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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 足を痛そうに引きずっていたセキルが1日以内に完治し、獣医に診てもらっても異常なし、という奇妙な状況が立て続けに2度発生している。どちらも軽度の捻挫や筋肉痛である可能性もあるが、原因が特定できていない以上は安易に出発するべきではない。何かあった時に取り返しがつかなくなってしまう。

 セキルが足を痛める理由は何かないかと知恵を絞った結果、ナリンで荷物袋を変えたことによる影響があるのかもしれないと思い当たった。新しい荷物袋は以前のものより少し長かったので、ミシンを持っているチョルポンおばさんに頼み、以前と同じ寸法にしてもらった。

 そして夕方、新しくなった荷物袋をセキルにのせ、トロク村の周りを10kmほどゆっくりと歩いてもらうことにした。もちろん、セキルが足を庇うような素振りを見せたら即中止する予定だ。

 セキルの左後ろ足を常に気にしながら、少しずつ進む。

 そして歩くことおよそ2時間。10km歩ききったにも関わらず、セキルの足は全く問題が無さそうだった。

 ……良かった。やはり跛行は一時的で軽度なものだったのかもしれない。

 上機嫌で、たまたま外にいたアイベックに声をかける。

「アイベック!! セキルは10km歩いても大丈夫だったぞ!」

 しかし、アイベックは顔をしかめ、こう言った。

「何が大丈夫だって? 足、引きずってるじゃないか……」

 慌ててセキルのようすを見ると、またしても左後ろ足を引きずっていた。

 ほんの数分前まで、全く問題なかったのに……。

 そして、さらにその20分後。おれの目の前には、綺麗な足運びで優雅に歩くセキルの姿があった。

 ……これは、どういうことだろうか。

 そしてそのようすを見ていたアイベックが呆れたようにおれに言う。

「Go。これ、仮病だ。普段から甘やかし過ぎなんじゃないの? 例えば、Goって馬に食事させながら移動したりもするよね。道草食わせずに一定のリズムで歩かせた方が馬への負担は少ないから、その辺りもちゃんと考えてやらないと」

「な、なるほど、知らなかった。これからは道草を食わせないようにするよ」

 やはりアイベックは動物についての知識が豊富で頼りになる。とはいえ、本当に仮病なのだろうか? 競走馬が仮病を使うという話は聞いたことがあるが、おれは競走馬並みにキツイ生活をセキルに強いていた、ということなのか?

 考えれば考えるほど不可思議な状況だった。しかし、短期間で治るのであれば継続的な苦痛ではない可能性が高く、原因となっている何かを取り除けば直ちに解決するのかもしれない。

 明日の朝、トラックの荷台にセキルを乗せてコチコルまで行き、獣医に診てもらうのが良いだろう。おれはそう考え、夜、また悶々としながらも布団にくるまって入眠を試みる。


 しかし、やはりセキルのことが心配でまた眠れなかったおれは、再びようすを見に行くことにした。

 やはりセキルは何の問題も無さそうな歩き方をしていたが、きっと数km移動するとまた痛そうに足を引きずってしまうのだろう。

「セキル、ごめん。お前が痛くて辛い思いをしてる理由、どうしても分からないんだ……」

 おれはそう呟き、申し訳なさでいっぱいになりながらセキルの左後ろ足を強く撫でた。

 すると、その瞬間。これまでおれや獣医、そして村人たちが押しても叩いても反応しなかったセキルが、痛そうに足を上げた。

 な、なんだ!?

 今度は少し優しく同じ場所を撫でる。するとやはり先ほどと同じように、少し痛そうに足を上げた。

 ……やはり、間違いない。セキルは痛みを感じているようだ!

 その時おれが撫でていたのは、蹄の上端から5cmほど上、足の内側の辺りだった。座り込んで覗き込まなければ見えないような場所だ。

 セキルの後ろ足の間に頭を入れ、目をこらして観察する。

 ぱっと見た感じでは何もない。が、必ず何かがあるはずだ!!

 そう考えたおれは、小さなハサミを使ってその場所の毛を丁寧に切り皮膚を露出させる。すると、他の場所とは少し違う茶色っぽい皮膚が出現した。……いや、皮膚では無かった。

 泥だ!

 緊張しながら、ハサミを使って優しく泥を取り除く。泥の下からは、深さ1mm程度のほんのり赤い傷口が見えてきた。

 擦過傷だ! どうしてこんなところに……。

 この位置にこの大きさの傷があれば、歩くたびに足元の石や枝が当たって痛いだろう。放置した場合、1週間程度では塞がらないのも納得できる。毛と泥によって傷口が守られていたので押しても叩いても反応が無かったのだろう。おれが先ほど強く撫でてこすったことで傷口が擦れ、痛みが出たらしい。

 ずっとかさぶたや泥で覆われていたおかげで、傷口は化膿などしておらず綺麗な状態だった。おそらく昨日の遭難の際にかさぶたが剥がれたのだろう。傷口からはまだ浸出液が出ていた。

 とにかく、擦過傷なら今すぐ手当をすることができる!!

 治療開始だ!!


 家に戻って必要な道具を揃え、セキルの元へ行く。今回行うのは湿潤療法と呼ばれるもので、かさぶたを作らずに治す治療法だ。湿潤療法であれば痛みを抑えて素早く治すことができるので、セキルへの負担も少ないはずだ。

 まず、小さなハサミを使って毛や泥を全て取り除き、傷口を完全に露出させる。

 次は大量の水で患部を綺麗に洗う。しかしここで、水が傷にしみるのか、セキルはすぐに足を上げて水を避けようとする。

 そりゃ、痛いよな。よし、少しでも痛みを忘れられるように何とかしよう!

