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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

2019年8月1日 リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

衝撃的文化「誘拐婚(アラカチュー)」に出くわす!

著者: 春間豪太郎

 休憩中、アカシュと木を繋いでいた紐が外れ、アカシュは平野の彼方へと走り出した。

 今すぐに追いかけなければ、アカシュは二度と戻ってこないかもしれない。

 全力で逃げる羊に追いつけるはずは無かったが、それでも他にどうしようもないのでバックパックを脱ぎ捨てて凸凹の平野を走り、全力で追いかける。

 バックパックの近くにはシロがいるため、あまり期待はできないが番犬としての役割を果たしてくれる可能性があった。何かを盗もうとする者がいたとしても、シロが凶暴な強い犬かそうでないかを瞬時に見分けることができずしばらく躊躇うかもしれない。アカシュを保護したらすぐに戻るので、少しでも時間が稼げれば十分だ。

 アカシュは、最近まで脚を痛めていたとは思えないほど綺麗なフォームで華麗に平野を駆け抜けている。

 普段ならサナから離れるのをかなり嫌うはずだが、今回はいったいどうしたことだろう。

 その答えは、アカシュを追いかけていると見えてきた。

 アカシュの走っていく方を見ると、500mほど先にたくさんの羊の群れがいて食事をしていた。どうやらあの群れの中に混ざろうとしているらしい。

 これはチャンスだ。群れと一緒に食事でも始めてくれれば、その群れを世話している羊飼いと協力して上手く捕まえられるかもしれない。

 おそらく、今回アカシュの紐が外れてしまった理由は紐の長さの調整ミスだろう。

 少し前、腐蹄症になったアカシュと共にトロク村を訪れた時に、コイチュビットおじさんがアカシュの紐をハサミで切ってしまっていて、その後出発前に結び直した事があった。できる限り元の状態に近付けたつもりだったが、どうやらそこで数ミリ長さが変わってしまっていたらしい。

 たかが数ミリと言えども、侮ることはできない。以前、紐がアカシュの脚を圧迫して歩き方がおかしくなった時のように、ちょっとした違いでも、その差によって想像以上に大きな問題が生じることもある。


 さて、アカシュは羊の群れに混ざり、おれもようやく追いつくことができた。本気で走り続けたので息も絶え絶えではあったが、何とか見失わずに済んだ。

 しかし追いつきはしたものの、アカシュは羊たちの間を縫うようにして素早く逃げるため、そう簡単に捕まえられそうにない。

 辺りを見渡すと、少し離れたところにヒゲをはやした細身の男の姿が見えた。おそらく羊飼いだろう。

「こんにちは! すみません、連れている羊が逃げてしまって。捕まえるのを手伝って貰えませんか?」

 男は頷き、こちらへ歩いてきた。

 ……が、その瞬間、こちらのやり取りを把握していたとしか思えないタイミングでアカシュが群れから抜け出し、さらに遠くへと走り出した!

 一瞬あっけに取られて男と顔を見合わせる。そして男は、「早く捕まえないと知らないよ」という風にアカシュの方を顎でしゃくって見せた。

 さっきからずっと全力で走っていたのに、それでもまた走るしかないだろう。

 おれはまた全力でアカシュを追いかけ始めた。

 その後、こちらを警戒してできるだけ離れようと走るアカシュの動きを逆手に取り、回り込むようにして少しずつアカシュの進む方向を変え、20分ほどかけてようやく先程の羊の群れの中へと戻すことができた。

 さあ、ここからだ。

 アカシュの俊敏さを考えると、羊飼いの彼に協力してもらい挟み撃ちをしないと捕まえられないだろう。

 羊飼いの方を見ると、ゆっくりと忍び足でアカシュの方へ歩いているところだった。どうやら協力してくれるようだ。

 そして、アカシュがおれを警戒して逃げようと踵を返した瞬間、腰を低くして後ろから近付いていた羊飼いがアカシュヘ飛び掛かる。そして、遂に捕獲することができた。

 羊飼いに礼を言ってアカシュの背中の毛を鷲掴みにして再度逃げないように気を付けつつ元の場所へ戻ると、バックパックの横で退屈そうにしていたシロが尻尾を振って寄ってきた。

 その後は特に問題もなく順調に進め、目的地だったアクウチュクに到着することができた。

 やはりシロがいると羊たちをコントロールしやすい。道路側からおれ、アカシュ、サナ、シロと並べば淀みなく進めるようだ。アカシュはおれを警戒し、サナはシロを警戒してそれぞれ真っ直ぐ歩いてくれる。

 但し、シロが前へ出過ぎるとバランスが崩れサナが道路側へ行こうとするので注意が必要だ。おれとシロの位置が道路に対して垂直に揃っていないといけないようだったが、それでも前に比べると随分楽だ。

 今までは、アカシュがおれから離れようとして脇道に逸れるか、サナが道草を食うために道路から外れた草地へ向かうかした時には、草地側へ走って回り込まなければならなかった。

 おれは20kgのバックパックを背負って歩いているので、何もないときよりは動きが遅くなりエネルギーも消費する。

 サナはアカシュよりもずっと食いしん坊のようで、出発当初から隙あらば道草を食っていた。しかし、シロが隣を歩くようになってからはその頻度が激減していた。

 より安全な寝床を確保するためにも、羊たちには道草を食わずに歩いて欲しいところだ。

 村の入り口でノーランという男と出会い、仲良くなったので家に泊めてもらうことになった。家畜用の小屋もあったから羊たちも安全だ。

 ノーランは「泊まっていけ! 羊も俺に任せろ!」と言いつつ酒の匂いをぷんぷんさせていて目も虚ろで相当酔っているようだったが、奥さんが「いいのよ、いつもこうだから。泊まっていきなさい」と言ってくれたので、ありがたく客間で一夜を明かすことにした。


