Webマガジン「考える人」

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2004年7月8日

工事は終わらず

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 086
 工事は終わらず

 デンマーク取材で解けなかった謎があります。それは道路工事です。コペンハーゲン空港から宿泊先のホテルに着き、荷を解いて市内を散歩していた時のことでした。コペンハーゲンの「銀座四丁目交差点」とでもいうべきコンゲンスニュー広場に出ると、なんと大々的な舗装工事の真っ最中。工事用のフェンスが立ち並び、敷石を外されて掘り返された道が埃っぽく広がり、その一部に黒々としたアスファルトが敷かれ始めていました。ほかほかの湯気を立て、舗装用のローラー車が動いています。「どこまでも町並がきれいなデンマーク」というイメージは、到着して数時間も立たぬうちに、あっさりと打ち消されてしまいました。

 取材前の私が抱いていた、もうひとつのぼんやりとしたイメージは、「デンマークは消費税も所得税も高いが、税金の無駄使いをしない国である」。目の前の工事は、実は二十年ぶりの舗装工事だったのかもしれません。それでも、埃っぽくて足もとの悪い現場付近を歩いていると、なんとなく気勢がそがれる感じでした。うーん、これは困った。

 そこで私が「我田引水」的に考えたのは二つの解釈でした。

A 約十日後に迫ったロイヤル・ウェディングに備えて、結婚パレードのメインストリートとなる広場を突貫工事できれいにしている。

B ロイヤル・ウェディングとはなんの関係もなく、市のスケジュールにそってやっているだけ。ではあるが、パレードのある十日後までには工事を完了させるつもり。

 それぞれの解釈には共通した難点がありました。AにしてもBにしても実際の現場を見ていると、急いで完成させようとする気配が感じられないのです。動員されている作業員の人数もぱらぱらとしたものでしたし、工事用のフェンスががっしりと組まれている佇まいが、十日以内で片づくとはとても思えない。

 その後、デンマークの家族の取材のためにコペンハーゲンを離れてユトランド半島に滞在していました。ユトランド半島では一度も道路工事には出会うこともなく、町並みも道路も美しく、無駄だなあと思えるものを目にすることはありませんでした。「やはり、さすがデンマーク!」と「我が意を得たり」の気分で過ごすことができました。

 そして数日後、ふたたびコペンハーゲンに戻りました。ロイヤル・ウェディングまであと二日と迫っています。結婚式の後のパレードを撮影する場所をロケハンするために市内のあちこちを見て回り、パレードが通過する例のコンゲンスニュー広場にも行きました。まだ工事は続いています。だいぶ進んだとはいえ、作業員が増員されているわけでもなく、大丈夫なのかなあとこちらが心配になってきます。

 その日の夜、ホテルの部屋でテレビ・ニュースを見ていました。画面に登場するのはロイヤル・ウェディング関連のニュースばかり。すると突然、コンゲンスニュー広場の工事現場が映り、作業員にインタビューしているのです。そうか、やっぱり心配しているのは私だけではなかったのだ。工事現場の横を何気ない顔で通り過ぎてゆくコペンハーゲン市民も、実はあの工事こそ最大の心配事だったのだ──私はぐぐっと膝を乗り出して画面を凝視しました。作業員は淡々と何かを話しています。しかし……ニュースはデンマーク語です。何を言っているのかさっぱりわかりません。作業員のしゃべっている内容についての私の解釈は次のとおり。

A いやあ、ご心配には及びません。明日いっぱいには予定どおり工事は終わります。パレードが一番盛り上がる広場ですからね。皇太子ご夫妻に気持ちよく通っていただきたいですし、パレードに集まる皆さんの足もともきれいにしなくっちゃね(笑)。

B 市内にはりめぐらされる光ファイバーの工事が、ちょうど運悪いタイミングでこの広場にさしかかってしまったんです。ですがパレードが通る一角の工事はもう済んでいます。ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。

 しかしAのセリフもBのセリフも、仏頂面した作業員の口から出てくるものとしてはリアルではない感じです。うーん、いったいどうなってるんだ。日本でのご成婚パレードだったら、二日前に終わっていない工事、なんていう状況はとても想像できないんだがなあ……。

 そして迎えたロイヤル・ウェディングの当日。舗装工事は……終わっていませんでした! もちろんこの日の作業はお休み。パレードが通る場所はさすがに工事は終了していますが、広場のそこここに工事用のフェンスは残り、未完成の部分は汚らしく広がっています。巨大な円周を描くように道が周回している広場ですから、パレードが通りかかるのはその円周の約四分の一だけになります。溢れるほどの群衆がその四分の一の弧を囲むことになるので、未完成の工事部分はロイヤル・カップルの目に触れることもなく、中継されるテレビに映ることはなかったでしょう。しかし……。

 日本に帰ってきてからも、ときどき思い出しては頭のなかにクエスチョンマークが浮かんできます。あの工事、いったい何だったんだろう?

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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