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デモクラシーと芸術

2019年6月26日 デモクラシーと芸術

第6回 芸術の評価の基準は何か

著者: 猪木武徳

※文中の曲名をクリックすると、曲の一部を試聴できます。
※ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)非会員の方は冒頭30秒ですが、会員の方は、全曲を試聴できます。

少数派であることの誇り

  中産階級が富を蓄え、劇場やコンサート・ホールへと押し寄せる時代になると、音楽の聴き手が何を好むのかという点で、二つの相反する気持ちが生まれて来る。ひとつは、「少数派」であることの誇り、あるいは自分はこの芸術が理解できるのだという、ある種のエリート意識である。ロマン主義と平等社会にかろうじて生き残っている「趣味の貴族」とも呼ぶべき変わり者たちである。もうひとつは、デモクラティックな社会の原理に忠実に「多数」へと向かう、あるいは「流行」へと順応しようとする気持ちである。この二つの傾向は、時代が変れば、第4回で触れたような「新芸術」を理解し受け入れる人間と、それを感じることができず「新芸術」に嫌悪を示す人間、という二つのグループとしてあらわれることもある。前者、「少数派」の気持ちを具体的に見ていくと、いろいろな例に思い当たる。
  モーツァルトのピアノ協奏曲についてもこうした経験がある。モーツァルトはこの分野でも数々の名曲を遺している。あるとき、ピアノ協奏曲第21番ハ長調(K.467)の第二楽章が突如大人気となったことがあった。この曲のすぐ前に書かれたピアノ協奏曲第20番ニ短調(K.466)が余りにも大傑作(ベートーヴェンも、このドラマティックな曲が好きで第1楽章用のカデンツァを書いている)なので、K.467はその影に隠れた感があり、一部の人たちの愛好する名曲にとどまっていた。調性はハ長調、暗さに満ちたK.466とは対照的に、清澄な響きの優美な作品だ。この曲が突然人気を呼んだのは、スウェーデン映画 Elvira Madigan (邦題『みじかくも美しく燃え』)に使用され、そのファン層を圧倒的に広げたからである。
  この映画は、サーカス芸人の美しい女性エルヴィラ・マディガンと、妻子を持つ伯爵中尉との悲恋を描いたもので、特段新たな人間像を生み出したような作品ではない。二人の恋は成就されることなく、心中を遂げることによって終わる。こうした悲恋物には(特にそれが実話となると)だれもただただ涙にくれるばかりになる。しかも公開されたのが、世界的に政治的・社会的混乱(ヴェトナム戦争や学生の反乱など)が激しくなった1967年から68年というタイミングも影響したのだろう。その翌年、筆者はボストンの大学町にいたが、学生街の映画館で超ロングランを記録していたことを憶えている。大ヒットの要因は、モーツァルトの音楽の美しさ、それも彼の作品の中で特に知られた作品ではなかったということも影響したのだろう。聴くものに美しさの「発見の喜び」を与えてくれたに違いない。
  しかし誰もがこのメロディを口ずさむようになると、多くの人が知るようになったということ以外、曲自体には何の変化もないにも拘らず、曲のイメージが変ってしまったという感覚が生まれる。おそらく、「自分だけが知っている」から「多くの人が知っている」への状況の変化が、その芸術作品と自分との関係、あるいは作品への評価をも変えてしまうのである。この映画がヒットしてからは、モーツァルトのピアノ協奏曲 ハ長調K.467は、「エルヴィラ・マディガン」と副題が付されてレコードが売られることが多くなった。あたかもモーツァルトが、K.467 をエルヴィラ・マディガンに献呈したかのごとき(?)商業戦略である。

映画『エルヴィラ・マディガン』のポスター

 絵画の場合にも似たことが起こる。例えば、フェルメールの絵画を好む人は多い。わたし自身もファンで、35点ほどある彼の作品を出来るだけ沢山観ようと、無理をして外国の美術館へ足を延ばすこともあった。オランダの古都デルフトにも出かけて彼の墓石の写真を撮ったこともあった。しかしあまりに多くの人々がフェルメールを語り始めると、なんとなく自分が以前感じていたような知られざる瑞々しい魅力が、すり減ってしまったような気持ちになったものだ。あまり上等な気持ちではないかもしれないが、自分が独占していたかったものが多くの人の賛美や愛の対象になるときに生まれる一種の嫉妬心のようなものだろうか。よいものをみんなで愛でるという素直な気持ちになれなくなるのだ。自分には理解できる、という一種のスノビズムであろうか。

