Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

カラスの悪だくみ

2019年4月23日 カラスの悪だくみ

第23回 ホーム・スイートホーム

著者: 松原始

カラス。漢字で書くと空巣。というのは冗談だが、カラスの語源について「いつ見ても巣が空っぽだからカラス」という意見もあることはある。

カラスの巣は、いかにも「鳥の巣」といった形をしている。木の上にあって、枝を組み合わせて皿形に作ったものだ。直径50センチくらいはある。もっとも、上手に葉っぱの間に隠してあったりするので、大きいわりに見つけにくくもある。


さて。人間の世界には「愛の巣」なんて言葉があるので誤解されがちだが、鳥の巣は卵と雛のためだけにある。成長した、大人の鳥が眠る場所ではない。基本的に、鳥は木の上で枝に止まったまま眠る。

新婚夫婦の新居を愛の巣と表現するのは、おそらく、ジュウシマツなどのペアが巣に入って仲良くしているからだろう。スズメのような、木のウロや隙間に営巣する鳥の場合、巣穴を寒い時の寝場所にしてしまうことは一応、ある。だが、鳥としてはむしろ例外的な方である。巣というのは基本的に、繁殖期に卵と雛を入れておくためだけにあり、成鳥のペアが仲良くイチャつくための巣なんてものはない。同様に、集団ねぐらと巣も全く別だ。集団ねぐらは単に皆で集まって眠る場所であって、特別な構造物はいらない。某自治体が「カラスの個体数を減らすため、大きなねぐらのある場所で巣の撤去を行う」などとウェブサイトに載せていたことがあるが、おそらく巣とねぐらを混同した結果であろう(さすがに今はこの文言はない)。

カラスが巣を使うのは、卵を抱くのに20日、雛が巣立つまで30日少々の、合計2ヶ月弱にすぎない。だが、その巣は頑丈で、1年以上残ることも珍しくない。仮に「いつ見ても巣が空っぽ」なら、それは繁殖後の使い終わった巣か、下手をすると去年の巣だろう。卵を抱いている時期ならメスが常に巣に座っているし、子育てしていれば頻繁に餌を持って来る。もっとも、人間が近くでじろじろ見ていると親が警戒して戻ってこないので空っぽに見えるということもある。


鳥の巣は使い捨てのことが多いが、再利用される場合もある。一般に、大きな鳥や、営巣場所が限られた鳥の場合、巣を再利用することが多いように思える。猛禽などでは古巣の上に何度も巣材を継ぎ足して使うため、巣がどんどん大きくなってゆくこともある。だが、少なくとも日本のカラスは「使い捨て派」なようだ。再利用がないわけではないのだが、私の観察した例では極めてまれだった。カラスは毎年、どころか下手をすると年に2度くらいは、あの複雑そうな構造の巣を作るのだ。

カラスの巣に一体何本の枝が使われているものか、ざっと推計したことがあるが、ある例では枝や針金が100本以上も使われていた。カラスは一度に一本しか枝を運ばないので、確実に100往復以上。巣材を落としたり、持って来ても使えなかったりすることもある。さらに巣の内側を作る柔らかい素材は別に持ってくるので、2羽がかりとはいえ、大変な作業である。

もっとも、常に新たな枝を取って来ているとは限らない。カラスの古巣が忽然と消えることがあり、少なくとも春先に消える場合は、巣材の使い回しが疑われる。全ての巣ではないが、時にはこういうリサイクルも行うことがあるようだ。考えてみれば、足と嘴だけでせっせと枝を折るよりは、前の巣から抜いてくる方が楽だろう。


