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インドの神話世界

2019年4月24日 インドの神話世界

12 FGOの独自キャラクター「キングプロテア」をインド乳海攪拌神話から読み解く

著者: 沖田瑞穂

 今回も引き続きインドの古典神話と、現代日本の新しい文化との関連について考えてみたいと思います。

FGOとは?

 FGO(『Fate/ Grand Order』, TYPE-MOON)とは、ストーリー性のきわめて高いRPGです。その物語は、西暦2015年、魔術が存在していた最後の時代にさかのぼります。人類の営みを存続させるための特務機関である「人理継続保障機関カルデア」で、「2017年を最後に人類は絶滅する」と判明しました。
 これを阻止すべく、「マスター候補生」と呼ばれるプレイヤーが、「サーヴァント」を召喚し、人類史のターニングポイントとなる七つの過去の時点にさかのぼって、人類史の修復を試みます。「サーヴァント」とは、歴史や伝説などに登場する様々な英雄や偉人、偉業、概念などを使い魔として召喚するもので、実在か非実在かは問わない、というものです。

「キングプロテア」とは?

 このような基本ストーリーの中で、「キングプロテア」というキャラクターが登場するのは、FGOと並行する漫画の『フェイト/エクストラCCC Fox Tail』(KADOKAWA)と、2019年2月に配信されたPlayStationR-Portable専用ゲーム『Fate/EXTRA-CCC』とコラボしたゲーム内のイベント「復刻版:深海電脳楽土 SE.RA.PH -Second-Ballet-」においてです。漫画において設定されている世界と、ゲーム内での世界は、並行関係にあって交わらない、ということになっています。
 このキャラクターの特徴は、まず「巨大な身体をしていること」にあります。設定では5メートル~、と身長の上限が設定されていません。このことは、このキャラクターがどんどんその身体を巨大化させることを表わしています。
 その特徴と相反するように、容姿はきわめて幼いものとして表現されています。巨大な身体の幼女、というアンバランスな設定となっています。

 FGOにおいてプレイヤーは、「聖晶石」というアイテムを用いてサーヴァントを召喚することができるシステムになっています。ランダムにサーヴァントが現れるこの召喚システムも、ゲームの魅力となっています。私はキングプロテアを運良く召喚することに成功したので、ゲーム内で行われる戦闘時のメンバーとして使用しています。
 サーヴァントには「宝具」と呼ばれる必殺技があるのですが、キングプロテアの宝具は「アイラーヴァタ・キングサイズ」というもので、インド神話におけるインドラ神の乗る象の名を冠しています。その宝具を使用する際の映像は、白濁した海に敵を沈めるというもので、明らかにインドの有名な神話「乳海攪拌神話」を背景に持っていることがわかります。

「乳海攪拌神話」

 その「乳海攪拌神話」のあらすじをみてみましょう。この神話は多くの文献に記されており、さまざまなバージョンがあるのですが、以下は、『マハーバーラタ』から私が訳したものの概要です。

 ある時神々は不死の飲料アムリタを得たいと願った。そこでブラフマーとヴィシュヌは竜王アナンタに命じて海の中にマンダラ山を運ばせ、亀の王アクーパーラを支点にして、大蛇ヴァースキ竜王をその山に巻きつけさせた。その竜王の両端を神々とアスラ(悪魔)とで引っ張って山をまわし、海を攪拌しはじめた。ヴィシュヌはマンダラ山の頂上にいて、皆に力を与えた。海はかき混ぜられて乳海となり、そこから太陽と月、シュリー女神、酒の女神、白馬、宝珠カウストゥバが生じた。最後にアムリタの入った白い壷を持った神々の医師ダヌヴァンタリが、海から出現した。
 アスラたちはアムリタを独占しようと企てた。しかし美女に変身したヴィシュヌが、神々のためにアスラたちからアムリタを奪い返した。
 アスラたちは集結して神々に襲いかかった。その混乱の中で神々はヴィシュヌからアムリタを受取って飲んだ。ラーフという名のアスラが神に変装してアムリタを飲みはじめた。アムリタがラーフの喉まで達した時、太陽と月がそれと気づいて神々に告げた。ヴィシュヌはラーフの巨大な頭を円盤で切り落とした。それ以来、ラーフは頭だけが不死となり、太陽と月を恨んで、今日に至るまで日蝕と月蝕を引き起こす。
 神々はアスラとの戦闘に勝利し、アムリタを安全な場所に隠し、その守護をインドラ神にゆだねた。

 この『マハーバーラタ』の乳海攪拌神話では、乳海から出現したものとしてのアイラーヴァタが出てこないのですが、乳海攪拌神話は多くの文献に記されており、その中に、かき混ぜられた乳の海からアイラーヴァタが誕生した、と語るものもあります。(『パドマ・プラーナ』など)

