Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 温泉村への登山道は険しく、急な上り坂や岩だらけの道が多かった。セキルと 一緒に歩こうかと何度も迷ったが、いざという時におれの体力が余っていた方が生還できるだろうから、降りなかった。

できるだけ岩の少ない道を選んで進む

 有名な観光地なので毎日たくさんの人々が往来しているはずだったが、数人としか会わなかった。登山し始めたのがかなり遅かったからだろう。

 そして日が沈むころ。予想以上に時間がかかりつつも、温泉村アルティン・アラシャンに到着した。標高およそ2600m。セキルと一緒に白い息を吐きながら、村の外れにあった丘の上でテントを張って杭を打ち、少し休んでから村の温泉へ向かう。

 ちなみに、野ざらしになっている無料の温泉が2つあると聞いていたが、村からは少し遠くしかもかなり細い崖沿いの道を通る必要があったので断念した。

 温泉は個室で、かなり広々としていた。誰かが忘れていったのか、奥には何故か工具が置いてある。日本の銭湯のように隅から隅まで清潔、とはいかないが、それでもおれにとっては十分過ぎた。

 数ヶ月ぶりの風呂に感動しつつ、全身をくまなく丹念に洗う。隣の個室ではフランス人カップルが入浴中らしく、互いの熱い想いをぶつけ合っている最中のようだった……。

 入浴後、テントに戻る道では、立ち止まって見入るほどに星空が綺麗だった。周りの灯りはもうほとんど点いてなかったので、思う存分満天の星空を堪能することができる。普段は経験しない凍てつくような寒さではあったが、そんな中でも星は綺麗だった。


 夜明け前、寒さで手足が痛くなったので目を覚まし、明るくなるまで体を動かして過ごす。当初の予定ではこの日、アラコルという名のエメラルド色の湖まで登る予定だったが、セキルと一緒に登頂できないと知ったのでやめることにした。標高3500mのアラコル湖の手前には急な斜面があり、馬では登れずその場で待たせておくしかないらしい。

 セキルと一緒に登頂できなければ意味がないので、おれは日が昇ってからすぐに下山することにした。

 天気は快晴、下山日和だ!

 無事に下山し、夕方。カラコルという大きな街を通過している時のことだ。なぜか野生のモモンガが街中にたくさんいたが、大都会はリスクしかないので気にせず立ち止まらず足早に抜けよう。そう思った矢先、おれはある物が目に入り、思わず立ち止まってしまった。

 サーカスだ!!

 珍しかったのでチケット売り場へ駆け寄る。ポスターによるとゴリラや蛇、そしてライオンが登場するらしい。売り場の中にはキツネザルがいて、店員さんの肩や頭の上を素早く自由に移動していた。

 サーカスにはほとんど行ったことがないし、テント式のサーカスは特に珍しかったので何としても行きたかった。が、街中がセキルにとって危険極まりない事は、これまでの経験から十分に分かっていた。モロッコでは猫のラテがいたずらでナイフで刺されかけたし、鳩のウィンナも一度は盗まれ足に怪我をしてしまった。セキルにとって安全な寝床が確保できない限り、サーカスを見に行くべきではない。

 かくなる上は……。

「チケット売りのお姉さん! 次の公演は何時まで?」

「30分後に始まるのが今日最後で、18時半頃までね」

 やはり、終演まで観ていたら暗くなる。さらに、サーカスの間ももちろんセキルは安全でないといけない。

「そうなのか……。是非チケットを買いたいんだけど、見ての通りおれは馬を連れているから難しいんだ。
 もし、サーカスの敷地内に一晩馬を繋いでおくことができれば観れるんだけど、可能かどうか管理してる人に聞いてもらうことはできない? 一番高いチケットを買うし、必要ならさらに上乗せで払えもするんだけど……」

 サーカスの敷地内なら動物たちを守るための見張りがいるに違いないと踏んでの交渉だ。しかも、運が良ければ舞台の動物たちの普段のようすを間近で見られるかもしれない。

 しかし、チケット売りの女性は首を振った。

「無理ね。あなたが悪いことを企んでいないって証拠がないもの」

 まあ、そりゃあそうか。あまりにも残念だが、ここで食い下がると状況がより悪くなる。一旦退こう。

 そしてその後、念のため他の従業員2人ほどに同じ調子で話をしてみたが、反応は似たり寄ったりだった。サーカスを観ている間は預かるという話にまではなんとか進めたが、それ以上はダメだった。一晩繋ぐとなると許可を得にくいのは当然か。

 結局、セキルを危険に晒すわけにはいかなかったのでおれはカラコルを西に抜け、その先の小さな村へ向かった。村に着く頃にはかなり暗くなっていたが、ありがたいことに親切なご家族の家に泊めてもらえた。ちなみにセキルはこの日、たくさんの食糧のある納屋で寝ることができた。


 その後の数日間は大きな事件などもなく、穏やかに過ぎた。

 セキルは体力が余っているようで、おれが乗ると指示を出す前に進み始めることが多かった。特に元気な時のサインだ。出発時以外はしっかり指示を聞いてくれるので問題ないだろう。ちなみにこの時点でセキルと旅した距離は1000kmを超えていた。このままイシククル湖を一周してコチコルで今回の冒険を終えようと考えていたので、残りはあと100kmもなかった。冒険が終わればセキルはのんびりと馬生を過ごすだろうから、この調子だとその後はかなり体力を持て余すかもしれない。

 途中、おれを泊めてくれた男の家には子猫がいた。室内に猫がいるのがとても珍しかったのでなぜいるのかと尋ねてみたが、男はよく分からないと答えた。何となく室内で飼い、何となく餌をやっているとのことだった。こんなに可愛い猫なら守りたくなるのが自然だろうとは思ったが、ペットの文化があまり浸透していないキルギスではこういった返答になるのかもしれない。

 また、手ごろな野宿場所が見つからず難儀していた時に、カムチャッカ族の出身だという老人が現れ家に泊めてもらったことがあった。カムチャッカはロシアの東端、日本からだと千島列島の北東にある地域だが、確かに老人はキルギス人としてはかなり彫りが深くロシア寄りの顔立ちをしていた。老人はたくさんの牛を連れていたので、牛たちを家まで追い立てるのを手伝うことになった。セキルに乗って牛の群れを誘導し、群れからはぐれる牛がいたら回り込んで追い立てる。気分は一流のカウボーイだ!!

