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2005年9月22日

塩野米松・文 松岡達英・絵『父さんの小さかったとき』(福音館書店) 松岡達英著『震度7 新潟県中越地震を忘れない』(ポプラ社)

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塩野米松・文 松岡達英・絵
『父さんの小さかったとき』(福音館書店)
松岡達英著
『震度7 新潟県中越地震を忘れない』(ポプラ社)


『父さんの小さかったとき』は昭和19年に新潟県長岡で生まれた松岡達英さんと、終戦の2年後に秋田県角館で生まれた塩野米松さんが、その時代の子どもたちの生活、遊びを詳しく描いた本です。タイトルにあるとおり、「父さんが子どもの頃はこうだったんだ」と子どもたちに語ってきかせるスタイルをとっています。昭和33年東京生まれの私とはだいぶ時代も環境も違うとはいえ、「別世界」というほどでもなく、ディテールによっては「おお、懐かしい!」というものもあって、「そうだよな、こうだったよなー」と言いたくなる本なのです。

「こうだったよなー」は、たとえば運動会の足袋。これは東京の小学校でも3年生ぐらいまでは履かされていました。コンクリートの校庭だったので、足袋を履いた足が着地する瞬間の衝撃が頭のなかに響くのを感じながら短距離走だの大玉ころがしだのをやっていました。それから医者の「往診」。ひどい熱が出て学校を休んだときに、黒い恐ろしげな鞄を持った町医者が家までやってきて、ふとんに横たわったまま注射をされたことを覚えています。寒い冬、畳の部屋にふとんを敷いて寝ている感じ。しんしんと冷え込んできて、首のあたりがすうすうしたことを覚えています。ビデオデッキなど考えられない時代の「幻灯機」も同じようなものが家にありました。

「あとがき」にはこう書いてあります。「父さんたちの小さかったころのようすが、わかってもらえただろうか? こうやって思い出してみると、昔の子どもたちは、遊んでばかりいたようだけど、宿題もちゃんとあったんだ。『遊んでばかりいないで、勉強しなさい!』って、よくしかられたからね。
 でも、そんなことはあまりおぼえていないものだ。友だちと遊んだことやけんかしたことの方が、ずっと楽しい思い出として残っているね。
 君たちも存分に遊ぶといい。そして、君たちが父さんや母さんになったとき、その思い出を、君たちの子どもに話してあげるといい。そのときは、町のようすや遊び方が、また変わっているかもしれないね」

 松岡達英さんはその後、故郷を離れ、自然科学系のイラストレーターとして活躍し、神奈川県鎌倉市に住んでいましたが、『父さんの小さかったとき』にも描かれている少年時代の豊かな自然をもう一度体験したくなり、都市化が進んだ長岡からさらに奥に入った川口町にアトリエを建てます。そして鎌倉よりも川口町で過ごす時間がどんどん長くなり、一年のほとんどを川口町のアトリエで暮らすようになっていきます。そして2004年10月23日を迎えます。その日の早朝、まだ地震まで12時間以上のあいだがあるとき、松岡さんは不思議な体験をします。

「2004年10月23日 明け方5時ごろ。
 ベッドでねていたら、下から突き上げるような振動を感じた。
 今思えば、それが大地震の予兆だったのかもしれない」

 地震が起こる約三十分前には、松岡さんは長岡市と小千谷市をつなぐトンネルを車で通過しています。このトンネルは地震で全壊、崩落した土砂で車も人も生き埋めになり、奇蹟的に男の子が救出された現場です。松岡さんの車は何事もなくトンネルを走り抜け、夕方の5時半頃にはアトリエへと戻ります。そして、家族三人で夕食をとりはじめたとき──巨大な轟音と震動が同時に家族を襲います。

『震度7 新潟県中越地震を忘れない』は、夕刻5時56分、震度7の巨大地震に襲われた川口町で、松岡さんが体験したこと、目にした光景、人々の姿を描いています。アトリエは目も当てられぬ状態に半壊。数日のあいだ陸の孤島となった川口町の人々は、そして松岡さんの家族はどうやってこの緊急事態をしのいだのか。自然科学のフィールドで仕事をしている松岡さんならではの観察眼も随所で光ります。川口町から脱出する際に見た、畑の大根がすべて地面からとびだしている──そんな光景。

 息をのむような場面も描かれるいっぽう、町の人々が力を合わせて危機を乗り越えようとする姿もまた印象的です。「避難所でのくらしは、今となっては、いい思い出だね」──被災した人の言葉が本書の最後に出てきますが、故郷というものが秘めている力は、このような大災害時にこのように発揮されるものなのか、とつくづく納得するものがあります。今私たちの暮らす大都市に果たしてその力がどれだけ蓄えられているのか、と不安にもなります。

 松岡さんは地震から二日目に一輪のリンドウにとまるアカタテハの姿を見つけ、深い感慨にとらわれます。松岡さんの次の言葉には、『父さんの小さかったとき』に描かれている光景に確かに含まれていたはずの、言葉にならない何かに通じるものなのではないかと思います。

「物やお金にしばられた今のくらしは、人間が生きものとして退化した証拠なのかもしれない。人間のつくった建物は動物にとっての巣のようなものだが、人間の巣はあまりにも巨大化してしまった。自分の巣に押しつぶされる動物は人間以外にはいない。人間と自然の距離をつくづく感じさせられた」

(松岡達英さんは、次号から新連載が始まる椎名誠さんのエッセイに、毎回イラストレーションを描いてくださいます。ご期待ください)
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“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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