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インドの神話世界

2019年7月10日 インドの神話世界

17 子宮としての「聖杯」――マグダラのマリア

著者: 沖田瑞穂

 前回は、旧約聖書におけるエバ、そしてキリスト教の聖母マリアについて取り上げました。「最初の女」エバとは「最初に罪を犯した女」であり、一方キリスト教における聖母マリアは、エバの罪を自らの「処女性」によってあがなったと見ることができる、という話でした。二人の女――人類の母と、神の母――は、罪の器と、贖罪の器という点で、対比されていました。

 今回はこのエバとマリアの中間にある女としてのマグダラのマリアについて考えるため、世界中で大ヒットとなった小説の『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著、2003年にアメリカで出版。邦訳版は2004年、角川書店より)を取り上げていきます。

『ダ・ヴィンチ・コード』とは

 本作品の主人公は、ロバート・ラングドンという名の宗教象徴学のハーヴァード大学教授です。彼がパリに滞在しているときに、ルーヴル美術館館長のジャック・ソニエールが殺害される事件が起こります。助言を求められてフランス警察にその殺人現場に呼び出されたラングドン。ところが実は殺人の疑いをかけられており、逮捕される寸前のところを警察の暗号解読官であるソフィー・ヌヴーに助けられます。ソフィーは殺害されたソニエールの孫娘でした。二人は現場から逃亡し、やがて「聖杯」の秘密に関連する陰謀に巻き込まれていきます。
 本作品は、ダン・ブラウンによるフィクションですが、冒頭に次のようなことわり書きがあり、そのことによって物議を醸すことになりました。

「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている。」

 正直に申し上げると、このことわり書きは、研究者の目から見て、フェアではありません。「事実」とは、確定された事柄のことを言いますが、本作品で取り上げられている事柄にはさまざまな学説があり、「事実」と断言することはできない事柄ばかりだからです。
 ただこのことわり書きも含めて、この小説が一つの「作品」となっていると言えます。

『ダ・ヴィンチ・コード』における「聖杯」の解釈

 本作品で展開されている様々な解釈について一つ一つ検証していくことはしませんが、一つ、非常に興味深い解釈があります。それこそが、本作品の核心といってもいい、「聖杯」についての解釈です。要約して箇条書きにすると、次のようになります。

・杯や、腕、器の象徴は「子宮」であるということ。
・「聖杯」とは女性や女神のことであるということ。
・そしてキリスト教における「聖杯」とは、キリストの種を受けた女性――マグダラのマリアであるということ。

ティツィアーノ「悔悛するマグダラのマリア」1533年頃

 ここで、マグダラのマリアについて簡単に説明しておきましょう。キリスト教の福音書によれば、彼女はキリストの磔刑に立ち会い、その「復活」の最初の証人になり、さらにそれを弟子たちに伝える最初の「使徒」となったとされています。
 2世紀頃に成立したとされるキリスト教の神秘的な思想運動であるグノーシス主義の福音書(イエスの言葉と行いを記した文書)においては、彼女は幻視者(信仰心により現実には見えないものを見る者)あるいは預言者として強い力を持つ者とされていました。
 彼女が罪を犯す女性とされるようになったのは、6~7世紀、教皇大グレゴリウスによります。彼はマグダラのマリアを、『ルカによる福音書』に登場する「罪深い女」、すなわちパリサイ人の家でイエスの足元に駆け寄り、その足を自分の涙でぬらし、髪の毛で拭い、そこに口づけして自らの罪を悔い改めようとした女と、同一の女性であると述べたのです。
 ここにおいて、罪を犯し、それを悔い改め、イエスにしたがい、磔刑と復活に付き添った女としてのマグダラのマリア像が形成されたのです。(岡田温司『マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女』中公新書、2005年、を参照。)
 この頃になって、彼女の最大のアイデンティティである「罪と悔い改め」のモチーフがでてくるのです。

 さて、ダン・ブラウンにとっての「事実」、つまりマグダラのマリアがキリストの妻であり、したがってキリストは結婚していた、という「事実」は教会によって隠蔽され、そのために「聖杯」という暗喩として語り継がれ、密かに秘密組織によって受け継がれてきたのだという設定で物語は進められていきます。なお、この解釈自体はダン・ブラウンの創作ではなく、マイケル・ベイジェント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカーンが1982年に発表したThe Holy Blood And The Holy Grailが元になっています。(邦訳『レンヌ=ル=シャトーの謎 イエスの血脈と聖杯伝説』林和彦訳、柏書房、1997年。)
 ここではこの解釈について、現実に行われている学問上の解釈とは切り離し、ダン・ブラウンの小説という創作物の中に見られる「現代の神話」として、読み解いてみましょう。
 つまりこの話は、前回までの「女神と『器』の神話学」の続きなのです。

「聖杯」と「子宮」

 15回でお話したように、ケルトの神話において、無尽蔵に中身が出てくるダグザ神の「釜」は、生産性を表わす第三機能の宝物でした。
 アーサー王伝説では、パーシヴァルが「大皿」グラアルを見ますが、これは聖なる乙女に捧げ持たれた、聖性の象徴である第一機能の宝物でした。
 アーサー王伝説の中でグラアルはキリスト教化されて「聖杯」、サングラアルとなりますが、これは聖なるものとして第一機能であると同時に、騎士たちの探索の対象であるという点において第二機能と関わる宝物でもあり、さらにその形状から子宮を連想させる、生産性を表わす第三機能的なものでもありました。三つの機能の全てを持つ、複合的な宝物なのです。
 オセット人の間に伝わる「ナルト叙事詩」に出てくる杯「ナルタモンガ」もやはり、サングラアルと同様、三つの機能の全てと関わりを持っていました。

 このように「器」の神話的な機能は、背景となる神話や宗教によって、さまざまに移り変わっていきましたが、その根底にあるのは、「第三機能」であるとわたしは考えています。その形状が子宮を象徴するというのが、「器」が想起させる最初のイメージだからです。インドの『マハーバーラタ』でドラウパディーが持つ無尽蔵に食糧がでてくる壺や、ダグザの釜などがこの機能を表わしています。
 ダン・ブラウンは、マグダラのマリアこそが「聖杯」そのものであるという解釈をすることによって、神話の古い要素、すなわち「器」と「第三機能」の結びつきを取り戻した、と見ることができるでしょう。その意味において、この小説は「現代の神話」として見ることが可能になります。

 さらに、マグダラのマリアの「女神性」について考えるために、彼女のキリスト教における位置づけを確認しておきましょう。
 エバ、マリア、そしてマグダラのマリアについて岡田温司氏はこのように述べています。

 マグダラのマリアは、「罪深い女」である限りにおいて、エヴァの末裔であることに変わりはないが、悔い改めによって希望へと道が開かれているという意味で、まさしく聖母マリアにも近づくことのできる存在となるのである。(『マグダラのマリア』29頁より引用。)

 罪の子宮のエバと、贖罪の子宮のマリア、その両方の意味を持つのがマグダラのマリアであり、それこそがダン・ブラウンの作中における「聖杯」であったのです。マグダラのマリアは、彼女自身が「聖杯」とされることにより神聖性を獲得したと考えると、ダン・ブラウンは女性の「女神化」を行ったと読むことができます。そう、ここに、神話の定義としての「聖なる物語」の要素が見られるのです。

著者からのお知らせ

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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