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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 冒険を始めて数日が経ち、羊たちの誘導の仕方が分かってきたので、今日からは羊たちに繋がっている紐を少し長くすることにした。また、おれの体も20kgのバックパックを背負いながら歩くことに慣れたようで、道中はほとんど重さを感じなくなっていた。

 よし、少し早歩きをしてみよう。

 そう思い立ち、アカシュとサナを追う速度を少しだけ上げてみる。2匹の羊を後ろから追い立てるというのが基本の形なので、おれが速く歩けばそれだけで羊たちも速く歩くようになる。

 羊たちは早歩きを始め、順調に歩を進めている……ように初めは思ったが、違った。体の大きな黒羊、アカシュの歩き方が少しおかしい。ぎこちなく、足を怪我している時の動物の動きだった。

 ともかく、怪我ならこれ以上悪化させてはいけないので立ち止まり、アカシュの足をじっくりと観察することにした。

 傷とか、腐蹄症による変色とか、特に変わったところは見られない。足を入念に触ってみたが、痛がるようすも無く、骨は折れていないようだった。小さな傷が隠れている場合や、腐蹄症の最初期状態だった場合などを考え、念のため足を消毒してようすを見る。

 一番可能性が高いのは、捻挫だろうか……? 早歩きを始めてから立ち止まるまで1分ほどしか経っていなかったが、慣れない動きで足を痛めてしまったのだろうか?

 アカシュは白羊のサナよりも体が大きく太っていて、歩くことによる負担が大きい。この前も、おれから逃げた時に息切れしていた。最近まで遊牧で野山を駆け回っていたとはいえ、早歩きをした際に足が体重に耐え切れず捻挫してしまったのかもしれない。

 その後、30分ほど休憩してからもう一度アカシュを歩かせてみたが、結果は変わらなかった。やはりアカシュは、前足をかばうように歩いている。

 捻挫であれば治るのに時間がかかるので、今日はもう移動しない方が良いだろう。そう考えて、近くにあった民家を訪ね、アカシュとサナを安全な場所で一晩過ごさせてもらうことになった。

 更に、民家のご主人のご厚意により、おれも屋内で寝られることになった。おれが通された部屋ではなぜか弱った蜂が次から次へと湧いて来たが、刺されても死にはしないだろうし、ひとまずどうでも良かった。いま大事なのはアカシュの容態だ。

どこからともなく湧いて来る弱った蜂たち

 20~30分ごとにアカシュのようすを見に行ったが、夕方になっても一向に改善するようすは無い。

 もしも明日の朝になってもアカシュが回復しないようなら、何かしらの決断をしないといけないだろう。アカシュが痛がっているのならこのまま歩かせる訳にはいかないし、場合によっては冒険を中断すべきだろう。

 現状、アカシュが完治しなかった場合にできる選択はこの3つだろうか。

  1. 冒険を中断して、車にアカシュとサナを乗せてトロク村へ向かう
  2. アカシュとはここで別れ、別の羊を1匹買って冒険を続ける
  3. ロバを買って荷車を引いてもらい、アカシュが回復するまではその荷車に乗って移動してもらう

 

 まず1だが、前提として、最低でもトロク村にさえ到着すればアカシュとサナは安全に長生きできるという事情があった。

 キルギスにおいて羊は基本的に食料であり、解体方法も含めて一般家庭に広く普及していてある程度成長したら食べられてしまう。特にアカシュは丸々と太っていて食べ頃なので、すぐに解体されるだろう。

 しかし、トロク村のチョルポンおばさんは、「Goが連れて来た羊なら、繁殖用に買い取って寿命で死ぬまで世話をする」と約束してくれていたので、アカシュとサナにとってはそれが唯一の希望だ。チョルポンおばさんは未だにメッセージや電話をくれていて、おれとの連絡も密に取っている。おれが日本に帰ってからも羊たちの写真を送ってくれるだろうし、殺したりはしないだろう。コイチュビット一家には世話になっているので、おれは羊たちをタダで譲るつもりだったが、何にせよトロク村にさえ着けばアカシュとサナは生き延びられる。

 2について、これは冷徹に冒険の成功を追求するなら最も合理的だが、あまり選びたくはない。アカシュをここで手放してしまった場合、足を怪我していて遊牧もできない上に食べ頃のアカシュは間違いなくすぐに解体されてしまうだろう。ただし、これは逆に新しく仲間に引き入れた羊の命が助かるという考え方もできる。

 3は楽しそうだしおれらしい選択でもあるが、少し大がかりだ。今回羊たちと歩くのは約500km程度と決めていたので、あまり風呂敷を広げすぎない方が良いかもしれない。

 アカシュが回復しなかった場合、明日までにどれかを選ばなければいけないだろう。

 アカシュは改善の兆しが無く、外見上特に変わったところは無いにも関わらず、歩き方は時間が経つにつれてどんどんぎこちなくなり悪化しているようにも見えた。

 そして、日が沈み始め、辺りが暗くなってきたが、おれは諦めきれず、アカシュの不調の原因を探ろうと頭を捻る。

 そういえば、おれは今までに経験を積む為に40種類以上の仕事をしてきたが、何か役に立つ知識はないだろうか。獣医は未経験だが、パソコンの修理ならやっていたことがある。パソコンの修理では、外部機器を全て外して最低限必要な物だけで稼働するかどうか、というのが重要なポイントだった。原因がどこにあるかを切り分ける上では最も有用な手段だ。動物でも同じことはできないだろうか。

