らないことが多いし、出来事を時間順序に並べて叙述する。しかし、「単純で眠気をさそう」ものではない。欧米言語のような従属節を発展させるのとは別の形で修辞的な構造を発展させてきているのである。

流動する言葉の連続で事態を認知する

 「流水文」では次々に節を付加していくことができるので、後半の節が前の節と関係していないようにも見える。で、中間にくる節が、あたかも蝶番のような役割を果たしていることがよくある。

 それぞれの節は比較的独立しているので、上下関係が生じない。このため、平板になる。平板と言うと、退屈で単調のような気がするが、どうもそんな感じはしない。その大きな特徴は、言葉の流れに伴って、観念が流動していくことである。読者は、その流動する言葉の連続とともに事態を認知することになる。流動していく言葉と認知の順番について見てみよう。

 我用手抓住,方方的一块,被来娣的热手托着。(『子供たちの王様』)

(私は手でつかむ、四角い物、来娣の熱い手の中にあった。)

真ん中に着目してみよう。この“方方的一块(四角い物)”は、意味的には“抓住(つかむ)”の目的語に当たる。よって、意味的には“我用手抓住了方方的一块(私は四角い物をつかんだ)”のように言ってもよさそうだ。しかし、こうすると原文とは印象が変わってしまう。なぜか。

  “方方的一块(四角い物)”は単なる動詞の目的語であるだけではないからだ。最初の節で「私は手でつかむ」という動作を行ったことが表される。それと並置される形で、「四角い物」という言葉が続く。この両者の目立ち方は同じくらいだ。こうすると、つかむという動作行為を行った結果として、四角い物であると人物が気づいたことが表される。

 しかも、“方方的一块”は次にくる“被来娣的热手托着。”の意味上の主語にもなっている。「つかむという動作→その動作によって認知された対象物→その対象物の説明」と流れるようにつながっているのである。

 私が大学一年のときに感じた高行健の『霊山』冒頭の魅力(第21回参照)も、この並列の美学とでもよぶべき特徴からきたものであった。引用しよう。

 你坐的是长途公共汽车,那破旧的车子,城市里淘汰下来的,在保养的极差的山区公路上,路面到处坑坑洼洼,从早起颠簸了十二个小时,来到这座南方山区的小县城。(p.1)

(おまえが乗ったのは長距離バス、その古い車体は、都市では使わなくなったもので、補修されていない山の道は、あちらこちらでこぼこで、朝はやくから十二時間揺られ、この南方の山間の県城についた。―引用者訳)

 この例では最初の文で長距離バスというイメージを提示すると、次に焦点は古い車体に移動し、そして次のまとまりではその車体の説明になる。それから焦点は道に移動し、その道の説明を次の言葉のまとまりに担当させる。さらにつぎのまとまりでは道がでこぼこなことから連想される「揺れる」ことが述べられ、次のフレーズで到着が示される。バスの描写も道の描写も埋め込まれず、一つの流れの中で語られるし、後半の移動を表す動詞句と一体となることによって、静的な描写と動きが一つの言葉の流れの中で表されるのである。

 「AがBであるような背景の中で人物CがDした」という場合、人物の行動が主人であって、それを取り巻くものは従属する「背景」でしかなくなる。しかし、このような並列の構造では、「Aで、Bで、Cで、D」という形になっているから、すべての要素が同格になってしまう。車が提示され、道が提示され、その流れの中で人物が登場する。人物が提示されたならば、その連想として次のフレーズではその行動が示される。人物の行動も空間の動きの中に溶け込んでいるのだ。

 中国語原文と意味的には同じことを日本語でも表すことはできる。しかし、読んだときの感触は同じにならないのである。

 さて、一年間にわたって連載してきた「ふしぎな中国語」も今回で最終回である。普通に学習していただけでは、気づかないことも多かったのではないだろうか。中国語に、そして言語に親しんでいただければ幸いである。

(了)

※「ふしぎな中国語―日本語からその謎を解く」は今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。当連載をまとめた単行本を、新潮社から刊行予定です。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
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それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

橋本陽介

1982年埼玉県生まれ。お茶の水女子大学基幹研究院助教。慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く―最新言語学Q&A―』(新潮選書)、『中国語実況講義』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)、『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)など。


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