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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 日の出前、辺りはまだ薄暗いが、おれは荷物をまとめて出発することにした。

 まだ眠っているアイジャマの横を忍び足で通って玄関へ行き、シロたちの縄をほどく。

 アイジャマのことは未だに心配だったが、今出発しなければ羊たちが危険に晒されてしまう。

 この辺りには村はおろか集落すらほとんど無いようだったので、夜明けと同時に出発してたくさん歩かなければ野宿する羽目になるだろう。

 舗装されていない山道を延々と歩き続け、山の向こう側の麓にある村を目指す。山道を通る車は大型のトラックばかりだったので、すれ違うたびに砂埃が舞い上がり息苦しい。

 昼頃、山頂に辿り着いた。民家などは一切無かったものの廃列車があり、その中では魚の干物を売っていた。今日はまだまだ歩かないといけないが、ひとまずここで少しだけ休憩だ。

 辺りを見回すと、ほぼ同じ高さの隣の山には雪が残っていた。

 ここからサリチェレク湖までは平均するとどんどん標高が高まっていくので、これからは雪道を歩く日が多くなってくるかもしれない。

 山頂では風がかなり強く、しばらくすると粉雪が降って来て一気に冷え込んだので、早々に休憩を切り上げて村へ向けて下山することにした。

 そして夕方、馬の群れを見かけた。地図アプリを開けば分かることではあるが、馬の群れは人里が近いという目印だ。草原を自由に歩き回る馬たちを眺めつつしばらく歩いていると、案の定滞在予定の村が見えてきた。

草原を歩き回る馬たち

 しかし、日が沈む頃にようやく辿り着いたその村は、アフリカ諸国を含めても今までの経験上で最も意地悪な村だった。

 歩いていると周りの家の窓のカーテンを引かれ、周りで遊んでいる子どもたちもおれを無視して目を合わせない。今までは、どんな村でも子どもたちだけは辛抱強く話を聞いてくれていたので、こんな経験は初めてだった。

 若者や大人たちもほとんどがおれを無視していた。羊たちの寝床を探しているという説明すらさせてもらえない。話を聞いてくれた人達も、ほとんどはおれが日本人だと自己紹介をするとすぐに立ち去ったりドアを閉めたりして拒絶した。帽子を掴まれ「失せろ」と突き飛ばされたこともあった。

 さらに、「家に泊まって行きなよ」と言ってくれた若者に付いて行くと村の出口へと案内され「出て行きなよ」と言われることが2回あった。「羊だけと言わずあんたもここに泊まって行くといい」と言ってくれる方にようやく出会えたと思ったら、10分ほどお茶を飲んでから唐突に追い出される羽目になった。それまで温和だった家の主は何故かいきなり怒鳴り始め、羊たちを蹴飛ばしておれを追い払った。

 時間だけが過ぎていき、気付くと辺りは真っ暗だった。周りを見渡しても直感的に「悪い人」だとはっきり分かるような人々しかおらず、時間が経つにつれて状況は悪化するばかりだ。

 これは、まずい……。

 なぜこの村では強く拒絶されるのか、全く分からなかったが、考えても仕方がない。今は羊たちの安全を確保できるよう最善を尽くさないといけない。

 安全にテントを張れそうな場所すらなかったので、ひとまずその村を出て、アカシュ、サナ、シロと共に夜道を歩いて先へと進む。

 クザルトという名の隣の村は10kmほど先だ。2時間ほど歩けば到着できるが、そこでも泊めてもらえるかは分からない。その村にはコイチュビットおじさんから「僕の兄がいる」と聞いていたので、うまく会う事が出来れば良いが、おそらく無理だ。

 おじさんの兄とはいえ、知らない間に電話番号が変わっていたらしく音信不通になっているとの事だったので、現住所含め名前以外の情報は不明だった。さらにクザルトはかなり大きな村なので、この暗い中探し回る余裕があるとは思えない。

 万が一そこでも泊まれなかった場合は夜通し歩き続けないといけないだろう。最大限集中しつつも体は楽にして、体力を温存しつつ歩いていると、暗い中にぽつんと明かりが見えてきた。

 あぁ、ゲストハウスだ!

