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インドの神話世界

2019年5月15日 インドの神話世界

13 インド神話とFGOの「カーマ」、そして「原初の愛」

著者: 沖田瑞穂

 前回に引き続き、今回も現代日本のゲームとインド神話のつながりについて、考えていくことにしましょう。題材は、愛の神「カーマ」です。

 RPGのFGO(『Fate/ Grand Order』, TYPE-MOON)では、2019年3月に新キャラクターである「カーマ」が登場しました。その姿は愛くるしい幼女ですが、元となったインド神話では、カーマは男の神、そして愛の神です。神話とゲームで男女の性別が逆ですが、最近のゲームではよくあることで、「女体化」と呼ばれている現象です。これについては、回を改めて考えてみることにして、今回は、インド神話のカーマとFGOのカーマの相違点をまとめた上で、現代の文化における「愛の神」の表現について考えていきたいと思います。

ヴェーダ文献のカーマ

 カーマとは、「愛欲」「意欲」という意味のサンスクリット語です。ヒンドゥー教の愛の神で、砂糖キビの弓と花の矢を持ち、人の心を射て恋心をかきたてるとされます。海獣マカラを旗印とし、オウムに乗っています。妻はラティという名で、「快楽」を意味します。カーマはまた、春の神ヴァサンタをお供にしています。春と愛。インドでも日本でも、通じるものがあるのですね。
 カーマはインド最古の宗教文献である『リグ・ヴェーダ』にも現れ、世界創造の際に唯一物から最初に現れた、原初的な存在とされます。それによると、世界のはじまりのとき、暗黒が立ち込め、水に覆われていました。そこに「唯一の存在」が熱の力により誕生しました。これにより、最初の生命が世界に生じました。その唯一物から、カーマが現れました。(『リグ・ヴェーダ』第10巻129章 3-4詩節)

愛欲を引き起こす弓矢を持つカーマ神

 この『リグ・ヴェーダ』は紀元前1200年頃のものですが、それよりも新しく、紀元前1000年頃成立した、まじないの言葉を集めた聖典である『アタルヴァ・ヴェーダ』では、カーマは「その力によって敵対者を駆逐せよ」と歌われ、敵を駆逐する勇ましい神とされます。(『アタルヴァ・ヴェーダ』第9巻2章1詩節)
 その一方で『アタルヴァ・ヴェーダ』では、カーマが原初の存在であることも語られています。「カーマは最初に生まれた者である。神々も祖霊たちも人間も、だれも彼のもとに達することはできない。それほどに彼は偉大で優れている。どれほど天地が広がろうとも、どれほど水が流れようとも、どれほど火が燃えようとも、カーマはそれらすべてより勝っている。」(『アタルヴァ・ヴェーダ』第9巻2章19-20詩節)

原初の愛――インド、ギリシャ、日本

 このようにカーマ、「愛欲」は、全世界のあらゆるものよりも優れた、超越者と考えられていました。愛欲の力は、動物や人間にとって新たな生命の誕生のために欠かすことができません。そのように、世界のはじまりにも愛欲が必要であると考えられたのでしょう。
 ギリシャの神話でも、愛欲の神エロスは世界の最初期の存在です。ヘシオドスの『神統記』によると、原初の混沌「カオス」から最初に大地の女神「ガイア」が生まれ、次に地底の暗黒界「タルタロス」、その次に愛の「エロス」が誕生した、とされています。インドとギリシャには、「原初の愛」というテーマが共通して見られます。
 日本の『古事記』の神話にも、似た思考が認められます。『古事記』では、世界のはじまりのとき、まずアメノミナカヌシ(天之御中主)が誕生し、次にタカミムスヒ(高御産巣日)とカムムスヒ(神産巣日)という神が誕生しました。このタカミムスヒとカムムスヒは、名前の中に「ムスヒ」という言葉を共通して含んでいますが、ムスヒのムスは「苔むす」というときの「ムス」と同じで、生え出る、萌え出るといった意味で、ヒは、目に見えない霊妙な力をさします。つまり「ムスヒ」で、「生産の力」という意味になり、「愛」の概念と非常に近いのです。
「原初の愛」のテーマが、日本にも見られると言えるでしょう。

ヒンドゥー教の「愛の神」カーマ

 インドに話をもどしますと、バラモン教の聖典である『リグ・ヴェーダ』や『アタルヴァ・ヴェーダ』よりもずっと新しい、ヒンドゥー教の叙事詩『マハーバーラタ』(紀元前4世紀~紀元後4世紀)などの神話では、カーマはその原初性よりは、もっぱら愛欲、エロスの神としての側面を表わします。
 カーリダーサの叙事詩『クマーラ・サンバヴァ』(「クマーラの誕生」、5世紀頃)には、カーマがシヴァの第三の眼によって焼かれたという、次のような話が記されています。

