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2005年3月24日

内田樹『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)

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内田樹『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)


「学校の先生の質が落ちている」と、耳にすることがあります。印象に残る具体的なエピソード付きでそのような言葉が語られると、その瞬間は「え? 今、学校の先生ってそんな程度なの? 本当?」と思ったりもしますから、メディアが火付け役になればたちまち、「どうやら先生の質がとんでもないことになっているらしいよ。だってね……」と風聞は自然と飛散し、拡大していくことになります。

 医師についても同じような現象があると思います。以前は表沙汰にはなりにくかったであろう医療事故がたびたび報道されるようになり、事故の原因が医師の過失に原因があり、その過失は医師の「質」が呼び起こしたものだ、という事例が続けば、「最近は医師の質が落ちているのではないか」と、学校の先生と同じ話の展開になっていきます。

 先生と医師の共通点は、「センセイ」と呼ばれることです。大昔であれば、「先生、きちんと説明してください!」と生徒や親、患者や家族が真正面から遠慮なく質問するのが憚られるような立場にありました。ところが最近は、学校の「公開性」が求められ、医師の「説明責任」が問われるようになり、目に見えぬ「権威」を盾に一方通行のやりとりをしているのでは済まされない時代になりました。「先生」は大変だなあと思います。

 小、中、高校時代の先生を思い返すと、「権威」を盾にするタイプには幸か不幸か巡り会いませんでした。中学校時代、全生徒から鬼か何かのように恐れられていた先生がひとりだけいましたが、暴力をふるうわけでもなく、ただ怒鳴りまくるだけで、それ以上でもそれ以下でもない、「怒鳴る」ことが日常化、身体化しているだけなのかもしれない先生でした。いま振り返れば、滑稽な印象だけが残っています。まあいずれにしても、「権威」や「権力」を持っていた者がいったんその「椅子」をとりあげられてしまえば、途端に反作用が働いて、必要以上に貶められるのはよくある話です。「権威」あるものへの過大な評価には気をつけねばならないのと同じように、「権威」を失ったものへの掌を返したような過小評価も本質を見失う危険性があります。

 内田樹さんの新刊『先生はえらい』のタイトルを見たとき、現代社会の「先生受難の時代」を連想し、そして、内田さんなりの方法論で「先生」の立場の復権を説く本なのか、と漠然とイメージしたのですが、いやいや、『「おじさん」的思考』や『寝ながら学べる構造主義』などの著書で知られる内田さんが、そのような凡庸な主張を書き下ろしの本で展開するはずもないのでした。いきなり結論を先に書いてしまえば、要するにこの本は、「先生はえらい」という語り口を借りて、「コミュニケーションとは何か?」について書かれた本なのです。

 内田さんによれば、コミュニケーションとは「意思の疎通が簡単に成就しないように、いろいろと仕掛けがしてある」ものであるらしい。内田さんはこうも言います。「コミュニケーションを駆動しているのは、たしかに『理解し合いたい』という欲望なのです。でも、対話は理解に達すると終わってしまう。だから、『理解し合いたいけれど、理解に達するのはできるだけ先延ばしにしたい』という矛盾した欲望を私たちは抱いているのです」(本書より)。もっとわかりやすく言えば、こういうことです。「恋人に向かって『キミのことをもっと理解したい』というのは愛の始まりを告げることばですけれど、『あなたって人が、よーくわかったわ』というのはたいてい別れのときに言うことばです」。

 本の構成にも唸らされました。「はじめに」の章で、「先生はえらい」ということを読者に伝えたいと言いながら、先生はなぜえらいか、という最終的な論証に行き着くまでに、壮大なまわり道が続くのです。何しろクロマニヨン人の話から大航海時代、そしてマルクスの資本論、太宰治、夏目漱石、村上春樹、デヴィッド・リンチ、アマゾン・ドットコム、「通販生活」と、変幻自在、融通無碍に内田さんの逍遥は展開します。読み進めていくうちに、この長い長いまわり道じたいが、この本のテーマと重なり相似形をなすものだということに途中から少しずつ気づかされる、実に憎たらしい構造にもなっている。話し言葉でこちらを油断させておきながら、内田さんは周到にねりあげられたプランで読者を籠絡させてしまうのです。このあたりの周到さは、武道にも通暁している内田さんならではの戦術なのかもしれません。

 本書でも再三言及されるフランスの精神分析家、ジャック・ラカンの思想は難解をもって知られています。しかし内田さんの文脈に取り込まれると、「ははあ」と膝をたたきたくなるほど明快な文章に見えてくるのがまた不思議です。本書を読めば、先生はなぜえらいのか、コミュニケーションの本質とは何か、そしてジャック・ラカンの際立った面白さとはどこにあるのか、が見渡せることにもなります。

 しかし、これが中学生や高校生を対象にしているシリーズの一冊だというのがなかなか凄い。彼らがどこまでこの本を理解するのか興味津々です。しかし仮に読み終わった彼らに多くの「謎」が残されたとしても、内田さんの言うところの「先生」の役割を本書が果たすであろうことは間違いないはずです。
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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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