 次の日事件は起こった。

 この日は元々、野宿を覚悟していた日だった。

 地図には今日通る経路に村や集落が書かれていなかったので、夜は羊たちをテントの中に匿い、オオカミが来ないか夜通しで見張りをするつもりだった。おそらく朝にはテント内が羊たちのフンだらけになるが、仕方がない。

(写真すべて©Gotaro Haruma)

 この辺りでは夜な夜なオオカミがやって来て羊やヤギを襲う、という話を色々な人から聞いていたので、いつも以上に警戒しなければならない。

 しかし、休憩を挟みつつ4時間ほど歩いたところで、なんと4軒だけ家のある小さな集落に辿り着いた。

 地図にも載っていない集落というのは滅多に無かったので少し驚きつつ、羊たちを道路わきに繋いで家を見て回る。

 地図にない廃村なら以前通ったことがあったが、この集落には人がいるようだ。4軒の内一番大きな家と次に大きな家には湿った状態の洗濯物が干してあった。

 今日は野宿するつもりだったが、ここで暮らす人の協力が得られれば、安全な寝床が確保できるかもしれない。

 そう考えたおれは一旦進むのをやめ、羊たちと共に集落の家を訪ねることにした。


 何となく目についた家へ行き呼びかけると、中から2人の男が出てきた。1人は背が高くて整った顔立ちをしており、もう片方は背が低くがっしりとした体つきだ。

「こんにちは! 羊を連れて旅をしている者ですが、今晩オオカミに襲われないよう羊たちを匿える場所を探していまして……」

 おれがそう言うと、背が高い方の男は合点がいったというようにああ!と声をあげて早口で話し始めた。

「君、俺の親父が2回見たことあるって言ってたよ! 道路を羊2匹だけ連れて歩いている奴がいるって……君の事だったのか! 羊は今晩うちの小屋で安全に過ごせるようにするよ。今晩はちょっと大事な『お客様』が来るけど、君も泊まっていいから上がりなよ。夜は冷えるから。あと、親父も君と話したそうにしていたし。あ、俺はオロズベックで、こっちは弟のバカット。君、名前は?」

「おれはGo。オロズベック、ありがとう助かるよ」

 そしてオロズベックに続いて家へ入ると、居間にはもう1人、若い女性がいて出迎えてくれた。頭に白いスカーフを巻いていて、ぱっちりした目のとても綺麗な女性だ。

「オロズベック、この方は……?」

「俺の妻さ! 4ヶ月前に婚約したばかりなんだ!」

 その女性はアイジャマと名乗り、こちらを見てにっこり微笑んで挨拶をした。今は19歳で、25歳のオロズベックのもとに嫁いできたばかりらしい。

 キルギスでこれまで出会った人々から聞いた話では男性は21、2歳頃が結婚適齢期らしく、オロズベックはこの国の常識では晩婚だと言えたが、この集落の周りには他の村などは無いので出会いが少ないのかもしれない。

「おめでとう! オロズベック、奥さん滅茶苦茶美人だなあ。羨ましい」

「だろ? アイジャマはビシュケクの街で出会って、キルギスの伝統的なやり方で口説いたんだ」

 オロズベックは得意げにそう話した。

 街で出会ったというのはどういう意味だろうか。ナンパだろうか。

 いや、「伝統的なやり方」というからには、まさか……。

 「へ、へえ、『伝統的なやり方』っていうのは? 何か名前は付いてる?」

 「車に乗せてここまで連れてきてゆっくり口説くのさ。アラカチューって呼ばれてる」

 ああ……。

 やはり、アラカチューだ……。

 キルギスでは「アラカチュー」と呼ばれる風習がある。

 「誘拐婚」の一種にカテゴライズされていて、その名の通り、誘拐した女性を妻にするというものだ。

 誘拐された女性は相手の男性の家に監禁され、その男性や親族たちから結婚するように「説得」される。この「説得」というのは決して生易しいものではなく、女性が頷くまで何日も続き、場合によっては暴行に近い事が行われるケースもあるようだ。

 そして、疲れ果てて結婚を受け入れた女性は、その証として白いスカーフを被り、男性側の一族の一員として迎えられることになる。

 「それでも女性が拒み続けた場合は家に帰さなければならない」という決まりも存在はするものの、誘拐後に結婚せず家へ帰った女性は穢れた存在とされ村八分にされる文化があるため、8割以上の女性が誘拐婚を受け入れているのが現状らしい。

 悲しい事に、こういった理由から、女性側の親や親戚でさえも誘拐した家へ嫁ぐよう勧めることが多いようだ。

 キルギスでは20年以上前からアラカチューを禁じる法律が存在しているが、今なお様々な地域で誘拐が続いている。中には望まない生活に心身疲れ果て、自ら命を絶つ女性もいるらしい。

 その「文化」が今、おれの目の前で繰り広げられていた。

 そして、4ヶ月前にアイジャマを誘拐したオロズベックはアイジャマの両親とまだ会っていなかったらしく、なんと今日、アイジャマの両親が初めての顔合わせでこの家へやって来るとの事だった。

 どうやらおれはとんでもないタイミングでこの家に来てしまったらしい。

 そして、会ったばかりの時は楽しそうに振舞っていたアイジャマは、両親の訪問時間が近付くにつれて少しずつ険しい表情になり、俯いて口数も少なくなっていった。

 暗い顔のアイジャマを見ているとこちらも痛ましく悲しい気持ちになってくるが、さて、果たしておれに何かできることはあるのだろうか……。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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