考える人

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

インドの神話世界

2019年9月11日 インドの神話世界

21 インド神話の数字のはなし

著者: 沖田瑞穂

 縁起のいい数字とは、何でしょう。人によってさまざまだと思います。誕生日に由来する数字や、住所に電話番号、好みがいろいろあるでしょう。
 伝統的には日本では「8」が縁起のよい「多数」を表わす数字です。スサノヲのヤマタノヲロチ退治神話にすでに「8」がよく出てきます。ヤマタノヲロチは頭が八つで尻尾も八つの蛇の怪物です。そのヲロチに山の神アシナヅチとテナヅチの娘が食べられていくのですが、その娘の数がまた八人で、クシナダヒメが八人目でした。そのクシナダヒメをスサノヲが救い、結婚した時に詠んだ歌が「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」で、8ばかり出てきます。
 さて、遠くインドでは、重要な数字は「3」です。今回は、「3」を基盤としたインドの数字の世界を見ていくことにしましょう。

「3」という数

 第10回でお話ししたように、サンスクリット語の名詞と形容詞には「性・数・格」があります。そのうち、「数」には一つのものを表わす「単数」、二つのものを表わす「両数」、そして三つ以上のものを表わす「複数」があります。
 つまりサンスクリット語の文法では、「3」という数は、最小の複数であり、最初の複数である、ということになります。また、アメリカのインド学者ドニガーによれば、サンスクリット語で「3」は「完全」をも意味します。(Wendy Doniger, On Hinduism, Oxford University Press, 2014, pp21-35.)
 このことは、世界の神話や昔話になぜ「3」という数が頻出するか、という古くからの問題に答えを与えてくれるかもしれません。昔話で冒険に旅立つ3人兄弟、英雄に退治される3つ頭の怪物、三つの申し出の中から一つのものを選び出す妖精の贈り物、日本の昔話「三枚のお札」のように三つの切り札を持つ呪的逃走モチーフ(魔物に追いかけられながら後ろに物を投げるとそれが障害物となって魔物の追跡を阻む)など、挙げていけばきりがないほど、物語に「3」はつきものです。
 それらはすべて、「一つでも二つでもない、最小で最初の複数、そして完成された数」として「3」という数を用いている、と考えると、謎は解きやすくなるように思います。

 インドの神話や思想でも、「3」はよく出てきます。インド神話の数字の基盤は「3」であると言えます。たとえばこのような話があります。

 天女のウルヴァシーを妻に持つ人間の王プルーラヴァスは、あるときインドラ神に会うために天界へ行きました。そこには人間の姿をしたダルマ(法)とアルタ(実利)とカーマ(愛欲)がいました。プルーラヴァス王はアルタとカーマを無視して、ダルマにだけ敬礼しました。そこでアルタとカーマは王を呪いました。
 カーマの呪いにより王は妻である天女ウルヴァシーと別離することになりました。たいへんな苦労の末にウルヴァシーを取り戻すと、今度はアルタの呪いにかかって貪欲にとりつかれ、王は四つの身分(ヴァルナ=カースト)の人々から盗みを働きました。プルーラヴァスにお金を盗まれたために祭式を行えなくなったバラモンたちは、動揺して儀式のための鋭い草の刃で王を殺害しました。(13世紀の注釈家ヤショーダラによって性愛書『カーマ・スートラ』(4~5世紀)の冒頭部分を説明するために引かれた話)

ウルヴァシーとプルーラヴァス

 法のダルマ、実利のアルタ、愛欲のカーマは人間の三大目標とされており、この三つで一組となっています。
 インドでは他にも三点一組の観念があり、古いものでは、呪術の集成である『アタルヴァ・ヴェーダ』(紀元前900年頃)や、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』(紀元前500年頃)という哲学書に出てくる「グナ」があります。グナとは人間を構成する三つの要素です。サットヴァ、ラジャス、タマスとあり、サットヴァは「純質」、ラジャスは「激質」、タマスは「暗質」と訳されます。サットヴァが最もよい性質で、タマスが最も悪い性質とされています。人間はこの三つの要素を必ず備えています。そしてサットヴァが優勢な人は死後天界へ行き、ラジャスが優勢な人は死後ふたたび人間に生まれ、タマスが優勢な人は動物などに生まれるとされています。
 インド神話にはさらに有名な三点一組があります。「トリムールティ」と呼ばれる、三神一体の説です。創造神ブラフマーと、維持神ヴィシュヌと、破壊神シヴァによる三つ組みです。ブラフマーが創造した世界をヴィシュヌが維持管理し、最後に時が来るとシヴァが破壊するというヒンドゥー教の根本的な教義で、この三神は究極的には一つの宇宙の最高原理が姿を変えたものとみなされます。

