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水野良樹×柴那典「ヒットは難しいけれど」

2022年4月21日

水野良樹×柴那典「ヒットは難しいけれど」

『犬は歌わないけれど』&『平成のヒット曲』刊行記念対談 ヒットは難しいけれど 後編

著者: 水野良樹 , 柴那典

音楽ユニット「いきものがかり」の水野良樹さんが、コロナ禍の日常からメンバーの脱退、歌への想いを綴ったエッセイ集『犬は歌わないけれど』(新潮社)。音楽ジャーナリストの柴那典さんが平成30年間のヒット曲を分析した論考『平成のヒット曲』(新潮新書)。両書の刊行を記念して、旧知の二人がヒット曲の条件からコロナ後の音楽までを語ります。

*2021年12月収録

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ヒット曲=オルゴールになる歌

 水野さんの『犬は歌わないけれど』(新潮社)を読んで、強く印象に残ったのは印税について書かれたところです(「印税の明細から〝愛〟を知る」)。

水野 たしかに表には出しづらい話なのですが、僕は楽曲の制作者として、当然届いた数字に目を通しているわけですよ(笑)。もちろんそれは収入として大事なものですが、一方で、どの曲がどれだけ愛されたかという確かな「証拠」でもあって。いきものがかりのデビュー曲「SAKURA」が象徴的なのですが、パッと火がついた曲以上に、じわじわと長く聞かれる曲のほうがトータルの数字としては大きかったり。

 なるほど。この印税の話で面白かったのは、カラオケは当然ですが、楽曲がオルゴールに使用される際の印税も

水野 オルゴールは大きいんですよ(笑)。

 それはオリコンやビルボードといったヒットチャートには現れない部分ですよね。そうした部分を含めた長期のチャートがあるとしたら、「SAKURA」はずっと上位に位置し続けている曲なのかもしれないと思いました。

水野 妻の実家の近くに、お土産としてオルゴールを専門に扱っているお店があったんです。そこにうちの両親と「お土産を買っていこうか」と立ち寄ったら、まあ大ヒット曲しかないわけですよ。それこそ『世界に一つだけの花』とか。僕らの曲はあるかなあと探してみたら、『ありがとう』と『SAKURA』はあったんです。『ありがとう』は確かにCDの売上的にもヒットと言える曲ですが、『SAKURA』は、オリコン初登場が40 位くらい、最高位でも17位とかですよ。その数字だけを見ると、『世界に一つだけの花』と同じようにオルゴールになっているのは、本当はおかしいんです。でも、これがおそらく世の中に浸透したということだろうなってすごく思ったんです。オルゴールになるの、大事(笑)。

 そこは我々には見えないですよね。

水野 居酒屋とかでよくJ-POPのお琴バージョンが流れるじゃないですか。

 ありますね。和風の居酒屋とか(笑)。

水野 いきものがかりの曲がよく選ばれるんですよ(笑)。なぜだかよくわからないのですが、コロナのワクチンの集団接種会場でも、いきものがかりの曲がめっちゃ流れていたらしいです(笑)。それもまたヒットの要素というか、世の中に浸透したという証拠なのかなって。

 なるほど。面白いですね。『SAKURA』だったら、聞いた人がそれぞれ桜を見たときの思い出や、自分の青春や旅立ちの物語を重ねられる。『ありがとう』もそうですが、物語の可塑性というか、それぞれの物語に変化できる柔らかさがあるのが大きいと思う。

水野 最近はそれがとても難しいことだと思うんですよねえ。

「限り」を越えていくために

 先日(2021年12月)、YOASOBIの初の武道館有観客ライブに行ったんですよ。

水野 いかがでしたか?

