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カラスの悪だくみ

2019年5月14日 カラスの悪だくみ

最終回 そして、カラスの悪だくみ

著者: 松原始

さて、この連載も、今回が最後である。1年間、『カラスの悪だくみ』というタイトルで続けて来たが、私のスタンスはむしろ「カラスは悪だくみなんかしねえよ」であった。

もちろん、カラスが洞察力を発揮することは、実験的に確かめられている。道具使用で有名なカレドニアガラスは「あの餌を手に入れるには、まずこの道具を使ってあっちの長い道具を引っ張りだし、そこで道具を持ち替えてこうやって……」と先を読む。ワタリガラスは、後で報酬が増えることがわかっていれば、目先の餌を食べずに待つこともできる。とはいえ、これらは全て、認知能力とか知能とか言われるべき能力だ。「悪だくみ」とは言わない。

カラスがゴミを散らかすのも、もちろん、悪いことをしているわけではない。9回目の連載にも書いたが、カラスは「こういうことをしたら人間が困る」という人間社会のルールを理解していない。だから、わざと困らせることもできないはずだ。ゴミを散らかすのは、野生状態で暮らしていた時と全く同じように、スカベンジャー(自然界の掃除屋)として振る舞うからである。動物の死骸をつついているのと、ゴミ袋をつついているのは、カラスにとってはあまり違いのない行動だ。ただ、ゴミ袋には紙くずとか割り箸も混じっているので、「これ食えねーじゃん」とポイポイ捨てるのである。

さて、ちょうど小鳥たちの繁殖期であるが、この時期はカラスにとっても繁殖期だ。そして、巣で腹をすかせている雛のためにカラスはせっせと餌を探し、時に他の鳥の卵や雛さえも狙う。

カラスという鳥は、ああ見えて捕食能力が低い。ワシ・タカといった猛禽なら、鋭く大きな爪や嘴、そして極めて高い身体能力という有効な武器を持っているのだが、カラスは体こそ大きいものの、捕食者としてはパッとしない。

ところが、卵と雛なら、カラスの能力でも仕留められるのである。逃げるのもままならない(どころか卵なんか動けない)、いたいけな雛鳥をかっさらって食ってしまおうというのは、それはまあ、嫌われもするであろう。それは理解できる。ただし、そこで義憤に駆られた人は是非とも、逃げる気満々の、放し飼いの、成長しきったニワトリとタイマンで勝負して、カラスとは違うところを見せていただきたい。私は卑怯者なので、誰かに捕まえてさばいてもらった鶏肉をありがたく頂戴することにする。

猛禽は小鳥を捕まえて食べる。たとえ直接見たことはなくとも、写真や動画でご覧になったことはあるだろう。これらはまごうかたなき「殺し」であるが、同時に彼らのネイチャー、つまり生まれついての習性であって、別に非難されることではない。小鳥が好きな人であってもそのことはよく理解していて、(まあわざわざその現場を見たくはないかもしれないが)、猛禽が他の鳥を捕って食べることは容認している。

ところが、カラスによる捕食に対しては見方が変わる。大学生の時、他の大学の鳥好きな学生が、私のいた生物系サークルの学園祭の展示を見物にやってきた。他大学の鳥好き、しかも女の子が来るなんて滅多にあることではないので、大層緊張しながらあれこれ説明した後で連絡先を聞き、後日、サークルの探鳥会に誘った。で、この人が極めて明確に、鳥好き且つカラス嫌いであった。理由は「ゴミを食って増えているくせに小鳥を襲うから」である。「カラスなんかゴミ食ってりゃいいんですよ!」とまで言われたので、小一時間カラスの魅力を説こうかと思ったが、さすがにそれはやめておいた。ゴミを食ったら食ったでまた怒られるじゃないか、とも思ったが、まあそれも言わないでおいた。

もっと明確に、「カラスを1羽駆除するのは小鳥を10羽保護することだ!」と言い切ったオッサンまでいた。たしか新聞記者である。その時はさすがにニッコリ笑って「じゃあオオタカも駆除しちゃえば小鳥を1000羽くらい保護できますね!」と言ったのだが、残念ながらその方は真意も皮肉も理解されなかったようで、「コイツ何言ってんだ?」という顔でポカーンとこちらを見るばかりであった。

いや、これは別に逆張りで炎上を狙おうとかいうのではない。カラスが小鳥を食べるのが悪いなら、カラス以上に小鳥(や中鳥)を食べているオオタカはなぜ許されるのか。カラスはゴミを食べる一方で小鳥も食べるから? そんな、食性の幅広さを責めても仕方ないではないか。

カラスはたくさんいるから? だが、街なかに小鳥が少ない最大の理由は、カラスが捕食するからではない。そもそも市街地は、小鳥にとって格別住みやすい環境ではない。植物も昆虫も草原や森林より少ないに決まっているから、種子や果実や昆虫を餌にする小鳥にとっては餌不足になりがちだろう。一方、カラスは他の動物の食べ残しを片付けるスカベンジャーである。人間という大型動物が食べ残しをゴミ袋に入れて路上に出してくれる限り、餌には困らない。

これは「環境によって住みやすい鳥と住みにくい鳥がいる」という、ごくごく当たり前な話である。しかも、その環境を作っているのは人間ではないか。

人間は小鳥に住みにくい街を作り、一方でカラスの餌条件を整え、それでいて「数少ない小鳥をカラスが食べてしまうからイケナイのだ!」と言い出す。ところが、都市部に(小鳥を餌とするはずの)猛禽が現れると「都市に自然が戻ってきた」と喜ぶのだ。

