Webマガジン「考える人」

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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 何の前触れも無くいきなり誘拐され、地図に載っていない小さな集落で親しくもない男と結婚することになったアイジャマに対し、どのように接するべきか、そして何をすべきか、せざるべきかを、おれは悩み続けていた。

 おれが来たばかりの時は、アイジャマはオロズベックに抱き着いたりして「幸せな新婚夫婦」を演じていたが、両親の訪問が近付くにつれて口数が少なくなっていき、おれと2人っきりになると本音を漏らすようになってきた。

「本当は、オロズベックのことは嫌いなの。できることなら、自分の家に帰りたい……」

 そしてアイジャマは、この場に両親が来るのはまずいと思っているらしく、こんなことも言っていた。

「今日両親が来てしまったら結婚が確定してしまうわ。そうなったらもう終わりね」

 先述の通り、オロズベックとアイジャマはまだ婚約の段階であり、両親の顔合わせも済ませておらず、それ故に婚約が破棄される確率もゼロではない。アイジャマはその可能性に賭けていた。

 アイジャマによると、誘拐婚では本来、誘拐した男とその親族は女性の結婚承諾後、女性の両親の家へ事後報告をしに行くのが決まりらしい。しかしどうしてか、オロズベックの両親は挨拶に行きたがらなかったため、婚約後4ヶ月間も両親同士の顔合わせが行われなかった。なぜ両親が顔合わせを嫌がるのかは息子のオロズベックですら分からないらしく、渋い顔で首を振り、「おかげで困ってるんだ」と言っていた。

 そして、それに痺れを切らしたアイジャマの両親は正規の手順を無視してオロズベックの家に挨拶に行くことに決めたらしく、まさに今日、その日を迎えたのだった。

 何の因果かは分からないが、少なくともその両親同士のデリケートな場に、羊と犬を連れたおれのような外国人が居合わせるというのはどう考えても場違いでしかない。

 よって、羊たちだけ預かってもらってその辺でシロと野宿しようとも考え提案してみたが、オロズベックもアイジャマも「外は寒いから!」と強く反対したため、このまま泊まらせてもらうことになった。

 それに、アイジャマの両親は日帰りの予定であり、万が一両親がオロズベックの家に泊まることになっても客間とは別におれが寝られる部屋があるらしく、迷惑にはならないとのことだった。


 しばらくすると、オロズベックは話がしたいと言ってアイジャマを連れて別室へ移動した。

 両親同士の顔合わせを目前に、何か重要な話があるのかもしれない。

 しかし、それから数分後、突然アイジャマの悲痛な叫び声が聞こえ、オロズベックが大声で喚きながら何かを殴りつける音がした。

 何事だろうと身構えると、その直後、アイジャマが扉を破るような勢いで開けてこちらへやって来て、大声で泣き始めた。すぐにオロズベックもやって来て、激昂したようすで何やら怒鳴り散らしている。いったい、この短い間に何があったというのだろう。

 キルギス語の訛りが強く聞き取れない部分が多かったが、「アクチャ」(お金)・「ジョク」(無い)という単語は何度も繰り返されていて、どうやら「お金が無いのにどうして私を誘拐したの?」という内容のようだった。

 アイジャマは携帯電話を取り出してどこかへ連絡しようとしていたが、オロズベックが力づくで携帯を取り上げてしまい、失敗に終わった。

 アイジャマの泣き叫ぶ声と、オロズベックの逆切れに近い雰囲気の怒鳴り声が、部屋中に響き渡っていた。

 好きでもない男の家へ嫁ぐことになり、今まさに不当としか言えないような扱いを受けているアイジャマを見ていると心が強く痛んだが、異邦人のおれが安易に介入すべきことではないと分かっていたため傍観せざるを得なかった。

 ……とはいえ、何か少しでも、アイジャマの為にできることはないのだろうか。


 しばらくして少し落ち着いたようすのアイジャマに話しかける。

「大丈夫? 何かあったの?」

 アイジャマはすすり泣きながらゆっくりと言葉を絞り出した。

「親が来たら、もう終わりよ! だって、みんな、結婚に賛成してるから……」

 驚くべきことに、どうやらアイジャマの両親は、会ったこともないオロズベックと娘の結婚に賛成しているらしい。

 誘拐婚では、一度誘拐された女性が結婚を拒んだ場合、その女性と家族たちはその後ずっと周りの人々から穢れた存在として扱われてしまう。おそらくアイジャマの両親はそれを恐れているのだろう。「誘拐されて戻ってくるなんて恥ずかしい事はせず、そのまま結婚しなさい」という考えらしい。

 そういえば、先ほどアイジャマは携帯で誰かに連絡をしようとしていたが、もしかするとそれがアイジャマにとっての「希望」なのかもしれない。オロズベックが携帯を取り上げたということは、それをされると困るからだろう。だとすれば、その誰かに連絡さえできれば、アイジャマの立場は多少優勢になるのかもしれない。

 先述の通り、異邦人であり、この場に偶然居合わせただけのおれが強く介入すべきではないとは思ったが、だからと言って、これだけ悲しみに暮れるアイジャマを前に何もしないというのはおれには無理そうだった。

 そういえば、アイジャマの携帯は通話のみ可能で、データ通信は圏外になっていた。アイジャマによると本来はデータ通信も使える契約になっているらしいが、この集落では圏外の携帯会社と契約しているので使えないらしい。

