Webマガジン「考える人」

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2003年5月29日

白い風力発電機

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 028
 白い風力発電機

 沖縄、八重山諸島の最南端、つまり日本の最南端にある波照間島は人口が約六百人の小さな島です。三年前の夏、よしもとばななさんのムック『本日の、吉本ばなな。』を編集した際に、よしもとさんや画家の原マスミさんと波照間島を旅しました。

 船で島に近づくと、平らな島から青空に向かって垂直に立ち上がる白い人工物が見えてきます。巨大な白いプロペラ。風力発電の風車です。東京では考えられないぐらい濃い青の空に、見上げるような白い風力発電機のコントラストは実にきれいでした。

 夜、遠近感が変になるような満天の星空の下、その風力発電所の前を通り過ぎながら食事にでかけました。思わず立ち止まって口を半開きにしたまま見上げます。大きい。低周波のような風切り音が、聞こえるような聞こえないような……。真下から見上げると、夜空にも映える風車のデザインが美しく、「2001年宇宙の旅」に登場する宇宙ステーションの一部のようにも見えました。

 これだけ遠く離れた小さな島だから、送電線だけに電力を頼るのは心もとないので風力発電をしているのかな、沖縄は台風銀座だし、風力といえばおつりが来るほどあるだろうし、と何の根拠もないことを考えていました。

 数日滞在しているうちに、風力発電機のプロペラの向きが微妙に動いていることに気づきます。同行していたカメラマンの垂見健吾さんが「ハハハ、気がついた? 風向きが変わると、ちゃんと風が吹いて来る方向に向きを変えるのサー」と教えてくれました。

 今思えば、取材をしてくれば良かったのですが、波照間島の風力発電がどのような経緯で始まって、島の電力のどれだけをまかなえているのか、などなど聞いてみたいことはいろいろとあります。

 次号では、建築家の中村好文さんと「小さな家」を具体的な例をひきながら考える特集を準備中です。特集の最後に登場する延べ床面積十二坪の一軒家は、設計の段階で電力を自前でまかなうシステムを検討したそうです。神奈川県大磯の、大平洋に面した崖の上にあるこの家は、波照間島ほどではないにせよ、かなりの風力を期待できそうな場所。太陽光発電も使い、風力発電も利用すれば、二人暮らしの小さな家ならばなんとかなるのではないか、という発想でした。

 結論から言えば、家庭用の小さな風力発電機では、私たちの暮らしに必要な電力は到底まかなえないそうです。日本の一般的な家庭で一日に使う電力は約三キロワット。家庭用の小さな風力発電設備では、フル稼動しても五百ワットの電力しかつくれないそうです。つまり、百ワットの白熱灯を五つしか点灯させることができない。家庭にはもっと電気を消費するものがいっぱいありそうです。

 ついつい「白熱灯を五つしか」と書きましたが、昔、山奥の家に初めて電気が引かれて、四十ワットぐらいの電灯がひとつだけ点灯したとき、人々はその明るさと便利さに驚き喜んだはずです。しかし今は、白熱灯が五つ点灯したとしても「それだけでは暮らせない」という暮らしになってしまいました。

 私たちの一般家庭でいちばん電力を食うものは……おわかりになるでしょうか? 冷蔵庫だそうです。大昔はどこの家庭にもなかった冷蔵庫は、今や学生の下宿でも必需品になりました。冷蔵庫のない暮らしが絶対にできないわけではありませんが、やっぱりそれはちょっと難しいというのが誰しもの本音なのではないでしょうか?

 と思っていたら、やはり同じ次の号で、電気冷蔵庫を使わずに、氷を使った冷蔵庫にこだわっている職人が登場します。毎日氷を買ってくるのでしょうから、手間もコストもバカにならないはず。なぜ氷にこだわるのかはもちろん理由があるのですが、それは次号をご覧いただくとして……そうでした、大磯の小さな家の話でした。建築家の中村好文さんに「風力発電断念」の顛末をうかがいながら、ちょっと心に残った話があったのです。

「電気がまだ引けていないところ」というのは、昔は山奥の「文化果つる地」を意味していたけれど、これからは逆じゃないのかな」と中村さんはおっしゃるのです。いろんな電気機器を次々と買って生活を「向上」させていたら家のアンペアが足りない、じゃあアンペアを上げてもらおう、というやり方こそが「文化果つる」スタイルなのではないか、と。

 これまでは「電気が引いてある所が文化的」だったけど、これからは「本当に必要なものと必要ではないもの」を見極めて、「必要ではないもの」を引き算で引いてしまえる生活設計のほうが「文化的」なのではないか、と中村さんはおっしゃるのです。「テレビをつけたまま、クーラーもつけたままで電子レンジを使って、ヘアドライヤーもいっぺんに使う必要があるのか」「それを可能にするためにアンペアを上げようというのは違うのではないか」と。

 沖縄は暑い、というイメージが流通していますが、実は真夏の暑さは東京とは較べものになりません。沖縄のほうが涼しいのです。まわりは全部海ですから風が通り抜けていきます。ビルばかり建っていてむき出しの地面が少ないコンクリートで固められた東京は、さらにエアコンがフル稼動して大量に熱を放出しています。ここ数年話題になっている「ヒートアイランド」現象にすっぽりと包まれる東京の熱帯夜は、自作自演の現象とも言えるのです。

 日本の最南端の波照間島の民宿の部屋にはクーラーはありませんでした。夜も気温は高めですが、寝苦しくて眠れないなんていうことはありません。開け放たれた窓からはいい風が入ってきます。翌朝、すっきりと目覚めて、廊下にある共同の洗面所で顔を洗いながら窓の外を見ると、ビルなど建っていない低い町並の向こうに白い風力発電機が見えました。その景色もなんだかとても涼しげでした。

 私は東京の蒸し暑い夏が大の苦手です。クーラーがなくては生きていけないタイプです。忸怩たる思いですが、ヒートアイランド現象に加担するひとりです。したがって、安易にエコロジーを云々できる立場にはありません。ただ最近は、こまめに電源を切るように心がけてはいます。とはいえ生活の根本的な改革まではなかなか手が出そうにありません。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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