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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 セキルと別れてから数日後、おれはナリンの中央市場の外れにある広場にいた。とある人物と待ち合わせの約束をしていたからだ。しばらく待っていると、少し強面の見知った男がこちらへやって来るのが見えた。

「Go、久しぶりだな! 元気にしてたか?」

「元気だ! そっちはどうだ、アマン」

 アマンはおれと固く握手してから付いてくるようにと手で合図して歩き始めた。向かう先はアリシュ村。イヌワシのアイマックとアマンが暮らす、あの秘密基地だ!

 以前セキルと一緒にアマンの元を訪れた際は母親とトラブルになり、セキルの安全を考えて滞在を中断せざるを得なかった。

 しかし、その後アマンからはまた遊びに来るよう誘いの連絡が来ていたし、伝統文化であるイヌワシとの狩猟を守ろうとしているアマンの姿勢におれ自身感銘を受けてもいたので、セキルとの冒険が終わったら必ずまた廃倉庫へ行こうと決めていた。アマンはこれまで出会ったどのキルギス人よりも動物を大切にしていて、廃倉庫で動物と共に暮らしている。その時点で好感が持てたし、アマンの持つ少し不器用そうな雰囲気にシンパシーも感じた。さらに、イヌワシと暮らして伝統文化を守る為に廃倉庫を改造し、一人で暮らしているアマンのひたむきさをおれは尊敬していた。

 そのため、アマンにはまだ一切伝えていなかったが、 あの秘密基地のような廃倉庫でアマンの手伝いをしつつしばらく居候できたらどんなに楽しいだろう、と考えていた。

 また、今回おれは動物に装着できるようなアクションカメラを持ってきていたので、アイマックに付けて飛んでもらえば臨場感溢れる動画が撮影できるかもしれない。付属のアタッチメントを縫ったり切ったりして少し改造すれば装着できるだろうから、何としてもやってみたいところだ。


 今回の「秘密基地」滞在のネックは何といってもあの母親だったので、アリシュ村へ向かうタクシーの中でアマンに探りを入れることにした。ちなみにドローンなど高価なものはナリンの知人宅に預けていたので、また荷物を蹴飛ばされたとしても損害は少ないだろう。

「アマン、そういえば、お母さんは大丈夫そうか……?」

「ああ、Goの事はちゃんと話しておいたから安心しろ! ごめんなさいってさ」

 アマンは笑顔でそう言ったが、かなり疑わしい。ありったけの敵意をこちらに向けていたあの老女がそうあっさり謝るとはとても思えない。この返答から察するに、むしろ母親にはおれが今日行くことは一切言っていないのかもしれない。

 アマンの秘密基地に到着後、一旦部屋に荷物を置いてからアマンの動物たちに挨拶に行くことにした。
 イヌワシのアイマックと白い大型犬のハンのほかに、今では新たに2匹の新入りがいるようだ。秘密基地の外に大きな檻があり、その中にそいつ達は入っていた。
 見た目や大きさは犬に近いが、顔立ちは獰猛で動きが明らかに違う。檻の中をぐるぐると落ち着きなく歩き回っている。キツネでもなさそうだ。まさか……。

「アマン! これ、もしかして……!」

「ああ、オオカミだぜ! 野生のを捕まえたんだ! どうだ、すごいだろ!」

 やっぱりそうか! かっこいい!!

 

 オオカミが飼われているという状況は当然凄いが、山で野生のオオカミを捕まえるアマンはそれ以上に凄い気がする。もしかすると、アイマックも元々は野生のイヌワシだったのかもしれない。

「Go、まずはハンと友達になって欲しいから、餌をやってくれ」

 言われた通り、白い大型犬に肉塊を差し出す。大型犬はゆっくりとこちらへ来ておれから肉塊を受け取ると、元の場所へ戻ってのんびりと食事を始めた。

「動物と友達になる」という表現を使うキルギス人は、おれが知る限りアマンただ一人だった。犬に名前を付けるような人物もアマンしか知らないので、彼はここキルギスではかなり動物好きな部類だ。