19世紀後半に描かれた乳海攪拌神話。中央にヴィシュヌ神、向かって左が神々、右がアスラ(悪魔)たち。©Victoria and Albert Museum, London

キングプロテアと「秩序」

 さて、FGOにおいてサーヴァントにはそれぞれ「属性」と呼ばれるものがあります。そのサーヴァントの本来的な性質を表わすものです。キングプロテアの「属性」は「秩序・善」です。この属性はそのサーヴァントが「聖人君子」であることを表わすことになっています。しかし、容姿も精神も幼く、自分の欲求に忠実なキングプロテアは、どうひいき目に見ても「聖人君子」ではありません。
 この謎は、「秩序」というキーワードに着目することで、神話から読み解くことができます。
 神話の乳海攪拌は、一種の創世神話です。世界のはじまりを語る神話です。それ以前は、世界は混沌としていて秩序が整っていませんでした。その混沌の中で行われた乳海攪拌によって、世界は秩序を整えました。つまり、太陽や月の出現によって世界の構成要素が整い、アムリタの出現によって神々の「不死」が保証されたからです。
 それ以前は、神々は死なねばならず、それはすなわち、人間との区別があいまいであったことを示しています。秩序が整う以前の状態から、秩序ある世界へ、その境目となるのが神話の「乳海攪拌」なのです。
 すると、その神話を部分的に共有しているキングプロテアの属性が「秩序」であるというのは、たいへん説得的なのです。彼女はまさに、秩序の成立と関連があるサーヴァントであると言えるでしょう。

 キングプロテアはまた、巨大な姿をしているという点で、神話の「古い」層に位置することを暗示しています。インド神話では、時代がさかのぼるほど、神や生き物は「大きかった」とされているのです。たとえば猿神ハヌマーンは、『ラーマーヤナ』(インドの四つの時代区分の二番目のトレーター・ユガの物語)に現れた時の姿は巨大でしたが、それより時代が新しい『マハーバーラタ』(三番目の時代区分であるドゥヴァーパラ・ユガの物語)に現れた時は、小さい姿となっていた、とあります。
 四つの時代区分とは、最初から順にクリタ・ユガ、トレーター・ユガ、ドゥヴァーパラ・ユガ、カリ・ユガとなっており、最初のクリタ・ユガが一番よい時代で、次第に時代も人も劣化して悪くなり、最後のカリ・ユガは最悪の暗黒時代とされています。『マハーバーラタ』の大戦争がちょうど、ドゥヴァーパラ・ユガからカリ・ユガへの移行の境目にあたり、さらにクリシュナの死によって、カリ・ユガがはじまるとされています。

 キングプロテアは巨大であると同時に「幼い顔」を持ちます。これも、これから成長していく幼女の可能性を表現していると考えれば、巨大な姿とともに、実は原初の存在としてふさわしい表現であると見ることができるでしょう。

「呑みこむ」キングプロテア

 キングプロテアは「愛に飢えた大地母神の混成」という要素を持ちます。また漫画版の『Fate/EXTRA CCC Fox-tail』において、主人公を文字通り「呑みこむ」場面があります。巨大なキングプロテアがその大きな指でひょいと主人公をつまみ上げて自分の口の中に放り込むのです。この描写からは、「呑みこむ母神」が思い起こされます。
 拙著『怖い女』(原書房)で論じたのですが、女神、母神とは、「呑みこむ」働きを普遍的に持ちます。すなわち、女神とはその根幹となる機能として「生み出す」存在ですが、その生み出した全てのいのちに責任を持たねばなりません。なぜなら、生んだままでは、世界に生命があふれて秩序がなりたたないからです。したがって、生んだからには、殺さねばならないのです。死を与えねばならない。これもまた、女神の役割なのです。生と死。その相反するものの両方を司るのが、古の大女神なのです。
「大地母神の合成体」の設定をもつキングプロテアは、その宝具によって創造神話である乳海攪拌を背景に持ち、敵を乳の海に沈めることで、その生まれてきた場所に還す、つまり死と関わります。生と死の女神の特徴を持つのです。
 興味深いのは、彼女の姿が幼女であるということです。幼女とは、これから母になる可能性と、もう一つ、夭折して永遠の幼女のままで終わる、という二つの側面を持ちます。前出の『怖い女』でも少女と母の一体化について論じたのですが、幼女の中にはすでに母の萌芽が眠っています。しかしそれは古代神話では表現されません。幼女によって母神を表現することは、新しい、現代的な神話の表現であると見ることができます。

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“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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