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インドの神話世界

2019年5月30日 インドの神話世界

14 三種の神器とインド=ヨーロッパ語族の三点一組の宝物

著者: 沖田瑞穂

 令和元年5月1日、新天皇が即位されました。それに伴い、さまざまな儀式が行われました。その儀式のときに受け渡されたのが、三種の神器。神話に起源を持ち、日本の皇室に代々受け継がれ、現代においても大切に祀られています。
 その神話的起源が、日本の神話だけでなく、海外にもあると言ったら、驚かれるでしょうか。
 実は、インド=ヨーロッパ語族(インドからヨーロッパにかけて分布する言語の家族)の神話に、三種の神器と似た、三点一組の宝物の神話がたくさんあるのです。

三種の神器のイメージ図。実物は非公開。(ankomando/Shutterstock)

「三機能体系説」

 三点一組の宝物について考えるのに欠かせないのが、インド=ヨーロッパ語族の神話を研究したフランスの比較神話学者・デュメジルの「三機能体系説」です。
 デュメジルはインド=ヨーロッパ語族の各地の古い神話だけでなく、叙事詩などの伝承や、歴史伝説などの文献資料を詳細に読み、そこに一つの共通した「構造」が認められることを発見しました。その構造をデュメジルは「三機能体系」と呼んでいます。

 三機能体系とは、階層化された三つの機能の働きによって世界が成立し維持されているとする、インド=ヨーロッパ語族に特有の観念です。その三つの機能を、デュメジルはそれぞれ司っている領域で分けて、第一機能、第二機能、第三機能と名付けました。

第一機能:聖なるものや法律、王権に関する領域
第二機能:主に戦争における力に関わる領域
第三機能:豊穣や美、平和、多産などによる多数性など、多岐にわたるがいずれも生産と関連する領域

 これら三つの機能が、三点一組の宝物によって代表されるという観念が、インド=ヨーロッパ語族に共通のものとして表れているのです。

北欧ゲルマンの神話の宝物

 まずはゲルマンの神話を見てみましょう。スノリの「詩語法」(13世紀成立の詩のことばの用法をまとめたもの)には、いたずらものの神・ロキがこびとの工匠ドヴェルグたちに神々の宝を作らせたという、次のような話があります。
 トールの妻シヴの髪をいたずらで剃り落としたロキは、トールに脅されてドヴェルグたちにシヴの髪を作らせた。この時イーヴァルディの息子たちであるドヴェルグたちが作ったのは、頭に置かれた瞬間に肉に付いて離れなくなり、本物の髪のように伸びるシヴの髪の他に、どこへ行くにも帆が追い風を受けて進むスキーズブラズニルという船と、決して的を外すことのないグングニルという槍であった。
 ロキはブロックとエイトリというドヴェルグたちにも話を持ちかけ、これら三つの宝と同じくらい立派な宝を作れるかどうかに自分の頭を賭けた。この二人のこびとが作ったのは、九夜毎にそれと同じ重さの腕輪が八つ滴り出るドラウプニルという腕輪と、空と海をどの馬よりも速く走る、光り輝く剛毛の牡豚グッリンブルスティと、決して的を外さず、壊れることのない槌ミョルニルであった。
 シヴの髪と槌ミョルニルはトールに、槍グングニルと腕輪ドラウプニルはオージンに、船スキーズブラズニルと牡豚グッリンブルスティはフレイに与えられた。神々はミョルニルが最良の宝であると決断した。(菅原邦城『北欧神話』東京書籍、1984年、76-79頁参照)

 この話の中で、三点一組の宝物が二組、作られていますが、注目したいのは、あとから作られた組の三つの宝物「腕輪のドラウプニル、牡豚グッリンブルスティ、槌ミョルニル」です。それぞれの宝物の特徴をみていきましょう。
 まず、最強の武器である槌ミョルニルは、武器であるので第二機能です。戦闘をあらわす第二機能の神・トールに不可欠の宝物です。
 次に、黄金の牡豚は、フレイの所有となりました。豚というのは、犬などより多くの子を一度に作る、多産をはじめとする豊穣の象徴です。したがって、生産性を表す第三機能の神・フレイにふさわしい動物です。またこの豚は「乗り物」としての役割を果たすのですが、その点でこの豚は、地上を経巡って豊穣を授ける第三機能の役割を果たす不可欠の存在でもあります。
 オージンのドラウプニルの解釈は少々やっかいですが、九夜毎に同じ重さの八つの腕輪を創り出すという点が重要です。インド=ヨーロッパ語族にとって「9」という数字には特別な意味があり、「一巡り」を表します。これは特に「王権の更新」の概念につながります。例えばギリシャの神話では、クレタ島を支配したミノス王は、治世の九年目ごとにイダ山の洞窟に籠り、ゼウスに会って、王権を更新したとされています。
 サンスクリット語では「9」を意味するnavanと、「新しい」を意味するnavaはほとんど同じ形ですが、この一致はアヴェスタ語を始め、インド=ヨーロッパ語の多くに認められます。このことからも、9という数字が時間の一巡を意味し、王権の更新と結びついていたことが示唆されます。すると、オージンのドラウプニルも、「9」という数字と関わるからには、王権の更新という第一機能と結びついた神宝であったと考えられるのです。
 三つの宝物と機能との関連をまとめると、以下のようになります。

