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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

2018年12月15日 リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

魔の境界「渓谷ルート」を突破せよ!

著者: 春間豪太郎

 足を引きずっている状態のセキルを休ませる為に、どこか安全な場所へ移動しなければならない。とはいえ、ここは岩山や草原が広がる国道の真っ只中だ。長期間じっくりと滞在できそうな場所など近くには無いだろう。

 どこかの村へ行く必要がありそうだ。現在地はちょうどコチコルとソンクル湖の分かれ道の辺りなので、最寄りの村はサルブラク。次に近いのは、と考え閃いた。

……ああ、トロク村があった!

 トロク村というのは、おれがセキルと共に出発して2日目に訪れた村だ。トロク村であれば、親切で少し天然なコイチュビットおじさんとハイテンションなチョルポンおばさん、そして心優しい青年アイダールがいるので力になってくれるかもしれない。トロク村はここから歩いて1、2時間ほどなので、日没までにはたどり着けるだろう。

 セキルの負担を少しでも軽くする為に持てる荷物は全て持ち、手綱を引きつつ歩く。セキルの左後ろ足を注意深く見守りながら歩いていたが、2時間ほど前と比べると足を引きずる回数が減っているので軽症なのかもしれない。


 そして、トロク村に到着したおれは、記憶を頼りにコイチュビットおじさんの家を訪ねる。ドアをノックすると、チョルポンおばさんが出てきた。

「Goじゃないの! よく戻ってきたわね! 晩御飯、すぐに準備するからね。さ、入って」

「あ、ありがとう! いや、すみません……実は、セキルが足を……」

 と、おれは状況を説明しようとしたが、チョルポンおばさんはもうおらず、家の中に戻ってしまっていた。……お邪魔して、いいんだろうか? 相変わらずチョルポンおばさんはパワフルだった。しかし丁寧に対応されるよりもむしろ、なんだか親戚や家族の一員になれた気がする。

 居間にはコイチュビットおじさんや長男アイダールともう1人、帽子を被った小柄な少年がいた。少年の肌は日に焼けて小麦色になっている。

 彼の名はアイベックといい、アイダールの弟だった。前回訪れた時は、ソンクル湖で遊牧の手伝いをしていて村にいなかったようだ。アイベックは様々な動物の遊牧をした経験があるらしく、動物の扱いに長けていた。 

左からアイダール、チョルポンおばさん、コイチュビットおじさん、アイベック

 次の日から、コイチュビット家での居候生活が始まった。

 幸いセキルは軽症だったようで、この日の夕方には綺麗に歩けるようになっていた。念のため3日ほど休ませることにしたが、これならその後は問題なく冒険を続けられるだろう。

 居候中は、コイチュビット家の一員として作物の収穫を手伝うことにした。太陽が照り付ける中、大量の作物を皆で集めてトラックの荷台に放り投げる。朝から日が暮れるまでほとんどぶっ通しの力仕事なので、なかなか大変だ。

 数日経ち、セキルが全く問題なさそうだったので、リハビリも兼ねて乗ってみることにした。常に左後ろ足を見ながら歩かせ、アイベックにも確認してもらったが全く問題ないようだった。その後は収穫作業の行き帰りはセキルに乗って帰るようになり、アイダールやアイベックと一緒にドローンで動画を撮影したりもして楽しく過ごした。

 コイチュビットおじさんの家はあまりに居心地が良く、アイダールやアイベックとはすっかり意気投合した。また、「明日もいるでしょ? いていいのよ!」というチョルポンおばさんの力強い言葉にほだされ、結局おれはトロク村に1週間以上滞在することになった。

 そんな、ある日のこと。アイダールと2人でセキルに乗り、家まであと100mほどという時だった。

 おれはいきなり後ろに引っ張られ、危うく落馬しそうになった。

 慌てて後ろを振り返る。なんと、馬に乗った男がおれの上着を掴み、強く引っ張っている。アイダールがとっさに支えてくれたので落馬こそしなかったが、男の目はギラギラしており、よく分からない言葉を叫んでいた。

 なんなんだ、この状況は!!