 どうしてこんな所にあるのか、ほとんど来客はなさそうだがなぜ夜遅いこの時間まで看板の明かりが消えていなかったのか、疑問はいくつかあったが、ひとまず中へ入って相談することにした。力になってくれる可能性は高い。

 中へ入ると、40歳くらいの男性と女性、そして3人の子供たちがいた。どうやらこのゲストハウスを営んでいる家族のようだ。

 「すみません。僕は羊と犬を連れてキルギスを旅している日本人なんですが、今晩泊まる場所が見つからず困っていまして……。追加料金は払うので、羊たちが安全に一晩過ごせる場所をどこか貸していただくことはできませんか?」

 男性は最初一瞬だけ、少し驚いたようすでおれとその後ろの動物たちを目を丸くして眺めたが、すぐにニッコリと笑い受け入れてくれた。

 「よく来たね、日本人! 犬と羊も構わないよ。隣に家畜用の小屋があるからそこで過ごすと良い。料金は動物の分を上乗せして一泊300ソム(約500円)でいいかな? これからちょうど食事をするところだったから明日の朝食も含めて2食付けよう」

 「ほんとですか? ありがとうございます!!」

 予想していたより遥かに安い。しかも家畜小屋まであるとは驚きだ。

 そして夕食後、シロと羊たちは家畜小屋へ、おれはシングルの個室へ通され、何とか安全な場所を確保することができた。

 適切な野宿場所かもしくは泊まれる場所を見つけられなかったのは、今までの他の国での冒険を含めてもこれが初めての経験だったが、都合よくゲストハウスがあって本当に助かった。

 今日は羊たちを十分に休ませてあげることができず30km以上歩いたので、明日はほとんど移動せずに休養日にした方が良いだろう。

 ベッドに横になると溜まっていた疲れが一気に押し寄せてきたので、吸い込まれるように眠りに落ちた。


 翌日、ぐっすりと休んで体力を回復したおれは、ゲストハウスの人々と朝食を食べ礼を言ってから、クザルトへ向けて出発することにした。

 ゲストハウスからクザルトまでの距離は7kmほどなので2時間もあれば着ける。できるだけ早くコイチュビットおじさんの兄と会い、動物たちをゆっくり休ませてやりたい。

 とはいえ、コイチュビットおじさんから兄へ連絡が取れない以上、おれが動物たちと旅をしていることは彼に伝わっていないので、泊めてもらえるかは分からない。しかし、コイチュビットおじさんの兄弟という時点でおれからすればどのキルギス人よりも信用できる人物に違いなかったので、無下に追い払われたりはしないだろうという確信はあった。

 クザルトに到着し、さっそく情報収集を始める。

 コイチュビットおじさんの兄は名をケゲシというらしいが、名前以外の情報は不明だ。場合によっては有力な情報を得るまでにかなり時間がかかるかもしれない。

 しかし、何人かの人々に聞いて回っていると、十分も経たない内にケゲシの知り合いだと名乗る人物に出会う事ができた。なんでも、家の大まかな位置なら分かるという。

 これはかなりラッキーだ。ガセネタである場合もあるが、おおよその家の位置さえわかればすぐに家まで辿り着けるだろう。

 教えられた場所へ行くまでの間、出会う人々にケゲシおじさんの事を訊ねて情報の真偽を確認していく。皆言っていることは微妙に違うものの、どうやらこっちの方角で合ってはいるらしい。

 道中、雑貨屋の店主にケゲシおじさんについて聞いてみることにした。店主なら長年この土地に住んでいる可能性が高いので、道行く人に聞くよりも遥かに信用できる情報が貰えるだろう。