 そして9月下旬の昼、おれはコチコルから80kmほど離れた村に到着した。ここからコチコルまでの間にはあまり村が無いので、村での昼休憩はこれが最後になるだろう。あさってコチコルに到着しゴールする予定だった。

 いつも通り、生卵と冷たいオレンジジュースを買って噛みしめながら飲み込む。手に入るものが限定されている環境でしか味わえない、至高の味だった。

 夕方、野宿や遊牧するのに手ごろな草地を見つけたが、結局野宿はしなかった。すぐ近くの村に住んでいるウクという名の男が声をかけてきて、泊まっていかないかと誘ってくれたからだ。これもいつものパターンかもしれない。キルギスの優しい人々には感謝してもしきれない。


 そして次の日。コチコルのすぐ近くの村まで行く予定なので、実質今日がセキルとの冒険の最終日だ。この一ヶ月半、毎日当たり前に眺めていた光景が、明日からは見られなくなってしまうだろう。

 トラックが来る度に「殺される!」とばかりに慌てて道路脇へと駆け出すセキル。毎朝出発前に決まってあくびをするセキル。水を長い時間をかけて、じっくりと楽しむように飲むセキル。セキルの顔の周りにいつの間にか集まって来て、いつの間にかいなくなっている小バエの群れ。

 出発したばかりの頃は30分以上かかっていた馬具の装着も、今では5分もあれば十分だった。最近、セキルはおれが声を出さなくても周りの状況や手綱の引き具合で判断し、行動してくれるようになった。そしてセキルとの連携度が高まったおかげで、一切練習していないにもかかわらず、いつの間にかバックもできるようになっていた。

 自転車ともバイクとも違う、セキルから伝わってくるこの振動も、これでおしまいだ。名残惜しいが、別れは必ず訪れるものなので仕方がない。

対岸が見えず海のようなイシククル湖

 夕方になる頃、コチコルの手前にある村に到着した。この日はトルゴンという男が声をかけてきてくれたので、家に泊まらせてもらえることになった。フリーランスでクライアントとデータのやり取りをしていた影響でプリペイド式のデータ残量が少なくなっていたので、トルゴンの娘たちに雑貨屋へ連れて行ってもらいチャージをすることにした。店主の女性に金を払い、スマートフォンからダイヤル発信してその金額分のデータ容量を有効化する仕組みだ。


 そして翌日。いつも以上に入念に準備とセキルの体調確認をして、いつも通りにセキルに跨り出発する。ゴール予定地、コチコルのクバンの家まではあと10kmしかない。ゆっくり進んだとしても2時間もかからないだろう。その2時間を最大限に楽しもうと、おれは色々な思いを巡らせながら、自分の身長より少し高い位置からの景色を楽しんだ。

 実はキルギスに到着する前は、今回の馬との冒険は楽勝だろうと高を括っていた。モロッコでの6匹の仲間を連れた冒険とは違い、今回は馬1頭の体調だけを気にしていればいいと思ったからだ。

 しかし、実際仲間になったセキルは馬の中でも特に臆病で、他の馬が平然と歩く中でも車やタイヤに怯えて急に走り出す馬だったので、特に序盤はかなり危険な目に遭った。家畜しか通れない狭い崖沿いの道を進んだこともあったが、一歩間違えばセキルごと落ちて死んでいたかもしれないし、酔っ払いや暴漢に絡まれることもたくさんあった。セキルが跛行した時も、もしも原因が分かっていなかったら冒険を中断せざるを得なかっただろう。

 実際にやってみると、楽勝などとはとても言えない冒険となった。しかし同時に、世界観・人生観の欠片と呼べるような、冒険によって得られたものがおれの心にしっかりと刻まれつつあった。たくさんの課題を乗り越えて、たくさんの人々と出会い、スキルの習得やレベルアップを繰り返したことで、これまでとは違う新しい景色がみえるようになった。あとはきっちり冒険を締めくくるだけだ。

 そんな思いに耽っていると、ふいに「Go!!」という声が前方から聞こえた。声のした方を見ると、小川を挟んだ向こう側にクバンの息子のアルセンがいた。いつの間にか、クバンの家のすぐ近くまで来ていたらしい。

 11歳の少年アルセンと一緒にクバンの家へ行くと、奥さんが暖かく出迎えてくれた。

 よしっ! ついに、ゴールだ!!!

 ようやく、やり切った! ……が、まだだ!

 セキルと一緒に健康にゴールできたということで、今すぐにでもゆっくり体を休めつつ余韻に浸りたいところだったが、実は、おれにはやるべきことが残っていた。

 今回おれが冒険を達成し、得難いものを手に入れられたのは全てセキルのおかげだった。だから、セキルが冒険前より少しでも幸せになれるようにできる限りのことがしたかった。

 セキルに恩返しをするまでは、まだ終われない!

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

7

12

(Thu)

今週のメルマガ

岡田利規作・演出の『NO THEATER』を観た! 惚れた! (No.776)

7月12日更新 Vol.10 学びの円環 ドミニク・チェン 7月10日更新 夢見るサルレーダー 松原始 7月9 […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

連載一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき