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カラスの悪だくみ

京都大学のすぐそば、百万遍交差点から少し北に行ったところに、「ミック」という、(京大生の間では)伝説的なバーがあった。数年前にマスターが亡くなって閉店したとのことだが、私がちょいちょいミックにいた20年くらい前の時点で、「20年以上前からある」と言われていた。そして、70年代に迷い込んだようなこの店の、小さな看板にはこう書いてあった。

「MICK アリスの落ちた穴の底」


「不思議の国のアリス」にはドードーというおかしな鳥が出てくる。挿絵を見るとあまりにも珍妙なので架空の生き物にしか見えないが、これはかつてマスカリン諸島(国でいえばモーリシャス共和国あたり)にいた、実在の鳥だ。

マスカリン諸島はマダガスカル島の少し東、インド洋に浮かぶ。無人島だったが、15世紀にインド系、マレー系の人々がやって来て、1505年にはポルトガル人が喜望峰を回ってこの島に到達した。そして、この島に上陸した人々は、ノコノコ歩き回る、飛べない鳥たちを発見した。これがドードーであった。公式記録として現れるのは、1598年のオランダ人の航海日誌である。その記録によると、煮込むと肉が固くなるが、塩漬けにして保存食として重宝したという(一方で非常にまずいという記述もある)。

実に残念なことだが、歴史的に、飛べない鳥を見つけた人間のやることは一つ。とりあえず殴り殺してみるのだ。とはいえ、当時の船の食糧事情の劣悪さを考えれば情状酌量の余地はある、としなければなるまい。なにせ冷蔵設備のなかった時代のこと、船に積みこめるのは塩漬けの豚肉とビスケットくらいだった。ちなみにこのビスケットは「乾パン」と呼ぶ方が正しく、うっかり噛むと歯が折れそうな硬さであったという。にも関わらず、そんな代物にさえウジが湧いた。塩漬け肉もウジがたかって半分腐ったような代物だったし、水さえもどんより濁ってボウフラが湧き、飲めたものではなかった。こんな航海をしていれば、久しぶりの生鮮食料を何としても手に入れたい気持ちも、わからないわけではない。

とはいえ、人間はあちこちで、やりすぎたとは思うが。


さて、ドードーは少なくとも3種いたようだ。一番有名なのはモーリシャスドードーという種だ。シチメンチョウくらいというからニワトリよりもずっと大きく、挿絵を見ると、でっぷりと太っている(ただし、野生状態でもそうなのか、飼育下で描いたものかは不明)。翼は小さく、尾羽はほとんどない。顔は大部分が裸出しているので、太りすぎたカツオドリみたいに見える。森に住んでいるが飛ぶことは全くできず、人を恐れず、集団で地上に営巣していたという。他の2種、ロドリゲスドードーとレユニオンドードーも、飛べない鳥で地上性だったのは同じだ。外敵のいない島なので、飛んで逃げる必要などなかったらしい。

となると、これはもう「食べてください」と言わんばかりの状態だ。かくして、船乗りたちがモーリシャスに立ち寄ってはドードーを獲って行くのが常態化した。問題はそれだけではない。船が寄港すると、もれなく付いてくるものがいくつかある。ネズミ、イヌ、ネコ、時にイタチだ。船にはネズミが住み着いているものだし、そのネズミ対策として、イヌ、ネコ、イタチなどが飼われていることは多い。そして、陸地に到着すると、こういった動物が逃げ出して野生化する。イヌ、ネコ、イタチはまるっきり捕食動物だし、ネズミも卵や雛を襲って食べる。実際、海鳥のコロニーでは雛がネズミに食い殺される例がしばしばある。さらに人間が持ち込んだ豚までもが卵を食べてしまった。

加えて、燃料用やサトウキビ栽培のために森林も伐採されていった。この結果、ドードーは住む場所を失い、成鳥も雛も卵もどんどん食べられてしまった。かくして、野生のドードーの目撃記録は1681年を最後に、なくなった。マスカリン諸島をヨーロッパ人が発見したのが1507年、ドードーを見つけたのがいつかはわからないが、長くても200年足らず、へたすると100年でドードーは絶滅に追い込まれたことになる。

ということで謎の多いドードーだが、分類上も謎の存在だった。なにせ似た鳥がどこにもいないのだ。飛べないからダチョウではないか、いやこの顔はハゲワシ? 待て待てペンギンかも? などと様々な説が出たが、現在もっとも有力な説としてはハトの仲間だとされている。どこが?! という気もするが、ミトコンドリアDNAの比較ではハトが一番近縁とのこと。


ところで、この文章の中でドードーの外見について「挿絵を見ると」のような曖昧な書き方をした。というのも、ドードーの完全な剥製は一体たりとも残っていないからだ。挿絵はたくさんあるが、必ずしも実物を見て書いているとは限らず、信用のおけるものが少ない。

さて、絶滅からだいぶたった1800年代にルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』にドードーを登場させた(キャロルはオックスフォード大に勤めていたので、同大の博物館にあった標本を見たようだ。この時代にイギリスがモーリシャスを占領し、フランス領からイギリス領にしたせいもあるだろう)のはなんだか妙な話だが、どうやら「マヌケな奴」の代名詞として広まっていたようである(この時代にイギリスがモーリシャスを占領し、フランス領からイギリス領にしたせいもあるだろう)。ドードーという言葉はオランダ語の「間抜け」から来ているという説もあり、日本で言えば「アホウドリ」のようなありがたくない名前をつけられていた模様。ちなみに映画『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』に登場するディリコールという魔法生物もドードーが元ネタである(というか人間たちがこれをドードーと名付けていた、ということになっている)。英国にドードーはよく似合う。


