Webマガジン「考える人」

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2003年10月16日

紅葉の言葉

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 048
 紅葉の言葉

 次号の「考える手」の取材で長野県に来ています。一昨日までは気温が高かったのですが、昨日から冷たい雨が降り始め、標高約千メートルの宿泊先は、到着した夜半には6℃まで気温が下がりました。毛布一枚と羽毛布団をかければあったかですが、どこかから降りてきて顔にあたる空気はひんやりとしています。今とはずいぶん暖房事情が違っていた昔の東京の冬は、ちょうどこんな感じだったなあ、と思い出しました。

 目を覚ましてカーテンを開け、窓の外を見てみたら、赤や黄色の紅葉があたりに点々と散らばっていました。木々の種類が豊富な場所でも、夏なら一面に濃淡のある緑が広がって見えていただけなのに、秋になると、その緑のなかからあぶりだされたように赤々と、一本だけ紅葉している木が現れたりします。葉の色が同じだったせいで、生け垣に巧妙に絡みついても見分けがつかなかったツタも、いつのまにか黄色く色づきその姿を現すことがあります。常緑樹の生け垣に絡まる秋の黄色いツタは「頭隠して尻隠さず」、「旧悪が露呈した」という言葉を連想させます。

 紅葉は実に不思議です。赤や黄色といっても、網膜に何か特別な信号を送ってくるかのような、独特の発色があります。緑だったときにはもっとおとなしかったはずなのに、俄然強い主張が生まれてくるかのようです。枯れて落ちる直前の最後の自己主張なのか、言葉が生まれる前の、生命の根っこのあたりで息づいているような、何かのメッセージがそこに込められているように感じます。

 今、手元で確かめられなかったのですが、最近の研究で、紅葉とは生き残りのための木の戦略であり、見事な紅葉をすればするほど虫がつかなくなる、という仮説が唱えられ話題になったと記憶しています。寄生虫や病原体の多い熱帯雨林に生息する鳥の雄の羽根が、派手な色やかたちをしているのは「自分は寄生虫に冒されたりしていない、パワフルな雄である」ということを表現するためなのだという研究があるぐらいですから、紅葉という現象がある種の「自己主張」であるという説も、なるほどと頷けるような気もします。

 十年以上も前、アラスカ・フェアバンクスに自然写真家の星野道夫氏を訪ねたときも、ちょうど9月の黄葉がまっさかりの頃でした。旅客機の機内から眼下の原野を見下ろすと、緑や赤を少しずつ散らしながら、圧倒的に優勢な黄色があたり一面に広がっていました。緑は針葉樹のトウヒ、黄色はアスペンやシラカバです。寒暖の差は日本よりも遥かに大きく、空気も澄んでいますから、目にしみるような黄色い葉はまさに燃えるようでした。

 その頃、私が編集を担当していた雑誌「マザー・ネイチャーズ」で、1990年から始まった星野道夫さんの連載「イニュイック[アラスカ定住日記]」は、友人に勧められたフェアバンクスの森の土地を購入するかどうかで迷う場面からスタートしています。友人から連絡が入ったのは6月の夏。星野さんはさっそく土地を見に出かけます。以下、星野さんの文章を引用します。

 倒木の上に腰かけ、しばらくぼんやりしていると、何だかうれしくなってきた。まずいな。資金も無いというのに、一体何を考えているのだ。このうまく説明のできない気持ちが広がってくると、僕はいつも一気に走ってしまう。おまけに、夏の夕暮れの、ゆるやかな風が頬を撫でている。風の感触は、なぜか、移ろいゆく人の一生の不確かさをほのめかす。思いわずらうな、心のままに進め、と耳もとでささやくかのように……。

 星野さんは夏の間、フェアバンクスを離れて撮影旅行を続けながらも、毎日あの森の土地を心に想い続け、考え続けます。広さは二エーカー(約二千四百坪)、価格は二万七千ドル(当時の換算で約三百五十万円)。土地は買えても、家を建てる資金はどこかから捻出しなければならない。どうしようか。そして……。以下はふたたび「イニュイック」からの引用です。

 秋になった。心にしみる、極北の紅葉。私たちが何かを決める時、人の言葉ではなく、その時見た空の青さとか、何の関わりもない風景に励まされたり、勇気を与えられることがあるような気がする。僕は結論を出していた。森を買ったのだ。

 アラスカを旅する者に過ぎなかった星野さんは、この森に家を建て、生活の拠点とし、アラスカに根を下ろすことになります。写真と文章による星野道夫さんの自然と生命をめぐる表現活動は、ここからさらに旺盛なものとなり、独特の世界を深めていくことになったのはご承知のとおりです。

 長野の紅葉はこれから一週間のうちに急速に色を深めていくそうです。人間の力では作り出すことのできない鮮やかな赤、黄色。今朝は、一晩じゅう降り続いていた冷たい雨もあがって、雲の隙間にわずかな青空がのぞき始めました。 雨に濡れた紅葉に、まもなく日が差し始めることでしょう。

10月15日早朝
「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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