フェルメール作「デルフト眺望」

 フェルメールはプルーストの『失われた時を求めて』に登場している。第1篇「スワン家の方へ」の第2部「スワンの恋」に描かれている一場面だ。スワンが、オデット(バラ色の婦人、最悪のタイプの女と噂される人物)からお茶の誘いを受けたとき、「フェルメールの研究があるので」という口実で断ったため、オデットが次のように尋ねる箇所である。

「私のようにつまらないものは、あなた方のような大学者のおそばにいても何一つできないことはわかっています(中略)私をお笑いになるかもしれませんけれど、あなたがお越しくださるのをさまたげているその画家は(彼女はフェルメールをさしていた)、私が一度もうわさを聞いたことのないかたですわ、まだ生きているかた? そのかたの作品はパリで見られますの?(中略)あなたはほかの人にくらべて、ひどく変わっていらっしゃるのですもの。私があなたのなかで真先に好きになったのは、そこのところですの、あなたが世間普通のかたのようではないということを、私ははっきり感じてしまいました」

 世間普通の人ではない人とは、デモクラティックな社会が陥りやすい画一主義(conformism)に染まらない者を指している。その世間普通の人ではない人を魅了する絵画。ここで語られるフェルメールは、われわれ現代のフェルメール・ファンが、美術館の薄暗い照明のもと、混雑状態の中で背伸びをし、身をかがめながら観ようとするフェルメールではない。われわれが観るのは、世間一般には知られざる美に自分だけが気付いているというスワンのような意識からではなく、皆が見ている美しいものを自分も見たいという熱意からではなかろうか。

世評や流行を気に掛ける

 他方、スワンとは逆の心の動きがデモクラティックな社会の人間には強く働く。「流行」の力である。流行はいつの時代にもあった。建築の様式は言うに及ばず、例えば、ある社会階級の間での衣装にも流行が強い力を持っていた。身分・階級がないとされるデモクラティックな社会では、おそらくあらゆる市民が同じひとつの流行を強く意識している点は、どの体制よりも顕著であろう。
 いや、独裁専制体制の下でも、人々は画一主義に陥るものだ、という反論もあり得よう。しかしデモクラシーの社会で人々が陥る画一主義は、全体が全体に押しつける画一主義であり、全体に順応しようとする点で、人々の考え(内心)と行動は一致している。「流行」を意識し、人と同じように行動しないと逸脱していると感じるような人間類型を生み出すのだ。
 一方、独裁専制体制では、人々は(恐怖から)他の人々と同じ行動をとらざるを得ない。しかし人々の考え(内心)と行動とが一致しているわけではない。独裁専制は、表に現れる思想や行動を厳しく統制することはできるが、人の心の内まで支配することはできないのだ。その点では、「流行」を追うという人間類型は生まれない。
 18世紀後半のスコットランドの思想家アダム・スミス(1723~1790)が、この「流行」の問題について論じている。スミスは人々の美醜の判断が、いかに慣習と流行に影響されているのかを分析しているのだ。この点は芸術の「受け手」の感情や行動と深く関連するので、その部分(『道徳感情論』第5部第1篇)を紹介しておこう。

