Webマガジン「考える人」

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カラスの悪だくみ

この連載の担当編集者と2度目の飲……もとい、打ち合わせに出向いた時のことである。

場所は千駄木だったのだが、私はどうも、根津・千駄木あたりが鬼門らしい。今回も、地下鉄から地上に出たところで悩んだ。目的地が駅の南であることはわかっているが、どっちが南だ?

目の前は特徴のない2本の道の交差点。私の故郷なら山を見れば方角がわかるのだが、残念ながら東京には目印がない。ならば、と空を見たが、もう夜だった。太陽も出ていない。では星座? 星なんか見えない。

幸いにしてコンパスを持っていたのでこれを取り出し、ちょっと遅れて到着したら、連載担当のAさんたちに「鳥屋さんは渡り鳥みたいに絶対に道を間違えないと思ってました」と言われた。いやいや、この辺では無理。私は生まれも育ちも奈良、大学は京都という人間なので、そもそも直交していない街路は嫌いである。奈良も京都もかつての条坊制の名残を残し、街路が碁盤の目になっているのだ。よって私は東西と南北を基調とする直交座標系を希求し、途中でおかしな曲がり方をする道は永久に理解を放棄する。五叉路などというものは、これを認めない。


渡り鳥のうち、ツバメのように、夏の間は日本で繁殖し、冬になるともっと暖かいところに移動するものを夏鳥という。ハクチョウのようにもっと寒い地域で繁殖し、冬になると寒さを逃れて日本に来るものが冬鳥だ。

渡らないものを留鳥りゅうちょうと呼び、日本の代表的なカラスであるハシブトガラス、ハシボソガラスは一般的には留鳥とされている。ただし、ハシボソガラスは沖縄では冬鳥だ。最近は沖縄への飛来記録がないようだが。

かつて、季節とともに姿を消す鳥は謎の存在だった。まさか、小さな鳥が何千キロも飛ぶとは考えなかったのだろう。だから、ローマ時代の博物誌には「渡り鳥は冬になると地中や水中で冬眠する」「他の鳥に姿を変える」などと書いてあった。

中世になってもこの逸話は信じられており(というか、中世ヨーロッパの感覚ではギリシャ・ローマこそが文化と知識の源泉だ)、水中で越冬していたツバメの群れが網にかかって驚く漁師の絵が、ものの本に描かれていたりする。ちなみに中世の学者の名誉のために書き添えておくと、その本にも「ツバメが渡りを行うとする意見はいろいろあるが」と言及はある。

渡りという行動が確かめられたのは、一つには人間の行動範囲や通信距離が広がって「いつ、どこで、何が見られる」という情報が蓄積されたこと、もう一つは鳥に標識をつけて調べるという方法を考えついたおかげである。この標識調査は今も各国で行われており、世界じゅうの研究者やバードウォッチャーが足環やフラッグのついた鳥に注意しながら観察を行なっている。以前、隅田川でアルファベットが刻印された足環をつけたユリカモメを見かけ、知り合いの研究者に教えたら、まさに彼が日本で捕獲して標識した個体だった。夏になってロシアの繁殖地で同じ足環付きのユリカモメが観察されれば、その個体が隅田川とロシアを行き来していることが証明できるわけだ。


さて、鳥が渡ることはわかった。

だが、あの途方もない距離を、どうやって飛ぶのか。例えば、カムチャツカのカッコウは秋になると越冬のため、アフリカ大陸のナミビアまで飛ぶ。実に片道1万6000キロの旅だ。その途中、空には道もなにもない。渡り鳥がどうやって方向を定めているのか、今も完全にわかっているわけではないのだが、どうやら様々な方法を組み合わせて方角を判断していることは、わかっている。

基本的な方法は天測、つまり太陽と星座を見て飛ぶ方法である。太陽は時刻とともに位置を変えるが、鳥にはかなり正確な体内時計があり、これによって太陽の移動を補正できる。

では夜は? ホシムクドリという鳥にプラネタリウムを見せて実験した例から、星座を手掛かりにしていることがわかっている。もっとも、北半球なら北極星を見つければ「あっちが北」とわかるが、南半球には都合の良い星がないので、回転軸を示す星があるわけではない。彼らは星座のパターンを思い出して、空の一点に回転の中心を見つけ出すことができるようだ。鳥類は見たものを写真のように記憶するのが得意であるらしい。

補助的にだが、地磁気を用いていることもわかっている。天気が悪くて天測航法が使えない場合でも、磁石を頼りに飛ぶこともできるわけだ。驚くことに、鳥には磁場が「見えて」いるらしいことが判明した。動物の網膜には色を感じる視細胞があるが、鳥の場合、ここに特殊なタンパク質を含んでいて、磁気を感知できるものがあるようだ。と言っても地球を取り巻く磁場や磁力線がはっきり見えるのではなく、視細胞内の視物質を構成する分子に地磁気が干渉することによって、うっすらと明暗が生じるのではないか、と想像されている。具体的にどういう見え方なのかは見当もつかないが、鳥の見る世界は、規則的な明暗が南北方向の縞模様を描くのではないか? という意見もある。また、あまりあることではないが、磁鉄鉱の鉱床があって局地的に地磁気が異常になっている地域では、鳥が道に迷うことも知られている。一方、強力な磁石を使って方向感覚を狂わせてやろうとするとかえって反応しなかったという例もあるので、明らかに磁気がおかしければ、磁気感覚に頼らなくなるようだ。