「3」から「4」へ

 インドの神話や思想の根底には「3」という安定した数字があることがわかりました。前述のように世界の神話や昔話で「3」が頻出することも、同様の現象ととらえてよいでしょう。
 インドではこの「3」に、1が加わって「4」の価値観が表われてきます。
 たとえば最初の例として取り上げたダルマ・アルタ・カーマの人生の三大目標には、後に「モークシャ」(解脱)が加わりました。生きている間にダルマとアルタとカーマの目標を成し遂げ、その後、死んで輪廻の輪から抜け出し解脱に至るというものです。
 また、インドの名高い社会区分も、最初は三つでした。そこに一つ加わって四つとなりました。我々がカースト制度と呼んでいるもの、正確にはヴァルナ制度と言います。上からバラモン(サンスクリット語ではブラーフマナ)、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラで、バラモンは祭司階級、クシャトリヤは貴族・戦士階級、ヴァイシャは生産者、そしてシュードラは上位三階級に仕える身分です。インド=ヨーロッパ語族ははじめ、上の三つの身分の区分を持っていました。インドの先住民の階級としてのシュードラがそこに加わり、四つの区分となったのです。
 四つといえば、「ユガ」と呼ばれる時代区分も四つです。クリタ・ユガからはじまり、トレーター・ユガ、ドゥヴァーパラ・ユガ、そしてカリ・ユガと、だんだん悪くなっていく宇宙的な時代区分です。ただこちらは、あとから一つ加わったパターンではなく、おそらくはじめから四区分であったと思われます。

「9」と「18」

 「3」との関連で、今度は「9」という数字を考えてみましょう。「9」は、インド=ヨーロッパ語族にとって重要な数字です。フランスの比較神話学者・デュメジルによるとこの数は、「更新」「一巡」を意味します。サンスクリット語で「9」はnava ですが、同じ単語が「新しい」という意味でも使われます。これは、「9」によってものごとが一巡りして「新しくなる」という概念が表われているとみなすことができます。
 同じインド=ヨーロッパ語族の北欧の神話に、「9」と「更新」を表わす神話があります。第14回でも紹介した、主神オージンの宝物の腕輪「ドラウプニル」です。これは、九夜毎に同じ重さの八つの腕輪を滴り落とします。滴り落ちた八つと、最初の一つを合わせて9個になります。これは、王権の更新を意味するとデュメジルは言います。王権を司る主神オージンにふさわしい宝物なのです。

 余談ですが、ヨーロッパの音楽史にとって「9」は少し不吉です。交響曲を9つ書くと死ぬ、「第九の呪い」というものがクラシック界で恐れられていました。ベートーヴェンは交響曲第9番を書いて、10番を完成させることなく死去しました。その後、マーラーがこの「第九の呪い」を非常に気にして、9番目の交響曲を9番目と呼ばずに「大地の歌」とし、次に第9番を完成させ、第10番は未完で死去しました。ほかにブルックナーも第9番は終楽章が未完のままです。ベートーヴェンという偉大な作曲家の大曲「第九」の存在に引きずられてのことと思いますが、何か、「9」で生命が一巡し、生まれてきた場所に還る――すなわち死ぬ、ということのようにも思われます。

 「3」の倍数、そして「9」の倍数としての「18」は、インドの叙事詩『マハーバーラタ』を特徴づける数字です。『マハーバーラタ』は全18巻よりなり、その主題である大戦争は18日間にわたって行われました。また『マハーバーラタ』の要である「バガヴァッド・ギーター」は18章より成ります。戦争の36年後に、ヴィシュヌの化身である英雄クリシュナが死んで天界へ還りますが、この36は18の倍です。

 こうして見てくると、インドの神話や思想は、その根底に「3」とその倍数を持っており、「4」は「3」+1、という位置づけにあることが見えてきます。

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

9

20

(Fri)

今週のメルマガ

初公開! 天童荒太さんの創作の舞台裏(No.785)

  2018.9.20配信 HTMLメールを表示出来ない方は こちら 9月20日更新第2回 徴兵令に […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

連載一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき