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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

2019年1月8日 リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

セキルよ、いったいどうしたんだ!?

著者: 春間豪太郎

 ショートカットをしようと、現地人しか知らない渓谷ルートを通ろうとした結果、遭難してしまった。ここまで来るのに道なき道をかなりの距離突き進んでしまったので、どうすれば元の場所に戻れるか全く見当がつかない。スマートフォンを出しGPSを利用しようとするが、周りに崖が多い地形のせいで電波を受信できず、現在地を特定できなかった。

 ……これは、まずい。

 おれもセキルも、既にかなり体力を消耗してしまっている。途中、川を渡ったり遮る木々をどかしたりしていたことで、いつの間にか衣服は破れていた。もしここが日本なら、下手に動かず救助を待つべき状況だ。

 しかし、ここは海外で、おれの居場所を知っているのはコイチュビット一家だけだった。しかも彼らとは今朝お別れをしてしまったから、おれから連絡が途絶えたとしても、順調に冒険を継続していると考え気にしないだろう。

 つまり、いくら待っても助けなど来るわけがない状況だった。むしろ、戻れる可能性があるのは体力が残っている今だけだ。幸いなことに今は太陽が出ているので、アナログ時計を利用して方角を知ることができる。戻れるであろう方角へ可能な限りまっすぐ進み、GPS信号が受信できる場所まで移動するのが良いだろう。

 覚悟を決め、セキルに跨り出発する。

 セキルに負担がかかってしまうが、選択の余地は無かった。元の場所へ戻るには傾斜のきつい岩だらけの道を横切らなければならず、人間が歩いて進めるような道ではなかった。


 岩場を抜けて、胸にぶつかってくる枝をどけながら無理やり進む。セキルはおれが予想したほど疲れてはいなかったようで、ほとんどペースを落とさずにぐんぐん森の中を歩いてくれた。

 そして、数km進み、そろそろ知っている道に戻れるのではないかと期待し始めた頃、ようやく川に行き当たった。景色に見覚えは無かったが、この小さな川は先ほど渡ったものに違いない。スマートフォンを出して地図アプリを開く。ここにきてようやく現在地が特定できるようになったようで、元来た道からそれほど外れていない場所にいることが判明した。あとはこの川を渡れば、通って来た道に戻れるはずだ……!

 セキルと共に、川を渡る。途中、予想より遥かに深い場所があり、セキルにのせていた荷物袋が3分の1ほど水没してしまった。といってもこういった場合を想定して、荷物袋の下には衣類や寝袋しか入れていなかったので、電子機器などは無事だ。

 そして、おれとセキルは遂に元の道へ戻ることができた!

 服は何ヶ所も破れ、びしょびしょに濡れてしまっている酷い状態だが、ここまで来ればひとまず安心だ。いやはや、危なかった……。

 その後、おれはトロク村へ戻ることにした。どのみち国道へは大きな川に阻まれて行けないので、ここで野宿するよりは村で一度仕切り直した方が良いだろう。

 そしてさらに数時間かけ、日が沈むころになり、ようやくトロク村が見えてきた。満身創痍で集中力もほとんど残っていない状態だが、あともう少しだ。

(写真 ©Gotaro Haruma)

 コイチュビットおじさんの家へ戻ると、チョルポンおばさんが出て来た。おばさんはこちらを見るなり不安そうな表情で、おれにこう訊ねる。

「Go……。セキルの、それ。どうしたの……?」

 てっきり、おれの服が破れていることや濡れていることを指摘されると思っていたが、チョルポンおばさんが心配していたのはセキルだった。……まさか、セキルに何か重大な問題があるとでも言うんだろうか。

 嫌な予感でいっぱいになりながらも急いでセキルから降りる。そしておれは、チョルポンおばさんが心配している理由を知ることとなった。

 セキルは、1週間ほど前と同じ、左後ろ足をとても痛そうに引きずっていた……。


 頭が、真っ白になった。いつからだろうか。村へ戻るのに必死で全く気づけなかった……。

 セキル、ごめん。お前の足、そんなに悪いのか……?

 おれはまたしても、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。

 嫌な記憶がフラッシュバックする。そしてそんな中で、おれはぼんやりと思考を巡らせる。

 今日セキルが歩いた距離はおそらく20km弱。以前は1日に50kmほど移動することもあったので、それに比べれば今日はかなり短い距離だ。全力疾走はもちろん、早歩きすら1度もさせずに、歩くペースは全てセキルに任せた。セキルの負担が少ないよう、可能な限り楽な状態で歩いてもらった。

 キルギスでの相棒、すなわちセキルが健康に冒険できるよう、医療技術を習得して、馬の疾病についての文献を読み漁った。冒険中は毎朝健康チェックをして、怪我や病気の予防と早期発見に努めた。

 しかし、いま目の前にいるセキルは、とても痛そうに足を引きずっていた。

 つまり、おれがやってきた準備は、全て無駄だったということだろうか。不十分だった、ということだろうか。

 数日前、収穫の手伝いの行き帰りでアイダールとセキルに二人乗りしていた頃は、セキルの動きには全く問題が無かった。短距離なら大丈夫なのだろうか。

 しかし、これだけ長い間休ませたにも関わらず、いざ出発してみるとすぐに跛行(足を引きずるなどの異常な歩き方)が再発してしまった。これではまるで、セキルが長距離を歩けない体になってしまったみたいじゃないか。

 コイチュビットおじさんの甥がこちらへやって来て、セキルを一瞥しておれに言葉を投げかける。

「Go、この馬はもうダメだ。分かるよな? 長くは歩けない馬になっちまったんだ。これじゃもうどこへも行けないから、この馬はここで売ってお別れするんだ。Goがこの前行きたいと言っていたイシククル湖へは、バスで行けばいいだろ?」