 店主の情報は正確だったようで、教えられた家へ行くとケゲシおじさんと会う事ができた。

 おじさんは強面の男で、おれの話を聞いている間終始ぶっきらぼうな態度だったが、それでも羊たちを安全な場所で寝させてくれた。

 また、家の庭ではオスの大型犬が1匹飼われていてシロへと猛烈なアプローチを仕掛けていたが、おじさんはその犬を払いのけながらシロの為にと肉やパンを混ぜた食事を作ってくれた。おれに何も断らずにいきなり手作りの食事を与えていたので少し驚いたが、ケゲシおじさんはシロの事を気にかけてくれているようだ。大型犬の他に中型犬も2匹ほど飼っているようだったので、もしかするとケゲシおじさんは相当な犬好きなのかもしれない。

 コイチュビットおじさんと違いかなり寡黙な男ではあったが、動物に対して優しいという点では共通しているようだった。

 また、最初はおれは家の庭でテント泊をするという話になっていたものの、まだ幼いおじさんの孫がおれの事をとても気に入ってくれてスキンシップを求めてくれたおかげで、おれもおじさんの家の中で泊まれることになった。

 安全な室内で横になり、体を休めながらシロのその後について考える。今回の羊たちとの冒険では、シロの里親探しも重要なミッションだ。

 ケゲシおじさんさえ受け入れてくれるのであれば、シロにとってここはかなり良い住処になるかもしれない。

 シロに発情していたあの大型犬と仲良くできるかという問題はあるが、たくさん犬がいる家ならシロも楽しく過ごせるかもしれない。携帯番号を改めて交換すればコイチュビットおじさんと連絡が取れるだろうし、シロのその後のようすを定期的に知ることもできるだろう。

 そう考えたおれは、ひとまずここを候補に加えることにして、その翌日、サリチェレク湖へ向けてまた歩き出した。


 そして、その二日後。

 クザルトで大規模な動物市場のある日だったらしく、早朝何台もの家畜を乗せた車とすれ違った。後ろの荷台には馬や羊、牛などの家畜が所狭しと並んでいる。動物市場は午前中だけだったらしく、それらの車は昼前にはこちらへ戻って来ておれを追い抜かして行った。乗っていた家畜がいなくなっている車もあったが、多くの車は1、2匹しか家畜が売れなかったようでほぼそのままの状態だった。

 家畜が売れた車の内、何台かはおれのところで停車して「どこまで行くんだ? 乗って行かないか?」と声をかけてくれたが、道中でシロの里親候補を探したかったので、乗せてもらう訳にはいかない。そうして断り続けてはいたが、その中の一人、アドレットという男の誘いだけは断れなかった。アドレットたちは2台の車で動物市場へ行っていたらしく、荷台には馬や羊たちが何頭も乗っていた。

 「お金はいらないから、好きなところまで送っていくよ! ぜひとも、旅人の君を助けたいんだ。そうすることでイスラム教徒としての務めが果たせるから」

 やんわりと3度ほど断ったが、アドレットは引かなかった。アドレットの眼差しは善意に溢れていて金を騙し取ったりしそうな気配は感じなかったし、強く拒否するというのもなんだか申し訳ない気がする。

 アドレットとの話を続けるうちに互いの身の上話になり、シロの事を説明するとこんな反応が返って来た。

 「犬の住処を探してるなら、うちで引き取れるかもしれない。うちでは大きな犬を飼っているし、今乗せてる馬たち以外にも動物をたくさん飼っているから、動物の世話をする人間も何人もいる」

 ……なるほど、シロの里親候補になるのであれば、少しだけ乗せてもらってさらに話を聞いてみても良いかもしれない。アドレットは、ここから100kmほど先にあるスサムルという町から来ているらしい。数日後に訪れる予定の町だ。

 今日行く予定の村へはあと数kmしかないから、そこまで乗せてもらう位なら大きな影響はないだろう。

 こうして、おれは礼を言ってアドレットの車に乗り込むことになった。

 さて、果たしてシロの里親は無事に見つかるのだろうか……。

アドレットの荷台(写真すべて©Gotaro Haruma)

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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