カラスが巣を作る時、最初の難関は土台部分である。巣は樹上の、枝の又に乗っている場合がほとんどだ。できれば三又くらいになっていた方が安定する。とはいえ、作り始めの巣は不安定だ。枝をそっと置き、次の枝を置き、また次の枝を置き…… この辺でしばしば、バランスを崩して枝が落ちる。カラスは首を傾げて地面を見下ろし、また律儀に枝を持って来て、ヒョイと置く。また落ちる。また持ってくる。この繰り返しの果てに、そのうちうまくできる。おそらくカラスなりのスキルやコツといったものもあるのだろうが、単なる行き当たりばったりのように見えなくもない。


カラスが巣を作る時は、オスとメスが共同で作業をする。だが、最後に巣の内側を仕上げるのは、どうやらメスの仕事だ。卵を産むための「内装」に相当する部分は産座と呼ばれるが、ここは枯れ草や動物の毛を編み込んで作られる。メスは体を産座に押し付け、ゆっくり回転しながら作業するので、メスのお腹を基準にしてきれいな円形になり、かつ、メスにぴったりフィットするオーダーメイドの巣にもなるわけだ。卵を抱くのもメスだけである。

ところが、あるハシボソガラスのペアが巣を作っているのを観察していたら、妙なことが起こった。メスは産座を仕上げにかかっているのに、オスの方は枝をくわえてくるのだ。枝を持ってきたオスは巣に組み入れようとするのだが、そのたびにメスに追い払われる。どちらも「巣を作ろう」という衝動に駆られているのだろうが、作業が違うために、足並みが揃っていないのである。台所を手伝おうとしたお父さんが、「余計なことをされるとかえって邪魔」と追い払われているようなものだ。枝をくわえてオロオロしていたオスは、だからといって枝を捨てるのは惜しかったのか、とうとうちょっと離れたところに新たに巣を作り始めた。幸いにして枝を何本か置いたところで気が変わったらしく巣作りをやめたが、あのまま続けていたら巣が二つできるところだった。

時に、カラスの縄張りには複数の巣がある。これは別に偽物を作って敵を騙そうというのではない。多くの場合、使っていない方は去年(時には一昨年)の巣だ。もしくは、繁殖シーズンの早い時期に失敗し、新たに巣を作ってやり直しているからである。カラスは1シーズンの間にも繁殖をやり直すことがある。ただし、雛が巣立ったらもう産卵はしない。巣立ち後の雛の世話が長期間におよぶため、次の産卵と両立させられないからである。小鳥の場合は繁殖サイクルが早いので、1シーズンに2回、時に3回の子育てを行う例は珍しくない。

鳥の巣は繁殖のためだけに、多大な努力をして準備され、使わなくなれば放棄される。そういう感覚から言っても、人間の「家」とはかなり違ったものである。むしろベビー用品と思った方がいい。


とはいえ、人間の場合でも、定住しない生活だと話が違ってくる。

鳥の巣の「使い捨て」感覚に一番近いのは、森林で移動しながら狩猟採集生活をしている民族だろうか。例えば、アフリカのバカ族(バカ・ピグミー)は獲物を探してキャンプを転々とし、いい場所があるとその辺の森から採って来た枝を蔓で縛り合わせ、枝葉を葺いて小屋を作る。家具もそうやってその場で作り、移動する時は捨ててゆく。彼らは森林の中を身軽に移動しなければいけないので、大荷物を持ち運ぶことはない。逆に言えば森林にいるからこそ、どこに行っても「建材」が手に入る。

一方、カラスが時々やる「巣をバラしてリサイクル」に近いのは、組み立て式の住居を持って移動する生活だろう。代表的なのが、モンゴルの遊牧民だ。彼らはゲル(中国語でパオ)と呼ぶ組み立て式住居を使う。ただし、ゲルは分解できるとはいえ、運ぶには荷車が必要となる。ということは荷車が使える平原地帯でないと、こういう暮らしはできない。


