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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

2019年2月15日 リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

聖なる泉 アルティン・アラシャンへ征け!

著者: 春間豪太郎

 セキルに乗った状態で泥沼にはまり、セキル共々身動きがとれなくなってしまった。セキルの体は刻一刻と沈んでいて、時間的余裕はあまり残されていないようだった。

 選択肢4(セキルを踏み台にして自分だけ助かる)は論外だが、2(セキルが動くまで待つ)も少し心許ない。一度、セキルに前へ進むよう指示を出してみて、それでも動かなければおれが泥沼に飛び込んでセキルが沈むのを食い止めよう。

 しかし、おれが指示を出そうとした瞬間、セキルが動いた。これでもかというほど前足を前へ前へと出して激しくもがき、泥水を周りにまき散らしながらも数秒後には泥沼を抜け出すことができていた。

 ……危なかったが、セキルの判断力が優れていたおかげで助かった。セキルは臆病な性格なので、自分の体がどんどん沈んでいく怖さに耐えられなかったのかもしれない。泥沼は周りの野原と見分けがつきにくく、回避するのが難しそうなので、車の往来が多少多くても今後は道路を進んだ方が安全だろう。

 元来た道を2~3kmほど戻り、道路に合流してイシククル湖沿いに再出発する。先ほどもがいた影響で歩き方がおかしくなっていないか、セキルの足を注意深く何度も確認したが、問題は無さそうだ。道路の周りはだだっ広い草原が広がっており、民家などの建物はほとんど見当たらなかった。

 しばらくすると雨が降ってきた。路面が濡れていると滑って危ないので、いつもなら一旦雨宿りして雨が止んでから出発するところだったが、この日は道路から少し離れた所にテントを張り、野宿することにした。歩き方に問題がないとはいえ先ほどの泥沼でセキルは体力をかなり消耗しただろうから、しっかり休んだ方が良いと判断してのことだ。


 そしてその次の日の朝、出発してしばらくしてから、おれは鞭が無くなっていることに気付いた。もしかすると野宿した場所に落としてきてしまったのかもしれないので戻ろうかと少し迷ったが、そもそも最近は全く使っていなかったので気にしないことにした。セキルは今や声をかけるだけで言う事を聞いてくれるし、強めの指示を出さないといけない状況であっても木の棒を首に軽く当てるだけで十分だった。

 そしてその後、今回の冒険では初めて警官たちに止められ、日本でいうところの職務質問のようなものを受けた。警官たちは最初、一人旅は危ないのでやめた方が良いと言っていたが、もう既に600kmほど野宿旅をしている事をおれが説明すると、あんたなら大丈夫そうだと言って冒険の続行を認めてくれた。

 キルギス有数の観光スポットであり、警察と会う可能性の高いイシククル湖を冒険の最後にしたのはこの辺りのやり取りも計算してのことだったが、上手くいったようだ。

 そして夕方になり、野宿場所を探している時に、おれは工事現場にいた作業着の男に声をかけた。男は23歳で名前をトロンと言い、今晩は工事現場の近くで車中泊をする予定のようだった。トロンに声をかけたのは、彼が稀にしか出会えないレベルの「善人のオーラ」を纏っていたからだ。これまでの海外での情報収集や、歌舞伎町、祇園などでの営業系の仕事の経験のおかげで、おれに力を貸してくれる人の持つ雰囲気がある程度分かっていたので、彼なら何かしら良い情報を教えてくれると考え声をかけた。トロンはおれに興味を示したようで、工事現場の付近で野宿をしても良いと言ってくれた。

 トロンの車の近くにテントを張ってセキルの体調を確認している時に、前足の蹄鉄が半分取れている事に気付いた。昨日は大丈夫だったのでどうやら今日取れたようだが、昨日の泥沼が多少関係している可能性はある。とはいえこの時点で600km以上の道のりを旅していたので、蹄鉄の耐久度を考えると妥当かもしれない。しかし、少なくとも今いる村には蹄鉄が売っていなかった。仮に新しい蹄鉄が手に入ったとしても、蹄鉄技師もそう簡単には見つからないだろう。セキルの負担を軽減するため、新しい蹄鉄が装着できるまではおれもセキルと一緒に歩くことにした。