 あまりの衝撃に思考はまとまらない。ただ、少なくとも1つだけ、確かなことがあったので、言葉を絞り出す。

「ごめん、セキルは、売らない。おれのせいでこうなってしまったんだから、完治するか、回復の目途が立つまではおれが看病する」

 そう言い残し、おれはコイチュビットおじさんの家の中へ入る。食卓にはチョルポンおばさん特製の夕食が出来上がっていたが、食べる気にはなれなかった。おれは奥の部屋で座り込み、茫然とする。

 時計の秒針の音だけが、無情に響いていた。


 ……どのくらい、時間が経ったのだろうか。

 考えることを放棄したおれは、身じろぎせずにただうつむいていた。

 すると、先ほど帰宅し、セキルのことを聞いたアイダールがこちらへやって来た。アイダールはおれの肩を抱き寄せ、真剣な表情で目を見てこう言った。

「Go、大丈夫だ。心配する事なんてない。きっと、全部うまくいく」

 それは何の根拠もない言葉だった。いつものおれであれば聞き流してしまうような言葉だ。

 しかし、この1週間、暑い中でも一緒に働き、一緒に笑い、夜は並んで寝ながら将来について語り合った大切な友達、アイダールの言葉はおれの心に深く響いた。おれを奮い立たせるのに十分な力を持っていた。

 ……そうだ、何をぼうっとしているんだ。セキルに申し訳ないと思っているなら、セキルの為に何ができるか精一杯考えてやらなくてどうするんだ!!

「アイダール。ありがとう、もう大丈夫だ! 少し考えをまとめてから夕食に行くから、先に食べていてくれないか?」

「あぁ、分かった」

 アイダールはそう言って、部屋を出て行く。残されたおれは地面を見つめ、真剣に頭を絞る。

 まずしなければならないのは、跛行の原因の特定だ。

 1週間前に発生したものも今回のものも、結局原因が分かっていない。1週間前のものに関しては、おれだけでなく馬に詳しい村人たちが何度も確認したが特定には至らなかった。患部と思しき場所には熱や腫れなどもなく、強めに押したり叩いたりしてもセキルは痛がらなかった。ただし、足は引きずっていた。これは何を意味しているのだろうか。

 更なる検査が必要かもしれない。

 通常の触診などはやり尽くしたので、レントゲン検査が有効かもしれない。通常の動物病院に設備が無いので、可能だとすれば首都ビシュケクの病院だろう。

 スマホを取り出し、ビシュケクに滞在している日本人の友人に連絡する。ありがたいことに、すぐに周りのキルギス人にコンタクトを取り、病院の情報を集めてくれた。

 ……しかしその結果、キルギスではレントゲンの診断ができる動物病院は無いだろうということが判明した。しかもビシュケクは都会なのでほとんど家畜がおらず、獣医の質という意味ではナリンやコチコルにいる獣医の方が頼りになるそうだ。

 人間の病院に頼めないだろうかと考えたが、レントゲン写真を見て診断できる獣医はいないだろうし、おれ自身も無理だ。

 検査についてはこれ以上望めない可能性が高い。跛行の原因特定に繋がるようなアイデアは浮かんでこなかったが、ひとまず明日の朝獣医に診てもらうことにした。そしておれはアイダールたちに謝ってから食卓に加わり、食事後は布団に入り悶々としながらも寝ようとする。


 深夜。

 やはりセキルの事を考えずにはいられず、おれはセキルのようすを見に行くことにした。

 そこでおれは、驚くべき姿を目の当たりにする。

 なんとセキルは、地面をしっかりと踏みしめて、何の問題もないかのように悠々と歩いていた。先ほどまであんなに痛そうに引きずっていた左後ろ足も、右後ろ足と全く同じように動いており違和感が無かった。

 何が何だか分からない。こんな一瞬で、何事も無かったかのように完治したとでも言うのだろうか。

 状況に思考が追い付かなかったが、完治しているように見えてしまう以上、何もすることは無い。セキルをしばらく観察したおれは、明日明るくなってから詳しく確認することにして、再び眠りに就いた。


 そして次の日の朝。往診に来た獣医は一通りセキルの触診を終えると、呆れたようにおれに言い放った。

「この馬、どこが悪いんだね? どこも悪くないじゃないか!」

「いや、どこかがおかしいはずなんです! この馬は、長い距離を歩くと足を引きずるようになるんです! 蹄鉄が変に食い込んでいるとか、何かしらの異常はないですか?」

 蹄鉄を外すことで運動器疾患が改善することがある、という話をどこかで読んだことがあったので尋ねてみる。しかし獣医はあっさりと否定した。

「異常はないね。蹄鉄はすり減ってはいるけど綺麗に嵌めてあるし、触診でも異常は見られない。歩き方も正常。この馬は健康だ」

 獣医はそう言い、帰ってしまった。

 確かに獣医の言う通り、左後ろ足の蹄鉄は綺麗に装着されていた。とはいえ、念のため蹄鉄は一度外した方が良いかもしれないが、おれは蹄鉄を外す技術が無かった。周りの賛同を得られない今の状況では、村に蹄鉄技師がいたとしても外してはもらえないだろう。ひとまず蹄鉄については保留だ。

 しかし、本当に異常はないのだろうか? 2回ともただ同じ場所を捻挫しただけであり、時間経過により回復した、とでも言うのだろうか。可能性はゼロではないが、楽観的過ぎる。捻挫なら捻挫で、それを誘発している何らかの原因があるのかもしれない。

 あぁ、何とか跛行の原因を突き止められないものだろうか……。

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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