Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
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2006年7月6日

甲羅

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 190
 甲羅

 ひさしぶりに寝坊しました。ふだんは7時前に目覚ましが鳴り、ベッドの上でラジオのニュースを聞きながら、まずは腰痛体操をします。30歳の頃、働き過ぎと運動不足とストレスが原因で、椎間板ヘルニアをやってしまいました。一ヶ月半ほど会社を休んで以来(この休みはすべて代休分でまかなえて、なおかつまだ代休が余っていたのですから、椎間板も傷むはずです)、ずっと続けている朝の習慣です。からだがほぐれてからのそのそと起き出して、小学生の娘を起こすのが毎日の日課。しかし娘は昨日から軽井沢の林間学校へでかけてしまったので、朝食を一緒にとる必要もなく、朝寝坊することにしたのでした。

 窓をあけると、遠くからとんとんとんとんと大工さんの金槌を叩く音が聞こえてきます。梅雨の中休みなのか、空はうすぼんやりとあかるく曇っています。うちの斜め前に住んでいるKさん宅には、幼稚園の頃からの私の幼なじみが住んでいました。しかし彼女は十年以上前からアメリカ暮らしなので、今は両親だけになっています。私がたまに遅く出社するとき、家の前の雑草を抜いたり植木の世話をしたりしているKさんのお父さんと顔を合わせるタイミングとなり、「おや? 今日はお休み?」と満面の笑顔で尋ねられてしまいます。今日もその可能性がありますが、Kさんのお宅はいまひっそりとしています。

 娘の役割であるミドリガメの餌も忘れずにやりました。四年ほど前に、金魚やメダカなどを扱う店で、どうしても飼いたいと言われ、二匹購入したミドリガメのうち、一匹は早々に亡くなってしまい、それ以来カメはひとり暮らしです。鳴くわけではないものの(鳴くこともあるのでしょうか?)、じっくりと見ていると実に味わいぶかい顔をしています。目つきがどことなく人間くさいのです。あんまり見ていると、「なにか文句ある?」というような顔をしてどこか挑発的に水槽に前脚をかけ、こちらを睨み返してきますし、水槽の水をかえると、気持ちがいいのか、水槽の角に鼻をおしつけるようにして、すいすいすいすいと泳ぎ続けます(前に進めないのがちょっと不憫)。

 鶴は千年、亀は万年などと言われます。先日、ダーウィンが持ち帰ったガラパゴスゾウガメが、ギネスブックにも登録されている現在生きている動物としては世界最高齢の175歳で亡くなりました。やっぱり亀は長生きなんだなあ、とびっくりしました。うちのミドリガメが動く様子を見ていても、エサにくらいつくときと、何かにびっくりして頭をひっこめるとき以外は、実にのんびりと動いています。おそらく心拍もゆっくりなのでしょう。『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学―』(本川達雄著 中公新書)で知った心拍数と寿命の因果関係からすれば、カメが長生きなのも頷けます。

 昼頃になれば、太陽の日差しが水槽のなかにあたってきます。カメは甲羅干し用の石の上にゆっくりとあがり、のんびり時間をかけて甲羅干しをします。甲羅干しは甲羅だけ干すのではなくて、後ろの両脚もぐいーっと真っ直ぐに後ろへ伸ばして、足の指のあいだも思いっきり広げて、小学生の「前へならえ」のような感じで日に当てるのです。この姿は、見ているこっちまで伸び伸びとした気持ちになってきます。

 今日の天気は、日が差すまでには回復しそうにありません。甲羅干し日和ではない感じ。そして人間はどうかと言えば、数日前から低気圧がもたらすうつうつとした気分におそわれています。あー、今日は会社に行きたくないなあ。しかし午後には来客の予定があり、夜まで仕事が入っています。人間にも甲羅があったら、一日あたまをひっこめていたいような気分。甲羅干しでもいいけど。まあ、そうも言っていられません。このメールマガジンの原稿を送信したら、重い腰をよっこらしょと持ち上げて、出社することにしましょう。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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