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インドの神話世界

神話と歴史と現代

 数年前から、大学での神話の授業で、ある変化が表われてきました。学生が、神話の神々や英雄などの名前を、少々マイナーなものであっても、よく知っているのです。『マハーバーラタ』で言うとアルジュナやカルナです。この二人は、『マハーバーラタ』を代表する英雄ではありますが、そもそも『マハーバーラタ』自体、それほど日本では知られていないはずですので、不思議に思っていました。
 そこで学生に聞いてみると、「先生、ゲームに出てきますよ」と。私がゲームを始めたのも、そこからでした。すでにお話しています通り(2回11回12回13回)、ゲームについては実践しつつ考察を重ねてきました。
 そのようなわけで、神々や神話の英雄の認知度は今きわめて高いのです。現代人はゲーム世代を中心に、日本史上なかったほどに、豊かに世界の神話に親しんでいます。

 現代日本において神話が「流行期」にある――とするならば、その背景を考えるために、「歴史」を考慮する必要があると思います。というのは、歴史と神話は、対となる関係、カウンターパートともいうべき関係にあるからです。
 神話が学校の授業で取り上げられることがほとんどないのに対して、歴史の方は、中学から高校にかけて、みっちりと勉強します。それだけに、歴史書の出版も盛んで、最近では戦国時代の本がよく売れているようです。もっと広く、人類史全体を俯瞰する『サピエンス全史』(上下巻、ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳、河出書房新社、2016年)も大ベストセラーとなりました。
 ルーマニア出身の宗教学者エリアーデ(1907-1986年)の宗教史観によれば、歴史は過去から未来に進み続ける直線的な世界観をなしています。(図1)これは、一神教的な世界観に基づくものです。つまり、あるとき神が世界を作りました。そして歴史が一直線に進み、やがて終わりの時を迎え、最後の審判が訪れます。一方向に直線的に進む歴史です。

〈図1 歴史・一神教的世界観〉

 この一直線に進む線はまた同時に、人間の生をも表しています。この世に生を受け、一直線に人生を進み、そして死に至る。人間の一生は、その人の「歴史」なのです。(図2)

〈図2 直線的人生〉

 要するに私たちは皆、死に向かって生きている――。
 このような、どちらも直線的に進み、ゆえに後戻りすることもやり直すことも決してできない人類の「歴史」と、個人の「人生」。その「重さ」に比例するようにして現代社会に現れてきたのが、古代の「神話」だと思うのです。
 神話の世界観は歴史とはまったく異なる図を描きます。(図3)円環的世界観と呼ばれるもので、世界が誕生し、円を描くように時がめぐり、やがて滅亡の時を迎える、けれどもまた世界は創造され、時がめぐり――これを果てしなく円環的に繰り返すのが、神話なのです。
 古代の人々の多くもまた、円環的な世界観を生きていました。インドを考えてみましょう。魂は、生前の行いに応じて生まれ変わります。善き行いをすれば神や高徳の人間などよいものに生まれ、悪い行いをすると畜生や悪鬼に生まれ変わります。いずれにせよ、死によって全てが終わる一度きりの人生ではなく、人生は永遠に繰り返されるのです。

図3

 このように古代インドは「神話優位」の円環的世界観を描いていました。それでいて歴史観念は非常にうすく、「インドに歴史書はない」などと言われるくらいです。
 一方、一神教世界・西欧世界は、「歴史優位」の世界です。そこでは、神話は形骸化しました。
 神話=円環的世界観が優位か、歴史=直線的世界観が優位か、どちらかだったのです。
 現代日本はどうでしょう。すでにお話しましたように、歴史への興味の高まりとともに、神話への希求も強まっているように見えます。神話と歴史、円環と直線がバランスを取ろうとしている。それが、現代日本社会だと考えられないでしょうか。(図4)

〈図4〉円環的世界観と直線的世界観がバランスを取る現代日本社会

神と英雄の名前

 現代日本では、神話がいままでになく多くの人々の関心を集めるようになりました。それは、一見、ゲームという「軽い」形に見えます。本来の物語から切り離され、別の物語を構成する一員として神や英雄の「名前」を借りて現れる神話には、果たして意味はあるのか、疑問に思われることでしょう。
 しかし、神話の神や英雄の「名前」が大事なのです。それを媒体にして、過去の神話を現代に引連れてくるのです。「名前」はそれ自体「聖性」を帯びています。
 たとえば、ゲームのFGOに「アルテミス」が出てきます。言わずと知れたギリシアの女神です。狩りの女神、アポロンの尊い姉神、後に月の女神とされます。もしこれが、他の人間の名前だったらどうでしょう? その物語がどうであれ、神話とのつながりは見過ごされ、新たな現代の創作物語として受容されるのではないでしょうか。ところが「アルテミス」という名が出現することにより、そこに、古代の神話とのつながりが見えてきます。古代の異国の神話という未知のものに、ゲームという媒体を通じて、現代の我々は対面することができる。そうすることで物語に神話としての深さが生じているのです。この意味において、やはり彼女は「アルテミス」でなければならない、ということなのです。

ルカ・ペンニ「女狩人アルテミス」1550年

 また、単に「名前」が出てくるだけでは「現代の神話」とは言えない、と思われる方は、9回目をご参照ください。エジプトの神話で、イシスは太陽神ラーの「真の名前」を手に入れることで、自ら大女神の地位を確立させました。名前には言霊が宿っている。ゆえにそれ自体「力あるもの」なのです。
 ゲームに出てくる神話要素は名前に限りません。「呪文」も出てきます。私の知っているところでは、FGOのアルジュナ(『マハーバーラタ』の主役の英雄)が「パーシュパタ」という強力な武器を使いますが、これはサンスクリット語で「パシュパティ=シヴァに由来する」という意味です(10回)。『マハーバーラタ』においても魔術的武器の名前として出てきます。同じくFGOでラーマ(『ラーマーヤナ』の主役の英雄)が「ブラフマーストラ」という武器を使いますが、これは「ブラフマー神の武器」の意で、やはり神話の原典に出てきます(10回)。
 名前と、呪文。FGOは、「言霊」をうまく使いこなして、現代の娯楽ゲームを神話の領域に深めていると言えるでしょう。現代が、過去に生きていた神話に接続するのです。
 FGOには、歴史上の人物も多く出てきます。このゲームの中では、対立概念である歴史と神話が共存しています。図4のモデルです。

 古代神話において、ゲームは「聖なる営み」でした。このことは、2回目で取り上げた通りです(碁を打つ星の神、時代の名と同じ名を持つインドの骰子賭博)。一方、現代のデジタルゲームは、聖なるものと正反対の位置づけにある、「俗」の世界のものです。しかし「聖なるもの」を秘めてもいるのです。それが、上述した「名前」や「呪文」だと考えます。

 また、とくに最近になって、ゲームはスマートフォンなどによってプレイされるようになり、それと共にソーシャルゲームとなりました。複数のプレイヤーが互いに関係性を持ちながらゲームを進めていく。これは、対面で行われていた古代神話の盤上遊戯への、回帰にも見えます。

著者からのお知らせ

神話学研究所を設立しました
https://www.mizuhomythology.com/

神話学は、いま、大学などで講座がほとんどありません。 そこで本研究所では、神話の学びの場として、研究者同士の交流、一般のみなさんとの交流を目的に、研究会、講座、読書会などを開催するほか、定期刊行物の発行も検討しています。まだまだできたばかりの研究所ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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