 外へ行き、セキルがいつも好んで食べる草を大量に集めてセキルの所へ戻る。

「セキル! ご飯だぞ!!」

 数時間前から繋がれていたこともあり、セキルはお腹が減っていたようだ。勢いよく草に食いつき、むしゃむしゃと食べ始めた。
 今のうちに傷口を洗おうと、おれは急いでセキルの後ろへ回り込み、水で傷口をしっかりと洗う。セキルは目の前の食事に夢中だ。

 ……どうやら食欲が痛覚を凌駕しているようだ。恐るべし、セキルの食欲。しかし、非常にありがたい!

 次に、傷口に付着した水を拭き取り、ワセリンが主成分の抗生物質を塗り込む。

 さらに、湿潤療法で使用される特殊な被覆材で傷口を閉鎖し、その上から包帯で固定した。そして最後に、包帯を少しでも長持ちさせるために手持ちのタオルで覆っておく。

 これで、ひとまず処置は完了だ。

 講習では創傷治療の際、包帯を巻いた後に「末端に痺れなどはないですか?」と聞くよう教わっていた。しかし当然ながらセキルは答えてくれないので、足のようすを見たり触ったりして判断するしかないだろう。

 包帯の締め付けが強くないか、傷口が空気に触れないか(患部が空気に触れてしまうと湿潤療法は失敗する)を30分ほど観察し、おれは部屋に戻った。少し安心したおかげで、この日は昨日よりも良く眠ることができた。


 そして次の日の朝、セキルに少し歩いてもらい、歩き方を確認する。

 結果は良好。長距離歩かせなければ分からないこともあるが、跛行の原因はこの擦過傷でほぼ間違いないので、慎重に進めばコチコルまで行けそうだ。

 万が一、また原因不明の跛行が再発した場合はすぐに冒険を中断してトラックをヒッチハイクし、コチコルで獣医の指示を仰ぐことにした。

 こうしておれは、計10日ほど滞在したトロク村を遂に出発し、先へ進むことになった。

 目指すは6000km2を超える巨大な湖、イシククル湖だ!

 そしてこの日は、おれだけでなくアイダールにとっても記念すべき門出の日だったようだ。アイダールは自動車整備のスキルを持っており、ビシュケクで仕事が見つかったらしい。就労期間は未定であるものの、最短で1ヶ月ほど働くためにトロク村を離れるとのことだった。

 ビシュケク行きの長距離バスに乗るには数km離れた国道沿いのバス停まで行く必要があるので、アイダールもおれと同じく馬で行くようだ。以前おれが遭難したショートカットルートは使わず、通常の道路を使ってバス停へ向かうことになった。どうやらあのショートカットは水位が下がっている時にしか利用できないらしい。もう少し早く知りたかったが、渓谷ルートを使うと決めたのはおれであり、結局のところおれもセキルも無事なのであまり気にはならなかった。

 そして、アイダールが乗った馬を後で村へ戻すため、アイベック、そして村の少年が同行した。合計4人、馬は3頭で構成された臨時キャラバン隊の結成だ!

 ちなみにセキルにはアイベックに1人で乗ってもらい、おれは村の少年と共に別の馬に二人乗りをすることにした。体重が軽く馬の扱いに長けたアイベックが乗馬することで、山道でのセキルの負担を軽減するためだ。しかし実際に出発してみると、セキルは立ち止まることなく首を縦に振りながら終始楽しそうに歩いていたので、杞憂だったのかもしれない。


 2時間ほどかけて、バス停に到着。

 その後、アイベックと村の少年は馬に乗ってすぐに帰って行ったので、残されたおれとアイダールはバスが来るまで雑談をして過ごした。30分ほど待つとバスが来たのでアイダールと固い握手を交わしてお別れし、1人になったおれはセキルに跨り出発する。

 ここからコチコルまではおよそ45km。コチコルに着いたらまず、セキルの元飼い主であるクバンに会いに行くのが良いだろう。クバンの父親は獣医なので、セキルの健康管理について適切なアドバイスを何かくれるかもしれない。

 ひとまず今日のところはあと17kmほど移動し、以前世話になったカフェ「キルギスタン」の辺りで野宿することにした。万が一、カフェに到着するまでにセキルが足を痛そうにするようであれば、その場で野宿をして翌日トラックでコチコルへ向かうのが良いだろう。

 ……と、考えてはいたが、そんな心配は不要だったようだ。セキルのようすを見ながら5km、10kmと進んでみたが、全く問題なさそうだった。カフェに到着してもなお元気に歩いており体力が余っているようだった。

 店主に挨拶をし、カフェの前でテントを張って野宿しても良いか確認を取る。店主はおれの事をはっきりと覚えてくれていたようで、「あんた、前に会った時よりもかなり痩せたなぁ!」と心配しつつも野宿を許可してくれた。


 一段落して、セキルの被覆材を交換しようと傷口を見て、思わず絶句する。

 なんとセキルの傷口は既にしっかりと塞がっており、新たな皮膚が形成されつつあった。

 ……さすがは、大型の哺乳類だ。体に対して傷口がかなり小さかったということもあるだろうが、これは驚いた。しっかりと傷口を保護して治療を行えば、セキルは人間とは比較にならない程の驚異的な回復力を発揮するようだ。

 念のため傷口だった部分を包帯で覆って保護し、その日は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。

 ひとまず、一件落着だ!!

(写真、以上すべて©︎Gotaro Haruma)

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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