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インドの神話世界

2019年6月12日 インドの神話世界

15 三つの機能のすべてと関わる「杯」の伝承を追う

著者: 沖田瑞穂

 インド=ヨーロッパ語族の神話における三つの機能、すなわち「聖性」を表わす第一機能、「戦闘」を表わす第二機能、「生産性」を表わす第三機能の、それぞれを代表する三点一組の宝物の話を、前回はご紹介しました。今回は、宝物のなかでもとくに「釜」「皿」「杯」といった「容器」の神話について考えていきます。

ケルトの釜

 ケルトの神話には、リア・ファイルという王権にかかわる石と、剣と槍、そして釜という三点一組の宝物がでてきます。そのうち「無尽蔵に食物がでてくるダグザ神の釜」は、生産性を象徴する第三機能の宝物です。
 この釜に似たものとして、インドに面白い話があります。『マハーバーラタ』で、主人公のパーンダヴァ五兄弟と、その共通の妻ドラウパディー(一妻多夫婚というめずらしい例です)が王宮を追放されて放浪の旅に出た時、太陽神はドラウパディーに「壺」を贈りました。この壺からは、尽きることなく食糧がでてきて、放浪の一家の生活を支えたということです。この壺が、ダグザの釜とまったく同じはたらきをしています。

パーシヴァルの見た大皿「グラアル」

 次に、フランス語で「グラアル」と呼ばれる「大皿」の神話をみてみましょう。グラアルは、一般にはいわゆる「杯」として扱われますが、厳密には異なるものです。その形状も、鮭などの大きな魚が載るくらいのものとされています。
 12世紀頃、円卓の騎士である少年パーシヴァルがグラアルを目撃するという物語が、アーサー王伝説の中に表われてきます。
 パーシヴァルが城で、足が不自由なので魚釣りばかりをしている漁夫王の歓待を受けている時に、血の流れる槍と、グラアルと、肉切り板を見る、という次のような場面があります。

 漁夫王が晩餐のもてなしをしている時、若者が白い槍を捧げて入ってきました。槍の穂先からは血が滴っていました。パーシヴァルはその槍が何か知りたかったのですが、質問することを何かが阻んでいるようで、尋ねることができませんでした。
 「聖なる槍」が入ってくると、そのあとからローソクを持った者が従い、その後に両手に「グラアル」を捧げた乙女が入ってきました。「グラアル」は黄金で宝石がはめ込まれ、まぶしく輝いていました。
 次に肉切り板を持った二人の乙女が入ってきて、広間を横切って消えました。
(井村君江『アーサー王ロマンス』ちくま文庫、1992年、205-206頁、および『アーサー王神話大事典』原書房、2018年、「グラアル」の項目参照)

 パーシヴァルが見た槍・杯・肉切り板は、それぞれ異なる役割を象徴しています。槍は「戦い=第二機能」を表わし、グラアルは「聖なるもの=第一機能」を、肉切り板は食糧生産と関わる「生産性=第三機能」を表わしています。インド=ヨーロッパ語族の社会に不可欠とされてきた三つの役割を、パーシヴァルが見た三つの宝物がそれぞれ象徴しているのです。
 グラアルが「乙女」、少女によって捧げ持たれていることも興味深いです。本連載でも何度か言及した、FGOの「少女」の聖性を考える際に参考になりそうです。
 なお、一つの解釈として、槍を「男性」の象徴、乙女に捧げ持たれたグラアルを「女性」の象徴として考えると、この二つの宝物は男女の交合を表わしているとも見ることができます。

キリスト教の「杯」

 13世紀頃、「グラアル」がキリスト教化されて「杯」としてアーサー王伝説の中に出てくるようになります。たとえば『聖杯由来の物語』を著したロベール・ド・ボロンは、本来「大皿」であったグラアルを、「小さな器」に変え、キリストが最後の晩餐の時にこの器で食事を共にしたと語っています。グラアルは、大皿から、飲み物を入れる「杯」へと変わったのです。さらに、器はキリストの死の際にその血を受けたものとされるようになりました。
 杯には、ケルトのダグザの大釜のような機能も継承されています。円卓に集った騎士たちに、意のままに食事を提供したとされているからです。

フレスコ画の杯。イタリア、ベルガモ。

三つの機能を併せ持つ「杯」

 「杯」は、これも前回みたように、イラン系遊牧民のスキタイの神話においても、第一機能の宝物となっていました。つまり、王位を受け継ぐことになったコラクサイスが手にした三つの宝物が、杯(第一機能)、戦闘用の斧(第二機能)、農具の鋤と軛(第三機能)だったのです。
 インド=ヨーロッパ語族は、古くは一つの場所に住み同じ文化を持っていました。インド=ヨーロッパ語族がもともとどこに住んでいたのか、すなわちその「故郷」についてはよくわかっていませんが、黒海とカスピ海の間くらいだったのではないかと言われています。次第に各地に分散していきますが、そのうち、インドとイラン方向に向かった人々のことをインド=イラン語派と呼びます。インドとイランは、語族としてはかなり近い兄弟なのです。
 そのインド=イランにおいて、聖なる飲料ソーマ(インド)あるいはハオマ(イラン)を祭式で捧げる時に杯が使われるため、杯は聖なる機能と関わっています。
 一方、杯の形状に着目すると、象徴的には子宮であり、生産を司る第三機能の領域です。ダグザの釜、ドラウパディーの壺がこの例です。
 忘れてはならないのが、アーサー王伝説の「杯」が、騎士たち=第二機能の人々の探索の目的でもあった、ということです。
 つまり聖杯は、聖性の第一機能、戦闘の第二機能、生産性の第三機能の、全てと関わっているのです。

