Webマガジン「考える人」

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知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

カラスの悪だくみ

学会のため博多に行った時のこと。

無事に学会が終わって、京都に戻る前にどうしても寄りたいところがあった。佐賀県である。

寄り道どころか行って戻るコースになるが、大急ぎで回ればなんとかなる。私は電車に飛び乗り、佐賀県の吉野ヶ里遺跡を訪ねた。だが、目的は遺跡ではない。日本では佐賀県あたりにしかいない鳥、カササギを見るためである。ではなぜ吉野ヶ里遺跡かというと、カササギは農地や開けた場所に林が混じるような環境が好きだと聞いたからだ。遺跡は駅から近いし、間違いなくたどりつけるし、ポスターを見る限りカササギのいそうな場所に見える。知らない土地で時間もないので、道に迷ったり、あちこち探したりしている暇はない。

カササギはハトくらいの大きさの、尾の長い鳥だ。身近な鳥だと、オナガの形に似ている。色はスマートな白黒模様。そして、カラス科である。ただしカラス属ではなくカササギ属なので、カラスの親戚ではあるが、カラスそのものではない。日本でカラス以外のカラス科の鳥というと他にはカケス、ルリカケス、オナガ、ホシガラスがいる。

さて、吉野ヶ里遺跡についたはいいが、滞在できる時間は約1時間。カササギを求めてうろつくもなかなか見られない。これはもうダメかと思いながら、あたりを見回した。目の前には大きな高床式の建物があり、その屋根には鳥をかたどった飾りがついている。まるで銀閣寺の屋根に付けられた鳳凰のようだが、はて、この時代の建造物にあんなものがあったか……? 

そう思って双眼鏡を向けたら、それは飾りではなく、カササギだった。

カササギは見られているのに気づいたのか、「カシャカシャカシャ」と乾いた声を上げた。そして、白黒塗り分け模様の翼をパッと広げると、飛び去ってしまった。

これがカササギとの初めての出会いだった。


その後、台湾を旅行したら、台北市内のド真ん中でカササギに遭遇した。散歩していたら、普通にその辺を飛んでいたのである。中国では絵画の題材に使われることも多く、ごくポピュラーな鳥とは聞いていたが、それにしてもあまりにも「普通」だった。日本で必死になって弾丸ツアーを組んで見に行ったのが馬鹿馬鹿しいほどだ。

ヨーロッパでもカササギは普通の鳥だった。というか、街なかでゴミ漁りをしているのは、カラスではなくてカササギなのだ。ハンガリーやスウェーデンの公園で長い尻尾を器用に跳ね上げたまま地面を歩き回り、せっせと何か漁っているのをよく見た。カササギはユーラシア大陸に広く分布する、ごくありふれた鳥なのである。


ところが、どういうわけか、日本には極めて限定的にしか分布しない。佐賀県を中心として、熊本県、長崎県、福岡県の一部にいる程度だ(後述するが、最近は北海道でも繁殖している)。九州の個体群の遺伝子は中国大陸のカササギによく似ているが、独自の変化をしている部分もあり、日本に来てからある程度時間がたっていると考えられる。遺伝子の変化速度を知るのは簡単ではないが、まあ百年とか千年の単位だろうか。何万年もたっていればもっと変化していてもおかしくない。

これを裏付けるような言い伝えがある。九州のカササギは、豊臣秀吉が朝鮮出兵の時に持ち帰ったもの、と言われているのである。佐賀県唐津市にある名護屋城は秀吉が大陸出兵の前線基地として築城したもので、確かにこの地は秀吉、あるいは朝鮮出兵と縁が深い。朝鮮出兵の際ではないとしても、九州はもともと大陸と関連が深いので、どこかの時点で大陸から持ち込まれたものなのだろう。

佐賀県ではカササギのことをカチガラスと呼んでいる。この名が「勝ちガラス」に通じて縁起がいいので、武将が日本に持ち帰った、とする伝承もある。だが、これはちょっと順序がおかしい。日本には漢籍を通じて、この鳥の存在自体は中国から伝わっており、平安時代から「かささぎ」として歌にも詠まれている。カチガラスという地方名がついたのは九州に来てから、せめて朝鮮半島でこの鳥を見てからではないのか。

おそらく、カチガラスの語源は韓国語である。韓国語でカササギのことをカッチと呼ぶので、「カッチというカラスっぽい鳥」の意味でカチガラスと呼んだのだろう。勝ちガラスに通じると考えたのは、それより後に違いない。カッチという名前は、おそらく「カシャカシャ」あるいは「カチカチ」と聞こえる鳴き声からつけられたのだと思う。


さてこのカササギ、韓国では非常に人気のある鳥である。幸運をもたらす鳥と言われ、韓国の国鳥でもある。街なかにもたくさんいる。韓国の研究者に「カササギがゴミを漁ることはないんですか」と聞いたら「いや、ゴミが荒らされていることはあるけど、それは野良猫かもしれないし!」と反論され、「あー、多分カササギもやってるけど、悪者にしたくないんだな」と思ったことがあった。また、正月にはカササギのためのご馳走をちゃんと皿に盛って置いておく風習もあると聞いた。さらに、庭の柿が実っても「全部取ってはいけない、カササギのために残しておきなさい」と言われるそうである。なんたる優しさ。日本におけるカラスの冷遇ぶりと比べると泣きそうだ。