アダム・スミス

 まずスミスが、道徳(善悪)の判断は、ほぼ「絶対的」と言い得るが、美的判断はかなり「相対的」であると見ていたという点は重要だ。もちろん、道徳的感情も美的判断も、慣習(custom)と流行(fashion)から完全に自由なわけではない。流行は慣習の特殊な種類であり、歴史的には身分の高い人のまねをするという形であらわれることが多かったとスミスは指摘する。衣服や家具はその典型例である。しかしこの慣習と流行は趣味の世界にも及び、音楽、詩などにも影響を与える。流行の特徴は「変化する」ところにある。スミスは、流行の期間が、衣服は12か月、家具は5~6年、歌曲は何世代も、詩は世界の続く限り、としている。
 この指摘には大いに得心する。例えば、50年前の映像で当時の女性の髪形やスカートを目にして、「こんな面白いスタイルが当時流行っていたのか」と笑うことがある。現代ではアパレル業界のファッションをつくりだす力が、需要者の購買行動を強く左右すると思われるが、そうしたファッションのプロモーターが18世紀にもいたのだろうか。いずれにせよ、200年前でも衣服の流行が1年ほどで変わっていたというスミスの指摘には驚かざるをえない。
 さらにスミスは、卓越した芸術家は、確立された様式(mode)に変化をもたらし、文学や音楽、建築に流行を持ち込むとも言う。ここで重要なのは、スミスが、卓越した芸術家の仕事自体が「流行を持ち込む」ことによって「芸術を堕落させる」可能性も秘めているということを同時に指摘していることだ。さらに芸術家の新しいスタイルは、国民をも堕落させ得るという。この点が、芸術の美が、道徳という「行動の美」に関する感情と異なるところである。「行動の美」に対する習慣と流行の影響は極めて微弱だとスミスは見ている。言い換えれば、ある行動が、道徳的に是認されるか否認されるかという感情は、人間本性の中の極めて強く激しい情念(passion)をベースとしており、これを少し曲げることはできても、完全に覆すことはできないのだ。
 日本では、江戸っ子気質、「宵越しの銭は持たない」というのが気っ風のよさとされた。ヨーロッパでも放蕩は紳士の美徳であり、謹厳な規律に満ちた生活は、流行に合わないと思われた時代があった。スミスは、「浅薄な人間は、身分の高い人の悪徳を魅力的なものと考え、下層階級の人々の美徳(節約、勤労、規則正しさ)を賤しく見苦しいもの」と考えたのだとしている。
 このように道徳感情については、国と時代によって多少の揺らぎがある。しかしその揺らぎの幅は小さい。それに比して美の判断は道徳的判断以上に慣習と流行に左右されるとスミスは結論付けるのだ。 

デモクラシーの社会における理想とは?

 では芸術家自身は、自分の作品をどう評価するのだろうか。この問題は、芸術作品の作り手が、自分の作品とどう対峙するのかと言い換えてもよい。創造の仕事に携わる者は、何をもってして「これでよし」と判断するのであろうか。
 まず、フランスの思想家トクヴィルがこの点について鋭い洞察を示していることに注目したい(トクヴィルの考える芸術家の「美の追求」「創作の動機」については拙著『自由の条件』(ミネルヴァ書房、2016年)第10章で解説している)。まず彼が貴族制社会とデモクラシーにおける芸術家の活動目標の基本的相違点について述べている箇所を引用しておこう。
 貴族制社会では、ほとんどすべての芸術作業は、それぞれの職能分野がひとつの団体を形成し、職能団体としての理念と誇りを持ち合わせて遂行されていた。彼らの行動の基準は、自分の利益でもなく、顧客の利益でもなく、団体の利益であったという。そして、

 「団体の利益は職人一人一人が傑作をつくるところにある。貴族的な世紀には、芸術の目標はだからできる限りよいものをつくることであって、もっとも迅速にということでも、もっとも廉価にということでもない」(『アメリカのデモクラシー』第2巻(上)90頁)、「貴族制にあっては、職人はだから限られた数の、滅多に満足しない顧客のためだけに働く。彼がどれだけの収入を期待するかはもっぱら製品の出来栄え次第である」(同91頁)。

 例えばドイツでも14世紀から16世紀にあらわれた吟遊詩人(Minnesinger)の技能が、貴族階級というよりも教養ある中産階級の間で引き継がれ、最終的にはその技能は、ドイツの諸都市の職人、熟練工の職匠歌人(Meistersinger)と呼ばれる人々のギルド組織の中で継承される。こうしたギルドによる技能形成は傑作を生みだす場合もあったが、職匠歌人の技能は厳格なギルドによって規制を受け、吟遊詩人の時代よりも次第に硬直的になりはじめる。第4回で触れたワグナーのオペラ、『ニュルンベルクのマイスタージンガー(Die Meistersinger von Nürnberg)』は16世紀の音楽家たちの生活と職人組織をかなり史実に沿って描いていると言われる。このような長い歴史を持つ職匠歌人のギルドは、17世紀にはほとんど形骸化するが最終的に解体されるのは、19世紀に入ってからであった。(D.J.Grout)。
 このオペラの主人公、ハンス・ザックス(Hans Sachs、1494-1576)は実在の人物である。しかし彼が、どのような経歴と職業に従事する人物であったのかを、われわれ現代人が想像することは難しい。ラテン学校を出た後に靴職人の徒弟となり、靴修理の腕を上げる。当時のギルドの親方や職人は、厳格なルールに基づく歌唱の訓練を受け、職匠歌人となるためには「歌合戦」で実力を認められねばならなかったのだ。ザックスはニュルンベルクの声楽校に行ってマイスターとなり、後にはニュルンベルクのグループを束ねるポストに就く。彼が作詞作曲した作品は、散文劇やコメディーも含まれるが、マイスターリーダー(Meisterlieder)はほとんど「宗教曲」だった(三宅幸夫/池上純一編訳『ワグナー/ ニュルンベルクのマイスタージンガー』解題)。