嗅覚も使われる例がある。ドバトを東からオリーブ油の匂い、西からテレピン油の匂いがする条件で飼育し、これに慣れたところで離れたところからハトを放した実験がある。ただしこの時、ハトの片方、例えば右の鼻孔にオリーブ油を垂らしておく。すると常に右からオリーブ油の匂いがするので、「こっちが東だ!」と判断して方向を修正する。ところがどっちを向いても匂いは変わらず「右が東ですよ」と伝えて来るので、結局ハトはぐるりと旋回してしまう。鳥が明らかに嗅覚を使っている例である。

さらに、音。鳥の声の周波数はだいたい人間と似通った範囲にあるにも関わらず、数ヘルツという、飛び抜けて低い音が聞こえていることもわかっている。自然の中でこんな低周波音を発生させるのは、山に当たる風の音や、海辺の波の音だ。確かめられた例はないが、鳥はこういった音も手がかりにしている可能性がある。

ということで、渡り鳥はありとあらゆる感覚を総動員して方角を決め、大陸も海も越えて飛んでいるのである。


面白いことに、渡り鳥は飛ぶべき方角を生得的に知っている。オランダのホシムクドリは西南西に向かって飛び、イギリスとフランスで越冬する。パーデックという学者は1万1000羽ものホシムクドリの幼鳥を捕らえて、その半分を南南東に600キロ離れたスイスに運んでから放鳥した。強制的に移動させられた鳥たちはやっぱり西南西に飛び、本来の行き先ではなかったはずのイベリア半島に到着してそこで越冬した。実験に使ったのは幼鳥だから、まだ渡りを経験したことはない。彼らには最初から、「この方角に飛べ」という強力な衝動が、生まれながらに備わっているわけだ。

もちろん、遺伝子を自力で書き換えることはできない。様々なバリエーションをもった個体が生まれ、その中から、都合の良い性向を持った個体だけが残った、ということだろう。逆にいえば、「生まれつきヘンな方向に飛びたがる奴」が生き残れなかった結果である。

とはいえ、方角さえわかればいいというものではない。空を飛んでいると、横風に流されるという重大な問題がある。これでは目的地にたどり着けない。そのため、彼らは地上の目標(ランドマーク)を見ながら位置を補正していると考えられている。だが、ランドマークは経験して覚えるしかない。だから、渡り鳥は群れを作って飛び、経験者について行こうとする。経験者は風を読むのがうまく、効率よく飛んでいることも知られている。

渡りの実態はかなり複雑だ。中国での研究から、アオサギは渡りのたびに経路が違うのに、ちゃんと目的地には到着していることがわかっている。春と秋でルートが違う鳥もしばしばある(おそらく風の具合や、本人の急ぎ方が違うのだろう)。このように、渡りにはまだまだ、謎が多い。現代の学者は衛星発信機、GPSデータロガー、ジオロケーターなどを駆使して、その謎に挑む。ジオロケーターというのは、時刻と照度を記録する小さな装置だ。簡単な仕掛けだが、日の出・日の入りの時刻がわかれば、鳥の居場所の緯度・経度が推測できる。これを鳥に取り付けるだけでも「ルート上のどの辺にいたか」を知るために威力を発揮してくれるのである。


それにしても、渡り鳥の体力は驚くばかりである。たとえばヨーロッパで繁殖するスゲヨシキリはアフリカまでの約4000キロを4、5日で飛ぶ。ニューギニアから日本まで、4500キロ以上を一直線に飛んだシギもいる。このルートは全て海上で、休みたくてもパラオとグアムくらいしか島がない。ハチドリでさえ、体重10グラムに満たない体でメキシコ湾をひとっ飛びだ。

カイツブリという潜水の得意な水鳥の一種を研究したところ、彼らは肉体を改造してまで渡りに備えていることがわかった。渡りの前には消化器官が大きくなり、大量の餌を処理して栄養をつける。そして、渡り直前になると今度は消化器官が小さくなり、筋肉量が増大する。飛ぶためにマッスルでムキムキな体になるのである。

また、夜間に渡りをする鳥の中には、その間だけ夜目が強化されるものが見つかっている。夜間視力は色覚と引き換えだが、色を見る能力をある程度犠牲にしても、その時期だけは視界の確保を優先しているらしい。ちなみにウナギも産卵に向かう直前には目が大きくなるが、これもおそらく、深海を目指すからだ。


鳥にとってはかくも大事な渡りなのだが、残念ながら、なぜ渡りというものがあるのかは、よくわかっていない。繁殖地を広げるために移動した個体群が、冬の厳しさに耐えられずに「もといた場所に戻ろうとして」また移動するのが固定され、これを毎年繰り返している状態ではないか、という考えもある。最近の説では、餌の得やすい場所(餌が多いとかライバルが少ないとか)を求めて移動した結果だという説もある。渡りのエネルギー消費や生命の危険は極めて大きいが、それを考慮しても、餌の少ない場所で頑張るより良いというのだ。おそらく過去の気候も関わっているだろう。ウミガメの産卵回遊など、大陸移動による大西洋の拡大さえも関与していると言われている例がある。

とまあ、渡りについて取りとめなく書いて来た。結局何が言いたいかというと、私だって千駄木あたりに何度も行けばランドマークを覚えて迷わなくなるし、身についた習性によって間違いなく辿り着けるようになるので、また誘って下さいねという…… いや、なんでもありません。

濡れる街角

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

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