私の勤める博物館の収蔵品にゲルがあり、組み立てて展示したことがあるのだが、これがまあ、実に面白いものであった。

このゲルは直径3メートルくらいのものだった。平面形は丸い。背丈より少し低い壁が丸く囲い、その上に円錐形の屋根が乗っている。壁は白っぽいテント地だ。パッと見ると単なるテントで、そんなに凝ったものには見えない。だが、これはマイナス30度にもなる冬の寒さに耐え、草原を吹き荒れる嵐にも負けない、強固な建造物である。それでいて一家族で分解・組み立てができ、畳めば荷車1台に積んで持ち運べるモバイル住居なのだ。

これを組み立てた時、まず出て来たのは、背丈ほどの棒の束である。親指くらいの太さの木の棒が束ねられている、のかと思ったら、菱垣のように網目状に組んであって、引っ張るとびろーんと伸びるのだった。枝の重なるところは針金を通して止めてある。これが壁の骨組みだ。三分割くらいになっているので、連結して円形の壁を立てる。入り口はちゃんと框とドアがあるので、これを取り付ける。

続いて出てくるのは、これまた木の棒の束と、マルに十文字を組み合わせたような部品だ。これが屋根の部材である。

「マルに十文字」は屋根の中心で、煙出しを兼ねている。マルの周囲にはたくさん穴があり、ここに放射状に木の棒を突っ込むと、唐傘の骨みたいなものができあがる。これが、屋根なのだ。地面からどっしりした支柱を1本立てて支えるようになっており、屋根の重量そのものは柱が受け持つのだろう。

この屋根を壁の上に載せ、本来は羊の腱か何かで縛ったのだろうが、現代日本のことなので紐と結束バンドで固定する。屋根と壁をキャンバス地の布で覆い、ロープをかけて縛る(寒い時はフェルトやキルティングのカバーもかける)。これで完成である。住む時は床に絨毯を敷き詰め、寝台やタンス、ストーブなどの調度品も置き、立派な家になる。

この時は、モンゴル人にもアドバイザーとして来てもらったとはいえ、作業するのが日本人ばかりで色々と手際が悪かった。だが、それでもゲルが完成するまで2時間ほど。基礎工事をして柱を立てて棟上げして家を建てることを考えれば、あきれるほど短時間、かつわずかな物量でできあがる、合理的な家であった。


後になって、バーで知り合いになったモンゴル人と話をしているうちに、我々が立てたゲルはちょっと手順を間違っていたことがわかった。まず、屋根は柱を立てて「マルに十文字」を高く支え、後から骨組みを刺せと言われた。刺せ、と言われても、棒がぴったり入る穴を狙って槍で突けと言われているようなものだ。よほど慣れていないと狙いが定まりそうにない。さらに彼が「これ一番大事!」と言っていたのは、壁の骨組みを立てた後、紐を2回まわして縛ることだった。彼はジンライムを片手に、「2回! 絶対、2回! これやったら、どんな凄い風でも大丈夫ですよ!」と力説した。

そして、メモしていた私のノートを奪い取るなり、「ここ羊! ここ犬!」とゲルの周囲の見取り図を描き始めた。それによると、ゲルの近くに馬と番犬(馬は家族同然なので、盗まれないように気をつけるらしい)、離れたところに牛と山羊と羊で、ゴビ地方ならラクダもいるとのこと。彼の実家で飼っていたのは羊400頭に山羊300頭だったそうである。

彼はジンライムを3杯空けて、カウンターにつっ伏しながら、ため息をついた。

「羊食べたいなあ。日本の羊はおいしくない」

このあいだ国に帰った彼だが、懐かしい草原でうまい羊肉をたらふく食えていることを祈ろう。

やっと1本

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

8

2

(Fri)

今週のメルマガ

柴田元幸「亀のみぞ知る」、春間豪太郎「草原の国キルギスで勇者になった男の冒険」連載スタート! (No.779)

8月1日更新さあ、冒険をはじめよう! 春間豪太郎 8月1日更新四十五 科学技術と道義心 池田雅延 8月1日更新 […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

連載一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき