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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 アマンの秘密基地へシロを迎えに行ったおれは、シロが繋がれていた紐をほどき、一緒にタクシーに乗り込んだ。

 我ながら後先考えないバカな行いだとは思ったが、シロを何とかすると決めてしまったんだから仕方がない。アマンは仕事中だったのでシロを連れて行く旨の連絡はできなかったが、そんなことは後回しだ。以前アマンからシロを引き取らないかと聞かれた事があり、その時は費用と時間の問題(犬を日本に連れ帰るには約100万円の費用と1年ほどの時間が必要)で断っていたが、アマンとしてはどちらでもよさそうだったので、後で電話連絡をすれば大丈夫だろう。

 シロと行動を共にするとなれば、確実に次の冒険に支障が出るだろう。ビザの期限も数日後に迫っている。キルギスに住所があるわけでもないのに、滞在期間中にシロの里親が見つかるとは正直考えられない。……と、冷静に考え自己嫌悪に陥りながらも、おれは身を寄せるシロを抱きしめて「何とかしてみせる」と強く誓っていた。

 その後、おれはしばらく思案してからトロク村へ向かった。トロク村は、キルギスで一番長く滞在した土地であり知り合いも多い。一時的にシロを預かってもらえるとすればここしかないだろう。

 トロク村ではチョルポンおばさんやアイダールが温かく迎えてくれたので、しばらくシロの世話をしてくれないかと頼んでみることにした。エサ代やその他必要な費用は全額払うのでしばらく家の前の安全な場所に繋いで飼っていてくれないかとお願いしたところ、一家の主であるコイチュビットおじさんもチョルポンおばさんも快く引き受けてくれた。ちょうどその時コイチュビット家では生まれたばかりの小さな犬を飼っていたので、タイミングも良かったようだ。どうやらある程度大きくなったら野良犬として放し、うまく成長すれば成犬になってから牧羊犬として迎える予定のようだ。

「シロの事は、このチョルポンおばさんに任せなさい! またトロク村に来るんだよ」

 チョルポンおばさんはおれの肩をバシバシと強く叩きながらそう言ってくれた。良かった、シロはひとまずこれで安全に暮らすことができる。

 シロの今後についてはまだまだじっくりと考える必要があるが、そのことについては一旦保留だ。おれは次の冒険、次のステージに挑戦することにした。

 おれがキルギスで最後に選んだ冒険は、「羊を連れての野宿旅」だった。

 羊やヤギは、馬やロバとは異なり「人間と一緒に歩く」というのが基本的にできない動物だ。

 日本では飼育環境の違いから人に懐く個体もいるようだが、ここではより自然な状態のまま集団で飼育するので、羊やヤギにとって人間というのは追い立ててくるだけの存在であり、懐いたりはしないようだった。並んで歩くことはもちろん、手綱を引いて後ろから付いて来させることもできない。

 また、羊は体重が60kgほどあるので、羊自身が前方へ移動したいと強く思うようにうまく誘導しないといけない。道路を通っている際は人やトラックがたくさん通るだろうから、事故や迷惑にならないように注意しながら進む必要もある。

 つまり、羊を連れるというのはこれまでの冒険と比べ段違いに難しいものだ。まさに、挑戦しがいがあるベリーハードモードだ。また、将来ラクダと砂漠を横断するのが夢なので、ラクダと同じく群れで行動する羊を連れることで今後のヒントが何か得られるかもしれない。

 さあ、まずは情報が集まるキルギスの首都ビシュケクで情報収集だ!!


「……羊と歩く? いやいや、無理でしょ」

「羊は馬とは違うんだから、一緒に旅するなんてできるわけないの。分かる?」

「あーそりゃあダメだなあ。羊は群れで行動するんだから、30匹位いっぺんに買わないとできないだろうなあ」等々。

 誰一人として「できるかもしれないな! 応援するよ!」と言ってくれる人はいなかった。

 モロッコでロバに荷車を引かせて野宿旅をした時はここまで否定はされなかったが、今回はやはり羊を連れるという点が問題のようだった。

 しかし当然ながら諦めようという気にはならなかった。

  それなりに勝算はあったし、それにおれは冒険家だ。

 多くの人が当たり前のように「無理だ」と考えている壁のその先に広がる未知領域を開拓し、広めることも冒険家の役割だろう。

 まずおれは、ビシュケク郊外にて羊を購入することにした。羊を2匹飼えば、「群れ」とまでは言えなくとも片方が片方に付いて行く形でうまく誘導できるかもしれない。

 羊のオーナーに連れられ遊牧中の羊を見に行く。そこにいた50匹ほどの羊たちは、丈の短い草がたくさん生えている丘で食事をしているところだった。

 綱で繋がれていない自由な状態の羊を捕まえるので細かい選別はお任せになってしまうが、できるだけ元気が良くて脂肪を蓄えた羊を、とお願いをして捕まえてもらった。

 そうして、おれの今回の相棒は決定した。

 黒い羊と白い羊で、黒い方は体が大きく尻の辺りに脂肪がたくさん付いていて、頭のてっぺんにだけ白い毛が生えていた。拘束された状態でも元気よく手足を動かしている。白い方の羊は比較的小柄でおとなしい。羊毛のまとまり方も少し違っていて、黒い方はモコモコ、白い方はボコボコという感じで黒い方が柔らかく大きい。