第一機能 オージンの腕輪
第二機能 トールの槌
第三機能 フレイの豚

インド神話の宝物

 北欧ゲルマンの神話に見られた、三種の機能を司る三人の主神が、それぞれの機能を象徴する三点一組の宝を所有していたという神話は、インドにもあります。
 インド最古の宗教文献『リグ・ヴェーダ』には、三人一組でリブと呼ばれる工作神がいます。この三神は、インドラの二頭の栗毛の駿馬と、馬がなくても走るアシュヴィン双神の車と、不死の霊水アムリタを生み出すブリハスパティの如意牛を作り、その功績によって神々の仲間に入ることができたといいます。
 インドラは、戦神であり、自然現象としては雷であるという点で、北欧ゲルマンの神話のトールと同じ役割を持ちます。そのインドラに駿馬が与えられていますが、馬は、インド=ヨーロッパ語族の神話では、何よりも「戦車を牽く」動物であり、第二機能=戦闘の動物と考えることができます。
 ブリハスパティは、聞き慣れない名前かと思いますが、意味は「祈りの主」です。宗教と関わる第一機能の神です。そのブリハスパティのためには牛が与えられていますが、この牛は神々にとって不可欠な、神聖な不死の飲料アムリタを生み出すとされています。つまり「聖なる牛」です。第一機能の最大の特徴が、「聖性」です。
 アシュヴィン双神は、そっくり瓜二つの双子神です。違いはほとんど知られておらず、常に行動を共にします。「双子」は、生産性の象徴と考えられていて、インド=ヨーロッパ語族の第三機能の指標となっています。その双子の神に、生産の役割を果たすために不可欠な「乗り物=車」が与えられています。
 そこで、以下のような図式になります。

第一機能 ブリハスパティの如意牛
第二機能 インドラの駿馬
第三機能 アシュヴィン双神の車

ケルト神話の宝物

 ケルト神話にもこれらと対応するような宝物があります。それらの宝物の由来について、次のような神話があります。

 ダーナ神族は南の島からアイルランドにやって来たが、その時彼らはその南の島の四つの町からそれぞれ、魔法の力のある道具を四つ持ってきた。ヌァザ神はフィンディアスの町から一振りで敵を倒す魔法の剣を、光の神ルーフはゴリアスの町から魔の槍を持ってきた。ダグザ神はムリアスの町から魔法の釜を持ってきたが、その釜はいくらでも中身が出て絶えることがない。ファリアスの町からは「リア・ファイル」という「運命の石」が来た。その石の上に正しい王が立つと、人間の声で叫び声を上げて予言をするのだという。(井村君江『ケルトの神話』ちくま文庫、1990年、70-71頁を参照)

 ここでは「運命の石」の解釈が少しばかりわかりにくいものの、本来「正しい王」を選ぶ役割を果たす石と考えられます。王権と関わる宝物なのです。

 これを整理すると、以下のようになります。

第一機能 運命の石
第二機能 剣・槍
第三機能 釜

スキタイの宝物

 次に、イラン系遊牧民のスキタイにも、同様の宝物の話があります。スキタイ人は、自分たちの神話伝説を書き記していませんでした。そこで情報源は、ギリシャの歴史家ヘロドトスの伝えるものになります。
 それによると、リポクサイス、アルポクサイス、コラクサイスという三人の兄弟がいて、この三人がスキタイの支配者だったとき、天から黄金製の宝物が落ちてきました。鋤に軛、斧、そして杯です。最初に見つけた長兄が宝物に近づこうとすると、宝物は火を噴いて近寄ることを拒みました。次に次兄が試しましたが同じことが起こりました。最後に末弟が近づくと、火は消え、末弟はそれを持ち帰ることができました。こうして兄たちは、末弟に王権を譲ることに同意しました。

 この話に出てくる、鋤に軛が結合した農具と、斧、そして杯からなる三点の聖宝は、実際にスキタイの王家に代々受け継がれていて、歴代の王たちに大切にされ、毎年一度盛大な犠牲を捧げる祭礼まで行われて、神のように祀られていたといいます。
 これら三種の宝物のうち、鋤と軛は二つで一組の農具であったと考えられ、農業・生産に関わる働きを象徴します。また、スキタイに独特の武器である斧は戦闘の機能を象徴しています。そして杯は、宗教と密接に関わる器物であったと考えられます。スキタイ人はイラン系遊牧民ですが、インドやイランでは、杯はソーマ・ハオマと呼ばれる神聖な飲料を用いた儀礼に不可欠の祭具でした。またスキタイの王たちは、即位にあたって女神の前で神聖な飲み物を杯から飲む儀礼を行っていました。そこで、次のようになります。

第一機能 杯
第二機能 斧
第三機能 鋤と軛

日本の三種の神器の神話

 このように見てくると、日本の三種の神器も、インド=ヨーロッパ語族の三点一組の宝物と良く似た性質を持つと考えられます。
 三種の神器のうち、まず剣は明確に戦闘の機能を象徴します。次に鏡は、アマテラスの御神体として伊勢神宮に祭られ、神道の祭祀の中心的な役割を担ってきたので、聖なる第一機能です。そして玉ですが、『古事記』によれば、アマテラスはイザナキからミクビタマという玉の首飾りを与えられているのですが、このミクビタマは別名をミクラタナという神であったともされています。そしてミクラタナという神名は、穀倉の棚に祭られる稲魂の神を表したものと考えられるのです。となると、このミクビタマ=ミクラタナは、稲作を代表する農業生産の機能に関わる神宝だったのです。玉は農業生産に関わる第三機能の宝物ということになります。したがって、

第一機能 鏡
第二機能 剣
第三機能 玉

 という図式が得られ、日本と世界が「三点一組の宝物」を通じて結ばれるのです。
 日本の皇室に特有の宝物が、実は世界によく似た宝物の神話がある、というのは、神話のもつ世界における共通性や、神話の伝播の強さを思わせます。

参考文献:吉田敦彦『日本神話と印欧神話』弘文堂、昭和49年。
     沖田瑞穂『マハーバーラタの神話学』弘文堂、平成20年。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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