Webマガジン「考える人」

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2004年9月2日

浅間山

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 094
 浅間山

 夏休みの八月半ばに、長野県の黒斑山に登りました。黒斑山は浅間山の隣にあります。標高2414メートル。浅間山がどんぶりを伏せたような姿だとすれば、黒班山は見上げる角度によって、「魔法使いのおばあさんが空を見ている横顔」にも見えてきます。割れたおせんべいのような山の稜線は浅間山のなだらかさとは対照的です。黒斑山に登ったのは浅間山を間近に眺めてみたいと思ったからでした。

 黒斑山頂の手前、「トーミの頭」というポイントに近づくと、目の前に浅間山が姿を現します。さすがに大きい。山頂からは白い噴気が立ち昇り、浅間山は活火山なのだと否応なく知らされます。この下にはマグマが潜んでおり、それは太平洋から本州を南から北へ縦断する火山帯に連なっている。今も避難が続く三宅島の三原山も、そして富士山もそのなかに含まれていて……と考え始めると、その壮大なスケール感と自分という存在の小ささに足もとがすくむ気持ちがします。

 山頂への道の途中には頑丈な鉄で作られた避難用シェルターがありました。浅間山を常時監視するカメラも設置されています。山頂にはハンドルがついた手動式の小さな赤いサイレンが置かれてあり、傍の看板を読むと、噴火を目撃した際にはこの手回しのサイレンを鳴らして、他の登山者に注意を呼びかけるように、と書かれてありました。

 浅間山から半径二キロ以内の立ち入りは禁止されているので、山頂から先を浅間山に向かって縦走することはできません。切り立った山頂(魔女のおばあさんの鼻の頭です)から怖々と下を見下ろすと、黒斑山と浅間山との間に広がる湯ノ平は青々とした緑です。通りかかった中高年のご夫妻に聞いたところ(この方々は何度となく黒斑山に登られているようでした)、湯ノ平の草原をカモシカが歩く姿を見かけることもあるそうです。ご夫妻は浅間山の噴煙を眩しそうに眺めながら「ずいぶん煙が増えたね」と言っていました。

 その翌日、浅間山麓の御代田町にある「浅間縄文ミュージアム」に足を運びました。これまでの浅間の噴火の歴史と、その犠牲になった村や人々の様子を伝える企画展「浅間山大焼 活火山と生きる」を見るためです。天仁元年(1108)年の噴火で埋もれた水田の足跡の写真や、泥流にのみ込まれた村から発掘された茶碗や薬缶などの日用品も展示されています。噴火そのものではなく、浅間山麓に住む人々の暮らしや、当時の人々が大噴火をどのように記録したか、ということが見えてくる展覧会でした。

 浅間縄文ミュージアムは、今から1万3000年前から2500年前まで浅間山麓で続いた縄文時代を展示テーマとし、その衣食住を再現しています。浅間山麓では広範囲で縄文時代の遺跡が発掘されていますが、特別展示室には国重要文化財「川原田遺跡の中期縄文土器」をはじめとする数々の縄文土器、石器などが常設展示されています。その常設展示室の二階で、浅間山の歴史をまとめた短い映画が上映されていました。

 浅間山の最初の大きな噴火が起こったのは、今から数万年前。その噴火によって最初にできたのが黒斑山(!)なのでした。約二万年前に黒斑山はその東側の大部分が大きく崩壊し、その後、黒斑山の崩落した側に噴火が起こりました。それが現在の浅間山です。つまり、黒斑山は浅間山の外輪山だったのです。前日に山頂から浅間山側を見下ろしたあたり一帯は、もともとは今よりもっと標高の高い黒斑山の山頂が聳えていたらしい……。私たちがふだん「浅間山」と呼ぶ活火山は、黒斑山、仏岩、前掛山からなる三重式火山のひとつをさすのであり、昨日噴火したのは正確には浅間山のうちの前掛山だというわけです(浅間山に詳しい方なら常識なのでしょうが、私はミュージアムの映画で初めて知りました)。

 前掛山の火山活動は約1万5000年前から現在まで続いています。ということはすなわち、縄文時代の人々も何度となく浅間山の噴火を見上げていた、ということになります。彼らはどんな思いで噴火を見ていたのでしょうか。火山の噴火は深刻な被害を与える自然災害ですが、そのいっぽうで、私たちが太古の昔から抱き続けてきた自然への感情を深いところで呼び覚まされる希有な経験でもあります。これ以上の被害が起こらないことを祈りながらも、しばらくは浅間山の活動に目が離せない思いでいます。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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