 この先どの村なら蹄鉄を売っているだろうか……と思案していると、トロンがやって来て一緒に食事をしないかと誘ってくれた。おれは頷き、トロンの車内で一緒にパンをかじる。この機会に、蹄鉄の事についてもトロンに訊いてみることにした。

 「トロン、おれの馬の蹄鉄が一部外れてしまっているんだけど、ここから東にある町の中に蹄鉄を売っている所はあるか分かるか?」

 「ああ、それなら25km先の町に売ってる。おれの家があるから、良かったら来ない? 何より、おれの兄は蹄鉄技師だから蹄鉄も付けてあげられるよ」

 なんと、蹄鉄の問題が一気に解決してしまった。トロンがいなければ、おれは蹄鉄技師を探すために見知らぬ町で情報収集をしなければいけなかったので、かなり幸運なパターンだ。当然おれは快諾し、その日はテントに戻って野宿をした。


 その翌日、セキルの手綱を持ち、25km先の町へ向かって歩く。おれの普段の歩行速度は時速6km、セキルも時速6kmだったので、互いにペースメーカーとなり、5時間足らずで到着することができた。待ち合わせに指定された店に到着し、トロンに電話をかけて蹄鉄技師のお兄さんと合流する。

 売っている蹄鉄は厚みや大きさがそれぞれ微妙に異なっていたので、お兄さんのアドバイスに従って蹄鉄を選び購入してからトロンの家へ行き、庭でセキルに蹄鉄を装着してもらう。今後問題が起きないよう蹄鉄を4つとも交換したにも関わらず、トロンのお兄さんはなんと200ソム(およそ300円)以上は受け取ろうとしなかった。ちなみにトロンは急な仕事が入ってしまい、家へ帰れなくなったようだった。その日はトロンの家に泊まることになったが、ご家族に夕食までいただき、安心してぐっすりと眠ることができた。


 朝、トロンのご家族にお礼を言ってから出発する。セキルは新しい蹄鉄がうまく機能しているようで、アスファルトの上を歩く時はパッカパッカという甲高い音が辺りに鳴り響いた。

 ちなみに、おれはこの日からフリーランスの仕事を少しずつやることにした。理由は単純に冒険の予算不足だ。セキルとの冒険後、次に計画している冒険をやってしまうと貯金がマイナスになりそうだったので、今の内に多少は稼いでおいた方が良いだろう。簡単でアフターケアの必要もない英日翻訳をやることに決めて馴染みのクライアントに連絡したところ、仕事はいくらでもあるようだった。iPadサイズのPCや小型の折り畳みキーボードは持ってきていたので、冒険中であっても昼休みや夜の時間を使えば問題なく仕事ができそうだ。

 昼休憩中、請け負った翻訳作業がキリの良いところまで終わったので片付け出発しようとした時、おれは3人の警官に止められた。一昨日の警官たちとは違い、あわよくばおれから金を巻き上げたいと思っていそうな嫌な目つきをしている。特にその内の1人はかなり酒臭く、おれからパスポートを力ずくで奪ったのでおれもすぐに力ずくで奪い返す。面倒な人間にパスポートを握られると何時間、何日も無駄にしてしまう可能性があるので多少強引にでも取り返さなければならない。

 おれがそうこうしている間に、別の1人の警官が笑いながらセキルの顔を殴る。

「何してるんだよ!」

 おれは一瞬殴りかかりそうになったが、彼らが3人とも身分証を持っていておそらく本物の警官だろうということを思い出したので、セキルと警官の間に割って入るだけに留めた。ここでおれが逮捕でもされてしまったらセキルはしばらくおれの手を離れてしまうし、何か理由を付けて売り払われてしまうかもしれない。セキルを殴るなんて言語道断だが、警官との暴力沙汰だけは何があっても避けなければならない。

 警官の内の1人がおれの服を強く掴んで拘束し、何度もパスポートを見せるよう要求したり今後の予定を話させたりしていたが、しばらくすると飽きたのかおれを解放した。

 そして、夕方。

 3人の警官に拘束された町から20kmくらい離れた町で、恰幅の良い男に話しかけられたので安全に野宿できそうな場所はないか尋ねることにした。男はカラフルな長袖Tシャツを着ておりラフな格好をしていたが、なぜか少し威厳があるように感じたので信用できるかもしれない。