 そもそも20代の前半で結婚するのが義務であり当たり前だと考えられているキルギスで、30を超えても独り暮らしをする男は滅多にいないだろう。

大型犬のハン

 その後、廃倉庫の中にある、絨毯が敷かれ快適な空間となっているアマンの部屋で夕飯を食べることになった。

 アマンが用意してくれたのは、中華めんに肉と玉ねぎを混ぜて炒めた焼きそばのような料理だ。

 一口食べ、首をかしげる。

「アマン、この肉なんだ? めちゃくちゃ旨い! 羊じゃないな……。知ってる気もするけど、思い出せない」

「珍しいだろ! これはな、牛の肉なんだ!」

 ここ2ヶ月程は羊の肉ばかり食べていたので気付かなかったが、それは確かに牛肉だった。キルギスでは主に羊の肉が食べられているため、牛肉の流通量は相対的に少なく、アマンもたまにしか食べないとのことだった。異国で野宿旅を続けていたおかげで、牛肉の美味しさを改めてしっかりと味わう機会が得られた。日本で普段何気なく食べている牛肉は、噛むたびに旨味が溢れてくるような、こんな素晴らしいものだったらしい。

「……それで、Go。この家には何日いたいんだ? 10日か? それとも20日か?」

 肉をほおばりながらおもむろにアマンが尋ねる。おれは長期滞在したいとはまだ一言も言っていなかったが、アマンはそれに感づいたのか、あるいは以前会った時も似たようなことを言っていたから単純にアマンがそう望んでいるかのどちらかだろう。

「そうだな、もし良ければだけど、2週間くらいこの家に居候させてもらえないかな……? アマンとも仲良くなりたいし、アイマックや動物たちとも触れ合いたいから」

 おれがそう言うと、アマンはにやりと笑って頷いた。

「分かった。俺がいない時も含めて、ここは好きに使ってくれ」

 あっさりとおれの居候を承諾してくれた。

 アマンの母親のことは若干気がかりだが、ひとまず居候をしながらようすをうかがうことにしよう。

 ……と、ここでアマンの携帯電話が鳴った。

 アマンは二言三言話してから電話を切り、おれの方へ向き直って申し訳なさそうに切り出した。

「Go、悪いけど今からナリンに行くことになったから、留守番を頼む。明日の夕方には帰るから。……あぁ、そうだ! 行く前にもう一匹、Goに紹介しとかないといけない奴がいたか」

「まだ動物がいるのか?」

「まあ、飼ってるって訳じゃないんだが……」

 アマンは言葉を濁し、廃倉庫の裏庭へ向かった。


 裏庭は前に来た時と同様、雑草が伸び放題で壁にも所々穴が空いており、野外同然の空間だった。

 今は9月末なので裏庭はかなり寒かったが、そんな中、震えもせずにじっと横たわっている白い塊がいた。

 犬だ。

 動かず存在感が無かったので犬だと気付くのが一瞬遅れたが、そいつはハンよりも小さくガリガリに痩せていて、うつ伏せになったまま目を閉じていた。姿勢を保っているので死んではいないようだが、こちらの話し声や動きに反応しないところを見るにかなり弱っているのかもしれない。

「Go、あいつだ。何日か前にここに来るようになったから時々餌をやったりするが、飼ってるわけじゃない。しばらくここにいるつもりなら、世話してみたらどうだ? 名前も好きに付けていいから」

 その犬をしばらく眺めていると、犬は微動だにせずに目だけを気怠そうに開け、こちらをしばらく見てからまた目を閉じた。

 何らかの病気なのかもしれない。少なくともこの白い犬からは全く生気が感じられなかった。

「よし、挨拶も済ませたし、俺はナリンに行くからあとは好きに寛いでてくれ」

「分かった、また明日!」

「あ、トイレに行く時は裏口からこっそりな! なるべく目立たないようにして、俺の母親とは絶対会わないように!」

 アマンはそう言うと、踵を返して外へ出ていった。

 どうやら恐れていた通り、母親にはおれのことを話していないらしい。この秘密基地に居候している間はばれないように静かにする必要がありそうだ。

 万が一あの老女と会ってしまったら、またシャベルを振りかざして脅されるかもしれない。今回はセキルがいないので危険にさらされるのはおれ一人だが、何かと面倒なので避けたいところだ。

 そういえば、居候中はアリシュ村の雑貨屋に買い出しに行くこともあるが、それは大丈夫なんだろうか。雑貨屋の店主から「日本人が村で暮らしている」という噂が広まりそれがあの老女の耳にも入ってしまう可能性は十分にある。

