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インドの神話世界

 先日、原稿を書くときに何かバックミュージックを流すかどうかという話題になりました。音は全てドレミで聞こえるので、執筆の邪魔になるため音楽はかけない、と言ったらずいぶん驚かれました。
 絶対音感と言われているものですが、これは言ってみれば「ドレミの呪い」です。つまり「音」を「ドレミ」という「言語」として脳が認識している、と私は解釈しています。だから、言語を処理しているときに音楽が流れると、二重に言語を耳に入れることになって邪魔になるのです。
 確かなのは、この「ドレミの呪い」という耳の呪縛は、私の人生にとって何の役にも立たない、ということです。

 さて今回は、音楽の神話について見ていくことにしましょう。

 ヴァイオリン族(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)やハープ、ピアノ、木管楽器のように、ほとんど全ての楽器の素材は、木材です。ですが楽器の要である音を出す部分は、動物に起源があるので、弦楽器は弓で弦をこすることによって音を出しますが、弦は羊の腸から繊維を取り出してねじって作られます。ガット弦と言われているものです。また、弓には馬の毛が使われます。三味線の場合、猫か犬の皮を用いて楽器が作られています。
 アルザス出身の音楽学者で民族学者であるマリウス・シュナイダーによれば、音楽がある種の魔力として考えられていた文化においては、楽器が作られる際に動物が犠牲にされたのだといいます。
(ジョスリン・ゴドウィン著、斎藤栄一訳『星界の音楽』工作舎、1990年、24頁を参照)

 この論はギリシア神話のヘルメスの竪琴づくりを思い起こさせます。ヘルメスはまだ赤子の時に、近くを這っていた亀を見つけて思いつき、亀の甲羅を剥がし、そこにアポロンから盗んだ牛の腸のすじを七本張り渡して、はじめて竪琴を作りだしたといいます。
 楽器が作られた時、犠牲にされた動物の魂がその楽器の一部となる――つまり楽器の生み出す音は死霊の調べである、ともいえます。

 それゆえにか、神話の中の楽器は、不思議な力を持っています。たとえばギリシア神話には、音楽の特別な力を語る話がいくつか見られます。まず思い浮かぶのはオルペウスの話でしょう。
 ムサイ(芸術の女神たち)の一人カリオペの子オルペウスは、歌と竪琴にすぐれ、野獣や森の木々をも感動させることができました。彼はアルゴー船の遠征に加わり、琴を爪弾いて風と波を鎮め、海の怪物セイレネスが怪しい歌で一同を惑わそうとした時には、正しい楽の音を奏でて船員たちを救いました。
 また彼は若死にした妻のエウリュディケを取り戻そうと冥府に赴き、番犬ケルベロスを楽の音によっておとなしくさせ、冥府の王と王妃の前で歌にあわせて琴を弾じたため、心を動かされた二人は、エウリュディケを連れ帰る許しを与えたのでした。オルペウスが冥界を出る直前に禁を破って振り返りさえしなければ、彼は妻を取り戻すことができたのです。

カミーユ・コロー「冥界からエウリュディケを連れ出すオルペウス」、1861年

 このオルペウスの冥界下りの後日談として、次のような逸話が伝えられています。

 とある丘があって、その丘のうえは、大そう平らな野原になっている。ここには、一面に青草が茂っているが、日よけになるようなものが、何ひとつない。だが、神々の血を引く楽人オルペウスがここに坐って、響きのよい弦をかき鳴らすと、たちまち木々が飛来して、陰ができるのだ。
(オウィディウス著、中村善也訳『変身物語』(下)、岩波文庫、1984年、64頁より引用)

 このオルペウスの神話によく表われているように、神話では音楽に「秩序を無秩序に変える」働きを与えることがあります。本来動くはずのない木々を動かせた、というのが、この場合の「秩序から無秩序」に相当します。

 似たような話が別のギリシア神話にもあります。

 ゼウスと人間の女アンティオペの間に生まれた双子の息子ゼトスとアンピオンは、キタイロン山中で土地の牛飼いたちに育てられました。ゼトスは力と武勇にすぐれ、他方のアンピオンは音楽を好み、ヘルメスから授かったという竪琴を弾じて、水の流れをも感じ入らせるほどであったといいます。
 やがて兄弟は母と再会し、テバイを攻め落として王位に就きました。テバイが城壁をめぐらしたのはこの時代である、とも言われています。アンピオンが琴を弾くと、城壁のための石が自らその音に従い、組み合って城壁を作ったのだといいます。
(呉茂一『新装版 ギリシア神話』新潮社、1994年、473-475頁を参照)

