シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

ふしぎな中国語――日本語からその謎を解く

「語源」と「字源」の違い

 私は言語の語源的なつながりを知るのが好きである。日本語でも、たとえば「村」と「群れ」、「群がる」などがその根っこのところでつながっている、とか、「けだもの」が「毛+だ(「の」の意味)+もの」の構成になっているとか、そういうのに気がつくと嬉しい。

 英語を勉強するときも、professor(教授)が「pro(前に)fess(話す)」の構成になっていて、confess(告白する)が「con(共に)fess(話す)」とつながっているとか、そうした語源をたどって暗記する。スペイン語の「肉」を表すcarneが、英語の中にもcarnivorous(肉食獣の)、carnival(カーニバル、謝肉祭の意味)に入っているというように、スペイン語やフランス語を覚えるときにも英語とのつながりを確認して覚えている。さらには、「旦那」がサンスクリット語のdāna(与える)に由来し、英語のdonation(寄付)や、フランス語のdonner(与える)と同根だ、などと聞くと嬉しくなる。

 ロシア語では目を覚ますことをブディッチと言うが、これは「仏陀」と同語源なのだという。「仏陀」はサンスクリット語で「目覚めた人、悟った人」を表す。最初に聞いたときは怪しいと思ったが、どうも本当らしい。

 語源情報には騙されることもある。仏教用語で仏前に供養する水を閼伽(あか)というが、これはサンスクリット語源である。サンスクリットはインド・ヨーロッパ語族だから、閼伽はアクアと同語源である、と日本語学の本で読んで信じていたのだが、これは誤りだそうだ。

 さて、中国語の語源について知ろうとする場合、注意すべき点がある。それは「語源」と「字源」を分けて考えなければならない、ということである。例えば「臭」という字の字源は、「鼻+犬」で出来ている。このように2つの部品の意味を組み合わせて作っている文字を、会意文字という。

 だが、語源は違う。「くさい」という概念が先にあって、古代中国語で「シュウ」と呼んでいたとする。そして、その「シュウ」を表すのに「鼻+犬」の文字を当てたのである。つまり、犬がクンクンと臭いを嗅ぐ様を見てから、「シュウ」という概念ができたわけではない。だが、テレビなどを見ていると、「犬がクンクンする様からシュウと言うようになった」というような不正確な説明がしばしばなされている。古代中国人は犬を見ないと「におい」がわからなかったはずがない。語源と字源を混同してしまっているのだ。

音声から語源をたどる

 語源をたどるには音声を知る必要がある。古代の中国語の音声、それも古ければ古いほど「源」を探るためにはよい。

 前回書いたように、日本語の音読みは古代の中国語を当時の日本語で写したものである。音読みのうち漢音は、78世紀の漢字音を反映しているとされる。このころの漢字音を中古音という。中古音は、601年に出された韻書『切韻』の流れをくむ資料その他を用いて再構築することができる。

 さらに昔の音韻は、上古音と呼ばれている。おおむね2000年以上前の漢字音である。そんな昔の音をどうやったら知ることができるのだろうか。

 まず、利用できるのは形声文字である。形声文字とは、一部分が音符の役割を果たしている文字のことだ。例えば「枝」や「肢」という文字の「支」は音を表しているから、どちらも音読みは「シ」である。これらの漢字は発音が同じなだけでなく、概念的にも「枝分かれ」を表すことで似ている。ということは、これらはもともと同一の語であり、「木の枝分かれ部分」を表すのに「枝」、人間の体の分岐を表すのに「肢」というように、表記の仕方としては書き分けている、ということが推測できる。

 このように、形声文字の音符部分が同じなら、同じ音だったはずだ。にもかかわらず、発音が異なっているものも少なくない。例えば「監」と「藍」。「藍」の音符は「監」なので、理屈から言えば同音(か似た発音)でなければならない。しかし、音読みでは「kan」と「lan」であり、中古音の段階ですでに異なる発音であったことがわかっている。つまり、1500年くらい前はすでに別の発音であったけれども、それよりもはるか昔、漢字が作られたころは同音だったのだろうと推定できるわけだ

 では、どんな音だったのか。Xという発音がkanlanに分かれたのだから、昔はklanのような音だったのだろう、と考えられた(現在はkranとするのが一般的らしい)。上古音には二重子音があったと思われるのである。

 また、上古音の再構築には、古代の詩集『詩経』の詩が利用できる。詩は押韻するので、その押韻関係を調べていけば、『詩経』のころに韻が同じ、もしくは似ていたものを割り出すことができる。そのほか、出土資料の漢字を見たり、古い中国語を残していると言われる方言の研究を取り入れたり、場合によってはチベット語などとの比較からも上古音の再構築が行われているもようである。

単語は家族を成している

 言語学者の王力は、「暮mak」「墓mak」「幕mak」「滅miat」「晩miwan」「蒙moŋ」「夢miwəŋ」……のような語群について、「暗黒」と関係している、と述べる。古代中国人は、似た概念を似た発音で表していたとするのである。逆に「陽」「光」「明」「朗」「亮」など、「明るい」系統の概念は、母音の部分が同じであるとする。また、「日月」「夫婦」「内外」「男女」のように、反対概念を表す語の対は、母音または子音が同じものを使っていることが多く、古代中国人はこれらを明らかに関係のある語としていると述べている。日本語の音読みで読んでも音の類似がある程度わかるだろう。中国語には概念と音声が近似した単語の家族があるのだ。

「買」と「売」は、同じ行為の方向性の違いである。Aから見たら売る行為が、Bから見たら買う行為となる。音読みでは両方「バイ」だ。現代中国語では声調は異なるものの、両方maiである。同じく「授」と「受」も反対の概念だが現代語では同音である。現在の研究によると、上古においてはまったく同音というわけではなかったようだが、いずれにしても語根は同じである。Baxter&Sagart. Old Chinese : a new reconstruction Oxford University Press, 2014, によると、「学」と「教」は現在ではまったく違う発音だが、上古音では同根になるという。これも方向性が逆なだけだ。私は以前の著書で、「ノーベル文学賞受賞」を「ノーベル文学賞授賞」と書いてしまったことがあるが、「授」と「受」が同音なのがいけないのである。

 同じく上記書籍に拠れば、「登トウ」「増ゾウ」「層ソウ」も家族で、上にあがることを表しているし音も近い。「光コウ」と「黄コウ」も家族だろう。「倉ソウ」は名詞で、何かをその倉に「蔵ゾウ」するのは動詞である。

 日本語のヒガシは、「ヒ(日)」と「シ(方向)」からなっているので、語源的には太陽の方向という意味だろうとされているが、中国語の「東トウ」は「動ドウ」と同根で、太陽が「動く」ことと関係しているという。一方の「西」は「棲」と関係して、太陽がストップするところ、という意味のようだ。もちろん、たまたま概念と発音が近似しているだけかもしれないが…。

 こうしてみると、やはり語源のつながりは面白い。

この記事をシェアする

関連するオススメの記事

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

橋本陽介

1982年埼玉県生まれ。お茶の水女子大学基幹研究院助教。慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く―最新言語学Q&A―』(新潮選書)、『中国語実況講義』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)、『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)など。


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら