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カラスの悪だくみ

2019年3月12日 カラスの悪だくみ

第20回 深淵にして親愛なる黒

著者: 松原始

黒。考えてみれば不思議な色である。

黒はごくベーシックな色、いわば基本色だ。服でも携帯でも車でも、カラーバリエーションに黒があることは珍しくない。とりあえず黒が奇抜な色ということはないだろう。

一方で、黒には様々なイメージも付与される。例えば、フォーマルスーツに使われるように、黒は形式張った色である。普段着にも使いはするが、あまり黒いと「俺、ちょっと意識してるんだよね」感が漂う。無頓着に見えて着こなせば決まる色だ。

さらに、全身黒のコーディネートはストイックな仕事人を演出し、時にはヤバい雰囲気を醸し出す。自宅警備隊N.E.E.T.を見ればわかるように特殊部隊も黒いことが多いし、そもそもオタクのドレスコードも(チェックのシャツでなければ)黒である。黒スーツにサングラスはどう考えてもカタギではない。場合によっては宇宙人を取り締まる特別捜査官ということもあり得るが、深く知ってしまうと目の前で「ピカッ」とやられて記憶を失うので我々の意識には上らないであろう。

そう考えると、黒の持つ記号性というのは強力である。


さて、カラスが黒いのは常識だ。実際には、カラスの中にもイエガラス、ズキンガラス、クビワガラス、ムナジロガラスといった白/黒とか灰色/黒の種もあるのだが、基本的にだいたい黒い。この黒さと、屍肉漁りの印象が結びつき、喪服や葬式、あるいは殺し屋といった死にまつわるイメージを喚起される人は少なくないだろう。

だが、葬式=黒となったのは、少なくとも日本では比較的最近のことである。

葬式の幔幕は白黒だが、かつて喪服は黒ではなかった。だいたい、ご遺体は本来、白装束だ。それを送る喪主も、明治時代までは白装束に青い裃をつけたりしていた。真っ白な布は汚れやすいから、普段着の色ではない。冠婚葬祭のための特別な色、ハレの色だったはずだ。

対して黒は最初に書いたように基本色で、どちらかというと普段使いの色なのである。時代劇を見ていると同心の旦那は黄八丈に黒の羽織だし、眠狂四郎は竜胆紋の黒羽二重の着流しである。辰巳芸者も男物の黒羽織だ。ちょいと気取っているかもしれないが、別に葬式に備えているわけではない。

白装束だったはずの日本の葬式に黒が取り入れられた理由は諸説ある。例えば、日露戦争の頃に軍人が西洋式を真似て黒の洋装で出るようになったという説。あるいは、戦争で葬式が増えたのだが白装束では貸衣装の洗濯が間に合わず、汚れが目立たないように黒にしたという説。いずれにしても明治時代以後である。

それから100年。黒=葬式=不吉、という感覚は日本に定着し、とばっちりを食ったかのようにカラスも不吉な色と呼ばれるようになった。明治は遠くなりにけり。

このように、元来、黒は別に不吉ではなかった。考えてみれば、学生服はしばしば黒だ。大学の卒業式でも、学長は黒マントに黒の角帽を被る。僧侶も墨染の衣である。キリスト教の聖職者も、しばしば黒服だ。第一、黒の礼服で結婚式に出るのは普通ではないか。黒とは清貧と貞節の色であり、厳粛を象徴し、深遠なる真理の色でもある。つまり真っ黒なカラスは賢者あるいは僧侶という性格を与えられてもよかったのだ。まあカラスを僧侶にした日には葬式の間に遺体をつつきそうだが。


さて。カラスは黒いが、なぜ黒いのだろう。「なぜ」には「どういうメカニズムで黒に見えるか」と「真っ黒で何が嬉しいのか」の二つの意味があるが、ここではメカニズムの方の話をしよう。

黒とは、光を吸収して反射しない状態を指す。ただし、完全に光を反射しない黒というのは、論理的にはともかく、実在するのは極めて難しい。我々が「黒」と呼んでいるのは、無限の階調からなる色合いのうち、反射の少ないものの総称だ。もっとも鳥の中には99.5%以上光を吸収してしまう、真の暗黒のように黒い羽を持ったものもある。それはフウチョウの仲間の数種で、このクラスになると体全体が一様な黒ベタに見えてしまい、立体感がわからなくなる。

カラスはそこまで黒くはない。また、羽毛の表面に光沢があるので、むしろハイライトが強く出る。

カラスに限らず、黒い色を作り出しているのは羽毛に含まれるメラニン顆粒である。メラニンの量によっては色が薄く見えるが、カラスの場合はメラニンをたっぷり持っているので真っ黒に見える。メラニンを元に作られる誘導体の種類によっては、黒でなく褐色に見えることもある。つまり、褐色系の色を持った鳥(ということはおそらく大半の鳥だ)も、メラニンのお世話になっているわけだ。


カラスの羽は単純な黒ではない。羽毛1枚ずつを見れば根元は白っぽいし、表と裏でも色合いが違う。裏側はメラニン顆粒の密度が低いので、ちょっと黒が薄くて、光の当たり方によっては色あせたように見える。

また、カラスの羽毛は角度によって青や紫の光沢を帯びる。これは羽毛の表面にあるケラチン層のせいだ。ケラチンというのは人間の爪と同じ成分だが、それ以外にも鱗やウシの角など、動物の体表にある硬い部分によく使われる素材である。鳥の羽毛は爬虫類の鱗から派生したものなので、ケラチン層があるのはむしろ当然である。