 オルペウスが琴によって本来動くことのない木々を動かしたように、アンピオンもまた、同じように琴によって、本来自ら動くことのない石を、意のままに動かしたのです。

 神話だけでなく昔話にも、音楽の不思議な話が多く見られます。たとえばフランスの民話に次のような話があります。

「笛と魔法の指輪」


 ある日ジャノは母親に作ってもらったパンケーキを持って遊びに出かけました。途中で老女に会い、乞われるままにパンケーキを半分与えました。すると老女は指輪と笛を取り出してジャノに与えました。この老女は仙女だったのです。まずジャノが指輪をはめると、体が小さくなったり大きくなったりしました。次に魔法の笛を吹くと、周りの人たちはみな、踊りはじめました。
 ジャノは旅に出て、隣国の王の城に紛れ込みました。城の中で彼は姫と出会い、一目で好きになって嫁にもらおうと決めました。王はジャノに試練を課しました。黒兎と白兎を十二羽ずつ、ロープで繋がずに野原と森を通り抜けて城まで連れてくるというものでした。ジャノは兎を捕まえて野原に連れて行き、魔法の笛を吹いて兎を踊らせて、日没までに兎たちを城に連れ帰ることができました。
 王は二度目の試練を課しました。首切り役人の手を逃れるというものでした。ジャノが絞首台に立つと、死刑執行人が彼の首に綱をかけようとしました。ジャノは息の続く限り魔法の笛を吹きました。すると死刑執行人も王も、みな奇妙な踊りをはじめて、やめることができませんでした。王はジャノに許しを乞い、姫と結婚させました。
(H.カルノワ著、山中知子、平山弓月訳『フランス民話集Ⅱ』東洋文化社、1981年、7-13頁を参照)

 フランスの別の民話では、ヴァイオリンが人を踊らせる魔力を持っていることになっています。

「不思議なヴァイオリン」

 ジャンという名の若い男が、農場で働いた三年分の賃金を持って歩いていると、薄汚い老人が坐っていて、ジャンに恵みを乞いました。ジャンは持っていた三年分の賃金を全て与えました。
 老人が三つの願いを叶えてやろうというので、ジャンは「絶対に的を外すことのない鉄砲と、人をどうしても踊らせてしまうヴァイオリンと、決して逆らうことのできないはっきりとした言葉」を望みました。老人はその三つの願いを叶えてやりました。
 ジャンが森の中に入っていくと、「なんとかしてあのウグイスを捕まえられないかな」と言っている声が聞こえました。声の主はジャンが働いていた農場主でした。ジャンは的を外さない鉄砲でウグイスを撃ち殺しました。ウグイスは藪の中に落ち、農場主はトゲのたくさんある茂みの中に入っていってウグイスを見つけました。
 その時ジャンがヴァイオリンを弾きはじめました。農場主は不思議な力にかられて藪の中で踊ったので、体中が傷だらけになりました。農場主はジャンに金を与えてやめさせました。
 その後農場主はジャンを告発し、ジャンは捕えられて死刑を宣告されました。絞首台に連れてこられると、ジャンは「決して逆らうことのできない言葉」で「ヴァイオリンを弾かせてほしい」と頼みました。ジャンがヴァイオリンを弾くと、誰もが踊りはじめ、疲れて死ぬ思いをしました。判事はジャンを無罪放免にしたので、ジャンは二つの宝物を携えて故郷に帰りました。
(前掲書)

 これらの話に見られるように、意思に反して人を何かに熱中させる、というのも音楽の力のようです。この場合は、「踊り」ですね。音楽と踊り、というのは切っても切れない関係にあります。人は楽の音や、もっとシンプルにはリズムにのって、太古から踊ってきたのですから。
 二番目の話では、ジャンは音楽の力とともに「言葉」の力も手に入れました。この二つは、似たところがあるのかもしれません。「言霊」も音楽の力と関連があるのでしょうか。言霊については、すでに9回目でお話しました。

 こうして音楽にまつわる神話や昔話を集めてみると、圧倒的に「秩序から無秩序へ」移行させる力を音楽が持っていることになっています。
 しかし、それだけではありません。物語の中における音楽は、実はまったく反対の、「無秩序から秩序へ」――つまり、世界創造に近い働きをする場合もあるのです。これについては、次回、取り上げていくことにしましょう。

著者からのお知らせ

神話学研究所を設立しました
https://www.mizuhomythology.com/

神話学は、いま、大学などで講座がほとんどありません。 そこで本研究所では、神話の学びの場として、研究者同士の交流、一般のみなさんとの交流を目的に、研究会、講座、読書会などを開催するほか、定期刊行物の発行も検討しています。まだまだできたばかりの研究所ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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