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2003年7月10日

渡辺一夫の机

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 034
 渡辺一夫の机

 昨日の午後から夜にかけて、鎌倉の或る作家の旧邸を訪ねていました。昭和七年頃に建てられたその家は、鎌倉の駅からタクシーで五分とかからない場所にあります。街路からほんの少し奥に入っただけなのですが、車を降りると空気はひんやりとし、木々の緑の匂いと濃密な静けさに包まれます。タクシーを降りて、さらに狭い道をウグイスの鳴き声を聞きながらのぼっていくと、鬱蒼とした小高い森のふもとに、ひっそりとその家はたたずんでいました。

 近所にはほとんど新しい家はありません。窓枠が外れ、庇が崩れ落ち、雑草が伸び放題の洋館もあって、時間の流れがどこかで滞っているかのようです。仮にこの家を壊して新しい家を建てるにしても、二トントラックが横付けできるようなスペースもない、そうなったら工事は大変だろうなあ、などと新米の大工さんのような思いが浮かんだりもします。

 旧邸から先には、さらに四軒ほど家があって、そこから先は行き止まりです。それぞれ何か来歴がありそうな家ばかり。外へは人の声も音楽もテレビの音も何も聞こえてきません。しかし人の住む気配はしっかりとあります。地下水の湧くこのあたりは湿度が高いのですが、気温が低いせいか蒸し暑さは感じません。

 昭和七年に建てられて、内部はさぞ傷んでいるだろうと思いきや、現在の持ち主の方が時間をかけて少しずつ補修工事をしたおかげで、竣工当時の内装が甦ったような古き良き洋館の姿をとどめています。かつての住人だった物故作家がどこかの部屋で机に向かっている姿を見かけたとしても、自然に受け入れてしまうような不思議な気配が満ちていました。

 その家を訪ねたのには理由がありました。フランソワ・ラブレーや十六世紀ルネサンス期のフランス文学の研究、翻訳、紹介や『偶感集』などの著作で知られたフランス文学者、渡辺一夫氏がデザインした書斎机がある、と聞いたからでした。その翻訳や著作に触れたことがない方でも、大江健三郎氏が師と仰いだ東京大学仏文科の教授だった人だと言えば、思い当たられるのではないでしょうか。ある縁があって、現在のこの家の住み手のもとに、その書斎机がやってきたというのです。

 玄関に入り、木製のドアを開けると、三十畳以上もある洋間が広がります。漆喰の白い天井は高く、グランドピアノが二台入っているその部屋は、昔から使われていた家具もそのままになっています。そして、部屋の片隅に古い木製の窓によりそうようにその机はありました。

 机の天板は、正方形の左下部分を楕円の一部で切り取ったような、角が四角いブーメランのような形をしていました。したがって、体を左右にふれば、それぞれの場所で違う仕事ができるようになっています。あるいは、ひとつの仕事を進めながら、その脇に資料を並べることもできたでしょう。楕円形に切り取られた部分は机の持ち主をいかようにでも受け入れる柔軟性があり、長年使われたためか、おそらくいちばん体をおさめることが多かったであろう位置の天板の端は、少し板が擦れているのがわかりました。

 渡辺一夫氏の遺した仕事をひと言でまとめることなど到底できませんが、核心部分にあったキーワードの一つは「寛容」というものだったのではないかと思います。信念にはあやういものがあると知ること。狂信的なものへの疑い。人間という存在を、機械や制度に従属させないこと。人間の自由な精神を、清濁併せ飲むように、奥行きと幅を持って受け入れること。

 一般的な四角い机はどこかストイックな形をしています。真っ直ぐに座ればそのままの姿勢でいるべきもの、という印象があります。小学校でも机に座ってあちこちキョロキョロ向いたり、斜めに座ったりすると注意されたものでした。長い時間、じっと同じ姿勢で書き物をしたり本を読んだりすることは、勤勉さ、正しさの具体的なかたちでした。

「渡辺デザイン」の書斎机の描く曲線は、「寛容」という言葉の持つ両義性をそのまま形にしたもののようにも思えました。つねに真っ直ぐ前を向くのではなく、ときには左や右へ体の向きを変え、あるいは左右を従えるように真ん中へどっしりと座ることもあり、変幻自在な姿勢でいられる形。そもそもどこが「正面」なのかは決まっていないともいえる形は、使い手次第でどのようにでも変貌し、応えるのです。懐の深い机なのだなあと感じました。

 天板は、現在の一般的な高さである七百ミリよりも低めに作られています。座ってみると、その低さが炬燵とは言わないまでも、洋風には徹しきれない、どこかに和風の気配も漂わせたスケールになっていました。この机は、そもそも最初はどのような部屋のどのような位置におさまっていたのでしょうか。

 処分されることもなく生き延びたこの机は、多少補修がほどこされて、新しく迎え入れられた古い洋館に見事におさまり馴染んでいます。住み手の方がもともと持っていた訳者自装の、ラブレー著・渡辺一夫訳『ガルガンチュワとパンタグリュエル物語』が、机の袖にある小さな書棚におさまっていました。その様子は、古巣に帰ってきたツバメが羽根を休めているかのようでした。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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