 ……が、男がおれを連れて行った先は警察署だった。

 「あ、申し訳ないけど、警察署はいいよ」

「大丈夫だ! お前も馬も、ここで泊まればいい! 安全だ!」

 立ち去ろうとするおれを男は制止し大声でまくし立てる。警察署の入り口にいる見張りの警官が、なんだなんだという不思議そうな表情でこちらを見ていた。

「いや安全かもしれないけど、さっき一つ前の町で警官に酷い目に合わされたから嫌なんだ。それに泊まれるかどうかも中の人に聞かないと分からないし」

「いいや大丈夫! 私が保証する! 泊まれる!!」

「いや、それは警察署の署長が決める事だから」

 この男に保証してもらってもなあ……と思いつつ、何故か強気な男の後方を見ると、見張りの警官が苦笑しながら軽く頷いた。そして、その警官が男に向ける眼差しを見て、ようやくおれは気付いた。

「大丈夫だ! 私が許可する! 何たって、私がここの署長だからな!」

 この署長なら大丈夫だろう。そんなわけでこの日は警察署で寝させてもらうことになった。セキルは警察署の裏庭に繋がれることになったが、辺りには雑草が伸び放題だったので食べ物には困らないはずだ。その日は署内の事務室の床に羊の毛皮を敷き、宿直係の若い男の横で寝ることになった。


 その後の2日間は、特に大きな事件もなく穏やかに過ぎていった。娘がドバイで出稼ぎをしているという裕福なおばさんの家に泊めてもらったり、雑貨屋で「生のままで食べるとお腹を壊すわよ?」と訝しげにおれを眺める老女から生卵を購入し、見えない所で食べたりした。道中、熊の手から水が出るという謎のデザインの水汲み場を通りがかったが、製作者がどのような思いを込めてそれを作ったかは分からずじまいだった。

 この頃はセキルの蹄鉄と地面がぶつかる音で地面の固さがある程度分かるようになってきたので、可能な限り石が少なく適度な柔らかさの地面を歩かせるようにした。そのおかげかは分からないが、最近セキルはかなり体力が余っているようで、平坦な道が続いている時は自分から早歩きを始めることもあり、スムーズに進めるのでありがたかった。

 そういえば、セキルを褒める時は首を強く撫でるようにしていたが、伝わっているだろうか。モロッコでおれの相棒だったロバのモカはご褒美としてメロンをあげると嬉しそうに食べていたが、セキルはフルーツに興味を示さないので褒め方が難しい。セキルの好物というとあまり印象にないが、何故かセキルは水を飲むのが大好きらしく、水飲み場を通りがかった際は1分以上飲み続ける時もあった。キルギスの人々も驚いていたしおれ自身最初は病気かと疑っていたが、どうやら問題無さそうなので水を飲むこと自体を楽しんでいるのかもしれない。とはいえ、水はどこにでもあるのでご褒美にはならないだろう。


 そして、警察署に泊まった日から数えて3日後の昼、おれはイシククル湖の東側にある山のふもとに到着した。イシククル湖の周回ルートからは少し逸れてしまうが、今日はこれからこの山を登る予定だった。というのも、この先の山奥にはなんと温泉村があるという情報を得たからだ。

 その温泉村はアルティン・アラシャンと呼ばれていて、観光地としてもそれなりに有名らしい。温泉村ではホーストレッキングなどのアクティビティが楽しめるようだった。温泉旅館で何度も働いたことがあるほど温泉好きのおれにとって、目当ては温泉ただ一つだった。キルギスの一般家庭には風呂やシャワーなどはなく、体を綺麗にしたい時は町の公衆サウナを利用するしかなかった。当然おれも、もう長い間風呂には入れていなかった。そんな中で、近くに温泉があると知ったならそれはもう行くしかないだろう。

 という訳で、温泉のある村アルティン・アラシャンに向けて、登山開始だ!!

(写真、以上すべて©︎Gotaro Haruma)

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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