 ちなみに、乳や交配の関係上遊牧されている羊はほとんどがメスなので、この羊たちは2匹ともメスだった。

 値段は2匹で1万ソムだったので、日本円でおよそ1万6千円ほどだ。

 羊は重く、また持ち上げると暴れるので大人2人がかりでトラックの荷台へ乗せ、オーナーの家の庭へ輸送する。出発の準備をする数日間は、オーナーの家で一時的に羊たちを預かってもらう事になっていた。

 オーナーは羊を売ってはくれたが、おれの今回の冒険については絶対に不可能だと思っているようで、帰りの車内でたくさんの質問をしてきた。

「君はどうしてこんな事ができると思うんだ? 君の食事や寝る場所は道中どうする? やってどうなる? ……意味が分からないなあ」

 オーナーはニヤニヤしながらそう聞いてきた。完全にバカにしているようだ。

「羊が2匹いれば可能だと思います。それに、野宿旅には慣れてるからそこは問題ないですね。こういう冒険をしたら、終わった時に滅茶苦茶綺麗で素敵なものが手に入るって知ってるから 」

「ふうん。よく分からないけど、僕は一切手伝わないから自分でやるんだよ? 羊をたった2匹連れ歩くなんてできる訳がないし、寝る場所はどうするんだよ全く……」

 男はその後も同じやり取りを何度も繰り返した。

  あまりにしつこかったので、今日これからやる歩行テストで何としても結果を出してやろう、とおれは心に誓った。

 オーナーの家の庭に羊を繋いだ状態で、パラコードを使って羊同士を繋いで手綱を作製する。

 パラコードというのは1本で200kgまで吊るせる頑丈な紐で、サバイバルなどで多用されるアイテムだ。引く力には強いにもかかわらずしなやかでハサミでも簡単に切れるので、こういった場面では重宝する。

 ちょうどリュックを背負う時のような形で、パラコードを羊の両前足にかけて背中で結び、背中からまたパラコードを伸ばして2匹を繋ぐ。さらに、その繋いだパラコードに引っ掛けるような形でもう1本使って手綱の部分を作製した。羊の前足にかかる部分は、緩いと外れてしまいキツいと前足を圧迫するので、ちょうどいい具合に調整する必要がありそうだった。

 羊小屋の中で手綱を持って後ろからゆっくり追い立ててみると、羊たちは少しでもおれから離れようと前方へ進み始めた。おれが右後ろから近付けば左前へ、左後ろから近付けば右前へ進むので、それなりにコントロールはできそうだ。

 その後、次はいよいよ実際の道路で訓練をすることにした。

 この冒険では羊たちの負担を考え1日に20kmほど進む予定なので、今日は5kmほど歩いてみてかかった時間を計測する。遊牧されている羊は1日に20kmほど歩く日もあると調べた上での計画だったが、もし問題が生じた場合は1日の移動距離を短くすべきだろう。

 車が走っている道路に出て、後ろからゆっくりと羊たちを追い立てる。

 急な方向転換が必要な場合は、事前に用意していた1mほどのゴム製の鞭を地面に叩きつけて合図を出す。この黒羊と白羊は元々同じ群れだったからか最初からうまく連携が取れていて、体の大きい黒羊が先導して白羊がそれに続くという形を崩さず進んでいた。

 後ろから羊たちの姿を見つつ、名前を決めることにした。

 まず、黒い羊は頭だけ白かったのでそれを名前に取り入れたいと思い 、キルギス語で白い頭という意味の「アクカシュカ」を縮めて「アカシュ」と名付けることにした。

 白い羊の名前は少し悩んだが、あまり変に動いたりせずにアカシュの後ろにぴったりと付き添っていておとなしかったので、おとなしいという意味のキルギス語「サナースズ」から「サナ」と呼ぶことにした。

 その後、羊たちの息がぴったりだったおかげでテンポよく進むことができ、結局1時間しかかからずに5km歩き、元の場所へ戻ってくることができた。分かれ道やでこぼこ道、舗装された道路なども今回のルートに含めていたので、これなら冒険に出発しても大丈夫だろう。

 ちなみにその後、オーナーにテストの成果を報告したところ、「信じられない……」と呟いてそれ以降バカにして来なくなった。既に何千kmも動物と冒険をしたおれだからこそ可能だったのかもしれず再現性は不明だが、「羊を2匹だけ連れて野宿旅をする」というのはできるかできないかで言えばできるようだった。