 客層が世代も性別も見事にバラバラなことに驚きました。それは、いきものがかりの横浜アリーナを観た時の感想と同じだったんです。音楽的には全く違うグループですが、客席を見た時に、ちょっと近いなと。

水野 それはどういうことなんだろうなあ。

 「ネット発」とかそういった〝出自〟はともかく、すでにファン層が老若男女に行き渡っていたということですよね。

水野 たしかにその〝強度〟を持ちたいとは常に思っています。いつも4歳の息子がヒントを与えてくれるのですが、米津玄師さんの『パプリカ』をめっちゃ歌うんですよ。最近はLiSAさんの『紅蓮華』。歌詞の意味が分からなくても、とにかく歌う。この〝強度〟はやっぱりすごいなと思って。「意味を分かってない」というのがポイントかもしれない。

 ただ、それは狙ってできることではないですよね。それこそ『うっせぇわ』を作ったsyudouさんは、あの曲を子供たちが歌うとは思ってなかったはずです。「うっせえ うっせぇ」と歌いながら、幼稚園生や小学生が笑い合うような絵なんて絶対思い浮かべてなかったはずなのに、結果的にそうなっちゃったというのがヒット曲の不思議なところですね。

水野 普通に生活している中で出来上がってしまう壁みたいなものを越えていく強さがないと、そうはならないということですかね。

 結果論かもしれませんが、その壁を突破した時にヒットが生まれるのかもしれません。

水野 突破したいんだよなあ。どうやったらできると思います? 僕は「限り」という言葉をよく使うのですが。

 『犬は歌わないけれど』でも、「『限り』を越えられないだろうか」と書いていますよね。

水野 僕は真正面から万人受けを目指しているんですよ。「万人」には、僕が死んだ後を生きる人も、同時代に生きているけど僕とは価値観の合わない人も含まれています。柴さんはいろいろな曲や現象を見てきたと思うのですが、そういう「限り」を飛び越えていく曲の共通点はあると思いますか?

 うーん、難しいですね…。本当に分からないです。毎日「何でこれが?」って思っています。ヒットについては本当に予測できない。

水野 ヒットする前に言い当てられたら、敏腕投資家みたいですよね(笑)。

 そうそう。それができたら格好いいのですが。例えば、ストリーミングの再生回数が急に上がってきた曲を調べると、「実はインドネシアの人がTikTokでこの曲を使ったらしい」みたいなことはわかります。でも、それを事前に予測するのは不可能ですね。火が付き始めて、それこそ現象になれば追っかけることができるけれど、種火の段階ではわかりようがない。

水野 なるほど。確かに最初はどの曲でも小さな〝種火〟ですよね。そこにフーッと息を吹きかけてどれだけ火を大きくするか。

22年間の思いを1篇に

 『犬は歌わないけれど』で何よりグッときたのは、いきものがかりのメンバー・山下(穂尊)さんの脱退について書き下ろしされた「親友」ですね。脱退を受けて吉岡さんと水野さんが二人で歩みを進めて行く、かつ山下さんとは親友に戻る。進む方向は違ってくるけど仲違いじゃないという、そのリアルさが伝わってきました。

水野 ありがとうございます。

 結成以来の大きな変化で、当然反響もたくさんあったと思います。このことを本で書き下ろそうと思った理由は何だったのですか?

水野 連載をまとめて本にする際に、何か書き下ろしを入れようということになったのですが、その〆切が偶然山下の脱退発表と時期が重なったんですよ。最初は全然違うことを書こうと思ったのですが、当時の僕の頭の中が山下のことだけになっていて…。自分にとってはやっぱり山下がグループを離れるということは、すごく大きなことだったんです。その時間は二度と訪れないものだから、ここで書いておいたほうがいいなと思ったんですよね。

当たり前ですけれども、この文章だけでは言い切れない部分もあるんです。22年間一緒にいきものがかりをやってきて、もっと言えば小学生の頃に出会って30年以上一緒にいたわけですから。僕もいろいろ思うこともあったし、彼もいろいろ思うことがあった。そうじゃないと脱退するという決断にはなりませんよね。でも、だからといってお互い全部をさらけ出して、全部写実的に表せばいいかというとそうではなくて。何に納得して、この先の未来のためにどんな決断が必要なのかを自分の中で整理しなきゃいけない、そうしないと前に進めないというのがあったと思うんです。山下がこの文章を読んだら、「いや、俺はそんなこと思ってねえよ」というところも当然あると思うし。

 なるほど。ここだけ「2021年6月2日」と日付がきちんと記されている意味も大きいですよね。もうひとつ印象的だったのが、同じく書き下ろしの「そして歌を書きながら」。これはとてもシリアスな内容で、かつ力が入っている文章だと思うのですが、これを最後に書こうというのは決めていたのですか?