ハンス・ザックスが描かれたドイツの切手。

 ところが、19世紀のデモクラシー社会では、こうした職能集団の行動規範は、トクヴィルが指摘するように大きく変化し、全く別のかたちをとり始めるのである。

 「彼らは生活を美しく飾ることを目的とする芸術よりも生活を楽にするのに役立つ芸術を好んで育てるであろう。彼らは習性として美しいものより役に立つものを好み、美的なものが同時に有益であって欲しいと願う」(同89頁)、「どんな職業も万人に開かれ、無数の人々が絶えずある職業に就いてはまた離れ、仕事仲間といってもさまざまで、数が多いために互いに見知らず、無関心で、ほとんど目に入ることもないとなると、社会のつながりが崩れて、労働者は皆一人きりになり、最小のコストで最大限の金を稼ぐことしか求めない。彼を抑制するものは消費者の意向だけである」(同90頁)。

 そして金を儲けるには便利なやり方があることを知る。それは万人に安く売ることであり、そのために価値を引き下げるには二つのやり方しかないことに気付く。
 第一は、技術そのものを改良することによって、より迅速でより巧妙な製法を導入することである。第二は、粗悪品をより大量に製造することである。民主的国民としての職人は、その知恵のすべてをこの二点に傾注する。しかしデモクラシーの社会で、すぐれた作品がつくられることが無いわけではない。時間と労力に相応の報酬を支払う顧客が現われれば、優れた芸術品は誕生しうる(同92-93頁)。
 このように民主制のもとでは、貴族制の時代に比べ、芸術愛好家の多くは比較的貧しくなる一方、それほど富裕ではないが人真似から美術品を好む人は増加する。芸術愛好家は数としては増大するが、往時の「大金持ちで趣味のよい消費者」は稀な存在になる。美術品の数は増えるが、個々の作品の質は低下するとトクヴィルは予想する。 

優れた芸術家は自分の作品に満足しない

 では、芸術作品を生み出す芸術家は、自分の作品の出来不出来をどのような基準で判断するのであろうか。アダム・スミスは、作品の評価に関して、二つの態度、あるいは二つの基準があると指摘している(『道徳感情論』6版の第6部 第3編)。芸術の美に関する判断基準は、基本的には行動の美に関しても当てはまるものである。
 ひとつは、われわれが理解しうる限りでの厳密な「適宜性(propriety)」と「完全性」の観念で評価・判断するという極めて高い基準である。もうひとつは、世間普通で到達できる、そして多くの友人や同僚、競争者が現実に到達したことのある程度、という基準である。第二の基準は人によって、そして同じ人でも時によって異なる。また、第一の基準の「完全性」という概念をわれわれ人間がいかに獲得できるのかという大問題が残る。この点は今措いて、これら二つの基準がどのように芸術家の自己の作品に対する評価と関わるのかを考えたい。
 スミスによると、芸術家の注意が第二の基準に向けられると、自分がその基準の上にあるか下にあるかに関心が集中する。第二の基準によって優越感を持つ場合があるかもしれない。しかし第二の基準は時に芸術家を傲慢にしたり得意満面にすることはあっても、心からの満足感を与えるわけではない。
 一方、第一の基準は芸術家を謙遜にするとスミスはいう。第一の基準に注意が向けられると、優れた芸術家といえども、あるいは優れた芸術家であればあるほど、自分の作品が、完全な適宜性の厳格なルールをいかに破っているのかを感知し、それに拘泥するからだ。自分の作品が、その鋭さ、繊細さ、配慮などから遠いことを実感し、「自分の作品は凄い!」と考える傲慢、僭越の愚に陥ることはなく、謙遜と後悔の念に苦しめられる。その結果、彼は自分より力の低い人に対してさえ、謙遜になる。自分の不完全性を知れば、他の人々の不完全性を軽蔑することができなくなるからだ。本当の謙虚さ、自分の功績を控えめに評価するという性格は、彼の振る舞いと品行にはっきりと刻印されるとスミスは見ていた。
 すべての自由学芸(芸術)において、真に偉大な芸術家は、スミスの言う「第一の基準」を問題にするため、自分の最善の作品においてさえ不完全性を敏感に感じ取る。「理想的な完全性(ideal perfection)」を模倣しようとしても、それと一致することはない、と絶望してしまうことがあるのだ。
 ベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』(Op.72)は難産の末に生み出された作品として知られる。序曲だけでも4曲(レオノーレ第1番第2番第3番フィデリオ序曲)も作曲されていることから、「第一の基準」に縛られたベートーヴェンの苦悩が窺える。近年、このオペラの上演に際しては最初に「フィデリオ序曲」が演奏されるが、「レオノーレ第3番」が第2幕第2場への間奏曲として演奏される。これはもちろん作曲者ベートーヴェンが意図した演出ではない。しかし20世紀に入ってからの『フィデリオ』の上演ではそのような形をとるのが慣例となったようだ。
「どんな偉大な芸術家も自分の作品に完全に満足することはない」という例はあまたある。ブラームスの交響曲第1番の難産についてもしばしば語られる。ブルックナーやマーラーの交響曲にはしばしば改訂に改訂が加えられ、どの版で演奏されるかがファンの大きな関心になる。
 アダム・スミスは、「理想的な完全性を目指す芸術家は、いかなる状況でも、そして困難困苦の襲撃でも、他人の不正によっても挑発されず、党争の激しさにも混乱せず、戦争の苦難と棄権によっても心が挫かれない」とまで言い切っている。
 そして次のように言う。