 どうやら冗談の類ではなさそうだ。落馬なんてしたら、せっかく完治したセキルの体に負担がかかってしまうだろう。冗談じゃない!!

「Go! ここは僕が食い止めるから、早く家へ!」

 アイダールが叫び、セキルから飛び降りて男の前に立ちはだかる。映画やゲームのようなそのセリフを現実に聞くとは……と思いはしたが、今はそれどころではない。

「セキル! 急げ!」

 セキルを急かして後ろを振り返ると、男が無理やり馬を突進させてアイダールを突破するのが見えた。おれを捕まえんとばかりに片手をこちらへ伸ばし、馬を全力疾走させて迫ってくる。男との距離はどんどん縮まっていく。

 男の馬よりもセキルの方が大きいので、全力疾走させれば逃げ切れるかもしれない。……が、それはできない! こんな凹凸の激しいでこぼこ道でセキルを走らせたら怪我をしてしまうだろう。

 ……ダメだ、逃げ切れない!!

 既に、男はセキルのすぐ後ろまで迫っていた。

 男がセキルを追い越す直前、反対側へと飛び降りる。すぐさまセキルに方向だけ指示して手綱を放した。セキルさえ逃げてくれれば、あとは何とでもなれだ!

 セキルはおれの指示を理解してくれたようで、指示した方向へ小走りで逃げてくれた。

 そしておれは、馬に乗った男と対峙する。やはりおれが目当てのようで、セキルには目もくれずにおれを睨みつける。いったいおれが何をしたというのか。

 とはいえ、セキルが逃げてくれたことで心に少し余裕が生まれた。今回の冒険ではセキルに乗って指示を出すだけで良いので、少なくとも1、2ヶ所の骨折程度なら冒険を続行できる。日本でキックボクシングのジムに通っていた頃は骨折が絶えなかったが、日常生活にはそれほど支障がなかったので楽勝だろう。それに、男の体格はおれとほとんど同じだったので、殴り合いなら……絶対に勝てる!

 ところが、そう上手くはいかなかった。男は馬から降りずに鞭で馬を思いきり叩くと、そのまま突進してきた!

 ……あぁ、まずい! 馬の体重は500kgを超えている。踏みつけられてしまったら、骨折では済まないかもしれない!!

 馬が動ける範囲は熟知していたので、勇気を出して斜め前に跳び初撃をかわす。上手くよけることはできたが、男との距離がかなり近くなってしまった。あと1、2回よけるのが精いっぱいだろう。男に掴まれて引きずられでもしたら終わりだ!

 今すぐ、何か打開策を考えないと!!

 その刹那、追い付いたアイダールがおれと男の間に割って入り、さらに騒ぎを聞きつけたコイチュビットおじさんやチョルポンおばさん、そして親戚の方々がこちらへ走ってやって来た。

「Go!! セキルを連れて家へ行け!」

 状況はよく分からないが、セキルと共に家へ走る。扉を開けて中に入る直前、一瞬だけ後ろを振り向くとコイチュビットおじさんとチョルポンおばさんが男と何やら言い争っていた。チョルポンおばさんはコイチュビットおじさんよりも一歩前に出て腕を振り上げ怒鳴っている。続々と人が集まって来ていたので、さすがの男も突破できないようだった。

 こうしてひとまず事態は収まった。

 その後、おれはアイダールやコイチュビットおじさんから、男はおれと初対面でありウォッカを飲み過ぎて暴れていただけだということを聞かされた。ひとまずあの男にまた襲われることはない、ということらしいので、一安心だ。

 ……しかし、危険が全く無いかと言えばそうでもないようだった。その後、アイベックと一緒に夜道を歩いている際、明らかに敵意を持った男に追いかけられ、ライトを消して全力で走って逃げたことがあった。体格からしてあの男とは別人だろう。また、ある日の深夜、酔いつぶれたようすの何者かがコイチュビットおじさんの家のドアを力強く叩いて怒鳴ってきたので、皆で居留守を使ったこともあった。