さて、カラスのケラチン層には積層構造があり、層ごとに光を散乱させる。この散乱光が重なって干渉し合うことで、特定の波長だけが強調される。その結果がカラスのキラッと光る反射だ。このように、色素によらず、物質の構造によって色を作り出しているものを「構造色」と呼ぶ。カラスの場合、この散乱には方向性があり、特定の方向に特定の色を反射している。よって、見る角度によって青や紫に色が変わる。これが「カラスの濡れ羽色」と言われる艶の正体だ。

別に濡らしたからといって反射が強くなるわけではないのだが、水浴びして羽を整えた後、日当たりのいい枝の上に止まったカラスは確かに色艶がいい。影になる部分はあくまでも黒く、光の当たる側はハイライトで真っ白になり、首から胸、そして翼あたりは青や紫を帯びる。カラスが黒ベタなどとは、とんでもない話だ。カラスの絵を描く場合、シャドーとハイライトを大胆につけて、いっそ白黒模様に描いてしまった方がリアルに見える。


鳥の中には青い羽のものがいる。ところが、鳥類の羽毛にはわずかな例外を除いて青い色素がない。鮮やかな青に見えるのは大抵、構造色である。

ただし、構造色だけでは濃い青色を作ることができないようで、「下地」としてメラニンで色をつけ、その上に構造色による青色を重ねている。よって、青い鳥を作るためにも、メラニンは必要な場合が多い。

カラス科の中にもオナガやカケスの仲間など、青い色を持った種類がある。そのような「青い鳥」もいるのになぜカラス属は黒いのか? というのは不思議な話だが、少なくとも色を作り出す生理的なメカニズムで考える限り、「メラニンと構造色の組み合わせで色を作っています」という基本は同じである。

まあそれを言い出したらだいたいの鳥が同じなのだが。


一方、なんらかの異常によって色素ができない個体もいる。全身が白くなるとは限らず、部分的に白くなる場合や、「ある程度はできるので薄く色がついている」という場合もある。全身が白いように見えても、全く色素ができないわけではなく、羽毛だけ白い場合もある。最後の例は目を見れば区別できて、目が赤ければ完全な色素欠乏である。虹彩の色素もないので、血管が透けて目が赤く見える。目が黒ければ、少なくとも虹彩には色素があることになる。

完全白化個体をアルビノと呼ぶが、本来は「完全な色素の欠乏」の意味なので、目が赤くない場合はアルビノとは呼ばないことになっている。なってはいるのだが、野外で鳥を見ている場合、普通はアルビノか羽毛だけの白化かを必死に識別はしない。なので、「目が赤くないのは、アルビノとは言いません!」みたいなきめ細かいツッコミはしないことにしている(いや、そういうアルビノポリスみたいな人、いるのよ)。

時々、日本でも白いカラスが見つかることがある。私のところにも新聞社などから問い合わせが来ることもあるが、カラスの部分白化は「普通ではないが、激レアというほどでもない」といったところだ。2年に一回くらいは話を聞くからである。全身が白いとなるともう少し珍しく、過去30年で何度か聞いた、という程度だ。一般に白化個体はハシボソガラスの方が多く、ハシブトガラスはバフ変と呼ばれる、全身が褐色になるレベルまでのことが多い。完全白化のハシブトガラスも見つかった例はあるが、私が知っているのは1例だけだ。ハシボソは3例くらいは聞いたことがある。


ところで、「カラスが白ければもっとかわいいのに!」という意見が散見される。だがしかし。あなた、白いカラス見たことありますか?

ウィーンの動物園で飼育されていた、白いズキンガラスを見たことがある。ズキンガラスは頭と翼が黒く、あとの部分は灰色(白に近いときもある)というお洒落なツートンカラーだが、この個体は全身がほぼ真っ白だった。そして、見た瞬間の感想はこうだ。

「あんた、誰?」

よーく見ると、普通は黒色になっている部分がシナモン色というか、ごく薄い褐色である。完全に色素がないわけではなく、うっすらとメラニンはあるらしい。目は真っ赤ではないが、虹彩の色が薄いのか、赤みがかっていた。嘴はピンク色。色がないため、毛細血管が透けているからである。鳥の嘴は骨の上に角質の鞘がかぶさっていて、骨と鞘の間には生きた組織があり、血管もある。

さらに印象が違うのは、嘴の付け根であった。カラス科の鳥は上嘴の根元に、鼻孔あたりを覆う羽毛を持っている。ところが、全体に白いために、この鼻羽が目立たないのである。全体としては「色を塗り忘れたカラスのフィギュア」と言った感じであった。そして、カラスのつもりで見ると、見慣れた鳥が真っ白というのは「コレジャナイ」感の方が大きかった。

第一、カラスが白いとどうにもカッコよくない。あんなのがゴミを漁っていたら、「白いくせに腹黒い奴」などと言われてやっぱり嫌われるに違いない。


さて、これを書いている自分の姿を見直すと、黒のパンツに青のシャツ、黒のジャケット、黒のスニーカーである。シャツの下は黒のTシャツ、そういえば靴下も黒い。まとめていえば、シャツ以外はとにかく黒い。これは別に黒でキメようというのではなく、秋葉原に入り浸るガチ勢のオタクというわけでもなく、「ファッションに興味はないが、とりあえず黒にしておけば大きく外しはしないであろう」という、単なるズボラである。

もちろん、カラス屋なんだからカラスっぽくしておくのもよかろう、カラスはカッコいいしな! という理由も、否定はしない。

ハシブトガラスの部分白化個体

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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

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