水野 そうですね。やっぱり今、悩んでいるんですよ。悩み始めて数年になりますが、自分の中の問題意識みたいなものがどんどん先鋭化していって。それをきちんと書いておこうかなと。本の元になった連載自体は、和やかな日常を書いたつもりなのですが…。

 たしかに最初は日常を描いたエッセイで始まりますが、どんどん後半になるにつれて密度が濃くなってくる構成ですよね。例えば「正しさとは何か」について考察したり、どんどん踏み込んでいく。

水野 書いていくにつれて、日常を描いた平和なエッセイだけでは収まらなかったのは確かですね。

 その〝知的な泥臭さ〟こそ、「ザ・水野良樹」だと僕は思いますね。褒め言葉になっているかどうかわかりませんが。

水野 ありがとうございます。

 『犬は歌わないけれど』という書名は、水野さんが考えたのですか?

水野 はい。

 抜群だと思います。

水野 連載タイトルは「そして歌を書きながら」だったのですが、「書いている内容は、歌についてだけじゃないから、より幅の広い形で読んでいただけるように変えましょうか」となって、犬という存在はいいなと思ったんです。言語が通じないのに、何かちょっと分かり合えている存在というか。それで『犬は歌わないけれど』はどうかなと。僕が犬好きということを知っているファンの方も多いですし(笑)。

 先ほど言ったような水野さんの泥臭さや、もがいているところも全部見せる誠実さは、「重み」として伝わると思うのですが、それよりも「軽さ」のほうが遠くまで飛ぶじゃないですか。その意味でも、やっぱり犬はいいですよね。

水野 犬のほうが、やっぱり遠くに飛びますよ(笑)。けど、難しいなあ…。

 タイトルは大事ですよね。

水野 タイトルによってボールを投げられるフィールドが変わってくると思うんです。確かに『犬は歌わないけれど』と「そして歌を書きながら」を比較すると、どちらも「歌」という言葉が入っていて音楽つながりであることがわかるけど、後者だと「歌を書く人間のエッセイ」という横軸だけのイメージになっちゃいますよね。そこがやはり前者のほうがイメージは広がるのだろうなと思います。その意味では、やっぱり『うっせぇわ』というタイトルはすごい(笑)。

 確かに(笑)。

水野 「うっせぇわ」という言葉が独り歩きしましたよね。それが強度ということだと思うし、言葉をどう使うかによって見えてくる世界が違ってくるといういい例なのかと。

 それを狙ってできるかというと、本当に難しいですね。

(おわり)

水野良樹『犬は歌わないけれど

2021/11/30

公式HPはこちら

柴那典『平成のヒット曲

2021/11/17

公式HPはこちら

水野良樹

1982(昭和57)年生まれ。神奈川県出身。1999年にいきものがかりを結成、2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供を行うほか、雑誌・新聞・ウェブメディアでの連載執筆など、幅広く活動している。2019年には実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ、様々な作品を発表している。

柴那典

1976(昭和51)年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。音楽やビジネスを中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』、共著に『渋谷音楽図鑑』がある。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

水野良樹

1982(昭和57)年生まれ。神奈川県出身。1999年にいきものがかりを結成、2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供を行うほか、雑誌・新聞・ウェブメディアでの連載執筆など、幅広く活動している。2019年には実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ、様々な作品を発表している。

柴那典

1976(昭和51)年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。音楽やビジネスを中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』、共著に『渋谷音楽図鑑』がある。


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