ただし、カササギはしばしば電柱や列車の架線に営巣してショートの原因になるため、こればかりは撤去されるとのこと。カササギの巣は枝を積み上げたボール状の構造で、横向きに出入り口がある。そのため鳥のサイズに対して非常に大きい。

さて、カササギがこれほど人気なのは、中国の文化で古くから吉兆のしるしとされ、時に女神とも考えられて来たからだろう。また、七夕の夜、織姫と彦星のために天の川に橋をかけるのもカササギだ。そのためか、中国語では喜鵲と書く。日本語なら鵲だけで「カササギ」と読むのだが、中国にはこの仲間が何種もいるので、ナントカ鵲と呼び分ける必要がある。その中でわざわざ「喜」をつけたくらい縁起のいい鳥とみなされているわけだ。

ヨーロッパに行くと吉兆とはみなされていないが、ロッシーニのオペラ「泥棒かささぎ」があるくらいで、イタズラ者認定はされている(ちなみにこのオペラではカササギが銀のスプーンを盗んでしまう)。悪役というより、困ったちゃん扱いだろうか。ゴミを漁るし、屍肉もつつくし、鳥の卵も盗むし、やっていることはカラスと一緒だが、なんとなく憎めない役柄らしい。


日本では長らく九州の一部でしか繁殖しなかったカササギだが、最近は北海道の室蘭や苫小牧付近でも繁殖している。1980年代から目撃例があり、90年代には繁殖を始めたことがわかっている。このカササギはどこから来たのだろう?

研究によると、北海道のカササギの遺伝子は朝鮮半島のものとは少し違い、ロシアの個体群に極めて似ているという。となると、ロシアから来た鳥と考えていいだろう。では、日本海を越えてはるばる飛んで来たのだろうか?

もちろん、その可能性もある。だが、カササギについてはもう一つ考えるべき経路がある。貨物船からの脱走だ。

20年ほど前だが、新潟で2羽のカササギが相次いで目撃された。翌年、長野県で営巣したカササギがいたが、これも同じ2羽と見られている。このカササギは新潟港付近で見つかったのが最初で、入港していたロシアの貨物船から脱走した可能性が指摘されている。

カササギは人によく馴れる鳥だ。船員がペットとして飼っていることもあっただろうし、船に降りて来たカササギに餌を与えて放し飼いにしていた可能性もある。そして、苫小牧はロシアの貨物船が寄港するところである。そうしたカササギがたまたま日本で船を降りてしまったことも、あるだろう。他にもイエガラスという南アジア原産のカラスは主要な航路沿いに点々と分布があり、やはり密航によって分布が広がっている可能性が高い。

もちろん、船から逃げ出すカササギがいたとしても、それは少数だろう。それがうまく出会って繁殖して定着したのか、あるいは時々ロシアから飛んで来る個体がいるのか、その両方なのか、それはわからない。繁殖していなくても目撃例は日本海側を中心に各地にあるので、海を越えての飛来も、否定はできないだろう。


もう一つ、カササギが北海道に定着した理由について、面白い研究がある。カササギの餌に思わぬ形で人間が関わっていたのではないか、というものだ。

動物が何を食べているか知る方法はいくつかあるが、その中に安定同位体比を用いる方法がある。安定同位体というのは、同じ元素でありながら重さが違う、という存在だ。

詳しい話は長くなるので省くが、動物の体内にある炭素、窒素の同位体比を調べることで、大もとの炭素の出どころが森林なのかトウモロコシなのか藻類なのか、あるいは食物連鎖の中でどのあたりの地位にいるか、を推定することができる。

で、北海道のカササギについて調べてみると、どうやら彼らの餌はひどく人間由来、はっきりいえば飼料穀物由来の肉に偏っている。といっても、肉屋を襲って肉を奪っていたわけではない。ペットフードである。研究結果からは、換羽期で6割、繁殖期でも4割の餌がペットフードだと推測されている。

つまり、犬や猫の餌、あるいは鳥に給餌するために置かれたペットフードが、まだ日本に来たばかりのカササギの重要な餌資源になっているのではないか、ということだ。


ところで、カササギの学名はPica picaである。ピカ・ピカと読む。覚えやすいでしょ? 学名はラテン語でつけることになっているが、ピカとはラテン語でカササギを指す。名付けたのは18世紀スウェーデンの博物学者、カール・リンネだ。リンネは分類体系に基づいた、属名と種小名からなるシステマティックな学名を提唱し、これが認められて世界に広まり、今も使われている(それまでも学名はあったが、形容詞がズラズラと並ぶ、非常に扱いにくいものだった)。学名は世界共通なので、どの国の研究者や鳥好きにも通じる、ことにはなっているが、日本人なら研究者であっても、自分の研究対象以外の生物の学名まで片っ端から覚えている人は、多くはないだろう。梅に鶯は「Prunus mumeHorornis diphone」だが、普通はなんのことやらわかるまい(私もウメの学名はたった今調べた)。

さて、カール・リンネの母校であり、教鞭もとっていたウプサラ大学に仕事で出張した時だ。大学の裏手の公園で鳥を見ていたら、一人の老人に出会った。話し相手がほしかったらしい老人と世間話をしていると、ゴミ箱に1羽のカササギが舞い降りて来た。彼はそれを指差して、こともなげに「ピカ・ピカだ。知ってるか」と言ったのである!

さすが、リンネゆかりの地ではみんな学名に詳しいのかと感心したのだった。

ストックホルムのカササギ

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

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