 ……まあ、考えても仕方がない。どう立ち回ってもリスクはあるし、そうなったらそうなった時だ。


 次の日の昼頃、アマンの部屋で日記を書いたり写真を整理したりして過ごしていると、廃倉庫の入り口の扉が開いた音がした。

 アマンが帰って来たにしては早過ぎる。歩く速度がかなり遅いようだ。

 考えたくは無いが、あの老女だろうか……。

 いつでも動けるような体勢を保ったまま耳をすましていると、その人物は廃倉庫の1つ目の部屋を抜け、アイマックの部屋まで入ってきた。

 おれが今いる部屋の隣だ。

 昨日寝てからは電気を点けず静かにしていたつもりだったが、老女がおれに気付いて追い出しに来たんだろうか。

 今回の居候はこれで終わってしまうのだろうか……とおれが考えていると、アイマックの羽ばたく音が微かに聞こえ、その後その人物は外へ出ていった。

 どうやらこちらには気付いていないようだ。

 しばらくしてからアイマックの部屋を覗いてみたが、アイマックはいなかった。先程の人物が連れて行ったらしい。

 とすると、来ていたのは老女ではなくアマンの父親だろう。アマン以外にアイマックを腕に乗せられるのは父親だけだ。昼間は観光客向けにアイマックを外に出すことが多いとアマンが言っていたから、それで迎えに来たんだろう。


 夜、聞いていた時間よりも2時間ほど遅れてアマンが帰って来た。

「Go、悪い! ナリンの家族の所に顔を出してたから遅くなった!」

「家族って、兄弟?」

「いや、兄弟もナリンにはいるけど、さっき会って来たのは嫁と息子たちだな」

 なんと、おれは勝手に独身だと思っていたが、アマンは既婚者だったらしい。

「え、アマン、結婚してたのか。というか家族と一緒に住まなくていいのか……?」

「いいんだよ、嫁はここで暮らすのは嫌みたいだし、俺はここで暮らすほうが楽しいから」

 ……なるほど、確かに快適さや便利さを求める人にとって、この秘密基地が良い場所であるとは言い難かった。水道や本格的な自炊の為の設備はなく、使った食器を洗うこともままならない。付近には品揃えの悪い小さな雑貨屋しかないので、ナリンまで車で数十分かけて行かなければ買い物も難しい。

 もちろんおれは、この男のロマン溢れる秘密基地が大好きだが、好き嫌いがかなり分かれる場所ではある。

「ああそういえば、今日はナリンで肉をたくさん仕入れて来たから、今から動物にやりに行こう」

 アマンはそう言って、持ってきていた大きな袋を開けてたくさんの肉塊を見せてくれた。

 イヌワシにオオカミ、大型犬。皆肉食なので、日々の餌の確保が大変そうだ。アマンはおそらく独自の仕入れルートを持っているんだろう。

 ハンやオオカミたちに肉塊をやるとアマンはすぐに部屋へ戻ってしまったが、おれは裏庭へ行って昨日の犬にも餌をやることにした。ちなみにアイマックの食事はお預けだ。狩りをする際に全力が出せるよう、空腹にしておく必要があるらしい。

 秘密基地の裏庭では、あの白い犬が昨日と同じ場所でぐったりと横たわっていた。もう何日も食事をしていないのかもしれない。ナリンはキルギスで最も寒い街だと言われていてこの頃は雪が積もり始めているので、早く何か食べて熱を作らないと危険だ。

 犬の口元に肉の塊を投げてみる。

 しかし、反応はない。

 しばらく見守っていると犬はようやく目を開き、寝そべったまま肉塊を舐めたり転がしたりし始めた。

 そしてその後、のろのろと体を起こし、ゆっくりと肉にかぶりつく。

 これで元気になってくれれば良いが……。

 単純に栄養失調なのかもしれないが、あとで犬の疾病について調べてみるとしよう。


 この日、アマンは翌日の早朝出勤の為にナリンへ行かないといけなかったようだが、明日の仕事を休むことでそれを回避した。休む理由として「日本人の友達が来てるから観光に連れて行かないと!」としきりに言っていたので気を遣わせてしまったのかと申し訳ない気持ちになったが、電話を終えた時のアマンの満面の笑みを見てその思いは吹き飛んだ。

 どちらかというと、アマン自身が仕事を休む口実を探していたようだ。

 アマンは明日休みになったので、ここでのおれの居候生活も本格始動と言ったところだろうか。イヌワシの狩りはぜひ見てみたいし、オオカミたちの生態も興味深い。そして、あの元気がない白犬も気になる。

 さあ、珍しい動物たちが暮らす廃倉庫、アマンの秘密基地での生活の始まりだ!

(写真、以上すべてc?Gotaro Haruma)

(第15回につづく)

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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