 神々と悪魔の一族であるアスラは常に争っていた。あるとき、ターラカという名の強力なアスラが戦闘で神々を打ち負かし、神々を困らせた。ターラカを倒せる唯一の男は、最高神の一人であるシヴァの、まだ生まれていない息子のみであった。そこで、シヴァを結婚させる必要があった。シヴァの妻としてふさわしいのは、山の神の娘パールヴァティーであった。
 そこでインドラが、シヴァの恋情をかきたてるために愛神カーマを派遣した。カーマはパールヴァティーがシヴァの側にいる好機をとらえて、「サンモーハナ」という名の花の矢を弓につがえた。シヴァはわずかに平静さを失ってパールヴァティーの顔に視線を向けたが、自制して、弓を引き絞っているカーマを見つけると、その第三の眼から炎を発し、カーマを灰にしてしまった。
 カーマの妻ラティは気絶した。意識を取り戻したラティは友のヴァサンタに命じて、自分の火葬の準備をさせ、その火に身を投じて夫の後を追おうとした。すると空から声が聞こえ、シヴァがパールヴァティーと結婚すれば、カーマは再び姿を取り戻すだろうと告げた。

FGOの「カーマ」

 さて、これらの古典神話の情報を前提として、FGOにおける「カーマ」の特徴を見ていきましょう。
 FGOのキャラクターは、ゲーム内の戦闘時に用いる技能である「スキル」と、必殺技である「宝具」を所持しています。「カーマ」の持つスキルや必殺技に、神話に由来する言葉や、サンスクリット語の単語が用いられています。
 まずスキルとしては、「身体無き者」というものがあります。この「身体無き者」という言葉は、サンスクリット語では「アナンガ」といい、カーマの別名です。カーマはシヴァによって焼かれて身体を失ってしまい、文字通り「身体無き者」=「アナンガ」となったからです。なお、「アナンガ」という言葉のつくりは、四肢を意味する「アンガ」に否定辞の「ア(ン)」を語頭に付したものです。

 FGOの「カーマ」はまた、スキルとして「マーラ・パーピーヤス」というものも所持しています。マーラとは、カーマとほぼ同じ意味で使われるサンスクリット語で、「愛欲」の意味です。「パーピーヤス」は「悪い」を意味する「パーパ」という形容詞に「イーヤス」を添えたもので、「より悪い」という意味の比較級です。したがって、「マーラ・パーピーヤス」というのは「より悪い愛欲」ということになります。
 おもしろいことに、このスキルの前半の単語「マーラ」は、辞書では「愛欲」の意味よりも先に「殺害」という意味がでてきます。というのも、そもそもこの「マーラ」のもとになった単語が動詞の「ムリ」で、「死ぬ」という意味なのです。死と愛欲。タナトスとエロス。それが、「マーラ」という一つの単語の中に共存しているのです。この死と愛の近さは神話的な思考です。

 次に、「カーマ」の必殺技である「宝具」を見ていきましょう。「カーマ・サンモーハナ」です。サンモーハナとは、サン―ムフと分けることができ、意味は「魅了する」と「迷妄に陥る」です。そのもとになった「ムフ」という語は、「活気がなくなる、弱々しくなる」という意味で、そこにサンが付され、母音の階梯が上昇して、サンモーハナという語になりました。

 さて、FGOの「カーマ」は、私も運よく召喚に成功しました。その最初の姿は、前述の通り幼女です。その点で、前回取り上げたサーヴァントの「キングプロテア」と同質です。容姿もよく似ているのです。
 巨大な姿をしていて、宝具に「アイラーヴァタ」の名を冠し、そのことによってインドの創世神話である乳海攪拌神話と関連を持つキングプロテアは、「原初性」とも呼べるものを表わしていますが、カーマもやはり、神話において「原初性」を持ちますし、FGOの「カーマ」もそれを引き継いでいると考えられます。
「原初」とかかわるこの両者が、どちらもよく似た少女の姿をしている、というのは興味深い現象です。幼女であるということと、それ以上に容姿が似ているという二点において、分析を深める余地がたくさんあります。その背景には、この二人のキャラクターに『Fate/Stay Night』(2004年1月にTYPE-MOONから発売されたコンピューターゲーム、およびそのアニメ版)などの多くの関連作品に登場する「桜」という少女が関係していることが考えられるのですが、このことについても、また場所を改めて、考えていくことにします。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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