イラン系オセット人の神話

 このような「杯」と「三機能」の関連は、インド=ヨーロッパ語族に属するイラン系のオセット人の伝承「ナルト叙事詩」にはっきりと表われています。
 オセット人とは、コーカサス地方の中央部に住む少数民族で、スキタイと同系統のイラン系遊牧民の一派、アラン人の後裔と見られています。彼らの伝える「ナルト叙事詩」は、失われたスキタイの神話を今に伝える貴重な資料となっています。この叙事詩に描かれているところによれば、ナルトと総称される半神的英雄たちの社会は、三つの大家族に分かれて、同じひとつの山にそれぞれの集落を営んでいました。その三つの家族には、それぞれ特徴があります。

1.アレガテ家:山の中腹に住み、知恵に優れ、ナルトたちの聖宝である杯を保管し、ナルトたち全員が集う宴会を主催します。宗教と法を司る祭司的な第一機能の一族です。
2.エフセルテッカテ家:山の頂に居を構えます。伝説の中で主要な役割を果たす戦士たちの全てが所属する戦士の家系です。戦闘を司る、第二機能の家族です。
3.ボラテ家:山麓に集落を形成し、多くの家畜と豊かな富を有し、裕福であるが軟弱で武力に欠ける一族であったとされています。豊穣を司る、第三機能の家族です。

 このように、三つの機能のそれぞれを司る三家族から構成されているナルトの社会は、インド=ヨーロッパ語族の三機能体系に則した構造を示しています。

オセット人の神話の杯、「ナルタモンガ」

 そのオセット人の間に、「ナルタモンガ」と呼ばれる杯の神話が伝えられています。次のような話です。

 ナルタモンガにふさわしい英雄は誰か、ということで、いずれも優れた英雄であるウリュズメグ、ソスラン、ソズリュコ、バトラズが喧嘩をした。ナルタモンガを受け取れるのは、英雄として欠点のない者だけであった。
 最初にウリュズメグが「自分こそは」と主張した。しかしバトラズが言った。「あなたはハゲワシに持ち上げられて海の向こうに連れて行かれた。それでも欠点のない英雄と言えるのかね」。
 次にソスランが「自分こそは」と主張した。しかしバトラズが言った。「あなたは海の上で一方の岸から他方の岸までその身体で軍隊が渡る橋渡しをしたが、あなたの背中は馬のひづめの重さで水中に沈み、そのせいで軍隊は海に沈んだ。それでも欠点のない英雄と言えるのかね」。
 次にソズリュコが「自分こそは」と主張した。しかしバトラズが言った。「あなたは車輪を額で受け止めなければならない時、瞼を閉じた。それでも欠点のない英雄と言えるのかね」。
 最後にバトラズが言った。「私こそが、欠点のない英雄だ」。
 誰も反論することはできなかった。そこでナルタモンガはバトラズのものになった。
(C・スコット・リトルトン、リンダ・A・マルカー著、辺見葉子、吉田瑞穂訳『アーサー王伝説の起源 スキタイからキャメロットへ』青土社、2017年、239-241頁参照)

 ナルタモンガと呼ばれる杯は、聖なるものを司るアレガテ家の宝です。そしてナルタモンガの役割は、欠点のない英雄を判別することにあります。さらにナルタモンガはその杯としての形状から、ケルトのダグザの釜や、インドのドラウパディーの壺と同様に、生産性も表わしています。
 つまりナルタモンガは、アーサー王伝説の「杯」と同様、聖性・戦闘・生産性という三つの機能の全てと関わる宝物なのです。

そして、FGOの「杯」へ

 さて、「杯」はまた、この連載でもしばしば取り上げてきたゲームのFGOと、その関連シリーズにおいて、中心的な役割を果たします。FGOのテーマは杯をめぐる戦いだからです。この杯は、神話の機能をどのように引き継いでいるのでしょうか。
 FGOの杯は、もともと持っていた「自在に望みのものを出す釜」としての第三機能の要素とともに、「最も聖なるもの」としての第一機能も持ち、さらにはサーヴァントたちの争いの原因となったという第二機能にも関わる、複合的な宝物となっていると考えています。これについては、FGOおよび、そのもとになったFate/stay nightも視野に、のちほど分析していこうと思います。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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