 おそらく、突然誘拐されてこの集落に連れて来られてからは家の外に出られず、携帯会社との契約変更すらできない状況で過ごしてきたからだろう。

 通話だと目立つのですぐにまたオロズベックに阻止されるだろうが、データ通信ができればこっそりアイジャマの味方の誰かと連絡が取れるかもしれない。

 よし、やはり傍観するのは性に合わない。大きな影響のない範囲で、アイジャマが外部と連絡を取れるように、何とかしてみよう。

「アイジャマ、もう少し詳しく状況を聞かせて。このおれのスマホのGoogle翻訳に文字を打ち込んでよ」

 おれはそう言って、ネットに接続されているスマホをアイジャマに手渡した。

 先ほど誘拐婚についてアイジャマに説明してもらっていた時、ロシア語とはいえ専門用語が多くてGoogle翻訳を使っていたので、自然な流れでアイジャマにスマホを渡すことができた。

 実は、いまアイジャマに渡したスマホの画面には、Google翻訳ではなくWhat’sUpという日本でいうところのLINEにあたるアプリを表示させていて、チャット欄には「連絡を取りたい人がいるなら、このスマホから連絡が取れる。どうする?」とロシア語で入力しておいた。

 オロズベックは少し離れた所で家族と話していたのでこちらの動きにすぐに気付くことはなさそうだった。とはいえ、ばれたら即、おれは叩き出されるだろう。場合によってはそれだけでは済まないかもしれない。おれ、シロ、アカシュ、サナの全員を危険に晒す恐れのある試みだが、アイジャマの為におれができそうな事はこの位しか思いつかなかった。

 ただしリスクがあるとは言っても、この方法ならちょっとした雑談をしているように見せかけることができるし、怪しまれた場合でもスマホを少し操作するだけで証拠隠滅ができるので、そうそうばれない自信はあった。

 インターネットに繋がっているおれのスマホからなら、家族などアイジャマが番号を覚えている相手にチャットで連絡を取ることができるので、助けを呼んだり何か状況を打破したりすることができるかもしれない。


 アイジャマはおれのスマホをしばらく眺め、おれの考えを察したようで、連絡先に母の電話番号を追加した。

 しかしその後、アイジャマはしばらく固まっていたかと思うと、オロズベックが用を足しに外へ出たタイミングに合わせて「あぁ、ダメ、母はWhat’sUpをあまり見ないから、電話しかない……」と、おれにしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 すかさずおれも「なら、おれが外で電話して来ようか? 話してほしい内容をそのチャット欄に入力してくれれば伝えられる」と小声で返事をした。

 現在もアイジャマは監視下に置かれているようで、屋外に設置されているトイレへ行く時は毎回オロズベックが同行していた。アイジャマは電話ができる状況ではないので、おれが外へ行き目立たないよう工夫した上で電話をかけるしかないだろう。

 アイジャマはしばらくは文章を練っているようすでスマホを操作していたが、突然操作を止め、スマホをテーブルの上に置いて俯いてしまった。

「アイジャマ、どうした……?」

 おれがそう訊ねると、アイジャマは疲れ切った表情でこちらを見て、入力を止めた理由を話してくれた。

「やっぱり、ダメ。母も父も、私の事は何も心配していないし、結婚にも全面的に賛成しているようだから。連絡を取っても分かってもらえないでしょうし、この家を出たら私にはもう行く場所が無いわ。初めから、私にはどうしようもない事だったのよ……」

 アイジャマのその虚ろな目からは、全てを諦め考えるのを止めたということが充分過ぎるほど伝わって来た。

 彼女の気持ちに寄り添い救う事のできる人間は、もうどこにもいなかった。

 アイジャマによると、誘拐されてしまった時点で、実情として誘拐した男以外とは結婚ができなくなるらしい。

 仮にアイジャマが結婚を拒み続けて何とかオロズベックの家を出ることができたとしても、家族もろとも村八分にされてしまい、さらにアイジャマ自身は結婚や出産などが一生できない立場になるようだ。

 今回おれが遭遇したのはあくまで誘拐婚の一例に過ぎないが、それでも、テレビなどでやっていたそれなりに救いのある「誘拐婚」と比べてあまりにも生々しく悲しいものだった。

 当時、その日の食事や寝床すらままならない立場の外国人のおれにはどうすることもできなかったが、この惨状を多くの人が知ることで「誘拐婚は絶対に止めるべきだ」という考えが今以上に広がれば、誘拐婚という文化が廃れるのが早まるかもしれない。


 予定より3時間ほど遅れて22時ごろ、アイジャマの両親がオロズベックの家に到着した。

 どうやらこれから親族同士の挨拶を兼ねた食事会が始まるらしく、テーブルの上には円形のパンに加え、ボルソックと呼ばれる定番の三角形の揚げパンがたくさん並べられた。

 おれは別室で待機することになったので、また大喧嘩が始まったら何かおれにできることは無いだろうかと考え少しそわそわしつつ、金属管の暖房器具で足を温めながら過ごす。

 しかし、それは杞憂だったようで、食事会は終始穏やかに行われているようだった。

 そしてそのまま何事も起こらずに食事会は終わり、深夜1時頃にアイジャマの両親は家へ帰って行った。

 アイジャマの気持ちを置き去りにしたまま、事態は丸く収まった。

 結婚式は、4ヶ月後盛大に行われるらしい。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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