 そしてその数日後、おれと羊たちとの冒険が始まった。

 今回のゴールはサリチェレク湖というキルギス西部の湖だ。難易度の高い「羊との野宿旅」を成功させるのが主な目的なのでゴールはあまり重要ではなかったが、セキルとの冒険ではソンクル湖やイシククル湖などの湖を目指して旅をしていたのでキルギスでの冒険は湖で締めるのが良いだろう 。

 ただし、サリチェレク湖に行く前にトロク村に寄る用事があったので、まずはビシュケクから東へ進み、トロク村を目指すことにした。

(写真、以上すべてcGotaro Haruma)

 そして、羊たちの後ろから歩きつつ5kmほど進んだ時のことだ。

 羊たちと繋がっていた手綱の結び目の1つが音もなくほどけた。そして、羊たちもそのことを理解したようで、少しでもおれから離れようと走り出す。

 手綱がほどけただけなのでアカシュとサナはまだ繋がっていたが、ぴったり息を合わせてぐんぐんおれから遠ざかっていく。

 あぁ……、これはまずい!!

 焦って追いかけようとしたが、何しろこっちは20kgのバックパックを背負っている。走り続けてもどうにも距離が縮まらなかったので、一瞬迷った末バックパックを置き去りにして身軽な状態で追いかけることにした。

 モロッコを冒険した時はあちこちでスリの話を聞いていたし実際に何度か盗まれたこともあったが、ここキルギスでは盗みの話はほとんど聞いていない。いるとしても家畜泥棒くらいなので、バックパックならしばらくは放置しても大丈夫だろう。

 そして、しばらく追いかけてみて気付いたが、羊たちはおれが反対車線に移ってから追跡をすると走る速度を緩めるようだった。どうやら真後ろから追いかけたときだけ過剰に反応して走り出すようだったので、反対車線で一旦羊たちを追い抜き、今度は前から追いかけることで元来た道を戻らせるようにした。

 ひとまずこれで、長期戦に持ち込めそうだ。

 羊たちも、警戒心が薄れてきたのかもしくは疲れてきたのか、後ろから追いかけた際の走る速度が遅くなってきたので、おれも彼女たちを刺激しないようそれに合わせて減速し、早歩きにて追跡を続ける。

 そして、あと少し……。あとちょっとでサナの背中に手が届きそうなところまで近づけたので、タイミングを見計らって、一気に飛び掛かる。

 その瞬間、おれの予想より少し早く羊たちは駆け出したが、サナが一瞬遅れたので何とか背中を掴むことができ、サナの上に覆いかぶさるようにして捕獲することができた。羊たちの力はかなり強いが、結び目がほどけない限りパラコードは強靭だ。アカシュがすごい力でパラコードを引っ張ってはいたが、すぐにアカシュの背中も掴み、おとなしくさせることでトラブルは解決した。

 羊たちと手綱を繋ぐこの仕組みでは、ほとんど全ての結び目で家畜を繋ぐ時に用いる「家畜結び」というのを採用していたが、うっかり1ヶ所だけ固結びにしてしまっていたところがあり、今回はそこがほどけてしまったようだ。

 「家畜結び」というのはおれが付けた名前で、モロッコやキルギスの村では使われているものの正式名称が分からないという謎の結び方だ。おれが現地の方から教わった結び方だが、「結びの王」と呼ばれるもやい結びよりも簡単に結んだりほどいたりできる上に同程度の強度を持つという、かなり便利な結び方だ。しかし、ロープワークに長けた登山家や登山ショップの店員、そして船乗りの方などに聞いてみたところ、皆口を揃えてそんな結び方は見たことが無いと言っていた 。


 少し戻って、バックパックを回収してから再出発しようとしたが、アカシュが少し息を切らしていたので30分ほど休憩してから出発することにした。

 ちなみに、手綱はおれが持つだけでなくバックパックにも結ぶことにした。こうすれば状況に応じておれは両手が使えるようになるし、羊たちがすごい力で前に進もうとした時はバックパックを引っ張ってもらうことができる。アカシュもサナも基本的に体力が有り余っているようだし、安全の為にも元気な時は発散させるのが良いかもしれない。

 そしてその日の夕方。おれは通りがかった牧場にて野宿をさせてもらえることになった。

 到着した時は牧場の持ち主がおらずその友人が対応してくれたが、しばらくすると牧場の所有者だという男がやって来たので挨拶をする。

「はじめまして! 羊を連れて旅をしているGoです」

「はじめまして。泊めてあげたいとは思うけど、その前にはっきりさせないといけないことがあるね。君、ほんとにその羊買ったの? 所有証明書は?」

 男はこちらへ疑いの眼差しを向けながらそう訊ねた。

 所有証明書、などというものは貰っていないので持っていない。これは要するに、羊泥棒と間違われているということだろうか。

 ……まだまだトラブルは続きそうだった。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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