 皆の反応を見るに、トロク村ではこういった事は珍しくないようだった。

 今までにおれが住んだことのあるエジプトやカメルーン、そしてモロッコでは、スリこそあったもののこういった危険なことはほとんどなかった。しかしここキルギスでは、出会い頭に胸ぐらを掴んでくる人の割合がかなり多い気がする。コイチュビットおじさん一家のような心優しい人々がたくさんいる一方で、一定の割合で少し乱暴な人もいるようだ。


 そして遂に、出発の日がやって来た。

 初日はセキルのようすをこまめに観察しながら10~20kmほど移動する予定だ。

 コチコル、そしてイシククル湖へのルートについては、以前の道とは異なるショートカットルートを通ることにした。コイチュビットおじさんによると、トロク村から川沿いに北へ進み、谷を抜けることができるらしい。現地人しか知らない安全な道であり、そこを通って行けばコチコルまでかなり時間の短縮ができるだろう、とのことだった。車は通れないが馬でなら進めるらしい。川沿いの道xはなだらかな可能性が高いので、セキルへの負担も少ないだろう。

 こうしておれは、地元民のみぞ知る「渓谷ルート」をセキルと共に突破することになった。

 このルートは、ナリンとコチコルを結ぶ国道に最短で到達することができる道だ。渓谷を川沿いに進んでいくだけで国道に合流できるらしい。

 途中、イタチなどの小動物を何度も見かけた。馬用の道はあったが草木が生い茂っていて、長らく誰も通っていないようだった。

 セキルにペースを委ね、ゆっくりと歩くこと1時間。

 遂に、コチコルへ続く国道が見えてきた……が。

 国道とおれとの間には大きな川があった。川の流れは速く、川底も全く見えない。川の上流と下流はある程度見渡せたが、橋はどこにも見当たらなかった。

 まさか、ここまで来て国道へ渡れないとでも言うのだろうか。

 いやいや、そんな訳はないだろうと考え直す。そうだ、このルートはコイチュビットおじさんが勧めてくれた道だ。水深も、意外と浅いに違いない。

 覚悟を決めたおれはセキルに乗って川を渡ろうとしたが、川を4分の1ほど進んだ段階で確信した。……無理だ。

 予想以上に川は深かった。この感じだと、川の真ん中を通る際はセキルの首の辺りまで水没してしまうだろう。荷物袋も水没するだろうし、セキルだって流される恐れがある。そうなると、もちろんおれもただでは済まないだろう。

 向こう岸からは車の往来の音が聞こえており、木々の間から時々車が見えている。しかし国道は、遠かった。


 どこかに橋か何かがあるはずだと考え、川の上流へ向かおうとする。しかし、セキルの目線の高さに枝葉を広げる木々が行く手を阻み、通れそうになかった。

 残るは下流方面だ。こちらは少し無理やりであれば進めそうだ。小さな川を越え、枝に何度も引っ掛かりつつも森を越え、急な斜面の岩場を歩き、数kmほど下流の方向へ進む。そして、遂に……!

 行き止まった。

 目の前には崖がそびえ立ち、とてもじゃないが登り切れそうにない。今いる斜面の下には背の低い木が生い茂る森が広がっているので、降りても進めそうにない。

 進めないのなら戻るしかない。しかし、ここまでのあのハードな道のりを戻れるだけの体力が、果たしてセキルに残っているのだろうか……。いや、それ以前に、木々で視界が遮られていて川が確認できないので自分の現在位置が分からない。森や岩場はどこも似たような景色だったので、どこを通ってここまで来たのか全く見当がつかない。崖に囲まれているせいかもしれないが、こんな時に限ってGPSが利用できないことも、おれの焦りを加速させる一因となった。

 これではまるで、おれが遭難しているみたいじゃないか!

 いやいや、まさか。大丈夫、戻れるはずだ。
 来た道を正確に辿ることができれば。

(写真・動画、以上すべて©︎Gotaro Haruma)

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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