どうも人間には「ゴミは人工物だから、それを食べてカラスが増えるのは自然ではない」という思い込みがあるようだ。だが、それならツバメはどうなのだろう。彼らは世界中どこでも、ほとんど建築物にしか営巣していない。自然物に営巣するツバメというのはごく少数で、見つかったら論文になるレベルである。ちなみにアメリカとロシアでそういう個体群が見つかっており、洞窟の壁面に営巣している。建物の壁は、どうやら洞窟の代用品だったようだ。洞窟はやたらにあるものではないから、今や豊富にある建築物に営巣するようになったわけだ。だが、人工物を利用するツバメは自然ではない、あんなのはダメだという議論は、寡聞にして知らない。

実際、都市部に生きている鳥の大半は、人為的な環境を利用しながら生きている。

例えばドバトはプラットホームの屋根やビルのベランダで繁殖していることがよくあるが、あれは決して「都会には樹がないから仕方なく」ではない。ドバトの先祖は西アジアから中近東、地中海沿岸あたりが原産のカワラバトだが、それを人間が飼いならして家禽として広まり、後に世界各地で野生化した。その繁殖習性は、ご先祖様であったカワラバトがの時代から受け継がれている。そう、彼らの故郷は乾燥地でロクに森などなく、それどころか樹がある保証もなくて、切り立った断崖のちょっとした段差や割れ目に営巣してきたのである。そんな彼らにとって、ビルや駅舎は四角い岩山も同然で、そこにある隙間やテラスは当然、営巣に適した場所とみなされる。

全く同じように、スズメやムクドリはもともと樹のウロに営巣していたが、今では市街地で戸袋や換気口にも営巣するようになった。人工物に依存するのが「不自然」ならば、こういった鳥も全て不自然な生活をしている。ところが、なぜか小鳥の場合は「住むところがなくてかわいそうに」と言われたり、「新しい住処を見つけるなんてお利口だ」と言ってもらえたりする。カラスの場合は、せいぜいが「悪賢い」どまりだ。

やっぱりカラスって、いじめられてない?

もちろん、人間の支配下にある都市の環境をどうするかは、人間自身にその決定が委ねられている。ツバメとスズメとメジロはかわいい、カラスはかわいくない。かわいい小鳥が大事だからカラスは駆除してしまえ。猛禽は大自然の象徴だし、捕食性だから小鳥を食べても構わない。人間がゴミを出すのは当然だが、それを利用してカラスが増えるのは不自然だから許さん。そう決定することも、人間にはできる。

ただ、そこで「ん? 自分は今、なんかひどいこと言ってないか?」と思い返す程度の余裕は、持っておいても罰は当たるまい。

とはいえ、カラスがゴミを荒らすのが迷惑なら、追っ払ったっていいのだ。毎朝「あいつらゴミは散らかすし、真っ黒で汚いし、何の役にも立たないし、ぜんぶ駆除しちまえ!」などと呪詛を撒き散らすのは、何よりもあなたの精神衛生上よろしくない。そのような負の感情は人間の精神からゆとりと潤いを失わせる。それでは良い仕事もできない。それなら、カラスを追い払う方がまだいい。

カラスを追い払うのに、音楽CDやらカラスの模型やらをぶら下げてもあまり役に立たない。一番効果的なのは、その場に人間がいて、カラスに目を向けていることだ。カラスは自分を見ているものや、自分の動きに反応するものに敏感である。人間のような大きな動物が自分を追って視線を動かしている場合、「自分は狙われている」と判断する。カラスに挨拶していたらゴミを荒らされなくなったという話があるが、あれは多分、「うわ、こいつ毎朝俺の方を見てやがる」と警戒したせいだろう。

そういうわけで、何日かじっと、カラスを見続けてみよう。カラスの方は、横目でチラチラとあなたの動きを窺いながら、電柱に止まって羽づくろいをしたり、ペアで仲良く並んで止まっていたりするだろう。そのうち、どこかから貯食を取り出して食べ始めたり、メスに求愛給餌したり、そういうこともやるだろう。巣作りしたり、雛にかいがいしく餌を運んだり、それ以外にも、思いもよらない光景をいろいろと見せることがあるはずだ。

その結果、カラスがだんだんかわいく見えてきたとしても、別におかしなことではない。人間には単純接触効果という反応があり、繰り返し経験する刺激を次第に快いと感じるようになる。きっとそのせいだ。勘違いしないでよね、別にカラスが気になるとか、そんな理由じゃないんだから!

いずれにせよ、そこまでカラスを見慣れた頃には、「カラスなんか害虫と同じだ、全部駆除しちまえ」といった感情は、なくなっているはずだ。ひょっとしたら、「カラスも必死に生きてるんだから、まあちょっとくらいは仕方ないよね」とさえ思っているかもしれない。どちらにしても、あなたのイライラは解消され、事態は好転しているわけだ。つまり、ゴミの食い荒らしを防ぐためにカラスを観察するのは、街の美観と、あなたの精神衛生を保つために、非常に有意義である。騙されたと思って明朝からでも試してみてほしい。その結果、あなたが少しばかりカラスに対してフレンドリーになり、結果としてお目こぼし頂いたカラスが一口や二口、餌にありついたとしても、それは単なる偶然、ちょっとした副産物というものである。

カラスは悪だくみなどしない。全ては野生動物としての自然な行動だ。

ただし、飛ばないカラスである私については、その限りではないかもしれない。

「そんな顔してりゃ、何でも思い通りにいくと思うなよ!」(『3D彼女』[那波マオ著、講談社]より)

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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク……

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