 「第二の基準に注意を向ける人の中にも、通常の程度の卓越を超える人物は確かにいる。しかしそういう人物の注意は、理想的完全性の基準ではなく、通常の完全性の基準に向けられているので、自分たちの弱点や不完全性についての感覚を持たない。彼らは謙虚さを持たず、僭越、傲慢でうぬぼれが強い。過度のうぬぼれは、大衆を眩惑するだけでなく、大衆以上に優れたひとびとをも騙すのである。大衆はこうした根拠のない自負の詐欺師に容易に騙される。そして愚かな歓呼の騒がしさは彼の判断を混乱させることに貢献する。こうした真剣な感嘆と崇拝の気持ちは、それら偉人が自分を崇拝しようとする感嘆の気持ちよりまさる。われわれはすべて感嘆することを喜ぶのであり、空想の中で完全で完成したものにしたいという自然な気持ちを持つ」

 絵画や彫刻の世界でも、自己の作品に満足しない芸術家の逸話は少なくない。A.ジャコメッティ(1901-1966)にもこの「不満足」にまつわる逸話は有名だ。彼の彫刻は、細くて長い、いわば「余計なものを取り去った」ような作品が多い。筆者のような審美眼の鈍いものにはある種異様な彫刻に見える。ジャコメッティはこうした作品が仕上がるとそれを「ダメだ」として、たちまち破壊してしまう。「破壊」までの過程が彼の芸術活動の全体だとすれば、解釈は異なるかもしれないが、自分の作品が「第一の基準」に達しなかったことへの「総括」であったということなのだろう。その点では、第二の基準が支配しがちなデモクラシー社会でもジャコメッティのような芸術家は生まれているのだ。

アルベルト・ジャコメッティ Ⓒ Paolo Monti

 こうした「第一の基準」で、悪戦苦闘した芸術家が生存中に突如成功する場合でも、それですべてよしと言うわけではないと、スミスは指摘している。世間的に大成功を収めた人物、大きな権威を持ち得た人物の多くに際立っている点は、その大きな功績だけでなく、その功績に全くの不釣り合いなほどの「うぬぼれ」と自己感嘆だと指摘する。世間の凡百の同業者を凌いでいるだけでなく、完全の域に達したと自信を持つようになるのだ。もちろん、この「うぬぼれ」は、必ずしもマイナス要素ばかりではない。「うぬぼれ」は、冷静な精神が考え付かないような偉大な事業に取り組ませる力があるだけでなく、追随者たちの感嘆や服従を得るために必要なこともある。スミスが憂慮するのは、成功がもたらすこの「うぬぼれ」は、しばしば狂気と愚行に転化する可能性があるという点だ。神業は、神が行う限り神々しいままにとどまるが、人間が行う神業には永続性があたえられることはないのだ。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

猪木武徳

いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』など。

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