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2004年4月15日

生まれ変わり

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 074
 生まれ変わり

 新緑の季節になると、落葉樹はいいなあ、とあらためて思います。数ヶ月前の晩秋には紅葉を散らして死んだような姿になっていたのに、春になり四月の声を聞くと、日ごとに柔らかい薄い緑の芽や葉を吹き出して、生命力のありかを惜しげもなく晒しています。常緑樹は落葉樹のようなドラスティックな変化はないのですが、先日こんなことがありました。

 友人から貰った観葉植物のベンジャミンの話です。室内で育てるのは、冬の寒さには弱いということがあるのだと思います。しかし原産地の東南アジアでは二十メートルぐらいの高さまで成長するそうですから、本当は常緑の観葉植物というよりも「普通の木」なのかもしれません。友人から貰ったのは十年以上前なので、もともとは私の背丈ほどの高さでした。今では室内で見上げるほどの高さに成長しています。

 適切な剪定のしかたも調べないまま我流で育ててきたので、間違っているのかもしれませんが、初夏になると鉢ごと外に運び出し、秋冬のあいだ葉の上に少しずつ積もった室内のほこりや、葉から出るあぶらのようなものを雨で洗い流していました。そして秋になるとまた部屋のなかに戻す、ということを繰り返してきました。

 ところが、去年はうかつにも、秋が深まるなかで鉢を室内に運び込むタイミングを逸してしまったのです。秋一番の冷え込みがあった日に、外に出したままのベンジャミンの様子を見てみたら、心なしかぐったりしたような感じになっています。葉のところどころに白い筋が入り始め、慌てて室内に入れた時にはすでに遅し。葉の緑が一日一日と薄くはかなく変色し、次にはちぢれてしまい、枯れてしまったのです。気温が低下する暗い夜に、戸外でつらい思いをしただろうと申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。動物であれ植物であれ、おろそかにしたことへの取り返しのつかない気持ちは同じです。

 観葉植物でも十年以上ともに暮らしていると情のようなものが移ります。すべての葉が枯れてしまっても、なかなか処分する気にはなりませんでした。枯れているはずなのに、枯葉はちぢれても落葉せず、なんとも哀れな姿を保ったまま、ベンジャミンは年を越しました。

 最初は手遅れだと諦めていたのです。しかし、途中からふと、このベンジャミンは死んでいないかもしれないと感じることがありました。なんとも説明のしがたい感覚ですが、確かにそう感じる瞬間があったのです。ひょっとすると……という思いで、その枯葉をつけたままのベンジャミンを窓際の明るい場所に置いて様子を見ていました。しかしまったく変化は現れませんでした。(はやく処分してください)という声が聞こえるような気もし、複雑な気持ちになります。そして、桜の花が咲き始めた頃でした。ある朝突然、枯葉の陰から小さな明るい緑が見えたのです。

 それはたったひとつの細い枝の先から小指の先ほど伸ばした細い茎の先に、申し訳程度についていた小さな若葉でした。それまで見慣れていたベンジャミンの葉よりも、柔らかくて薄い、軽そうな緑の葉でした。うれしさよりも、生きていたんだ、という驚きが先に立ちました。

 それからは枝のあちこちから枯葉を押しのけるように緑が吹き出し始めて、あっという間に全体が緑に変わり始め、今では冬のあいだとはまったく別人のような顔をしています。

 落葉樹が紅葉し、落葉し、しばらく「死んだように」なっているのとはおそらく違う変化がベンジャミンのなかで進行していたのでしょう。そんな目には見えない変化を抱えたベンジャミンに、春という季節が新しい緑を引き出す力となったのだと思います。わたしたち人間は樹木のように紅葉したり新芽を吹いたりはしませんが、同じく生命を宿すものとして、目には見えない変化を刻々と受けているはずです。太古の昔には、冬から春へ季節が移り変わるなかで、人間もそんな変化を感じ取る能力があったのではないか、と想像したりもします。

 この週末には、家の外に出て、春の風や光を受けながら、この一時だけの新緑をたっぷりと見上げて散歩でもしてみようと思っています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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