 さっきまではアカシュを歩かせて症状を確認する際、サナと繋いだままだった。パソコンから外付けHDDや周辺機器を外して問題が改善する場合があるが、同じようにアカシュからサナを外してアカシュを自由の身にさせてみるのはどうだろう。

 サナはしっかりと柵に繋いだまま、アカシュに結んである紐を全て外し、自由にさせてみる。

 するとなんと、アカシュはおれのこれまでの葛藤を鼻で笑うかのごとく、軽快に滑らかに歩き出した。

 ……ああ、原因は紐だ!! 今朝紐の長さを少し変えた時に結び目の位置が変わったから、それによって紐がアカシュの前足を圧迫してしまっていたらしい。

 試しに、紐の長さにゆとりをもたせてアカシュに繋いだところ、足をかばわなくなった。やはりこれが原因だったようだ。

 散々色々と考え悩んだが、原因が分かればなんともあっけなかった。アカシュが足をかばい始めたのが早歩きの直後だったのでそれによって痛めたとばかり思っていたが、違ったようだ。

 今日はほとんど進めていないが、無事原因を特定できて冒険が続けられるので結果オーライだ。

 そして、安心したら少し眠くなったので、今日は早めに寝て明日に備えることにした。

 電気を消して寝ようとしていると、電話が鳴った。チョルポンおばさんからだ。

 「もしもし、チョルポンおばさん?」

 「そうよ。Go、元気? 順調? トロクにはいつ来られそう?」

 「元気だよ! 今日はあまり進めなかったけど、たぶんあと10日くらいでトロク村に着くかなあ」

 トロク村へシロを預けて「羊と共にトロク村を目指す」と宣言して以来、チョルポンおばさんは2日に1回ぐらいの頻度で安否確認の連絡をくれていたし、アイダールやアイベックからも数日おきにメッセージが来ていた。心配をかけてしまっているようなので、少しでも早くトロク村に到着して安心させてあげたい。

 そして次の日は、日の出と同時に出発することにした。昨日は運よく民家があったが、この辺りには村が無いので、羊たちの安全な寝床を確保するためには今日はたくさん移動しないといけない。

 アカシュの跛行はやはり紐が原因だったようで、紐を緩めて以来全く問題なく歩けているようだった。

 この頃早朝はかなり冷え込むようになり、おれも羊たちも白い息を吐きながら歩いていたが、羊たちの呼吸数の確認がしやすいのでむしろありがたかった。アカシュとサナは相変わらず息がぴったり合っていて用を足すタイミングまで同じ時が多いので、尿の状態の確認やちょっとした休憩のタイミングが掴みやすい。

 また、寒さにより手がかじかんできた場合は羊たちの毛の中に手を入れると温かいが、羊たちはすぐに逃げてしまうので、嫌われている気がして少し傷付く。そもそも羊たちからすれば人間は無条件に危険な存在だろうから、これ以上嫌われない為にも羊で暖を取るのは我慢すべきだろう。

手を突っ込むと温かいアカシュのお尻

 そして夕方まで歩き続け、イスクラという名前の村に到着。ウスタムという男と出会い泊めてもらえる事になったが、羊たちを繋ぐスペースが無かったので、すぐ近くに住んでいるアリーナという女性の家に繋がせてもらうことになった。

(写真、以上すべて©Gotaro Haruma)

 アリーナには娘が3人、息子が1人いた。皆スウェット姿でふわふわのキャラクタースリッパを愛用している。日本だとドン・キホーテ等で一式揃えられそうな服装だが、おれがこれまで見てきたキルギス人たちはもっとフォーマルな服装をしていたので、キルギスではかなり珍しいのかもしれない。

 「羊と旅だなんて変な事するんだねぇ。この先のケミンとかは危ない奴もいたりするから、そのトロク村ってとこまでは車で行ったら?」

 アリーナは煙草を吸いながら、そうアドバイスしてくれた。ケミンというのはここから15kmくらい東にある少し大きめの町で、明日の昼通過する予定だった。多少治安が悪くとも、明るいうちに通る分には問題ないだろう。

 夢であるサハラ砂漠横断をする時はもっと危険な場所を通らないといけないだろうから、ここを歩けないようなら永遠にサハラ砂漠には届かない。

 「教えてくれてありがとう。でも、歩いて行くことにするよ。ケミンは昼間素早く通り抜けるようにして、できるだけそこから離れた安全そうな村で寝るようにする」

 「そう……。気を付けるんだよ」

 アリーナは納得したとは言い難い表情だったが、応援はしてくれるようで瓶詰にされたマーマレードのジャムをくれた。このところ昼食は直径30cmくらいの平べったい円形のパンばかりだったのでありがたい。ほとんどの雑貨屋で売っているそのパンは硬くて味気なかったが、ジャムがあれば美味しく食べられるだろう。

 チョルポンおばさんやアリーナが心配していることからも分かるように、ここキルギスの治安は決して良くない。

 2010年にキルギス騒乱と呼ばれる大規模な暴動が起きたばかりであり、ここはその暴動が発生した首都ビシュケクからも近い。さらに、今回の冒険の最終目的地であるサリチェレク湖は、騒乱に深く関連していて国内で特に治安が悪いジャララバード州の入り口にある。

 今までの冒険で学んだ危機回避技術を最大限活かして、少しずつ慎重に進まなければならないだろう。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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