ところが、ルイス・キャロルが見た標本も、まともな状態ではなかった。イギリスにかろうじて残っていた1体の剥製は1755年には虫食いでひどい状態になり、処分されてしまった。残ったのは、頭と足など、ごく一部である(骨格標本はわりと残っている)。一説には、あまりのひどさに一度は捨てられたものの「いかん、あれは貴重品だ!」と気づいた学芸員が焼却炉から引っ張り出した燃え残りだとさえ言われている。

というわけで、標本というのはきちんと残しておかないと、そしてできれば、いろんなところに残しておかないと、何かあった時に失われて二度と手に入らない。国や全国の自治体のみなさん、「そんな標本なんていくらでもあるじゃないか」などと言わず、博物館がコレクションを後世に残すための金はケチらないでくださいね。


もちろん、失われたら戻ってこないのは、命ある生物の方が深刻だ。当時のとある博物学者は「ドードーは役に立たないから絶滅しても問題ない」などと書いていたらしいが、そういう人が博物学なんかやってはいけない。博物学とは全ての存在に対する偏愛が原点であるはずだ。

ドードーに限らず、人間が皆殺しにした生き物はいくつもある。アホウドリ(これは幸いにして生き残っていたが)、リョコウバト、カロライナインコ、オオウミガラス、ステラーカイギュウ…… いや、あまり例を挙げるのはやめておく。書いている私の気分がどんどん沈んでいって、中島みゆきの『エレーン』を口ずさみたくなるからである。

それはともかく、ある生物種が絶滅するだけでも十分に問題だが、事態はそれだけにとどまらない。モーリシャスにはタンバラコクという樹木があるのだが、現存する個体数が極めて少ない上、なかなか増えない。実はつけるのだが、それが芽吹かないからである。今残っている木が枯れてしまったら、もう後がない。

これについて面白い説がある。この植物の実は、ドードーに食べられることで初めて発芽する、鳥散布種子だったのではないか、というものだ。果実の中には鳥の消化管を通ることで発芽が促進されるものがあるのだ。タンバラコクも、実験的に鳥に食べさせるとちゃんと発芽したという。ただし、この研究は対照実験や査読が不十分だという指摘もあるようなので、今の所、興味深い仮説ということにしておこう。だが、これが事実なら、ドードーと共生関係にあった植物も、ドードーと運命を共にしようとしている、ということになる。このように、生物は生態系の中でつながりあっている。特に生態系の構成者が多くない環境の場合、たとえ一種でもいなくなってしまうと、生態系全体を揺るがすほどの影響を与える場合すらある。


もう一つ、ドードーには妙な噂がある。それは、ドードーの研究者は早死にする、というものだ。

実は私、ドードーの骨を手にとって見たことがある。山階鳥類研究所にドードーの骨の一部、およびそのレプリカが保管されているからだ。普段はおいそれと触れるようなものではないが、私の勤務する博物館で山階の標本を借用して展示させて頂いた中にドードーの骨があり、展示設営のためにやむをえず触れさせていただいたからである。暗い飴色の上腕骨と中足骨は黙して語らず、ただ展示台の上にコロンと横たわるだけだった。

日本にドードーの骨があるのは、蜂須賀(はちすか)正氏(まさうじ)という鳥類学者がドードーを研究をしたからだ。この人、元徳島藩主・蜂須賀家の18代当主で、父親は侯爵で貴族院副議長、母親は徳川慶喜の四女というとんでもない出自。当時は「殿様鳥類学」の時代で、貴族や士族が学問の中心だったのである。彼はケンブリッジ大学に留学したが、政治学を修めるはずが鳥類学に没頭し、動物学者であったウォルター・ロスチャイルド(あの大富豪、ロスチャイルド家の御曹司である)と友達になり、世界中を探検して回った。冒険のために飛行機の操縦を学び、日本に戻ったと思えばフィリピンに有尾人を探しに行き、1930年にはベルギーの探検隊に参加してアフリカに行き、日本人としては初めて野生のゴリラを見た。実に精力的というか、やっていることがほとんどインディ・ジョーンズかララ・クロフトである。そして1953年、長年の研究をまとめた『ドードーとその一族、またはマスカリン群島の絶滅鳥について』という論文で博士号を取得するのだが、その論文の見本が刷りあがる直前、狭心症で急死。50歳であった。そして、研究資料の一部が山階鳥類研究所に寄贈されたのである。


ということで、鳥類学の世界では「ドードーに手を出すと呪われる」などと言われているのだが、では具体的にどなたが亡くなったかというと、ビッグネームは蜂須賀正氏くらいしか思い浮かばない。一体どこから来た噂なのだろう? 第一、私だって既にドードーの骨に触ってしまったし、この章を書くために文献を探して読んだりもしているのだ。もしドードーの呪いなんてものがあるなら、私も……

今、誰もいない夜の博物館(ナイト・ミュージアム)で原稿を書いているのだが、ドアの向こうに見たこともない太った鳥が歩いていたらどうしよう?

頭かいて

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"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

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